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zoom RSS 無くしたのは、信念。―「スーパー・チューズデー/正義を売った日The Ides of March」

<<   作成日時 : 2014/10/12 01:28   >>

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ジョージ・クルーニー兄貴はきっと、シドニー・ルメット監督が得意としていたような、“社会派サスペンス・エンターテイメント映画”の傑作を撮ることを目指しているのでしょう。自分が主張したいことをただ声高に叫ぶだけのプロバガンダでは、映画は面白くなりません。“良い映画”の価値は、描こうとするテーマをどれだけ上手く表現できるかということと同時に、如何に上手く観客を騙せるかという部分にもあります。

その意味では、クルーニー兄貴が言うように、“社会に啓蒙したいテーマ”と“観客にスリルやサスペンスを提供するエンターテイメント”は、映画という媒体において共存は充分可能でしょう。

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アメリカの大統領選というのは、日本における首相の選出とは比べ物にならぬぐらい、社会的な狂騒を引き起こすビッグ・イベントです。この作品では、3月15日のスーパー・チューズデーを目前に控えて緊迫感の漂う大統領選中に、民主党の候補者の選挙参謀を務める男が味わった政界の魑魅魍魎化かし合いを描きます。一コンサルタントから政治の世界に転進した主人公スティーヴンは、自らが信じていた正しい政治、心酔する未来の大統領候補の補佐に奔走しながら、たった一つのミスから思わぬ方向へ転がる運命に翻弄され、やがて自身のピュアネスを失っていきます。大切だったはずのものをあっけなく手のひらから取りこぼしたことに気付いたときには、既に全てが手遅れでした。「オール・ザ・キングスメン」「候補者ビル・マッケイ」といった過去の問題作が描いてきた、崇高な信念を持っていたはずの人間が、政治の世界で翻弄されていくうちにいつしか心の底まで堕落していくといったストーリーを今作も踏襲しているわけですね。ただ、今作でスポットライトが当てられているのは、政治の表舞台に立つ政治家本人ではなく、いわゆる“選挙屋”と呼ばれる彼らを影で操るブレーンであるところに、新味があるといえます。文字通りのゲーム感覚で面白おかしく進む選挙ゲームの浮薄を暴くことで、“政治”そのものが抱える空疎な実態を暗示したかったのか。あるいは、今どき、政治家当人に清廉な精神と信念を求める人間など、この社会にいないからでしょうかね(笑)。“政治家”なんざ、所詮利権にまみれた“ブレーン”達の操り人形に過ぎず、ただのお飾り以上のものじゃないとでも言いたげです。この作品が描く“政界のモンスター”誕生物語は、大昔から飽くことなく繰り返されてきた人間社会の愚かな真実であることを、観客の側もよく知っています。クルーニー兄貴もそれを充分承知した上で、あえて使い古されたモチーフをより一層シニカルに料理したのではないかと推理してみます(笑)。

選挙が一種の巨大なゲーム、しかも大金が動くビジネス・ゲームと化しているアメリカならではの物語背景だと思います。今作は、先ほど例に挙げた名作よりも一歩進んで、“政治家”という存在の抱える矛盾、引いてはアメリカ式民主主義の抱える矛盾をはっきりと明言する台詞が飛び交います。

「大統領は必要のない戦争を仕掛けることもできる、社会を破綻させることもできる、しかしただ一つ、選挙対策本部で働くインターンは絶対にファックしてはならない」

私には、政治家の正義を彼らの“下半身の貞節”に求めるアメリカ式政治モラルの空しさを、自ら懺悔でもしているように感じられましたね。鉄壁のリベラル派で知られるクルーニー兄貴だからこそ出来た、究極の自己批判映画でしょう。ピュアネスを失ったスティーヴンは、騙し騙され、嘘が真実としてまかり通る政治の世界で、頭脳だけを頼りに自らの前に立ちはだかった敵を全て倒してしまいます。これも、過去の作品群にはなかった展開かもしれません。しかし、“試合に勝って勝負に負ける”なんていう言い回しがあるように、生き残りを賭けた最後の“ゲーム”後の彼の未来には、目標を達成した純粋な喜びなぞあろうはずもなく、また当初彼が夢見ていたような希望あふれる社会も存在しないことが暗示されます。
いみじくも、政治家の番記者が映画冒頭で語ったように、“誰が大統領になろうが、結局何も変わらない”ことが最後に分かるわけです。その砂を噛むがごときの寒々しいラストは、充分に後味の悪いもの。しかしこの顛末は、なにもアメリカだけに限ったことではないでしょう。

大統領選の喧騒を舞台にした狸と狐の化かし合い、政治という究極の心理戦争を描いた作品として、豪華なキャスト陣を贅沢に使った割にはちょいと弱い部分があるのは確か。二転三転するストーリーなのに、あまりスリルを感じなかったせいでしょうか。割と早い段階で、先の展開が読めてしまったんですよね(苦笑)。ですがまあ、ストーリーに張られた伏線も無事回収し、リスクを恐れずシニカルな結末を破綻なく描ききった脚本と、役者たちの顔のクローズアップを多用して、彼らの高い演技力を生かしたクルーニー兄貴の演出力には“ご苦労さん”と申し上げておきますね。音楽の使い方も、兄貴らしくて好き。兄貴と、ビジネス・パートナーのグラント・ヘスロヴ(脚本と製作担当)が5年がかりで完成させたこの意欲作、原作は舞台で話題になった戯曲なのだそうです。なるほど道理で、台詞回しがしゃれていたわけだ。

原題の“The Ides of March”とは、古代ローマの暦で3月の中日つまり3月15日を指すのだそうです。と同時に、かのローマの英雄シーザーが、共和制消滅を恐れる反乱分子の一人ブルータスによって暗殺された日でもあります。つまり、この作品におけるカリスマ的英雄“シーザー”が、クルーニー兄貴演じるリベラル派の理想的な大統領候補モリス知事であり、彼の息の根を実質上止めてしまう“ブルータス”は、主人公スティーヴンに他ならない、というわけ。

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「スーパー・チューズデー 〜正義を売った日〜 The Ides of March」(2011年)
監督:ジョージ・クルーニー
製作:グラント・ヘスロヴ &ジョージ・クルーニー&ブライアン・オリヴァー
製作総指揮:レオナルド・ディカプリオ他。
原作:ボー・ウィリモン 舞台劇『Farragut North』
脚本:ジョージ・クルーニー&グラント・ヘスロヴ&ボー・ウィリモン
撮影:フェドン・パパマイケル
プロダクションデザイン:シャロン・シーモア
衣装デザイン:ルイーズ・フログリー
編集:スティーヴン・ミリオン
音楽:アレクサンドル・デスプラ
音楽監修:リンダ・コーエン
出演:ライアン・ゴズリング(スティーヴン・マイヤーズ)
ジョージ・クルーニー(マイク・モリス知事)
フィリップ・シーモア・ホフマン(モリス知事の選挙参謀ポール・ザラ)
ポール・ジアマッティ(共和党候補の選挙参謀トム・ダフィー)
マリサ・トメイ(アイダ・ホロウィッチ)
ジェフリー・ライト(トンプソン上院議員)
エヴァン・レイチェル・ウッド(インターン、モリー・スターンズ)
マックス・ミンゲラ(モリス陣営のインターン主任ベン)他。

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ジョージ・クルーニー George Clooney兄貴の監督作品については、実はここここでも触れています。お暇な方はご笑覧あれ。


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