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zoom RSS マイケル・ファスベンダーの「SHAME -シェイム- Shame」

<<   作成日時 : 2016/05/09 12:32   >>

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What's the 'shame'?

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マイケル(ドイツ語読みではミヒャエル)・ファスベンダー Michael Fassbender

1977年4月2日生まれ
ドイツ、ハイデルベルグ出身

父親はドイツ人、母親は北アイルランド出身。姉が一人という家族構成。生まれはドイツのハイデルベルグだが、子供時代をアイルランドのKillarneyで過ごした。役者を志してからは本拠をロンドンに置き、今も生活のベースはロンドン。ドイツ語にも堪能。
演劇学校で学んだ後、幸運にもヒットしたTVシリーズ「バンド・オブ・ブラザース」に出演するチャンスを得る。映画デビューも、これまた大ヒットしたジェラルド・バトラー主演の「300 <スリーハンドレッド>」で、鍛え抜かれた身体を惜しげもなく見せるキャスト陣の中でも目立つステリオス役。続くフランソワ・オゾン監督初の英語作品「エンジェル」では、ヒロインの寵愛を一身に受ける色男に起用され、さらなる注目を集めた。次なるステップは、現代美術のアーティストから映画監督に転身したスティーヴ・マックィーン監督との出会いだった。彼の処女作『Hunger』に主演し、自身のルーツのひとつでもある北アイルランドの刑務所に収監中、ハンガーストライキの末に亡くなった実在の人物ボビー・サンズを演じた。壮絶な死でもって警察機構へ無言の抵抗を完結させたボビーになりきるため、ミヒャ本人も壮絶なダイエットを敢行。演技派俳優に開眼するまでの苦労は、各国の映画賞に輝いたことで報われることになる。

「フィッシュタンク〜ミア、15歳の物語」では、恋愛関係にはからきし自堕落だが、15歳の少女ミアの初恋の相手を飄々と務め、女性ファンを大いに満足させた。ヨーロッパ風に洗練されたルックスで“ヒロインの恋のお相手”役者として数々の作品に起用される。クェンティン・タランティーノ監督のフィクション戦争アクション映画「イングロリアス・バスターズ」では、そのイメージの延長線上にあるような役柄で得意のドイツ語を披露し、群像劇の中でも洗練された雰囲気で光った。その後はハリウッド映画にも進出し、「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」や「SHAME -シェイム- 」の世界的ヒットで、一気に若手俳優の第一線に躍り出る。盟友マックィーン監督と再度タッグを組んだ心理ドラマ作品「SHAME -シェイム- 」での、ほとんど出ずっぱりの大熱演で、ベネチア国際映画祭の主演男優賞を獲得し、ゴールデン・グローブ賞はじめ各映画賞にノミネートされた。

●フィルモグラフィー filmography

2017年『The Snowman』
2017年『Alien: Covenant』
2016年『Assassin's Creed』
2016年『The Light Between Oceans』
2016年『X-Men: Apocalypse』
2016年『Trespass Against Us』
2016年『Weightless』
2015年「スティーブ・ジョブズ Steve Jobs」
2015年「マクベス Macbeth」
2015年『Slow West』
2014年「X-MEN: Days of Future Past」
2014年「フランク Frank」
2013年「それでも夜は明ける 12 Years a Slave」
2013年「悪の法則 The Counselor」
2012年「プロメテウス」
2011年『Haywire』
2011年『A Dangerous Method』
2011年「ジェーン・エア」
2011年「SHAME -シェイム- 」
2011年「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」
2011年『Pitch Black Heist』(短編)兼製作
2010年「ジョナ・ヘックス」(未)
2010年「センチュリオン」(未)
2010年『Fable III』(Video Game)
2009年「ブラッド・クリーク」(未)
2009年「イングロリアス・バスターズ」
2009年「フィッシュタンク〜ミア、15歳の物語」(未)
2009年『Man on a Motorcycle』(短編)
2008年『The Devil's Whore』(TVミニ・シリーズ mini-series)
2008年「バイオレンス・レイク」(未)
2008年『Hunger』
2007年『Wedding Belles』(TVムービー)
2007年「エンジェル」
2007年「300<スリーハンドレッド>」
2006年「名探偵ポワロ」(TVシリーズ) “葬儀を終えて”
2006年『Trial & Retribution』(TVシリーズ)
2004年〜2005年『Hex』(TVシリーズ)
2005年『Our Hidden Lives』(TVムービー)
2005年『Murphy's Law』(TVシリーズ)
2005年『William and Mary』(TVシリーズ)
2004年「シャーロック・ホームズ:淑女殺人事件』(TVムービー)
2004年『A Bear Named Winnie』(TVムービー)
2004年『Julian Fellowes Investigates: A Most Mysterious Murder - The Case of Charles Bravo』(TVムービー)
2004年「レジェンド・オブ・サンダー(TVムービー)
2003年『Carla』(TVムービー)
2002年『Holby City』(TVシリーズ)
2002年『NCS Manhunt』(TVシリーズ)
2001年「バンド・オブ・ブラザース』(TVシリーズ)
2001年『Hearts and Bones』(TVシリーズ)

