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zoom RSS エリザベス・テイラー Elizabeth Taylor, life of big love.

<<   作成日時 : 2016/02/27 15:38   >>

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“伝説的ハリウッド女優であり、優れたビジネスウーマンであり、またリスクを恐れぬ社会活動家でもあった偉大なる女性エリザベス・テイラーは2011年3月23日ロスの病院シーダーズ・サイナイ医療センターで息を引き取った。幾度にも渡る結婚で得た4人の子供たち―マイケル・ワイルディング、クリストファー・ワイルディング、リザ・トッド、マリア・バートン―に見守られながら、穏やかに、また満足げに永遠の眠りについた”―パブリシスト、サリー・モリソン

“母は、驚くべき人生を偉大な情熱とユーモアの精神、そしてなにより偉大な愛情でもって精一杯生きた女性です。彼女を喪ったことは、私たち近親者にとって大いなる痛手でありますが、彼女がこの困難な世界に対して続けてきた終わりなき無私の貢献を忘れないでしょう。彼女が映画史に残した偉大な足跡、ビジネスウーマンとして得た成功、HIVとAIDS撲滅との戦いにおける勇猛果敢さ、彼女が成し遂げてきたその全ての功績を、私たちは誇りに思っています。もちろん、母が壮健でいる世界の方がより良いと純粋に思っていますが、母亡き後も、彼女が私たちに残してくれた偉業は消えることはなく、彼女の精神も私たちと共にあり、そして彼女の大きな愛情は私達の心の中で生き続けることでしょう”―マイケル・ワイルディング

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エリザベス・テイラー Elizabeth Taylor (Dame Elizabeth Rosemond Taylor, DBE)

1932年2月27日生まれ
2011年3月23日没(ロサンジェルス、シーダーズ・サイナイ医療センターでうっ血性心不全により)
英国ロンドン出身





本名はElizabeth Rosemond Taylor。ロンドンのハムステッド地区で、美術商として英国在住だったアメリカ人の父親と、元舞台女優の母親のもとに生まれる。美しいすみれ色の瞳を持つ少女は、幼少の頃よりその美貌で人目を引いていた。リズ7歳のとき、激しくなった戦争から逃れるために一家でアメリカへ移住した。ビバリーヒルズに落ち着いた一家を待っていたのは、当時爛熟の極みを誇っていたエンターテイメント世界からの勧誘である。

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自分の果たせなかった夢を娘に託していた母親の奔走で、リズは1942年のユニヴァーサル映画“There's One Born Every Minute”の端役で映画デビューを果たした。悪名高きゴシップ・コラムニストにして、ハリウッドのご意見番でもあったヘッダ・ホッパーの口添えもあり、名犬ラッシー・シリーズの代役を探していたMGMと、翌年には7年契約を結んだ。当時のハリウッドで活躍していた少年・少女スターと同じように、スタジオ内にある学校に通いながら、リズはその名犬ラッシー・シリーズの1作である「家路」(1943年)で実質的な銀幕デビューを飾った。以降は、「オーケストラの少女」の大少女スター、シャーリー・テンプルの次世代スターとして、「緑園の天使」「若草物語」「花嫁の父」等に出演し、大々的に売り出される。しかしリズ自身の美貌は、幼い頃から大人の女性顔負けの妖しい色香を放っており、シャーリー・テンプルなどの“子供子供”した少女スターたちとは、はっきりと一線を画していた。実際、その大人びた風貌が、子供スターとしてではなく、むしろ心身ともに大人の女優になってからのリズに、大きな成功をもたらしたといっていい。

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従って1950年代は、リズにとって“子役”からの脱却の時期であり、彼女のキャリアの節目、あるいは転換期となる重要な作品群が続く。嫁いでいく娘に扮し、父親との繊細な感情のもつれを演じた「花嫁の父」、セオドア・ドライサーの小説「アメリカの悲劇」の再映画化であり、ジョージ・スティーヴンスが監督、モンゴメリー・クリフトとエリザベス・テイラー、シェリー・ウィンタースが主演した、シリアスかつ暗鬱なドラマ「陽のあたる場所」等で順調に子供から大人への脱皮に成功した。ヴィヴィアン・リーの代役であった「巨象の道」(1954年)では、作品規模の大きさから、いささか主役の荷が重かったようだが、役者から最良の演技を引き出す職人監督リチャード・ブルックスと組んだメロドラマ「雨の朝巴里に死す」(1954年)、軽快な活劇「騎士ブランメル」(未、1954年)で、完全に“美女”スターの地位を確立している。そして50年代後半からは、今度は“単なる美人”女優のレッテルをはがすべく、充実した出演作が並ぶ。

