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zoom RSS 「声をかくす人 The Conspirator」―ロバート・レッドフォード監督…追記終了。

<<   作成日時 : 2015/06/13 16:03   >>

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今日は、本国アメリカでは黙殺の憂き目にあったロバート・レッドフォード監督の意欲作「声をかくす人 The Conspirator」のお話をしましょうか。

1865年4月14日午後10時。エイブラハム・リンカーン大統領は、ワシントンのフォード劇場で上演中であった喜劇「われらがアメリカのいとこ」を観劇中、同舞台を公演していた劇団に所属する南部出身の俳優J・W・ブースに後頭部をピストルで撃たれました。しばらく意識はあったものの、被弾直後の処置に問題があったこともあり、ほどなく死去。アメリカを真っ二つに引き裂いた内戦、南北戦争がようやく終結し、リンカーン大統領の下でこれから国が一つにまとまろうとしていた矢先の暗殺劇は、国中に衝撃と動揺を与えました。暗殺犯一味は、暗殺が決行された直後からあっさり割れており、北軍兵士からなる政府肝入りの捜索隊が主犯格のブース(潜伏先の農場で投降を拒否して射殺)をはじめ、主だった共犯者たちを瞬く間に逮捕・拘束しています。

政府は国民の悲しみと怒りの矛先をかわすため、暗殺犯たちに宿を提供したとして下宿屋の女主人メアリー・サラットまでも共犯者として逮捕し、彼女に“悪辣な殺人者にしてアメリカの国威と正義を揺るがした犯罪者”の烙印を押しました。彼女は民間人であったにもかかわらず軍事裁判にかけられ、故大統領に近しい位置にあった軍人で固められた“見せしめ裁判”に放り込まれます。元北軍の大尉であった若き弁護士フレデリック・エイキンの必死の弁護も空しく、結局最後はリンカーンの後を継いだジョンソン大統領の勅命で、絞首による死刑判決が確定しました。ところが、メアリーが実際に暗殺計画に関与していたという証拠はほとんどなく、彼女は、大統領を殺された復讐に燃える政府と、政府にマインドコントロールされた世論が結託した“魔女狩り”の生贄に差し出された、というのが事実のようです。

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「声をかくす人」は、このアメリカで最初に死刑に処せられた女性メアリー・サラットに科せられた無慈悲な裁判を、真正面から描く作品です。ところが、メアリーのケースはアメリカ国内でも歴史の闇の中に葬られており、彼女に関する研究資料も非常に乏しい状況であったそうです。そんな逆境の中、レッドフォード監督はあえて謎に包まれた彼女の実像に迫ることで、国家の混乱時に実に多くの人間がどれだけたやすく理性を手放すか、また、“大義”の名の下に、驚くほど多くの人間があっけなく自らの信念に背を向けてしまうかを、緻密に丹念に描いたのだといえるでしょう。

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またこの作品は、後年の調査で明らかになった史実を最大限リアルに再現しており、法廷の様子や裁判の進行状況、最後の主犯格4名(メアリーも含まれる)の処刑の模様に至るまで、細かいディテールにこだわった演出が突出しています。なんとしても今、この物語が示す教訓を一般に知らしめねばならないと信じる監督の執念が、ひしひしと伝わってきますね。特に、怒り狂う大衆の生贄となったメアリーが首を吊られる処刑シーンの丹念な再現は、かなりショッキングであろうと思われます。これまでいろいろな映画で処刑シーンに遭遇してきた私も、正直かなり驚きました。上に貼った画像は、実際にメアリーが公開の場で処刑された時に撮影された記録写真ですが、映画の処刑シーンもこれをきちんとトレースしたものになっていました。

この作品が語る時代は南北戦争直後の19世紀の政局混乱期ですが、描かれる主題は、古今東西を問わず常に問題となることですね。監督はこの作品で、“世界の正義の番人”を気取るアメリカの歴史の恥部を、自国の同胞に警鐘を鳴らす意味で示しました。つまり、自分たちのお国の欺瞞を直視するよう強いたわけで、だからこそ、この作品はアメリカでは無視された格好になったのです。しかしここで問題提起されていることは、昨年の3.11以降、今現在も尚カオスの渦中にある私ら日本人が置かれている状況に酷似しているとも思いますよ。その意味で、今作が日本で劇場公開された意義は大変大きいのではないでしょうか。

“アメリカの良心の語り部”をおそらく自認しているだろうレッドフォード監督が、彼自身の信念と映画作家としての誇りを賭けて製作した作品であろうと推察できますね。私も膝を正して作品ときちんと向き合った上で、感想をまとめてみたいと思います。