英国出身の美男系列の俳優は、出演作で裸になる頻度が高いとは思います。昔からね。うちの豆子ことショーン・ビーンもそうだし、英国演劇界は実力を伴った美形俳優、美形女優の宝庫ですが、おそらくそれ故に出演する作品で服を脱ぐことも多くなるのでしょうかね。まあ、新教徒の古いモラルにいまだ縛られる国の俳優さんたちよりかは、演技に対する考え方も姿勢もより柔軟に、大胆になる可能性はありますでしょう。その延長で、肌を見せることへの抵抗も少なくなるのかもね。ただまあ、個人的には、たかが俳優が映画で裸になったぐらいで大騒ぎするこたぁ全くないと思いますけどね。裸、裸っていちいち煩いんだよ、それぐらいのことで騒いでんじゃねえよ。…ということです。

英語圏では“Fassy”という愛称で呼ばれるマイケルも、ヨーロッパ人種特有の翳りを帯びた天性の美貌に、無駄な贅肉をそぎ落としたスレンダーな身体という、とにかくカメラ映えするルックスのせいで、過去の出演作でも肌を露出するシーンが多かった人です。

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確かに、今のマイケルのキャリアの土台となった“裸の大将武勇伝”(笑)の集大成は、2012年度の映画界の賞レースで大健闘した主演作「SHAME」でしょう。今作では、劇中で彼が服を着ている印象がほとんど残らないほど(笑)、男裸一貫、生まれたまんまの姿で勝負やぁ!とばかりに(違)、潔くすっぽんぽんでございました。
しかし、この「SHAME」を観たときは、世界がわあわあ騒ぐほど特に“挑発的”であるとか、“アンモラル”だとは全く思わなかったのも事実。話題が先行している性に関わるシーンは、むしろ必要最小限に抑えられており、肝心のシーンも大層オシャレに非常に美しく、時にはエレガントにすら撮りあげられていましたもの。スティーヴ・マックィーン Steve McQueen監督は元々コマーシャルを撮っていた経験があるので、元々は、重度の依存症に苦しむ男のお話という暗鬱なストーリーの重さを、ファッショナブルな映像で上手い具合に緩和できていたと思うのです。

従って、映画は全編、極力感情を抑えた語り口で、それぞれの抱える孤独から端を発する“依存症”に悩む兄妹の、不器用極まる触れ合いを描いていました。私個人は、世間様のこの作品に対する異常なリアクションとは少し異なる感慨を持ったので、これについて後ほど詳しく考えてみたいと思います。

それでは、ここで、マイケルの裸の大将武勇伝(笑)を簡単に振り返ってみましょうね。

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銀幕初登場となった「300<スリー・ハンドレッド>」では、まあ時代設定が時代設定だし、仕方ないかなと思う面も…

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無名時代の若手俳優が必ず通る道であるホラー映画「バイオレンス・レイク Eden Lake」も、まあ仕方ないよねで済ませられるも…

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フランスの映画作家フランソワ・オゾン監督が挑んだ初の英語コスチューム・プレイ「エンジェル Angel」は、馥郁とした文芸作品の中に投下される容赦ないシニシズムが、逆説的に哀れなヒロインへのオゾン自身の共感を暗示するもの。これならマイケルが服を脱ぐ必要もあるまいと思われましたが、複雑な感情が交錯する物語を描く思慮深い演出とは全く無関係に、やっぱりすっぽんぽんにされ…(これはオゾンの個人的な趣味かなと思う)。

