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zoom RSS 「ナルニア国物語/第3章 アスラン王と魔法の島 The Chronicles of Narnia」

<<   作成日時 : 2017/12/13 23:26   >>

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Netflixでオンライン配信されるマーベルとNetflixとの共同製作テレビ・シリーズの新顔が、この「パニッシャー The Punisher」である。元々は優秀な兵士であった主人公が、社会に戻ってから闇に乗じて悪党どもを処刑する“パニッシャー”となっていくお話。この作品で、かつての主人公の親友でありながら、結局はその因縁の敵にまで堕ちてしまう男に扮したベン・バーンズは、スタイリッシュな悪役演技でキャリアを前進させました。2010年に公開された「ナルニア国物語」シリーズ第3弾では、まだ線の細さが残る王子様ルックが初々しかった彼も、今では憎々しいヴィラン役がすっかり堂に入るようになったんですねえ。懐かしいので、以下に「ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島 The Chronicles of Narnia:The Voyage of The Dawn Treader」の記事を再投稿します。


朝びらき丸は幼少期の終わりを目指す。

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「ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島 The Chronicles of Narnia:The Voyage of The Dawn Treader」(2010年)
監督:マイケル・アプテッド
製作:マーク・ジョンソン &アンドリュー・アダムソン&フィリップ・ステュアー
製作総指揮:ダグラス・グレシャム&ペリー・ムーア
原作:C・S・ルイス
脚本:クリストファー・マルクス &スティーヴン・マクフィーリー&マイケル・ペトローニ
撮影:ダンテ・スピノッティ
プロダクションデザイン:バリー・ロビンソン
衣装デザイン:アイシス・マッセンデン
編集:リック・シェイン
音楽:デヴィッド・アーノルド
出演:ジョージー・ヘンリー(ルーシー・ペベンシー)
スキャンダー・ケインズ(エドマンド・ペベンシー)
ウィル・ポールター(ユースチス・ペベンシー)
ベン・バーンズ(カスピアン)
ティルダ・スウィントン(白い魔女)
ローラ・ブレント(青い星リリアンディル、ラマンドゥの娘)
声の出演:リーアム・ニーソン(アスラン)
サイモン・ペッグ(リーピチープ)他。

ナルニア国の王位継承者カスピアン王子の危機を救い、ナルニアの住人を人間による独裁から守ったペベンシー4兄妹。犠牲者を出しながらも、ナルニアの騒乱を無事平定し、大人になったピーターとスーザンは魔法の国ナルニアに別れを告げた。
その後、現実世界に戻ってきた4兄妹は、戦争のために離れ離れになる。上の2人ピーターとスーザンは、外交官である父親についてアメリカに滞在し、その間下の2人エドマンドとルーシーは、いとこのユースチスの家に預けられることになった。家族から引き離され、親戚の家で肩身の狭い思いをするエドマンドとルーシー。おまけにいとこのユースチスは、理屈っぽくてひねくれ者、底意地が悪い。両親の目を盗んでは、毎日エドマンドとルーシーをいびっていた。ユースチスの部屋の壁に飾られていた帆船の絵を見つめるうち、エドマンドとルーシーの意識は自然と、あの懐かしくも不思議な魔法の国ナルニアへと飛んでいく。ユースチスにナルニアの存在を鼻で笑われたエドマンドは、ついに怒りを爆発させる。そうこうするうち、帆船の絵が奇妙に動き始め、絵から大量の海水が溢れ出した。やがてユースチスの部屋を満たした海水は、エドマンド、ルーシー、ユースチスの3人を飲み込み、ナルニアの大海原へと誘った。
3人が意識を取り戻した時、彼らは見たこともない美しい海の真ん中にいた。目の前には巨大な帆船が。その船は、今やナルニア国王となったカスピアンと、彼の忠実なる臣下達が乗る“朝びらき丸”であった。突然現れたナルニアいにしえの王、エドマンドとルーシーに、船上のナルニア国民はうやうやしく膝を折る。その様子を口を開けたまま見ていたユースチスは、ねずみの騎士リーピチープや怪力自慢のミノタウロスが人間に混じって共存する、まさに御伽噺そのままの光景に仰天し、気を失ってしまう。現実主義の彼には信じがたい光景だったのだ。彼はリーピチープが世話することになった。

