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zoom RSS 美と醜は分かちがたい一卵性双生児である―Emanuel Strixner

<<   作成日時 : 2012/12/22 18:51   >>

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“相反するものが一致し、不調和なものが最も美しい調和を作る” ―ヘラクレイトス著「断片」

本日は、ドイツ出身の独創的なアニメーターEmanuel Strixnerのショート・アニメーション映画を取りあげてみます。

“食材”は、生命の進化の夢を見る。
“food”

food from Emanuel Strixner on Vimeo.



“food”(2006年)
Directed & Animated by Emanuel Strixner

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冷蔵庫から取り出されたこの奇妙な球体。驚くなかれ、この丸いボールにしか見えない物体は、実は、今まさに調理されんとしているれっきとした“食材”なのである。

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食材にとって、調理されることはすなわち“死”を意味する。彼(あるいは彼女)は、自らの肉体が消滅する前に、遥か彼方のいにしえから今に至るまで、人間の食材となって食われる運命にあった全ての生き物たちに思いを馳せる。

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“たとえ身体を硬い殻で覆っても、人間はいつも何らかのずる賢い方法を編み出しては、我々生き物を貪り食ってきた。”

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“足を生やして逃げたところで、我々よりも早い乗り物に乗った人間どもが追いつき、捕らえられ、切り刻まれて鍋に放り込まれてきたのだ。”

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“…そう、こんな風に…。”

粘土を少しずつ変形させて、それを一こま一こま根気よくコマ撮りして完成させるストップモーション・アニメ作品ですね。当館でも、以前「ウォレス&グルミット」シリーズの生みの親、ニック・パークについて触れたことがありますが、この手法の作品はとにかく時間と手間のかかるものだけに、CG全盛の昨今ではなかなか製作されない傾向にあります。それでも、先に挙げた「ウォレス&グルミット」シリーズ然り、また粘土によるストップモーション・アニメの名作でもある「ピングー」シリーズ然り、手作り感たっぷりなこれらのアニメ作品を愛するファンは根強く存在します。私もその一人。

今回ご紹介したドイツのアニメーターEmanuel Strixnerは、Vimeoにアップされた他の作品を観る限り、粘土のストップモーションに拘っているわけではないようですね。極限まで誇張された細部を曝け出すことで、グロテスクすれすれの美を表現したいのでしょうか、美と醜が分かちがたく絡み合った彼独特の美学を体現するために、細部まで緻密に表現できるツールを求めて、昔ながらの技術と最先端の映像技術を併用している印象を受けます。

この「food」では、料理される直前の“food”が、人間に捕食され食われる運命の下に生まれた生物の進化の歴史を、まるで走馬灯のように回顧します。その様子を、food自らの身体を自在にトランスフォームさせることで表現していますね。このように、流れるように形が変容していく様子を描くには、粘土によるストップモーション・アニメは最適だと思いますよ。たまに指紋の跡が見えたりもするそのフォルムが、確かに人の手によって作られたことがわかり、妙な存在感とリアリティがそこに生まれる気がするのですよ。

その姿かたちは、いろいろな種類の生き物が間違って融合しちゃったような滑稽で奇妙でグロテスクなものながら、表情豊かな彼らからは“生きている”という実感が確実に伝わってきます。それに対し、いよいよ鍋の中に放り込まれる最期には、なんの表情も見えないただの球体に戻ってしまう、得もいわれぬ哀しさ。独立した個としての暖かい生命が、人間に食われるだけの物体に成り果てる瞬間のショックは、これが粘土の柔らかい質感をもって表現されたものだからだと思いますね。



“Familyportrait”

Familyportrait from Emanuel Strixner on Vimeo.



“Familyportrait”(2007年)
Directed & Animated : Emanuel Strixner
Produce : Sinje Gebauer
Music : Melanchoholics
Sound Design : Christian Heck

International Festival Of Animated Films Stuttgart 2007という催しのためのトレーラーとして制作されたようです。1分少々の短い作品ですが、独創的なアイデアとStrixner独自の美学に、初見のときから目を奪われましたね。私、この作品に関しては、あえてキャプチャ画像を貼りません。上に共有した動画を何度もご覧になってみてください。

遺棄されて何年も経った古ぼけた壁が崩れ始め、その壁よりさらに昔に撮られたのであろう古い古い家族写真が、新鮮な空気を求めてにじり出てきた。彼らは、身なりもボロボロになり所々焼け焦げながらも、必死の形相で実体化した。

なぜか。

…もう一度、家族でちゃんとした思い出の写真を撮るためだった。

彼ら4人の家族が揃って実体化した瞬間、その目の前でカメラのフラッシュが盛大に焚かれた。

しかし、その光に目がくらんだか、彼らの姿は煙に巻かれるように、あっという間に消え去ってしまった。

…その後には、なにもない古ぼけた壁があるばかり。


この4人の家族はきっと、皆で家族写真を撮影しようとした際に何らかの事態によってそれが果たせず、亡くなってしまったのでしょう。その悔いが怨念となり、長い年月を経て、家族もろとも埋め込まれた壁を突き破らせたのか。短い映像からも、彼ら4人の背後に流れるストーリーが哀しみを伴って蘇るようですね。また、彼らの物語を様々に解釈できる重層的な作品でしょう。

このショート・アニメ作品からも、美と醜が分かちがたく絡まりあいながら様々に変容を重ねつつ、やがて渾然一体となってこの世に一つしかない“美”を形成する様子を垣間見ることができますね。


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