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zoom RSS 「リード・マイ・リップス Sur mes levres」―ジャック・オディアール監督

<<   作成日時 : 2016/02/25 00:01   >>

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貴方は唇で私の愛を読む。

「リード・マイ・リップス Sur mes levres」(2001年製作)
監督:ジャック・オーディアール Jacques Audiard
製作:フィリップ・カルカソンヌ&ジャン=ルイ・リヴィ
脚本:ジャック・オーディアール&トニーノ・ブナキスタ
撮影:マチュー・ヴァドピエ
音楽:アレクサンドル・デスプラ
出演:ヴァンサン・カッセル(ポール)
エマニュエル・ドゥヴォス(カルラ)
オリヴィエ・グルメ(マルシャン)
オリヴィエ・ペリエ(マッソン)
オリヴィア・ボナミー(アニー)

地味なカーディガンを羽織り、髪はぞんざいに梳き流したまま。化粧っけもほとんどない35歳の孤独な独身女―それがカルラであった。彼女はいつも最後に補聴器をつける。難聴ゆえだ。これで外界との接触を一切断つといわんばかりの固い表情。

セディム社は土地開発会社である。カルラはここで社長秘書として日々雑務に追われている。書類の整理と管理、コピー、電話の取次ぎ。鳴り止まない電話と格闘するうち、補聴器の調子が悪くなることもある。小さな音をうまく拾えなかったり、あるいは大きな音の調節が出来なかったり。そのたび彼女の耳には不愉快な金属音が響く。それは彼女に絶え間ない精神的苦痛を与えるものであった。
昼時の社員食堂でも、カルラの友達はファション雑誌のみだ。彼女は誰とも口を利かないが、口を利かずとも周囲の人間がどんな話をしているかはわかる。彼女は必要に迫られて読唇術を会得しているからだ。見たくなくともふと見上げれば、若い女性職員と男性職員が愛を囁きあっているのがわかってしまう。余計に自身の孤独が深まる瞬間だ。
暗い気持ちを抱えてデスクに戻ると、誰がやったのか、デスクの上でコーヒーがぶちまけられていた。犯人はそのまま知らん顔でその場を離れたらしい。大事な書類がコーヒーまみれで使い物にならなくなっていた。椅子の上までコーヒーがこぼれていて、彼女の服も汚れてしまう。しかし周囲の人間は誰しも見て見ぬふりだ。パニック状態のまま社長に呼び出された彼女は、日ごろのストレスが昂じてそのまま失神してしまった。
カルラは、社長からしばらく休むように諭されるが、業務の進行状況がそれを許さない。ならば助手を雇うようにと説得され、彼女はしぶしぶ職業安定所へ向かった。条件は、「できれば男性、年齢は25歳、愛想が良くて背は高からず、手がきれいで…感じのいい人」。今まで他人にこき使われるばかりであった彼女は、逆に年下の男を自由に使ってみたかったのかもしれない。