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カスピアン一行は、彼の亡き父王の右腕であり親友でもあった7人の大貴族(卿)が探索に向かったといわれる、離れ島諸島を目指していた。彼ら七卿は、父王から直々に賜ったナルニアを守る聖剣を帯びたまま、探索の途上でそれぞれ消息を絶ってしまっていたのだ。カスピアンは、3年がかりでようやくナルニア国を平定したものの、海の彼方から迫り来る正体不明の悪の魔法の脅威から国を守らねばならなかった。そのためには、七卿が持っていたその聖剣7本全てをそろえる必要がある。その7本の聖剣を、東方の果てにある島の“アスランのテーブル”に並べれば、人民を恐怖に陥れる悪の脅威に打ち勝つことが出来るのだ。
七卿の行方を探し、聖剣を確保することは急務であった。しかしそれは簡単ではなく、死の危険を伴う、また己の勇気を試される困難な旅でもあった。大昔、ナルニアの勇気王と呼ばれていたエドマンドは、ユースチスの家で忍従を強いられた鬱憤を晴らすため、一も二もなく同行を願い出た。ところが、カスピアンの右腕である船長は、離れ島諸島の向こうには恐ろしい島があり、そこには獰猛な巨大海蛇が潜んでいるという伝説を語り、エドマンドの潜在意識に恐怖を植えつけてしまった。
カスピアン一行は、“いりみなと町”に到着した。ここはナルニア国の、すなわちカスピアンの治める領土であるが、今や奴隷商人が横行する荒れ果てた島となっていた。奴隷商人たちは、島民を拉致して遠方の国に売り飛ばしたり、姿無き霧状の悪の魔法への生贄にしていたのだ。カスピアンたちは早速調査のために島に降り立つが、見るもの聞くもの全てが理解を超えた世界に慄くユースチスのミスで、エドマンドやルーシーたち全員が捕らえられてしまう。しかし、リーピチープと船長の機転で形勢は逆転し、奴隷商人たちを滅ぼし、牢獄に繋がれていた七卿の1人から聖剣の1本を譲り受ける。カスピアンは、自分のせいでナルニアのトップに立てない不満を密かに募らせていたエドマンドの心情を汲み、彼に聖剣を与えた。
航海は順調であったが、いりみなと町で妻を人身御供にとられてしまった船員とその娘を乗船させたため、朝びらき丸に積み込まれていた限りある食料や水が、さらに乏しくなっていった。そこで一行は、次に到着した“声の島”で、食料の調達を行うことにする。穏やかに波が打ち寄せる静かな砂浜で眠るカスピアンたち。しかし、姿の見えない何者かによってルーシーがさらわれてしまった。
透明人間たちは、これまた目に見えない館の前にルーシーを突き出した。館の中に住む悪の魔法使いによって、彼らは透明になる呪いをかけられてしまったのだという。だが、魔法使いが持つ魔法の書を声を出して読み上げれば、たちどころに呪いは消え、望みをなんでも叶えてくれる。透明人間たちは字を読めないので、代わりにルーシーが連れてこられたというわけだ。館の中に入ると、たちまち周囲の情景は重厚な城の内装に変わっていく。魔法の書を見つけたルーシーは、しかし、“自分の望む美を手に入れられる”という魔法への誘惑にかられてしまう。実は彼女は、自分の垢抜けない容姿にコンプレックスを抱いており、常日頃から姉スーザンのように美しくなりたいと願っていたのだ。この魔法さえあれば、自分も姉のように異性から注目されるようになるかもしれない。年頃の娘らしい欲求の命じるまま、彼女は美の魔法のページを破りポケットに入れてしまった。透明魔法を解いたルーシーとカスピアン一行は、実は“のうなしあんよ”と呼ばれる一本足の小人たちを守っていた魔法使いから、悪の魔法を打ち破るための秘策を授けられる。自身、実体を持たぬその“悪”は、人間の潜在意識の奥に眠る恐怖心に付け入り、それを増幅して実体化させることで、人間を滅ぼしてしまうのだ。これに打ち勝つには、アスランのテーブルに7本の聖剣を並べて奇跡を起こすと共に、彼ら1人1人が誘惑に負けない強い心を持つことが肝要。既にルーシーの心の迷い―魔法の力を頼ってまでも、姉のようになりたいという願望―を見抜いていた魔法使いは、自我をしっかり持って、青い星の導きに従うよう、若者たちを大海原に送り出した。

