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zoom RSS “三匹のこぶた”とりかえばや物語―「3びきのかわいいオオカミ」

<<   作成日時 : 2016/03/15 00:06   >>

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いわゆる有名童話のパロディ的作品は、世に山と存在するわけですが、なかでもとりわけ出来が素晴らしいものを一つ御紹介したいと思います。

“三匹のこぶた”という寓話は、シンプルでありながら何気にリアルで残酷な描写も織り込まれたお話だけに、却って読者の妄想を掻きたてる題材なのかもしれません。以前当館でも取り上げたことがある、故黒田愛氏の作品「三匹のぶたの話」も、意表をついた観点から原作を大胆に咀嚼しなおした快作でした。これから御紹介する作品は、おそらく誰もが一度は考えたけど、やはり固定概念やモラルが邪魔して作品としてカタチにできなかった、そんな種類の、ある意味タブーに挑戦した作品だと思います。


3びきのか弱き動物達は、いかにして強大な悪と戦い、そして絶望的状況下で活路を見出したか。

3びきのかわいいオオカミ
冨山房
ユージーン トリビザス

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「3びきのかわいいオオカミ The Three Little Wolves and The BIG BAD PIG」
文:ユージーン・トリザビス Eugene Trivizas、 絵:ヘレン・オクセンバリー Helen Oxenbury、 訳:こだまともこ
(富山房刊行)

マダム・オオカミには、可愛い可愛い3匹の息子たちがありました。長男オオカミは真っ黒、次男オオカミは灰色、末っ子オオカミは真っ白。3匹とも素直で優しくておとなしく、マダムの言いつけをよく守る良い子でした。けれど、マダムもそろそろ子育てから解放されたいと思い始め、ある日、家から3匹を巣立ちさせることにしたのです。厳しい世間に出て行くには、いささか頼りないオオカミ達ではありましたが、まあ、3人寄らば文殊の知恵とも申します。それに、矢も1本では簡単に手折られてしまうけれども、3本まとめておけばそうそう簡単には折れないはず。3匹のオオカミ達は意気揚々とマダムの家を出て行きました。

この世界には、極悪面した性質の悪い大ブタがのさばっており、地元で暴れるヤンキーさながら、動物達の脅威となっておりました。ですから3匹のオオカミ達も、まず最初に自分達だけの立派な家を作ることにしました。カンガルーのママが、手押し車にレンガを山のように乗せて運んでいます。カンガルーはハードなキック力の持ち主。我が家を補強する必要があるのでしょう。オオカミ達はカンガルーに頼んでレンガを分けてもらい、協力して家を建てました。
さあ、これで大丈夫。器用なオオカミ達はあっという間にプロの職人顔負けのレンガの家を建ててしまい、広い庭で優雅にクロッケーをして楽しんでいます。そこへ、自分の縄張りをパトロールしていた大ブタがやってきました。マダムの言いつけどおり、オオカミ達は野蛮な大ブタの姿を見ると、すぐさま家の中に逃げ込んで鍵をかけてしまいました。
動物は本来、目の前で背中を見せて逃げるモノを追う習性があります。大ブタも本能の命ずるまま、家の中でブルブル震えているオオカミ達を恫喝しました。
『おい、ワシを見て逃げ出すちゅうんはエエ根性や!中に入れくされや、ボケが!』
オオカミ達は震える声で拒否。
『ほー?ほしたらなにかい!おまえら、ワシがこの家ぶち壊してもエエっちゅうんやな!』
自慢の鼻息で家を吹き飛ばそうとした大ブタですが、さすがにレンガは鼻息ぐらいで飛びゃしません。いきりたった大ブタは、大型ハンマーを持ってきて文字通りレンガの家をぶち壊し始めたのです。いきなり飛び道具とは卑怯千万。オオカミ達は家の下敷きになる前に、ようよう逃げ出すので精一杯でした。