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唯一の友人であるアニーは、赤ちゃんを抱えながら美容師として働いている。しかしアニー自身は奔放で遊び好きで、夫との仲がうまくいていないためもあってか、まだ乳飲み子の娘の世話をカルラに押し付けて友達とクラブに繰り出す始末だ。カルラはセクシーなアニーの胸元を盗み見ながら、自分にないものを持つこの友人に密かにコンプレックスを深めるのであった。
相変わらず忙しい毎日が続く。カルラは、電話の取次ぎの合間に、ひょろっと背の高い男が自分を待っているのを認める。当初バイク便と勘違いしたほど粗野な外見のその男は、職安からの紹介でやって来た、研修生ポール。彼は、タイプもコンピューターもコピー機も得意だと言うが、ごつごつとした手にはタトゥーがあり、この2年間ムショ暮らしをしていたただのチンピラだった。半年間、週一回の保護監察官との面会を条件に保釈された身の上である。一瞬躊躇したカルラであったが、理想とは違ったものの、好奇心が高まるのに負け、彼を助手として雇い入れることにした。
翌朝からカルラの厳しい特訓が始まる。社内の雑務を一手に引き受ける彼女の仕事量は膨大だ。実はタイプどころかファックスすら使えないポールにとって、初日から助手の仕事は失敗続き。案じた保護監察官マッソンは、せめてまともな格好だけでも、と彼に靴をプレゼントする。
ポールは慣れない仕事に疲労困憊だが、カルラは昼食の友が初めてできて楽しげだ。ポールが刑務所に入れられた理由を知りたがった。罪状は加重窃盗と隠匿。社長にはもちろん内緒である。しかしイヤミな同僚達は、昼食のテーブルでポールとカルラのコンビを陰でからかっている。読唇できるカルラには筒抜けだ。“耳が悪い”という、彼女が最も気にしていることをポールに指摘され、へそを曲げかけた彼女だったが、同僚達のいじわるな会話を再現してみせる。“あんな男が出来て、運のいいブスだ。あっちから来ても願い下げだぜ”

カルラは、アニーの新しいボーイフレンドののろけ話を聞かされる。出会いはクラブ、名前はリシャール。2日と間をおかずに会い、ベッドを共にするのだ。カルラは彼女の激しいセックスライフにあてられてしまう。そんな彼女も、部屋にいるときは一人の女性に戻る。鏡の前で服を脱ぎ、全裸を映してみる。しなやかな美しい姿だ。しかしそれは誰にも知られることはない。

翌朝出勤したカルラは、ポールが入社以来会社に寝泊りしていることに気づく。呆れた彼女は、会社が改修を請け負っているアパートに彼を入れる。改修が終わる 5〜6ヶ月後まではポールの住処とするよう、手配したのだ。また、給料の前払いまでしてやる。カルラの厚意を勘違いしたポールは、彼女をその場で抱こうとするが、他人に触れられることを極端に恐れる彼女はおびえて逃げ出してしまう。女性には独特のセックスアピールがあると自負するポールには、カルラの気持ちがわからない。
会社では、同僚のケレールが、本来カルラが担当するはずであった、フレレ地区の開発事業の契約を横取りしていた。会議の席で初めてそれを知らされたカルラは怒り心頭。本人は歩合給を増やしたいがために、カルラの地道な仕事を踏み台にしたのだ。彼は3年間、書類作りからそれこそ浮気のアリバイまで、カルラをいいようにこき使ってきた。ついに爆発した彼女は、ポールにケレールの書類を盗んでくるよう指示する。私に借りがあるのだから返せというわけだ。ムショに戻りたくないポールはもちろん拒否したが、カルラに逆らえないのも事実だった。ポールはついにケレールの車から書類を盗み出す。社長に叱責されるケレールを見て、ほくそ笑むカルラであった。彼女はポールを使ってケレールをうまく出し抜き、無事に市長の前でフレレ地区の再開発工事の概要を説明したのだ。ケレールはカルラにつかみかかるが、カルラは、彼が不正に受け取ったコミッションと、帳簿偽造の証拠書類を突きつける。形勢逆転だ。ケレールは辞職し、カルラは正式にフレレ地区の担当となった。
その日彼女は初めてポールを誘う。友人の誕生パーティに彼を連れ出したのだ。目当ては女友達にポールを見せびらかすこと。深い関係は拒むが、アクセサリーのように自分を連れまわすカルラに、ポールは内心うんざりしていた。