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不気味な霧は既に、カスピアン一行の行く手を阻まんとしている。ルーシーは、自分自身の存在が消えてしまった夢を見たことで、ようやく姉スーザンの呪縛から開放された。そもそも彼女がいなければ、ペベンシー兄妹はナルニアに入ることもできなかったのだ。ルーシーは改めて、自分らしくあることの大切さを悟るのだった。“自分らしくある”ための答えを探して苦悩しているのはエドマンドも同様。現実世界ではユースチスや叔父夫妻に頭を押さえつけられ、ナルニアでもカスピアンの下位に甘んじることへの不満は、昔葬り去ったはずの魔女を潜在意識の上に呼び戻す迷いを彼にもたらしていた。そのカスピアンとて、あまりに偉大であった父王へのコンプレックスに悩む若者である。悪の魔法は、確実に彼らの心の隙に入り込み、それを蝕み始めている。海もまた、彼らの不安定な心と共鳴するかのように荒れていた。
導き手である青い星は一向に見つからず、船上の限られた食料も乏しくなり、さすがの水兵たちも士気を保つのが難しくなってきた。ようやくたどり着いた金水島は、岩と石ころだらけの乾ききった島だった。島の探索を始めたカスピアンたちと離れたユースチスは、島の奥に奇妙なものを見つける。骸骨と化した遺体の周りに、金銀財宝が無造作に放置されているのだ!ユースチスはあっというまに欲望の虜になった。これだけ財宝があれば、あっという間に大金持ちだ!
一方、カスピアン、エドマンド、ルーシーの3人は洞窟の底に湖を発見する。なんとその湖の中に、純金の人型の塊が沈んでいた。カスピアンは信じられない思いでその黄金の像を見やる。それは行方知れずとなった七卿の中の一人だったからだ。つまりこの島の水は、触れるものを全て黄金に変えてしまうのだ。ならば、ここで残り乏しくなった飲み水を調達することはできない。もちろん食料も手に入らないだろう。だがエドマンドの頭の中を、先刻から別の考えが埋め尽くしていた。この黄金の水さえ支配できれば、自分はもうユースチスのようなばか者に愚弄されることもなく、目の上のたんこぶであるカスピアンをも従わせることができる、と。その不穏な野望を察知したカスピアンは、エドマンドに剣を向ける。一触即発の2人を止めたのはルーシーだった。悪の魔法と富への渇望は簡単に結びつき、結託して人間を堕落させる。ルーシーに諭され、寸でのところで目を覚ましたエドマンドは、カスピアンと仲直りした。
船に戻ろうとしていた一行は、ユースチスの姿見えないことに気づく。あんなわからずやでわがままで口の減らない役立たずでも、仲間である限り見捨ててはおけない。そこへ1匹の大きなドラゴンが舞い降り、エドマンドを攫うと島の中央の火山口まで連れて行った。その様子をあっけに取られて見ていた一行同様、エドマンドも我が目を疑った。火山口には火と岩石で“僕はユースチスだ”と書かれていたからだ。ユースチスは黄金の誘惑に負けて財宝を身に帯びたため、島の呪いにかかり、ドラゴンに姿を変えてしまったのだ。人間に戻る方法なぞ、もちろんわからない。後悔と絶望のあまり泣き続けるユースチスを慰めたのは教育係のリーピチープだった。リーピチープはユースチスに、自分の経験した奇想天外な冒険譚を語って聞かせた。

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嵐に翻弄された数日前とは異なり、天からは太陽の光がギラギラと照りつける。風はなく、進めども進めども陸地の影すら見えない大海原で、延々とオールをこぎ続ける船員達の士気は落ちていた。食料も水もなく、皆飢えている。憔悴する仲間の姿を申し訳なさげに見ていたユースチスは、頭の上にリーピチープを乗せたまま名案を思いつく。強靭な太い尻尾を朝びらき丸のマストに巻きつけ、自身の飛翔の力でぐいぐいと船を引っ張り始めたのだ。これなら、風がなくとも船を進めることができるし、疲れ切った船員達を休ませることも出来る。ユースチスの力で、朝びらき丸の一行は目的地に近づき、遂に東の空の果てに青い星を見つけたのだった。
青い星は一行をラマンドゥの島に導いた。地上に降り立った青い星は美しい娘の姿になり、蔦の絡まったアスランのテーブルへと誘う。ご馳走と酒があつらえられたそのテーブルには、七卿のうちの2人が老いさらばえた姿で眠らされていた。最後の力を振り絞ってラマンドゥの島までたどり着いたものの、悪の魔法と戦う力は彼らには既になかったのだ。七卿の持っていた聖剣はこれで6本集まった。あとの1本を早急に探し出し、このテーブルに揃えなければ悪の魔法を祓うことはできない。ラマンドゥの島からすぐ向こう側に見える不気味な黒い島こそが、一行の最終決戦地くらやみ島である。魔法は既に辺りを蝕み、カスピアン一行の心の隙間に入り込んでそれを支配しようとしている。残された時間はわずかだった。