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「声をかくす人 The Conspirator」
監督:ロバート・レッドフォード
製作:ロバート・レッドフォード&グレッグ・シャピロ&ビル・ホールダーマン&ブライアン・フォーク&ロバート・ストーン
原案:ジェームズ・ソロモン&グレゴリー・バーンスタイン
脚本:ジェームズ・ソロモン
撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル
プロダクションデザイン:カリーナ・イワノフ
衣装デザイン:ルイーズ・フログリー
編集:クレイグ・マッケイ
音楽:マーク・アイシャム
出演:ジェームズ・マカヴォイ(フレデリック・エイキン)
ロビン・ライト(メアリー・サラット)
ケヴィン・クライン(エドウィン・M・スタントン陸軍長官)
エヴァン・レイチェル・ウッド(アンナ・サラット)
ダニー・ヒューストン(ジョセフ・ホルト総監(検察))
ジャスティン・ロング(ニコラス・ベイカー)
アレクシス・ブレデル(サラ)
ジョニー・シモンズ(ジョン・サラット)
コルム・ミーニイ(デヴィッド・ハンター(裁判官))
トム・ウィルキンソン(リヴァディ・ジョンソン上院議員(元司法長官))他。

監督の前作「大いなる陰謀」を観た限りでは、正直なところ、“さしものレッドフォード監督も、そろそろ第一線を退く時期が近づいているのか”と案じもしました。しかしながら、この「声をかくす人」では、彼の生真面目でリベラルな性格を反映した清廉な演出に加え、理不尽な法廷を舞台に複雑な思惑が交錯する激しい心理合戦、それぞれの登場人物が理想と現実の狭間で追い込まれていく様子を神の視座で捉えた群像劇を、確信を持ってダイナミックに捌く力強さすら感じることができました。この作品に込められた監督の強固な反骨精神は、かつてないほどストレートに観客の心を打つと思われます。

ただ、本編を見ていて実にレッドフォード監督らしいなあと感じたのは、この物語を決して“勧善懲悪もの”に貶めていないことですね。リンカーン暗殺計画に関し、メアリーは全くの無関係で無実の人だと描写しているわけではないんです。彼女がこの計画に実際どれだけの割合で組していたかは分かりません。従って映画の方も、彼女の立場はあくまでも“グレーゾーン”に留め置かれたまま。議論すべきは、彼女がシロかクロかということではないのですね。一時の激情にかられるまま、間違った方向に暴走する大衆のヒステリーに呑まれることなく、今何を正義とするべきか―例えば、事件にどれだけ関わったかもわからぬ民間人を軍事裁判にかける不当性に気づき、中立でなければならない法の世界を国家の復讐の場にしてはならないと考える―を判断する冷静さを保つこと。これこそが、いつの時代でも、どこの国でも必要とされる姿勢だと思います。

レッドフォード監督の作品が、いわゆるモラルや思想ばかりが先走った“説教くさい”メッセージ映画で面白みに欠けると考える向きにこそ、ぜひこの作品を観ていただきたいですね。リンカーン大統領が劇場内で暗殺される本編冒頭の緊迫したシークエンスから、怒りと焦燥を掻き立てる裁判の一進一退劇、エイキンの粘り強い調査で意外な真相が明らかになっていく手に汗握る展開、メアリーを通じ、本当の意味での正義を守ろうとしたエイキン自身が、世論と政府という圧倒的マジョリティーからの圧力で潰されていく皮肉な運命まで、全編に渡り、従来のレッドフォード作品らしからぬ異様なパワーが漲っているように感じられました。登場人物の心理状況の変化に肉薄する為、俳優の表情をクローズアップで克明に追う静的なカメラワークのかたわら、絶妙のタイミングでカメラを引き、シーンの全景を捉えて観客を上手くリードしていく緩急自在の演出が、作品にリズムと躍動感を与えたからでしょう。

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その一方で、多くのシーンに淡い色合いの光線が斜めに差し込んでおり、宙を舞う細かい埃が光線に照らされて、ある種の宗教的、非現実的な背景を浮かび上がらせている様は見事であります。メアリーが収監されている監獄のごつごつした石壁にすら、光は惜しみなく天から降り注ぎ、そこにエイキンやメアリーの影がボウと映っては消えていく残像…。この構図は確かに、カール・Th・ドライヤー監督の諸作品(特に「裁かるるジャンヌ」)のシーンを連想させますね。思えば、己の強固な信念―ただ、我が子を守りたいだけ―に固執するあまり、結局“大義”から糾弾されて処刑台の露と消えたメアリーは、数百年前のジャンヌ・ダルクに酷似していると言えなくもありません。
また、夜のシーンの漆黒も、ランプや街灯が悉く切り裂いていき、闇夜の中にすらさらなる重い“影”が存在することをこの作品は教えてくれます。レッドフォード監督は、今作では徹底して“光と影”を対比させる構図を作り出しており、それはおそらく、正義と悪をいかにして分け隔てるのか、という今作の命題のメタファーであるのでしょう。私たち観客は、あらゆる場面で正義と悪の二律背反に対峙させられ、そのギロチン刃の下に首を差し出しているようなものです。