一方、ポールの保護監察官マッソンは、妻の家出に悩まされていた。

ある日会社にポールの友人だと名乗る男がやってくる。トイレに入っていたカルラは、ポールがその“友人”に殴られているところを目撃してしまう。ポールはマルシャンという男から7万フランもの大金を借りていたのだ。明日までに返さねばならないが、もちろん返すあてなどない。カルラとてそんな金の持ち合わせなどない。ポールは、すがりつくようなカルラの視線を冷ややかに振り切り会社を後にした。血で汚れたポールのシャツとともに取り残されたカルラは、彼の残り香を吸い込み、鏡の前で裸になるのだった。
会社にマッソンが訪ねてきた。ポールが面会の規則を破ったからだ。二人の言い争いを“盗み見る”カルラ。ポールはマルシャンと会い、借金のカタに彼の店でバーテンとして働くことになったという。カルラの会社の仕事と掛け持ちはできない。そこでカルラに、マッソン宛てに嘘の退職理由を書いてくれるように頼む。彼を失うのが怖い彼女は即答できない。

ポールのバーテンの仕事が始まった。結局カルラの会社には来なくなったポール。カルラは寂しさを募らせる。一方ポールは、マルシャンの部屋に酒を届けることもあり、次第にマルシャン自身への興味を募らせていった。
ある日突然カルラの元を訪ねたポール。カルラは驚きつつも喜びを隠せない。不思議なことに、彼は彼女の読唇術を確かめてから、今夜店に飲みに来るように誘うのだった。内心小躍りしながら、しかし口では踊れないからと言うカルラ。ティーンエイジャーのように一人、部屋でポールとの会話の練習をする。
クラブの音楽の音量は大きすぎ、カルラはあわてて補聴器をはずす。客との私語を禁じられているため、ポールはカルラを店の外に連れ出す。なにがなんだかわからぬまま、店の向かいのビルの屋上までやってきた二人。ポールはカルラに双眼鏡を持たせ、ちょうどそこから見えるマルシャンの部屋を覗かせた。部屋にいる男達の会話を唇から読めというのだ。マルシャンと挨拶していたのは有名なギャング、カランボ兄弟だった。ポールはカルラに彼らの会話を盗み見るように言う。犯罪に巻き込まれる予感に怯えるカルラだが、しぶしぶ“盗聴”を引き受けるのだった。ポールは店からマルシャンの部屋に酒を運ぶ。そのついでに部屋の鍵の型を粘土に取った。ポールの直感では、なにか金になるような儲け話が動いているはずだ。カルラは寒空で悪党を見張る代償に、ポールに再び会社に出てくるよう要求する。これは取引だ。

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昼は会社、夜はクラブで働くポールの生活が始まった。カルラとポールは、他の誰にも秘密のことを共有する仲になった。ポールは会社でこっそりマルシャンの部屋の鍵のコピーを作り、カルラは夜になるとマルシャンたちギャングを見張る。どうやらマルシャンは銀行を襲撃する計画を立て、他の者が実行する手はずになったようだ。
マッソンは依然として家出した妻を捜し続けている。もう1週間も失踪中だ。これまでにも何度かそういうことがあり、彼は本気で警察に届出をしていなかった。
朝の会社のトイレの中。ポールとカルラは、今では仲良くそこで身支度を整えるようになった。夜はポールの計画にカルラが協力し、昼はカルラの仕事のサポートをポールが行う。ある種の“共犯関係”で結ばれた二人は、体の関係こそないものの、持ちつ持たれつ良いコンビとなった。会社の建設現場でのトラブルを、ポールが密かに暴力を使って収めたり。おかげでカルラは社長の覚えもめでたくなった。夜、いつものようにポールの勤めるクラブに立ち寄る彼女。以前は自信がなくて踊りもしなかった彼女だが、夜通しマルシャンの部屋を見張るあいだ、楽しげにステップを踏み始めた。服装もだんだん女性らしくなり、大きく開いた胸元からほのかにこわく的な香りが漂うようになった。思わずポールが目を奪われるほど、彼女は自分に自信を持ち始めると同時に美しく変身していった。その一方で、マルシャンは妻とトラブルがあったらしい。マルシャンの身辺が少し騒がしくなってきた。
マッソンは疲れた様子のポールを心配する。

