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zoom RSS 張り巡らされた蜘蛛の音−ドナルド・フェイゲン「ナイトフライ The Nightfly」

<<   作成日時 : 2016/08/04 22:24   >>

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1980年代の音楽は、私にとって忘れられない音楽経験であったと同時に、これほど豊穣でバラエティーに富んだ音楽が量産された時代もなかっただろうと思う。80年代に繰り返し聴いた、ドナルド・フェイゲン Donald Fagenのアルバム「ナイトフライ The Nightfly」も、豪奢な80年代を代表する音楽作品だ。

まるで人名のような、奇妙な名前のバンド、スティーリー・ダン Steely Dan (名前の由来は、実はウィリアム・バロウズの「裸のランチ The Naked Lunch」に登場するあるモノなのだが)。彼らは、1972年のデビュー当初こそ普通のバンド形態を維持していたが、デビューから数年後には実質上、バンドの頭脳であるドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカー2人によるユニットになっていた。

フェイゲンとベッカーは元々作曲家志望であり、ロック、ポップス、ジャズ、リズム&ブルース…などなど、多岐にわたる音楽ジャンルに長け、メロディ・メーカーとしての才能に恵まれていた。長い下積みからようやく開放されたデビュー前に、演奏するのに必要なバンド・メンバーの頭数を揃えたのだが、バンドを維持するためには必須であっても、肉体的にも精神的にも負担の大きいライブ活動を嫌っていた。おまけに、アルバム制作時には優秀なスタジオミュージシャンや、外部のスター・ミュージシャン(ジャズ、フュージョン畑のミュージシャンを好んで起用した)をどんどん起用したものだから、フェイゲンとベッカー以外のバンド・メンバーたちの不満はあっという間に限界に達してしまう。
結局、1977年にリリースされたアルバム「彩(エイジャ)」、続く1980年のアルバム「ガウチョ」が批評的にもセールス的にも大成功を収めた頃には、バンド自体はとっくに形骸化していた。ところが、この2作品の成功が、特にベッカーのメンタルに大きなプレッシャーを与えた。彼はドラッグのトラブルを抱えるようになり、音楽活動を停止せざるをえなくなる。

ベッカーとユニットとしての活動を停止したフェイゲンは、1982年に初のソロ・アルバムをリリースした。それが、青春時代の私が非常に大きな影響を受けた作品のひとつ、「ナイトフライ The Nightfly」である。

ナイトフライ
ワーナーミュージック・ジャパン
2006-04-26
ドナルド・フェイゲン

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「ナイトフライ The Nightfly」(1982年制作、リリース)
●収録曲
1.I.G.Y.
2.グリーン・フラワー・ストリート Green Flower Street
3.ルビー・ベイビー Ruby Baby
4.愛しのマキシン Maxine
5.ニュー・フロンティア New Frontier
6.ナイトフライ The Nightfly
7.グッドバイ・ルック The Goodbye Look
8.雨に歩けば Walk Between Raindrops

プロデューサーは、スティーリー・ダン時代の盟友ゲイリー・カッツだし、演奏する面子は、相変わらずアメリカ中から集められた超一流ミュージシャンばかり。
あらゆる音楽ジャンルを自由自在にクロスオーバーする、摩訶不思議で複雑なメロディ・ラインと予測不能なコード進行。
一度耳に馴染むと二度とそこから離れない中毒性を持つ、癖のある転調とうねるグルーヴ。
最高の録音技術を駆使して構築された、豪華絢爛にして、一分の隙も狂いもない、完璧に計算されたサウンド(全てデジタル録音された最初のアルバム)。
フェイゲンの鼻にかかる独特の歌声と、不条理きわまる世界を表現した難解な歌詞。
異様なまでの“完全”への執念と病的な潔癖性、しかし、それとは対照的なポップなメロディが織り成すアンビバレンス。
もちろん、アルバム収録曲中、“捨て曲”だのというものは、一つも存在しない。

全てが、スティーリー・ダンそのものだ。

…まあ、スティーリー・ダンの頭脳にして全てであったフェイゲンが作っているんだから、当たり前といえば当たり前だが。

このアルバムが発表された当時、大好きだったバンドTOTOの名ドラマーであるジェフ・ポーカロ Jeff Porcaroが参加していたこともあって、本当によく聴きこんだものだ。私は別に技術者でもミュージシャンでもないので、専門的なことはわからないが、とにかく変幻自在のメロディの中で踊っている一つ一つの音を拾えるほど、集中して聴いていた。また、ドナルド・フェイゲン=スティーリー・ダンの音楽世界は、聴く者の聴覚を知らず支配してしまう。ふっと我に返ると、時間が経つのも忘れてじっくり聴きこんでいたという状態になるのだ。

縦横無尽に、完璧に張り巡らされた蜘蛛の糸に絡めとられ、フェイゲンという偉大かつ巨大な音に飲み込まれる体験は、恐怖と隣り合わせの快感だといえる。

この「ナイトフライ」が、やはり批評、セールス両面において大きな成功を収めた後、さすがのフェイゲンも尋常ならざる緊張を強いられるアルバム制作に疲れたか、10年の間沈黙を保つ。そして1993年に、待望の2枚目のソロ・アルバム「KAMAKIRIAD」がリリースされるのだが、この作品のプロデュースを、ドラッグ中毒から立ち直ったウォルター・ベッカーが担当。それが縁で、再び2人コンビを組んでの活動が再開し、なんとライブも積極的に行うようになったのだ。上記動画は、1996年のステージで披露されたフェイゲンの名曲“I.G.Y.”。私が「ナイトフライ」の中で最も好きな楽曲でもある。今でも一緒に歌えるほどだ(笑)。

そして、これらのスティーリー・ダンとしての活動も、2000年のアルバム「トゥー・アゲインスト・ネイチャー Two Against Nature」と、2003年のアルバム「エヴリシング・マスト・ゴー Everything Must Go」として結実している。偉大なる“ミュージシャンズ・ミュージシャン”は、いまだ健在なのだ。

いわゆる音楽業界の方のご意見はまた違うのだろうが、私が個人的に最も愛しているフェイゲンの作品は、リアルタイムで聴いていた思い入れ込みで、やはり「ナイトフライ The Nightfly」だ。スティーリー・ダンの名作「彩(エイジャ) Aja」(1977)も「ガウチョ Gaucho」(1980)も聴き込んだが、マニアックに探求された音世界が、よりポピュラーな魅力を奇跡的に兼ね備えているのが、この「ナイトフライ」だと思うからだ。フェイゲンのヴォーカルも最も脂がのっていた頃だし、彼にとってこの作品はやはりピークだったのではないだろうか。

では最後に、2012年11月15日、デヴィッド・レターマンの人気トーク・ショー“Late Night with David Letterman”で演奏された楽曲"Weather In My Head"の動画をば。

Donald Fagen On Late Night with David Letterman, "Weather In My Head" from his album "Sunken Condos"



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