これじゃダメだ。スティーヴ・ジョブズも言ってたじゃないか、“違う方法で考えろ”って。オオカミ達は発想の転換を試み、もっと丈夫な家を建てることにしました。そこで、コンクリートミキサーでコンクリートをこねていたビーバーに頼み、乾燥させる前のコンクリートをたくさん分けてもらいました。しかし最近のビーバーは、木ではなくコンクリート製のダムを建設するのですね。技術の進歩を実感します。
3匹のオオカミ達は一致団結し、コンクリート作りの頑丈でモダーンな家を建てました。要塞のような家の前にテニスコートをこしらえたオオカミ達は、やっと安心してテニスに興じることができたのです。しかしまたしても、ストーカーのごとき執念深さで大ブタが登場。オオカミ達のコンクリートの家を見つけてしまいました。オオカミ達は光よりも早く家の中に逃げ込み、しっかと鍵をかけました。
『おい、ヘタレのオオカミども、ワシを中に入れくされや、ボケが!』
奥歯をがたがた鳴らしながらも、オオカミ達は大ブタを拒絶。
『ほー?ほしたらなにかい!おまえら、ワシがこの家ぶち壊してもエエっちゅうんやな!』

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基本的に血の巡りがあまりよろしくないのか、大ブタはまたしても鼻息でコンクリートの塊を吹き飛ばそうと躍起。家がびくともしないとみるや、すぐさま電気ドリルを持ってきて、コンクリートの壁といわず天井といわず、全てを粉々に砕いてしまったのです。オオカミ達は、ぴんぴんのひげの先っぽを、文字通り恐怖でぴんぴんにしながら逃げ出しました。

良いアイデアだったけど、きっと詰めが甘かったんだ。3匹のオオカミ達は、もっともっと丈夫な家を作る決意を固めました。トラックに、鉄条網や鉄骨、鉄板、鉄の南京錠を満載して走っていたサイに頼み込み、刑務所でも建てられそうな材料を分けてもらいました。このサイ、一体何に使うのかよく分からないのでありますが、上記した恐ろしげな材料の他にも、防弾ガラスや鋼の鎖までオオカミ達にくれたのです。…やっぱりこのサイは、これから刑務所か収容所でも作る予定だったのでしょう。
しかしオオカミ達にとって、普段はとっても優しくて気前の良いサイの、隠された裏の商売のことなど知ったこっちゃありません。もらった材料で、アルカトラズ刑務所も裸足で逃げ出す勢いの、すさまじい砦の家をこしらえました。家の周りには鉄条網が張り巡らされ、夜間も背の高いライトで周囲を照らし、大ブタ襲来に備えます。もちろん家そのものも鋼鉄と鎖と鉄格子で完全防備。これで安心です。
オオカミ達が庭で石蹴りをして遊んでいると、またしても大ブタが姿を現しました。3匹はアルカトラズ砦の中に転がり込み、差込錠と67個の南京錠を全てかけてしまいます。今回も、大ブタはまずドアについていたインターホンに向かって怒鳴りました。
『おい、ヘタレのオオカミども、ワシを中に入れくされや、ボケが!』
オオカミ達は、大好きなお母さんから譲ってもらったお茶の急須に誓って、断固として来訪を拒否。
『ほー?ほしたらなにかい!おまえら、ワシがこの家ぶち壊してもエエっちゅうんやな!』

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大ブタは、これはもはや何かの信念に基づいた行動手順であるのか、再び自慢の鼻息でアルカトラズを吹き飛ばそうと試みました。もちろん、アルカトラズが鼻息で飛んでいったら、それはそれでえらいことです。考えた大ブタは、今度はダイナマイトを強奪してきました。大ブタが導火線に火をつけると、さしもの不落のアルカトラズ砦も木っ端微塵に。オオカミ達は文字通り命からがら逃げ出しましたが、しっぽの先は焦げてしまいました。