カルラは髪型も変え、セクシーなドレスに身を包むようになった。アニーはカルラの変化を敏感に感じ取る。
「“彼”とは会ってるの?」
「彼じゃない…」
「でも会ってるのよね?」
「まあね」
カルラはポールのクラブでも他の客と飲んだり踊ったり、大胆になり始めた。調子よく盛り上がる彼女に、おもしろくないポールはいらつく。案の定彼女はその客にレイプされかけた。すんでのところでポールが駆けつけ、事なきを得た。が、ショック状態の彼女にポールは非情にもマルシャンたちの見張りを命じる。
一方ポールは、マルシャンから妻を家まで送るように指示される。妻はマルシャンの浮気を知り、彼と大喧嘩したのだ。泥酔した彼女に車中で吐かれていたとき、マルシャンの部屋でも異変があった。誰もいなくなってしまったのだ。そして明け方になって、マルシャンが黒いビニール袋を運び込んできた。それは奪った金だろうか。ポールは、部屋が空になるのを待って、その袋を運び出すことに決めた。向かいのビルの屋上から、引き続きマルシャンの部屋を見張るポール。

マッソンはついに妻の失踪を警察に届けた。マッソン夫妻には子供が出来ず、妻は寂しい思いを抱き続けていたのだ。

カルラはポールの部屋に足を踏み入れる。汚れ物を整理し、ふと思いついて彼女は彼の持ち物を調べ始める。引き出しから出てきたのは、一人分の航空券だ。ヨハネスブルグ行き。彼は彼女に黙って高飛びする気だったのだ。
夜。マルシャンが部屋を出た。カルラはポールに連絡する。彼が留守の間になんとか袋を探さねばならない。が、どこにもそれらしきものはなく、ポールは頭に血が上っている。カルラは自分が代わりにマルシャンの部屋に忍び込むと宣言。必死で袋を探している間に、なんとマルシャンが帰ってきた。カルラはとっさにクローゼットに隠れる。
ポールはマルシャンのためにクラブに席を作るよう言われる。あわてて部屋の中のカルラに連絡する。それを受けて捜索を続行したカルラは、ついに冷凍庫の中から目指す袋を発見する。彼女は戦利品を車に運び込む。これで切り札のカードは彼女の手に移った。
彼女はポールに成功を知らせた。そして一人分しかないヨハネスブルグ行きの航空券を彼につきつけ、金が欲しければ10分後に車に来いと逆に命令するのだった。
マルシャンは金がなくなっているのに気づき、怒り狂う。彼がクラブに戻ると、ポールは外に逃げた後だった。直感でポールが金を盗んだことを知ったマルシャンは、ポールを部屋に上げて痛めつける。ひどい拷問の様子を屋上から見ていたカルラはパニックになる。彼女は懐中電灯で、窓際にいる彼にメッセージを送った。ポールはカルラに、マルシャン夫人のところに行くよう、唇の動きで指示する。双眼鏡越しに彼の指示を読み取り、カルラは夫人の下へ急いだ。一方マルシャンも、金がなくなったことがカランボ兄弟に知れれば、その身が危なくなる。ポールは再び兄弟に暴行を受けるが、なんとか耐え忍ぶ。
カルラはマルシャン夫人に会い、マルシャンの愛人だと名乗った。夫人はマルシャンの好みと違うカルラにいぶかるが、カルラはかつてアニーから聞かされた不倫相手とのセックスの模様を語って聞かせ、部屋の鍵も見せて、なんとか夫人を納得させることに成功する。