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珍しく服を脱ぐシーンが皆無だったのでは?と思われた大ヒット作「X-MEN:ファースト・ジェネレーション X-MEN: First Class」ですら、女装という変化球の併せ技で肌を露出(本編にはこのシーンはありませんが・笑)…

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英国の片田舎でダンサーを目指す15歳の少女の、センシティヴでほろ苦い成長記録である「フィッシュタンク〜ミア、15歳の物語 Fish Tank」。ここでは、ヒロインの母親の愛人という役柄上、それはもう水を得た魚のように、これでもかと自堕落なお色気を振りまき(笑)…

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「SHAME」のスティーヴ・マックィーン監督の初メガホン作品「ハンガー Hunger」で、最後は悲惨にも餓死する受刑者を演じたときですら、アイルランドの刑務所ってそういうものなの?と疑問に思うほど肌の露出が多く…。ただ、ハンガーストライキが進むにつれ、マイケル自身もどんどんどんどんどんどんどんどん痩せ細っていくので、最後は贅肉と脂肪のほとんど全てをも脱いでしまう、直視できない姿に…

若い頃のショーン・ビーンのように、“ヒロインの恋人”もしくは“ヒロインの夫”という、言葉は悪いですがいわゆる“添え物”的な扱いの役柄に多くキャスティングされたことも、肌の露出と大いに関係していたのではないかと推測します。まあご本人は、芝居で服を脱ぐことに対して妙に構えたりしない、あっけらかーんとした素直な性格の方のようですし、演技のためとあらば、ドクターストップがかかるほど極限まで体重を落としたり、フル・フロンタルでスクリーンに登場することに躊躇しない、“役者バカ”。裸、裸とことさらに大騒ぎされますが、それはあくまでも演技の延長線上にあるだけのことです。

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彼自身、役者としてはまだまだ進化の途上にあるでしょうが、その演技の基本は昔から今も変わらず、台詞回しに頼るタイプではなく、自身の演技力に酔う大仰な役者でもありません。自分が演じるキャラクターの中にするりと入り込み、ごくごく自然にそのキャラクターの手や足や顔を動かしていく。どんなリスクがあろうとも演技に献身し、自分自身のエゴは一切排除し、“キャラクターを自然に動かすこと”のみに全身全霊を捧げ、彼自身の肉体のように、無駄な贅肉を一切そぎ落としたソリッドな演技者を今後も目指していくのでしょう。



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「SHAME」では、そもそも作品自体が、他者と上手く関係を築くことが出来ない現代人の不毛をあぶりだすことに、ひたすらストイックに献身しています。不特定多数の女と忙しなく同衾しながら、心の中に空洞を抱えた主人公ブランドンの姿を追い続けることで、根源的な本能に支配されるがまま感情や思考を失った現代人像をフォーカスするのです。曖昧さを助長するだけの主観的描写は一切ありません。ブランドンを演じるミヒャもまた、修行僧のように厳格な佇まいで、“多数の現代人の象徴”を表現することに脇目もふらず没頭していました。

この“すべてのシーンが客観的、行動観察的”ストイシズムが、「SHAME」という作品のクレバーな側面であるのでしょう。よくある昼メロドラマのように、ブランドンと、彼とは正反対の激情型人間である妹シシーの、辛い過去の体験を回想シーンで入れてしまうような無粋なマネは犯しませんでしたものね。ニューヨークという大都会を舞台にしながら、全編ほぼブランドンとシシーしか登場しない密室劇であり、ブランドンが屋内にいようが外に出ようが、カメラは絶えずブランドンの表情の仔細な変化まで逃さず写し取り、彼に密着し続けます。スクリーンに悲痛な切迫感と息苦しさが溢れるのも、ブランドンとシシーが繭のように周囲に張り巡らした完全に閉じた世界を、映画が凝視しているため。しかも、過去も未来も一切考えない、現在という時間軸のみに閉じこもった作品でもあるからなのです。