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実はこの作品は、東日本大震災が起こる少し前に観賞済みだった。子供と一緒に楽しむに適した、子供とその親が安心して映画館の椅子に座ることができる(笑)ファンタジー冒険活劇だった…と感想を書こうとしていたときのこと。まさに今作のストーリーの主要舞台である“海”が、東日本に大きな悲劇をもたらしてしまったのだ。今この時期に、海上でストーリーが紡がれていく映画の話をすることには、正直ためらいもある。しかしまあ、お話自体は、子供達がファンタジーの世界で冒険を重ねつつ、心身ともにたくましく成長していくという、児童文学の最重要テーマを真っ向からとりあげるもの。全ての日本人が、そろそろ意識を前方に向けねばならないという意思を尊重し、この作品をご紹介してみる。

さてさて。

相変わらず原作本を読んでいないので(息子は読んでいるが・笑)、この作品がどれほど原作ファンを満足させる出来であるのかは、量りがたい。しかし、原作シリーズの中で最も人気の高い作品らしく、“夢と魔法の世界観”“子供達が冒険を経て成長する姿”“正義というのは、あくまでも自分自身の心の中にあるもの”という真っ直ぐなテーマ性が、気持ちよいほどにわかりやすく表現されていたと思う。前作に当たる「ナルニア国物語/第2章カスピアン王子の角笛」での、まるで「ロード・オブ・ザ・リング」をなぞるような、善悪の境界が危うくなるようなへヴィーな世界観は、してみると、今シリーズの中では異質な存在だったのかもしれない。
今回の舞台は、ルーシーとエドマンドの住む現実世界こそ灰色の戦時下のロンドンだが、いとこのユースチス共に彼らが放り出された先は、抜けるような青空が目に眩しい海洋上である。第1作目における、クローゼットの扉を開けるとそこには夢の世界が広がっていた…というシチュエーション同様、部屋の壁にかかっていた帆船の絵が、現実と非現実を結ぶ触媒となる。日常的にどこにでもあるものが、夢と現実の橋渡しをすること。この点こそが、この作品をして、“子供のための映画”にしていると思う。我が息子を見ていると、日常の風景の中から拾い集めた印象が、彼の頭の中では壮大な別次元の世界を形作っていることがわかる(笑)。子供のためのファンタジーって、多分こんな風に作られていくのだろう。
そして、様々な個性を持った魔法の島々を訪れるというお話のため、スクリーン上では次から次へと摩訶不思議な生き物や現象が現れ、子供でも飽きずに冒険譚を楽しめる。ルーシーが魔法の書を読み上げるシーンでは、辺り一面に雪が降り、第1作目にオマージュを捧げる演出もあった。この作品は、つまり、“子供のためのおとぎ話”という原点に回帰した内容であるのだ。3Dになることを前提に作られた映像も華やかで美しく、クライマックスにおける悪の魔法との対決では予想以上の迫力でクリーチャーも大暴れし、“海洋上での戦い”も見応えがあった。言いたくはないが、ギリシャ神話を映像化した某なんちゃって3D映画とは格段の差をつけて、良い仕上がりであったと思う(苦笑)。