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マルシャンとカランボ兄弟が仲間割れし始めているところに、夫人から電話が入る。偽名を使って航空券のチケットをとり、別の愛人とヨハネスブルグに高飛びするつもりだろうと電話口で激昂する夫人。その航空券とは、ポールがとっていたもので、機転を利かせて密かにマルシャンの上着に忍ばせていたのだ。つまり、それがポールがカルラに指示した筋書きだった。そのやり取りをカランボ兄弟にも聞かれたマルシャンは、窮地に追い込まれる。そしてなくなった金がカルラから夫人に渡されていたことがわかると、マルシャン自身が兄弟に暴行を受けることになった。
ポールとマルシャンは、兄弟によって別のアジトに連れて行かれる。ポールは隙を見て手錠をはずす。自由になったマルシャンはナイフを手に姿を消す。その直後銃声が響き、マルシャンとカランボ兄弟は相討ちになった。
ポールはその場を逃れ、カルラの元に戻ってきた。安堵にぎこちなく抱き合う二人。彼らは、薬で眠りこける夫人から金を取り返して、車に乗り込んだ。今日はポールが保護監察官マッソンと面接する日だったが、なんと彼は警察に連行されるところであった。彼はカルラにしかわからない言葉で語りかけた。
「妻を愛していた…心から…でも…もう終わりだ」
マッソンは妻殺害の罪で連行されていったのだった。
言葉なく見つめ合うポールとカルラ。いつのまにか二人の手が絡み合い、ポールの身体がカルラにおおいかぶさる。今度は彼女も拒まない。そして二人は初めてキスし、ゆっくりと愛し合うのだった。

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「天使が隣で眠る夜 Regarde les hommes tomber」の成功後、オディアールは、マチュー・カソヴィッツを再び主演に迎えて「つつましき詐欺師 Un héros très discret」を1996年に発表します。それから5年の月日を経て完成されたのが、この「リード・マイ・リップス Sur mes lèvres」です。
ブナキスタと共同で脚本を練り上げたオディアールは、今作では、難聴というコンプレックスから自分の容姿に自身がもてない、冴えない女性と、ムショ帰りの無学で粗野な男を主人公にしました。およそ映画的な盛り上がりが期待できそうにない、この取り合わせ。しかし、お互いに社会から疎外されている立場の二人が、微妙にその立場の優位性を入れ替えながら、それでも抗いがたく惹かれていく様は、充分にスリリングです。

人生をかけた大博打に打って出るまでに、二人は互いに利用したりされたりしますね。互いに惹かれあっているくせにそれを素直に言い出せず、腹の探りあいをしているわけです。カルラのほうは、頭が切れ仕事が出来る一方、性格は多分に内向的で恋愛には臆病になっています。劇中で詳しくは語られませんが、おそらく過去にひどい恋愛経験を経てきたであろうことは推測できます。だからこそ、粗野でセクシーなポールに惹かれる反面、傷つくのも怖れるのです。
ポールはポールで、単純に体の関係を結ぶような恋愛しか知らないため、カルラの屈折した感情が理解できない。互いへの愛情はラストまですれちがいますが、それぞれの抱える問題において、互いの存在が必要であるのは確かです。カルラは仕事を自分に有利に導くため、ポールは自分の大仕事にカルラの読唇術が必要。そこで、いわゆる“恋愛関係”なしの、男女の奇妙な運命共同体ができたのですね。
それを、弱い立場にいる者同士の共依存の関係だと読む向きもあるでしょうが、私にはネガティヴだとは思えません。むしろ、一人では誰にも顧みられない負け犬でも、二人そろえばギャングから大金を横取りする大胆な犯行にも挑めるようになるという、逆説的なサクセスストーリーだと感じます。

また、二人の犯罪が進行するに従い、カルラが自分に自信をもつようになってくる描写は、非常にリアルです。ポールの犯罪に加担し、一見彼に従っているように見える彼女が、実は計画の主導権を握っているからでしょうね。彼女が気づかなければポールはまんまと金をせしめた後、一人で高飛びしたでしょうし、そもそもポール一人では金を見つけることも出来なかったわけですし。
そんなカルラにポールも徐々に惹かれていきます。その過程も、劇中であちこちのシーンに伏線を張りながら、実に説得力を持って描かれています。ポールやカルラのちょっとした視線の揺らぎや、偶然に二人の手が触れ合うような、なんということのないシーンで、二人の感情の高まりが非常に雄弁に語られるのですね。
また、二人のぎごちない愛情の歩み寄りを浮き出させるのは、保護監察官マッソンとその妻の関係です。彼らは子供が出来ないまま、もう老年に達している夫婦です。妻は空虚な内面を埋めるようにたびたび家出をし、マッソンから離れようとしている。マッソンは妻を心から愛しながらも、そんなすれ違いの生活に疲れ、ついには妻の殺害に至ってしまう。マッソンの悲しい人生と、カルラとポールの不安をはらんだこれからの人生が、ドラマの最後の最後で交錯するストーリーのうまさに、思わず唸らされてしまいます。

