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zoom RSS 時代を映した音楽と映画ー「ナッシュビル Nashville」

<<   作成日時 : 2016/01/20 15:07   >>

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2006年に製作されたロバート・アルトマン Robert Altman監督の遺作「今宵、フィッツジェラルド劇場で A Prairie Home Companion」を観た時、ああこれは「ナッシュビル Nashville」の完結編なのだなと感じたものです。と同時に、映画人としての人生に幕引きをしようとした監督の、一種の走馬灯的作品であったのだろうとも。残念ながら、作品の出来としては監督自身の最盛期である「ナッシュビル Nashville」に及びませんでしたが、「ナッシュビル Nashville」に登場した人物達が、その後どのような人生を歩んだのか、窺い知れるようなシビアな描写が施されていました。人間を愛するが故の人間性へのシニカルな視線、時に冷笑的にすら感じられる観察者としてのシビアな視線には迷いがありませんでしたね。

「今宵、フィッツジェラルド劇場で A Prairie Home Companion」には、フォークソングやカントリー・ミュージック最盛期に作られた「ナッシュビル Nashville」に満ちていたパワーは既に薄れており、その名残のようなものが仄かに漂っていました。今の時代、フォークソングやカントリーは多くのアメリカ人が懐かしく思い出す過去であり、“保護すべき文化遺産”であり、ミュージック・シーンの中心に君臨することはないのかもしれません。

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いずれは完全に消えるかも知れないそれらの音楽の名残を惜しみ、いとおしんでいる監督の姿が目に浮かぶようですね。人生の最期に彼がやろうとしたのが、愛して止まぬ音楽の残照をスクリーンに集めることであったのは、大変興味深いと思います。生前の監督自身は、出身地カンザスで愛されていた土着型ジャズの大ファンであることを公言しており、自分で作曲まで手がける熱の入れようでありました。なのでてっきり私も、アルトマン監督は、フォークやカントリーなどのルーツ・ミュージックには冷ややかだったのかなあと思っていたのですよ。
しかし、改めて遺作となった「今宵、フィッツジェラルド劇場で A Prairie Home Companion」を観直すと、全てのものの“ルーツ”には、そこから派生して進化していったあらゆる形態の子孫達の全てのDNAが含まれているのだというシンプルな事実に気づかされるわけです。つまり、ジャズだろうがゴスペルだろうがフォーク、カントリー、ロックンロール、全ての音楽の始祖を辿って行けば、皆自然と一つの場所に集まることになるのではないか、ということなのですね。遺作における、ルーツ・ミュージックとその音楽家達への達観した愛情の眼差しを思い出すにつけ、監督自身も最晩年に至って漸く、その事実を苦笑いしながら受け入れたのかなあと思ってしまいますねえ。

晩年のロバート・アルトマン監督の脳裏をよぎったに違いない、自身最盛期の作品「ナッシュビル Nashville」(1975年)は、ある時代のアメリカの姿を克明に描いた作品です。

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「ナッシュビル Nashville」(1975年)
監督:ロバート・アルトマン Robert Altman
製作:ロバート・アルトマン
脚本:ジューン・テュークスベリー
撮影:ポール・ローマン
音楽編曲、監修:リチャード・バスキン
編集:シドニー・レビン&デニス・ヒル
選挙キャンペーン監修:トマス・ハル・フィリップス
出演:デヴィッド・アーキン
バーバラ・バックスリー
ネッド・ビーティー
カレン・ブラック
ロニー・ブレークリー
ティモシー・ブラウン
キース・キャラダイン
ジェラルディン・チャップリン
ロバート・ドキ
シェリー・デュバル
アレン・ガーフィールド
ヘンリー・ギブソン
スコット・グレン
ジェフ・ゴールドブラム
バーバラ・ハリス
デヴィッド・ヘイワード
マイケル・マーフィ
アラン・ニコルズ
デイブ・ピール
クリスチナ・レインズ
バート・レムゼン
リリー・トムリン
グエン・ウェルズ
キーナン・ウィン
エリオット・グールド&ジュリー・クリスティ(友情出演)

ラブ&ピースを説くフラワーチルドレン、ドラッグ、フォークソングにカントリーミュージック、ケネディ暗殺にベトナム戦争、政治とエンターテイメント業界の結びつき…。これらのキーワードで象徴される60年代から70年代にかけてのアメリカという国を、当時流行った音楽に乗せて鮮やかに素描しています。

精神の自由だの反権力だのを主張する一方で社会からは“落伍者”の烙印を押されてしまう人達の猥雑さ、哀しさ、刹那の輝きを、雑多な登場人物の細かいエピソードを綴れ織りのように折り重ねながら、最後に広げた大きなキャンパスに集めていく手法。アルトマン監督の十八番ですね。今回、愛すべき市井の人々が“ルーツ・ミュージック(アメリカのルーツたるカントリー・ミュージック)”をキーワードに繰り広げる賑やかなエピソードを繋げるのは、ケネディその人を思わせるような新大統領候補ハル・ウォーカーの喧しい選挙キャンペーン用宣伝カーであったり、無名時代のジェフ・ゴールドブラム演じる神出鬼没の流れ者狂言回し(セリフもない)であったりします。

また、有名無名を問わずフリーダムに集められた歌手達は、最後にウッドストックを連想させるステージ“ナッシュビル・フェスティバル”に立つのですが、それを主催するのは、歌手達が最も敬遠していたはずの嫌悪すべき政治家であったり。さらには、新大統領候補の政治家ウォーカーを支援するパーティー以外のなにものでもなかったカントリー・ミュージックのための祭典の場で、よりによってケネディ大統領暗殺そっくりの事件が再現されてしまうという皮肉と恐怖。おまけに、凶弾に倒れるのが政治家ではないという部分にも、皮肉の念押しというか、強烈な毒が隠されていますね。

結局この作品は、古き良き“アメリカの原風景”を描いているようにみせかけて、実は現代病に侵された社会構造をあぶり出すものだったと分かりました。極めて優れた、本当の意味での“アメリカを描いた”映画だと私は思っています。

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よく指摘される通り、アルトマン監督はこの作品を主モチーフであるカントリー・ミュージックに捧げているわけでは決してありません。この作品では、背景に常に流れ続けるカントリー・ミュージックはあくまでも、映画を見る観客のガイド役に徹しています。時にはストーリーの牽引役となり、またある時にはシーンの盛り上げ役にもなり、別のシーンでは登場人物の心模様を代弁したりする役割なのです。映画の背骨を支える大活躍はしますが、カントリーそのものがテーマではない。もしあなたが熱心なカントリー・ミュージック・ファンで、カントリーを礼賛するような要素を今作のストーリーラインに求めたとしたら、その期待は大きく裏切られることになるでしょうね。前述したように、この作品の目指す終点は、アメリカ社会の歪さや矛盾、滑稽さをひっくるめた上での、彼の国への愛おしさを描くことなのですから。




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