失敗は成功の母である。度重なる試練にもめげず、頑張れ、ジョブズの子供たちよ。ジョブズも言っていただろう、“愚かでいなさい”と。
「ボク達、きっと今まで間違った材料でおうちを作ってたんだ。今度は違う風におうちを建てなくちゃ」
素晴らしい。それでこそジョブズの遺志を継ぐ子供たちですね。
そこへ、色とりどりの花をたくさん積んだ手押し車を押しながらフラミンゴがやってきました。オオカミ達は直感に従い、お花をどっさり分けてもらいました。木の枝で基礎を組み、壁や窓や天井や扉は、様々な種類の美しいお花で埋め尽くします。床にもヒナギクのカーペットを敷き、スイレンの花が浮かんだ風呂桶は家の外、冷蔵庫にはヒヤシンスのお花を入れます。完全ナチュラル素材、家のあちこちから花の甘い香りが漂う、素朴だけれど素敵なおうちが完成しました。
ところが、幸せだったオオカミ達の前に、ある日またしても大ブタが現れました。そしてまたしても、お花の家の玄関のブルーベルを几帳面に鳴らします。…同じ手順を律儀に繰り返すのは童話の王道ですが、きっと大ブタの性格も影響していると思われます。
『おい、ヘタレのオオカミども、ワシを中に入れくされや、ボケが!』
今度は逃げ場のない状態のオオカミ達、プルプル震えながら3匹で抱き合って、それでも果敢に大ブタを拒絶します。
『ほー?ほしたらなにかい!おまえら、ワシがこの家ぶち壊してもエエっちゅうんやな!』
今回のお花の家は見るからにか弱そうで、大ブタの自慢の鼻息で本当に吹き飛んでしまいそう。万事休すかと思われたその時、大きく息を吸い込んだ大ブタの鼻腔が、甘い甘い花の香りで満たされました。何しろ花いっぱいのおうちです。大ブタが息を吸い込むたびに、花の香りが彼の五感の中に進入し、それを麻痺させてしまいました。大ブタはいつのまにやら、熱心に花の香りをかぐようになったのです。花の香りに満たされる度、大ブタの心を占めていた無益な怒りの衝動が鎮まりました。そしてついに、彼は電気ドリルやダイナマイトの代わりにタンバリンを手にして踊り始めたのです。そう、到底信じがたい奇跡がここで起こったのでありますね。

半信半疑のオオカミ達ではありましたが、大ブタの暴力衝動が本当に消えたとみて、お花畑の中で一緒に遊びました。そして4匹はすっかり仲良くなり、お花で包まれた素敵なおうちで、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。

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まず最初にお断りを。

本書中では、大ブタは関西弁をしゃべりません(←わかっとる)。しかしながら、ヘレン・オクセンバリーの筆から生み出された大ブタの絵柄が完膚なきまでに憎々しげであり、思わず彼のセリフを変えたくなるのでありますね(笑)。全体としてオクセンバリー女史のイラストは、登場人物(動物)の表情のリアルな人間くささを中和するように、暖かくも繊細、色合いも柔らかく、伝統的な絵本の手法に則ったものです。ですがまあ、これが大ブタの鬼のごとき形相を、なんだか絶妙に浮き立たせているのですよね(笑)。

さて、この作品では、故スティーブ・ジョブズ氏の名言ではありませんが、“think different”を見事に昇華したアイデアが光っています。

まずは、一般的な常識なら“弱い者”としての役割を担わされる子ブタを、一転して“加害者”の側に配置したこと。ありそうでなかった逆転の発想ですね。というのも、私たちは皆、ブタ=いずれ人に食われる運命の生き物、オオカミ=野生生物で人間に媚ず、食物連鎖の上位に位置する生き物という先入観があり、ごく当然のように、ブタ=か弱い生き物、オオカミ=アンタッチャブルな強い生き物という認識が出来上がってしまっているからなんですね。すなわち、ブタとオオカミの力関係は“ブタ(被捕食者)<オオカミ(捕食者)”であるという、古今東西共通する思い込みの完成です。古くから伝わる伝承もみな、当たり前のようにこの認識の上に成り立っていますよね。
ですから、およそオオカミが登場する作品の中で、少しでもオフビートな傾向を持つものであっても、せいぜいが、“強そうに見えるオオカミだけど、実は獲物に恵まれなくて、いつも情けなく腹をすかせているんだよ”という程度。この作品のように、完全に支配・被支配の関係をひっくり返しちゃったお話って、そうそうないはずなんです。この荒業だけで、今作の“ギャップの面白さ”のほぼ大半が完成したといえるでしょう。
前述したように、絵柄が妙にほのぼのとしたタッチであるというのに、肝心のキュートでか弱いはずのブタちゃんが、田舎のヤンキーのごときふてぶてしさで、“ギャップ笑い”のツボを刺激してくれます。さらに指摘するなら、鋭い牙をギラつかせ、空腹から獰猛になっているはずのオオカミたちが、まるでお行儀の良い飼い犬のようにおとなしく、可愛らしく描写されている点でも、再度の“ギャップ笑い”に襲われるはず。