ラスト、メアリーの処刑後弁護士を廃業したエイキンは、その息子ジョンが収監された監獄にやってきます。母親メアリーの生前、自身が自首することで母親の命を守ろうとしなかったジョンに対面し、エイキン自身のこの事件に関するわだかまりに終止符を打つためでしょう。カメラは、エイキンが監獄を後にして外に出て行く様子を、真上から見守ります。淡いオレンジ色に染まる地平線目指して、どこまでも広がっていく草原の緑の中をまっすぐ歩いていくエイキンの姿は、どんどん小さくなっていきます。これは、エイキンを信頼しながらも最後まで頑固に息子をかばい、その罪を肩代わりして天国に逝ったメアリーの、魂の視線であったように思えますね。

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さて、レッドフォード監督の作り出すドラマは、様々な背景を背負った人間が様々な感情の下で織り成す綴れ織のようなものです。息子ジョンの罪―リンカーン暗殺計画に重要な役目で加担したかもしれない―すら肩代わりしようとする母親の深い業を、硬くこわばった頑固そうな表情で演じ切ったロビン・ライトは、もっと称賛されてしかるべきだと思います。南部人としての誇りと母親としての気概を、自身にとって不利な状況になるにもかかわらず捨てなかったメアリーの筋の通った人柄は、少ない台詞からも充分に感じ取ることができました。

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そして、この作品のテーマを支える人物であり、またレッドフォード監督のアルターエゴ、代弁者でもある主人公エイキンを演じたのは、ジェームズ・マカヴォイです。彼は、物語の中で経験したことを糧に著しく変化していくキャラクターに扮することが多く、このエイキンという若者も、ごく普通の北軍あがりの弁護士から、立場の違いを超えてもっと大きな意味での正義を知って成長していきます。
ですが、彼と同じようにリベラルな立場にあった上司、リヴァティ・ジョンソン上院議員とは異なり、弁護士としての仕事をあくまでも“仕事”と割り切ることができなかったのが、エイキンの弱みだともいえるでしょう。劇中ジョンソン議員は、メアリーを処刑から救うことができず、裁判に深く傾倒しすぎて人生を踏み外しそうになるエイキンを諭します。プロとして依頼された仕事に全力を尽くした結果、思い通りの結末にならなかったとしても、それはもう自分の力の及ぶことではないのだと。メアリーが処刑された後、弁護士を辞めてしまったエイキンは結局、理想に対してあまりに純粋すぎ、清濁併せ呑む、いわゆる“プロ”に徹することができなかったのだと解釈できます。例えば、人の命を怪我や病気から救うのが医者の使命でありますが、手を尽くしてそれでも患者が亡くなっていくたびに身も世もなく嘆き悲しんでいては、到底医者の仕事は務まりませんよね。

エイキンの前に立ちふさがる国家権力の象徴スタントン陸軍長官は、表向きは、国家の尊厳を保つためならば、民間人の命をも虫けらのように扱う冷酷な人物だと考えられます。彼はエイキンとは異なり、混乱時に“国を一つにまとめる”大義だけを尊重し、それ以外は全て斬り捨てることに躊躇しません。彼にとってはリンカーン暗殺という混乱に乗じ、自分の思惑通りに国を立て直すことが最重要課題なのです。
映画だけを観ると、スタントンに扮する名優ケヴィン・クラインのド迫力も相まって、なんちゅう酷い輩であろうかと腹立たしいことこの上ないのですが(苦笑)、しかしレッドフォード監督は、スタントンの行動それ自体を全くの非であるとは糾弾していないと思いますよ。国政をつかさどるトップの人間は、いかに自分の気の進まぬことであっても、より大きな目標のために多少の犠牲には目をつぶって決断せねばならない時もあります。スタントンの主張するように、動揺する国民を鎮めて足並みをそろえさせることだって、そりゃあ誰かが音頭をとって率先せねばならないでしょうよ。確かにそれも現実です。ただ問題なのは、その方法論であってね。いくら、裁判を速やかに終わらせることが先決だとしても、ていのいいスケープゴートに汚いことを全部押しつけるようなやり口は、しかもそれが“人としての基本的ルール”を踏みにじるものであるならば余計に、国家がやっていいことにはならないと思います。

私たちは、どんな混乱時にあっても決して冷静な判断力を失ってはいけないわけですが、この作品を観ていて痛感するのは、政府が混乱に乗じて犯罪に加担することのないよう行動することも、私ら一般人の大切な使命なのだということですね。

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