サスペンスのプロットも、カルラの補聴器や読唇術といった小道具がうまく生かされた、おもしろいものでした。“ポール一人分の航空券”が二人の共同体の信頼関係に亀裂を生むのですが、後々それが、ギャングに捕えられたポールの命を救うアイテムになるというアイデアのうまさ。
また、ピンチに陥ったポールから大芝居の指示を受けるカルラと、ポールの唇の動きを介してのやりとりに、通常のラブシーン以上のスリリングなセクシーさを感じたのは私だけではないはずです。オディアール監督は、二人の唇の動きのみをアップで撮り続け、そこに彼らの結びつきの固さをも暗示させたのですね。
また、常に補聴器をつけ続けていて、機械が拾う不快な雑音に苦しむカルラが、他人の唇を無意識のうちに読み取っているときだけ、一切の音が画面から消えます。日常の生活音と、全くの無音の世界の落差。カルラが普段から感じているであろう不快感を、観客にも体験させる意図があってのことだと思います。
そして、カルラがギャングを見張るときの夜のシーンは、多くは手持ちカメラで撮られています。彼女の不安やパニックを代弁するかのように、ブレにブレるのですね。観ていて気持ちが悪くなるぐらい、カルラの視線にあわせた映像です。昼間の日常を映す動かないカメラと対照的に、カルラとポールが体験する夜の生活が、日常を逸した犯罪行為であることが如実に感じられるわけです。そうしてスリリングさそのものが映像から際立ち、プロットの巧さとあいまって、最後まで緊張感が途切れることがありません。
しかし、この作品を上質のサスペンスたらしめているオディアールの映画話法は、結局のところ、物語の一番のスリルが、カルラとポールの移ろいゆく愛情関係であることに帰結します。観客は、二人の犯罪の顛末に気をもむ以上に、彼らのラブストーリーがどうなっていくのかという点から目が離せなくなるのですね。

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内気で屈折した内面を抱えながらも、周到に周囲の状況を利用する計算高さをも持つ、複雑なヒロイン、カルラを好演したのはエマニュエル・ドゥヴォスです。彼女はこの作品でセザール賞の主演女優賞を受賞しましたが、それも納得の非常にリアルかつ魅力的な演技でした。決して観客が共感を覚えるような役柄ではないにもかかわらず、どんな人間の心にもありうる暗い部分と弱さ、狡猾さ、優しさといったもろもろの感情を、顔の表情の細やかな動きで見事に体現してみせました。そして最後には、観客に忘れがたい強力な印象を残したのです。

カルラを利用しようとして近づき、結果的に彼女の殻を破る触媒的役割を果たすポールの役には、国際的な活躍も目覚しいヴァンサン・カッセルが扮しました。不恰好な付け鼻をつけてまでポールを熱演した彼の演技は、おそらく彼の最高の部類に入るものでしょう。当初カルラが毛嫌いした粗野で無学な容貌と内面は、複雑な彼女の内面に翻弄されていくうち、どんどん頼もしくセクシーに見えてくるから不思議です。観客はカルラの目を通してポールを見つめるわけで、彼を見る彼女の心境の変化によってポールの存在感も変化してくるのでしょう。乱暴そうな外見に似合わず、実は繊細で小心者の一面も持つポール、鋼のように硬いカルラと好対照を演じ、大変魅力的なキャラクターでした。


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