今作では、地獄からの使者のようにただただ恐ろしく、執念深く、底意地も悪く、良いところなど一つもないように見える大ブタ。しかし、よーく絵本を睨んでいると、粗暴な彼の意外な一面に気づいたりもします。
そう、“彼はなにも、最初っから3匹のオオカミ兄弟に危害を加えようとしていたわけではない”ということです(笑)。オオカミ達が最初にレンガの家を建てた時のこと。大ブタは、ただ家の近所を歩いていて、オオカミ達が楽しそうにクロッケーで遊んでいる様子を、たまたま見ていただけなのですよ。それなのに、母親から大ブタの恐ろしさを吹き込まれていたオオカミが、勝手に“自分達を襲いに来た”と勘違いしてしまった、と。さらに不味いことには、大ブタが何もしていないのに、オオカミ達は彼の姿を見るやいなや家の中に逃げ込むという、失礼千万な振る舞いに出ています(笑)。こんなことをされたら、誰だって嫌な気分になるもんです。ましてや、普段から気性が荒く、短気な大ブタなら尚更。
案外ね、原典の方の3匹の子ブタちゃん達も、無意識のうちにオオカミさんに失礼なことをやらかしていたのかもしれませんよね。積もり積もった恨みつらみが、オオカミをして、あのような暴走に至らしめたのでは。今まではとにかく、非力な生き物を襲おうとするものが悪者、という絶対的な認識があったために、襲われる側が起こしたかもしれない過ちについては、見過ごされてきたように思います。今作で、常識をひっくり返してはじめて、今まで見えていなかったそんな部分に気づきました。…とはいうものの、だからといって、オオカミ達の家をぶっ壊していい理由にはなりませんけどね(苦笑)。
もう一つ、完全無欠のヒール役、大ブタの意外な一面を発見。彼、やたら律儀なところがあるのですよ。最終的には、大ハンマーやら電気ドリルやら果てはダイナマイトやら、飛び道具を取り出すくせに、オオカミ達の家に手をかける前は、必ず玄関をノックしたり、ベルを鳴らしたりしています。妙に礼儀作法に則った行動様式の持ち主ですね(笑)。いずれの場合も、オオカミ達が大ブタを拒絶してしまうため、彼らの敵対関係は余計にこじれてしまうのですが。ここで、もしオオカミ達が扉を開けて大ブタを招き入れていたら、事態は悪化しなかったのだろうかなあと、ふと思ってしまいました。
だってこの大ブタ、自然の豊かさに触れることで、最後にはあっけなく改心するのですもの。元々、矯正不可能な悪者だというわけではなかったのでは、と感じますね。

そして、この作品のもうひとつの“逆転の発想”の痛快さは、子ブタ達―この作品ではオオカミ達―がこしらえる家の変遷ですね。原典では、藁葺きの簡単な家→木材を組み合わせた家→れんがの家というように、天敵の襲来を受ける度に、子ブタ達の家がグレードアップしていく格好になっているのですが、この作品ではむしろ逆。
最初に3匹がこしらえたのが、立派なレンガ造りの家。それでも敵の攻撃を防ぎきれなかったため、オオカミ達の家はいったんは近代化の一途を辿ります。科学技術の革新に伴い、人間の社会生活が大きく変化し、ますます便利な方へ便利な方へと流されていったのと、全く同じ進化の道筋をなぞったわけです。ところが、どんなに技術の粋を集めて強固な家を建てても、結局無差別テロのごとき暴力からは逃れられませんでした。科学技術の進化の限界を知ったオオカミ達は、そこでさらに大きく発想を転換させることに。これこそが、いわゆる“think different”ということではないかなあと思いますよ。
“自然に還れ”という発想自体は、科学の急速な進化と、それに伴う自然環境破壊、人々の生活の格差の広がりを危惧した識者によって唱えられてきました。原典が、まるで技術の進化の礼賛、自然よりも科学を尊重せよといわんばかりであったのと対照的に、今作では、頭打ちになった科学妄信の状態を打開するため、改めて自然のままであることの素晴らしさを再確認するようなストーリーになっていると思います。オオカミ達が作った最後の家は、自然のままの素材で作られた、手を加えないナチュラルそのものの家。それが、“敵との和解と、さらなる相互理解”という戦況の大逆転をオオカミ達にもたらし、新しい生き方を彼らに示したのだから、いろいろと考えさせられますね。なんだか、笑ってばかりもいられないような気がするのは私だけかな(笑)。

ともあれこの絵本、子供向けとはとても思えない含蓄に富んだ内容であります。未読の方は一度手にとってみてください。様々な感慨を持たれることでしょう。いついかなる時でも、“think different”は大切なのだなあと、しみじみ感じ入りましたとさ。


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