依存症を解析することが、この作品の目的ではありません。また、ブランドンとシシーがなぜ病的なまでに依存してしまうのか、その原因を追求する作品でもありません。
仕事をしている時以外のすべての時間を、仕事が要求するエネルギー以外のすべてのエネルギーを、自分の感情さえもすべて、快楽を得ることにのみ費やしている生活は、一人ぼっちで暮らしているブランドンにとって、ある意味理想的なライフスタイルだったといえるかもしれません。映画は、シシーという異分子がブランドンの日常生活に飛び込み、彼ら兄妹間の殺伐としたやり取りによって、ブランドンがしがみついていた危うい均衡が破壊されていく様を、ただ黙って見つめているだけです。
正気と狂気の境界線を見失ったブランドンは、リストカットして死にかけていた妹を放置し、一晩中、性を漁り耽溺する本性を解放してしまいます。とはいえ、やはり彼は妹を放っておくこともできず、最終的に家に戻り、妹を救おうと必死になります。それは、大嫌いな妹との絆を切らせまいとする行為であり、また、誰とも心の内を共有してこなかった従来のブランドンにとって、明らかに自己矛盾する行為であります。でも彼は、他者とのわずらわしい“関係”から逃げることを止めたのですね。彼の“依存症”は、他者との親密な繋がりを持つことを恐れる反面、それらを拒否して孤独に陥る事態をも、無意識のうちに防ぐために成立したのではないかとすら思えます。彼がぎりぎりのところで持ちこたえていたというのは、結局のところ、他者とコミュニケーションしないでも発狂せずにいられる限界の状態で生きていたことを意味する気がしてなりません。

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大体、そんな生活が長続きするはずがありません。シシーはシシーで、他人との刹那の関係にべったり寄生するやっかいな人間ですが、兄の限界値が刻々と近づいていることを知ってか知らずか、フラリと現れて兄に擦り寄ってきました。彼女は彼女の抱える依存症を兄にまともにぶつけることで、結果的にその兄に荒治療を施したことになりますね。すなわち、恥も外聞もなく、無理やりにでも他者と関わりを持つことを促す、というね。
ブランドンもシシーも、お互いがお互いに根源的な問題を投げつけ合ったことで深い傷を負ったものの、彼らの心の奥底に溜まっていた澱みを吐き出したのではないかと思いますよ。時間はかかるでしょうが、これから先、堕ちるところまで堕ちたどん底からの新たな一歩を、二人共に踏み出せるのではないでしょうか。最後のシーンにおけるブランドンのなんともいえない表情のアップを見ていて、彼のげっそりとやつれきった頬に、一縷の希望の光が差したような錯覚を覚えたものです。

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その錯覚は、たとえ錯覚に終わったとしても、なかなか悪くはない後味でしょう。

「SHAME -シェイム-」(2011年)
監督:スティーヴ・マックィーン Steve McQueen
製作:イアン・カニング&エミール・シャーマン
脚本:スティーヴ・マックィーン&アビ・モーガン
撮影:ショーン・ボビット
プロダクションデザイン:ジュディ・ベッカー
衣装デザイン:デヴィッド・ロビンソン
編集:ジョー・ウォーカー
音楽:ハリー・エスコット
音楽監修:イアン・ニール
出演:マイケル・ファスベンダー(ブランドン)
キャリー・マリガン (シシー)
ジェームズ・バッジ・デール(デイヴィッド)
ルーシー・ウォルターズ(地下鉄の女)
ニコール・ベハーリー(マリアンヌ)

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…ただし。

私はもう既に、デヴィッド・クローネンバーグ監督の傑作「クラッシュ Crash」を観ています。行き着くところまで行き着いた愛の最果てを描く、究極の“愛の喪失と再生”の物語。これこそ、“現代人の不毛”を象徴的に描いた映画だと思うのよ。「SHAME -シェイム-」を観て衝撃の問題作だなんだと騒いでいる人たちは、ぜひ一度デヴィッド・クローネンバーグという天才が撮った映画「クラッシュ Crash」を見てほしい。
「クラッシュ Crash」を咀嚼してしまった後では、私にとってはこの「SHAME -シェイム-」も、不毛へのアプローチが手ぬるいと思えて仕方がない。…「クラッシュ Crash」を観てくれれば、私の言っている意味も分かっていただけるかと。

「クラッシュ Crash」ブログ内記事はこちらから


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「SHAME -シェイム-」を観て、私はクローネンバーグ師匠の「クラッシュ Crash」がどれだけ傑作だったか、ようやく理解できました。究極の不毛からのみ生まれる極限の愛の物語。…師匠の立たれている境地には、わたくしめ、なかなか到達できないようです。まだまだ修行が足りませぬな。

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