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zoom RSS 終末の中のバベルの塔―「The Origin of Creatures」

<<   作成日時 : 2018/06/16 18:49   >>

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【バベルの塔】
元々人々は同じ一つの言語を共有してコミュニティーを作り、一緒に暮らしていた。肌の色や顔立ちが違っていても、皆同じ言葉をしゃべっていたから争いが起こることもなく、彼らが形成する社会は繁栄し、技術も進化し、文明も高度に発達した。ところが、生活が豊かになって力を得るようになると、彼らは慢心し、父なる神を侮るようになった。誇り高き人類が膝を折るのは神ではないと。
彼らは、自らが神と対等であることを証明せんと、石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いて高い高い塔を築きはじめた。神が住む天まで届くその塔は、あと少しで完成するはずだった。しかし、些細なミスから塔の建造作業が乱れ、塔はあっという間に倒壊して崩れ去ってしまった。神は、人類が増長した原因は同じ一つの言語を共有するためだと考え、それぞれに全く異なる言語を用いるように仕向けた。コミュニケーション不可能となった人々は混乱し、争いが勃発し、コミュニティーが維持できなくなってしまった。従って、人々は同じ言語を共有する者で団結し、世界各地へ散ってそれぞれの王国を作った。 ―旧約聖書「創世記」第11章より


これからご紹介するショートムービーは、ストップモーション・アニメ作品ですが、劇中グロテスクに見える表現も含まれますので、閲覧にはご注意ください。

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“The Origin of Creatures”

The Origin of Creatures from floriskaayk on Vimeo.



「The Origin of Creatures」(2010年)
監督:Floris Kaayk
製作:Marc Thelosen
D.O.P.::Reinier van Brummelen
音楽:Lennert Busch
音響:Bart Jilesen, Erik Griekspoor, Elena Martín Hidalgo
Trainee: Vincent van der Klaauw
(a seriousFilm プロダクション製作)
Netherlands Film Fund、Rotterdam Media Fund、Stroom Den Haag協力

それほど遠くはない未来。場所は…不明。既に廃墟と化した街には生き物の姿すら見当たらないようです。人類が滅亡した理由は定かではありません。戦争か、それとも天候の異変による自然災害か。いずれにせよ、私たちの子孫はもう地上から姿を消してしまいました。

…しかし、人類の末裔が瓦礫の下から這い出してきました。その姿は、しかし異様であります。いわゆる五体満足な状態の人間の肉体が、手、足、耳、目ん玉…等々の各パーツに切断されたカタチで生き延びたとしか言いようがありません。手首や足は指を足代わりにして自由に走り回りますが、視力を持たないために確固とした目的の下で動くことができない。しかし、移動手段を持たない目ん玉は、動けない代わりに視力を持っているので、周りを見渡して仲間に次の行動の指示を出すことができます。その指示の伝達は、聞く能力を持つ耳が受け持つ…といった具合に、個々ではその能力に限界があるため、人類の末裔は異なる能力を持つ仲間と団結し、目ん玉の差配の下で彼らだけの大きな大きな“王国”を作ろうと共同作業を開始します。それは、かつて遠い昔、人類が神の世界に届けと建造したあの塔に似ていますね。

さらには、この“新人類”とでも呼ぶべき末裔たちは、みるみるうちにその数を増していきます。手首だけのタイプだけでなく、足や腕部分を持って生まれたものまで、形も持てる能力も実に様々。実は、彼らは一人(一個?一匹?)の母体から生み出されています。その母体は、瓦礫が落ちてこない安全な地下の空間で守られており、太陽の光を浴びてそれを栄養とし、女王蟻のようにひたすら新しい個体を生み出す作業にのみ従事しているのですね。つまり、彼らは皆、形状こそ人間のバラバラ死体を思わせる異様なものではありますが、ある種の進化の末に生まれた生物だったわけです。

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そんな彼らが、異種個体どうしの結束によって、ある一つの大きな使命を達成するために、それぞれがお互いに協力し合う姿は、なにかしらとてもポジティヴな感慨を覚えますね。神によって異なる言語を与えられたがゆえに、ディスコミュニケーションに苦しむ今日の人類が、立場や利害関係といったしがらみをも超えて、手を結ぶ瞬間を見ているような錯覚さえ感じます。

ところが、そういった人間同士の“協力”関係が所詮は長くは続かぬように、最初は上手くいきかけたこの共同作業も、じきに頓挫してしまいます。人類の英知を結集したバベルの塔の辿った運命は、ここでも人類の末裔に災禍をもたらしてしまいました。なぜか。“コミュニケーション不足からくる誤解”がその原因です。

なにしろ、五体満足で、尚且つお互いに共通の言語を介しての円滑なコミュニケーションが可能な現在の人類ですら、相手の言動の意図をはき違えて誤解を積み重ねてしまうぐらいですからね(苦笑)。今の世界情勢を見渡すと一目瞭然でしょう。相手を理解しようと努力する前に、てめえの言い分を認めさせようとごり押しするから、意思の疎通が上手くいかなくなり、結果としてコミュニティーが崩壊するに至るわけです。内戦やテロが絶えない理由も、結局はコミュニケーションの失敗、さらにはその放棄が大元の原因だと思います。

…話を戻すと、コミュニケーションに必要な能力を持っている今の人間でさえ、それを正しく行うのは至難の技なのです。ならば、手だけ、目だけ、足首だけ…などの、身体のパーツの一部しか持たない人類の末裔にとって、他の個体と“言語”を介さずコミュニケーションをとり、さらに共同作業を進めることは、事実上不可能であろうと推測できますよね。その推測どおり、共通した理念や意思の疎通の手段を持たない末裔達は、必死に作り続けていた自分たちの理想郷たる塔倒壊の下敷きになって、おおかたが息絶えてしまいます。

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技術や科学への過信、いつのまにか膨れ上がってしまった人間の傲慢が招いたとされる、バベルの塔の教訓。この逸話は、人は何故異なる言語を話すようになったのか、どうして平和的共存への唯一の手段であるコミュニケーションができなくなってしまったのかといった事象を、説明するために生み出されたものです。しかし、この近未来のバベルの塔の物語のように、おそらく人類は未来永劫、あらかじめ失われたコミュニケーションと、それの反して際限なく膨れ上がる慢心の下敷きになってしまう運命にあるのでしょう。

一度ならず二度までも失敗したバベルの塔建立の悲願は、しかし、再度崩れ落ちた瓦礫の下で目を覚ました新人類の母によって、今後さらなる末裔に引き継がれていくと思われます。そうやって過ちを繰り返して見果てぬ理想郷を追いながら、営々と命を繋いできた人間のしぶとさもまた、愚かさを補って余りある愛しさであるでしょう。

今作に登場する奇妙なクリーチャーデザインをみていると、今作のクリエイターたちと同郷であるオランダ出身の幻想的宗教画家ヒエロニムス・ボスの影響を色濃く受けていると思われます。奇妙で捻じくれた魑魅魍魎跋扈する異世界観、従来のモラルや古い理念の欺瞞をあざ笑うかのような、キリスト教的概念を破壊する視座。美を極めるとグロテスクが、エロティシズムを突き詰めると死が待ち受けるように、この作品も、混沌と混沌の隙間から思わぬ美と救済を捉えるかのような、ある種の力強さに溢れた生命誕生譚となっています。


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このショートアニメ映画も、世紀末映画の系譜に連なる作品ということになりますね、クローネンバーグ師匠?もし師匠が世紀末を描くとしたら、どういったモチーフで勝負してきますかね。


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