子供のためのファンタジーといえば。映画版のシリーズ第1作目から登場し、いち早くナルニア国の存在に気づき、現実世界とナルニア国を結ぶ働きを担っていた兄妹最年少のルーシーが、すっかり“お姉さん”に成長していた。時の流れを痛感させられ、やはり感慨深い。今回の主役は、この彼女と、兄妹の真ん中に生まれたゆえに背負う苦悩も多いエドマンドであるといえる。
兄妹の中で、年長として大きな力と責任感を発揮していた2人の兄姉がいなくなり、ルーシーとエドマンドはあらためてその喪失の大きさを実感し、己の力不足に密かに恐怖を抱いている。後から生まれた者の宿命ではあるが、ルーシーはすっかり美しく洗練された姉スーザンの美貌に、エドマンドは兄ピーターの男らしさと力に、それぞれコンプレックスを持っているのだ。今回は、彼らがいかにそのコンプレックスを克服し、“ナルニア”という彼らにとっての侵しがたい聖域の守護神となるのか、その成長過程が大きなテーマである。
前作で兄妹の長男と長女がそれぞれナルニアに別れを告げたように、この不思議な世界は、彼ら子供達が心身ともに成長し、大人への階段を上がると、二度とは戻ってこれない場所であるらしい。まるでナルニアでの経験が、大人への通過儀礼であるかのよう。子供たちにとって成長は避けられない経験であり、またそのためには、自ら犯した間違いを受け入れ、正していかねばならない。痛みを伴うその行動こそが“成長”を意味するのだが、今回は、人の心の闇を恐怖として具現化する“悪の魔法”が、ルーシーとエドマンドのその“痛み”を翻弄することになる。
ルーシーは姉のようになりたい一心で、なんでも望みを叶えてくれる魔法の本に手を出してしまったし、エドマンドはエドマンドで、自分の実力が認められず、常に目の上にピーター、カスピアンというたんこぶが居座っていることに、不満を爆発させてしまう。彼らのこういったコンプレックスって、よく考えれば、幼かったかつての私たちにも覚えのある苛立ちだ。自分よりも素晴らしい存在に憧れる一方、いつまでも手が届かないそんな存在を妬み、疎ましくさえ思ってしまい、結局自己嫌悪に陥るというね。ルーシーは自分が姉自身に成り代わった幻を見たことで、“自分という存在を受け入れ、ありのままの自分でいることの大切さ”を学ぶ。

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しかしながら、一方のエドマンドの鬱屈は根が深い。金水島では、とうとうカスピアンへの屈折した対抗意識が表面化し、ルーシーの諌めでいったんは鎮まったかに見えたそれも、悪の魔法との最終決戦まで尾を引いていたことが分かる。人間の潜在意識にある“恐怖”を具現化する魔法は、エドマンドの潜在意識下にあったそれを出現させてしまった。その怪物はとりもなおさず、いかなる時も“勇敢王”の名にふさわしくあらねばならぬ、また常に上にいる者を打ち負かさねばならぬという、エドマンドが自分自身を圧し続けていた結果生まれた、彼が根本的に抱えるトラウマだったのでは。本当はエドマンドにだって怖いものはたくさんある。いまだに潜在意識下に白の魔女が現れるのが、よい証拠だ。でも、そんな弱みは実の兄妹にも見せられない。彼は“勇敢王”であるために、人一倍…おそらく兄やカスピアンよりも…虚勢を張って、周囲に勇気を誇示していなければならなかったのだろう。そこに歪みが生じ、結局白の魔女や魔法が入り込む隙を作ってしまったのだが。まあしかし、最終決戦で、エドマンド自身が我が身を呈して怪物に止めを刺すことで、そんな“次男坊の屈折”も霧散した。彼はこれでようやく“一人前の勇者”になることができたのだ。

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さて、今回の冒険で成長した子供は、ルーシーやエドマンドだけではない。彼らの従兄弟にして、性格の捻じ曲がったクソ生意気なガキであり、なおかつ、臆病者で身勝手きわまる少年(笑)ユースチスもそうだ。むしろ今回は、この子供らしさのまるでない現実主義者ユースチスが、おとぎの国ナルニアでどのように変化していくかが、ストーリーの軸になっている。目に見えるものだけしか信じられず、権力や金に従順な虎の威を借る狐なんぞ、なにも戦時下のロンドンまで行かずとも、そこらへんに掃いて捨てるほどいるわけだが(笑)。ある意味、英国特有のスノッブさのカリカチュアでもあるだろうユースチスの性格付けが、ナルニアの物語に新鮮な視点を導入していることがわかる。
彼が、ルーシーやエドマンドたちの語る夢の世界に引きずり込まれ、常識をことごとく超越するナルニアの世界観に、不平不満を述べつつも徐々に慣らされていく様は、おとぎ話を第三者として聞いている私たちの立場と同じだ。ルーシー、エドマンドは物語を引っ張るキャラクターであるゆえに、ナルニアという特殊な世界の全てを100%肯定した上で行動する。ユースチスは、そもそもの出発点が彼らとは違うのだ。見るもの聞くもの何もかもが初めて経験する世界である。しかも、限られた物資だけで強大な敵と戦うあてのない旅に参加するという、いきなり高いハードルの冒険に放り込まれてしまった。温室育ちの、見るからにインドア派な彼が(笑)、醜態をさらしてしまうのも無理はないだろう。至ってヒロイックなキャラクターであるルーシーやエドマンド、カスピアンの格好良さに対し、客観的な視点(観客と同じ側)からこの不思議な物語の語り部を務めつつ、ドジとミスを連発することで、観客の笑いを誘う道化の役割も演じているのだ。ユースチスに扮するウィル・ポールターの達者な演技もあり、ユースチスの個性や役割がルーシーたちとははっきり線引きされていることが明らかになった。実は、このユースチスというキャラクターが、最も演じるに難しい役回りだったのではないかなと思う。

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たとえ、今いる世界がどんなに不条理なものであったとしても、そして自分自身がどんなに嫌な奴であったとしても、また、自業自得で思いもよらぬ不幸を背負ってしまうことになったとしても、友情というものは確実に育まれる。たとえ、その初めてできた友達がリスであったとしても(笑)、友情とはかけがえのないものだ。ユースチスは大きな代償を払っておしゃべりするリスと心を通い合わせるようになった。結果的に、この友情が彼を成長させる。クライマックスでは、ユースチスがおぞましい怪物に戦いを挑むまでになるのだから。
前作でも人気者だったリーピチープが今作でも登場。ただし、前作から数年経過したという設定なので、以前のような怖いもの知らずでがむしゃらな威勢の良さは影を潜めている。誇り高き剣士であるには違いないが、様々な経験が、彼に年齢にふさわしい思慮深さを与えたようだ。今回は、ナルニアで迷子になったも同然のユースチスを教育し、彼を支え、異形となった彼のそばから離れず叱咤激励する“先生”の役目を演じる。ヴォイスキャストがエディ・イザードからサイモン・ペッグに代わったせいだろうか、前作の、ちょっぴり背伸び気味のスノッブな雰囲気が薄れ、穏やかなイメージになった。まるで、この旅が人生最後の冒険になると達観しているかのように。そう、リーピチープは、この冒険の旅が無事成功した暁に、あることをしようと一大決心していたのだ。


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怪物を葬り、アスラン王の出した課題の通りに悪の魔法を解いたカスピアン一行は、アスラン王が住まうという東の島までやってきた。美しく輝く砂浜は高い波の壁で遮られ、その向こう側に、まだ誰も見たことがないアスランの国が広がっているのだ。アスランは、そこにカスピアンの偉大なる父王もいると伝えた。ナルニアに尽くした偉人のみが、アスランの国に入ることを許されるという。リーピチープは、驚く皆の目の前で命同然としていた剣をアスランに返した。騎士として充分に働いたことを誇りに、彼はアスランの国に行きたいと願ったのだ。一度アスランの国に入れば二度とこの世に戻ることはできない。リーピチープの姿は高い波の壁の向こう側に消えていった。
かつての自分達を知る者が一人、また一人と減っていく。ルーシーとエドマンドは、自分達もまたナルニアを去る時が来たことを悟った。自分達が子供である時間は終わったのだ。波の壁にトンネルができ、それを通り抜ければ現実世界に戻る。そこで彼らは、何事もなかったかのように、大人への階段を上っていくのだ。戦争が終われば家族の下へ帰り、また新しい生活が始まるだろう。

ルーシーとエドマンドにとって、ナルニアとの別れは、もう一つの祖国、もう一つの家族との別れを意味する。彼らの心の中で、ナルニアでの経験は、いつか遠く懐かしい思い出になっていくのだろうか。子供はあっという間に大きくなってしまう。時間の流れは速く、止めようがない。だからこそ、短い幼年期の輝きがまばゆいものになるのだといえる。ナルニア国物語の描く夢溢れる情景は、そんな幼年期の輝きへの憧憬であるのかもしれない。

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