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大きな転機となった名作「ジャイアンツ Giant」(1956年)では、老けメイクにも挑戦してレズリー・ベネディクトという女の一生を力演した。テキサスの大牧場主の元に嫁いできた東部出身の女性レズリーと、その夫ビックの織り成す愛憎交錯する夫婦間の葛藤、レズリーに憧れる若き牧童ジェットを交えた複雑な三角関係を描き、やがて彼ら夫婦の間に生まれた子供が成長して巣立ち、孫の世代の世界となるまで、映画は約30年の長きにわたるテキサスのある一家の年代記を丹念に紐解いていく。テキサスの大自然を背景につむがれていく一家の歴史は、レズリーとビックという夫婦の愛情の軌跡でもある。彼らの老いた姿を観ていると、夫婦の関係が、人生の荒波を共に戦う“戦友”に変わっていくのはなぜなのかがわかるのだ。この作品は、ジェームズ・ディーンの遺作としての脚光を浴びることが多いが、実は彼らレズリーとビックの物語に集束する、味わい深い人間ドラマである。
今作以降から60年代中盤にかけてが、リズの映画女優としてのキャリアの最大のピークであろう。MGMが「風と共に去りぬ」の二匹目のドジョウを狙う、エドワード・ドミトリク監督の「愛情の花咲く樹」(1957年)では、作品の内容自体は美しき男女の織り成す大仰なメロドラマに没する凡作であるものの、狂気に陥り、南北戦争に翻弄される南部美女を演じたリズにはオスカー・ノミネーションのチャンスが巡ってきた。リチャード・ブルックス監督と再タッグを組んで挑んだテネシー・ウィリアムズの戯曲の映画化「熱いトタン屋根の猫 Cat on a Hot Tin Roof」(1958年)では、南部の名家の酒びたりの次男坊に嫁いだ、欲求不満でいっぱいの若妻マーガレットを怪演。ビッグ・ダディが過度の愛情を注ぐブリックは、足を故障して以来選手生命を絶たれたことで幾重にも屈折する暗い男だった。死期の近いビッグ・ダディの遺産を狙う長男夫妻との確執もあり、マーガレットは役立たずの女々しい夫に絶望するが、彼女とてそのポリット家を追い出されては行くあてのない悲しい身の上だった…。この息苦しいまでに濃密で陰鬱な家族ドラマの中で、やや空回り気味だとは言え、リズは自身のパブリック・イメージをかなぐり捨てる迫真の熱演を見せた。この作品でも彼女はオスカーの主演女優賞にノミネートされている。
さて、リズの好演にも関わらず、それがオスカー受賞という形で報われなかった前2作と異なり、同じくオスカー像には袖を振られた作品ながら、彼女自身のキャリア上、特異で重要な位置を占める作品となったのが、次の「去年の夏 突然に Suddenly, Last Summer」(1959年)である。

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テネシー・ウィリアムズ最後の傑作戯曲であり、近親相姦、ホモセクシュアル、カニバリズム…と、おおよそキリスト教のモラルとは相容れないタブー満載の暗黒戯曲「去年の夏 突然に Suddenly, Last Summer」。この演劇界の鬼子ともいえる作品の映像化に挑んだのが、ハリウッドの良心、名匠ジョセフ・L・マンキウィッツ監督だ。
1937年、ニューオーリンズの州立精神病院の脳外科医として招聘されたクックロビッツ医師は、地元の名士であるビネブル夫人からひとつの提案をもちかけられる。自分の姪キャサリンにロボトミー手術を施すことを条件に、医院に莫大な金額の寄付を行うというものだ。なんでも、ビネブル夫人が溺愛していた息子セバスチャンが“去年の夏、突然に”スペインの海岸で亡くなって以来、死の瞬間に彼の側にいたキャサリンが正気を失ってしまったというのだ。時に手がつけられないほど暴れるので、側頭葉を切除して欲しいと。確かに、医院内の環境を改善するためには、ビネブル夫人のような有力者を味方につけ、資金の提供を受けねばならない。だが、優秀な医師の良心に照らし合わせ、当時ヒステリー治療として当たり前に行われていたロボトミー手術に踏み切るのをためらうクックロビッツ。彼はひとまず、ビネブル夫人から詳しい事情を聞きだす一方で、キャサリン本人と面接することにした。
夫人は、食虫植物を愛でたり、息子セバスチャンの思い出話しか語らないという、充分に変わった人間であった。その言動はまるで全ての世界を統べる女王のごとし。実際彼女は独裁的であり、威圧的で自尊心高く、自身と死んだ息子のことしか頭にない。周囲から見捨てられ、哀れな状態に陥っているキャサリンの窮状など意に介さず、ただただ彼女のロボトミー手術のみを強硬に迫るその裏には、そうまでして隠さねばならない真実がそこにあるはずだった。
クックロビッツは、謎の鍵はセバスチャンの死の場面に居合わせたキャサリンが握っていると直感。彼女をなだめ、おそらく自身で封印したのであろう忌まわしい記憶を呼び戻すべく、根気よく診察を続ける。キャサリンは確かに荒んだ精神状態ではあったが、それは精神病の類ではない。セバスチャンに関わるあまりに忌まわしい秘密の重荷に耐えられなかったのと、ビネブル夫人から罹ってもいない病のレッテルを貼られ、屈辱に傷つき、逃げ場を失った手負いの獣のようになっていたのだった。彼女はセバスチャンの死の真相に怯えていたが、彼女をトラウマから解放するには、それを白日の下にさらけ出すしかない。クックロビッツとの対話によって、キャサリンの口からセバスチャンの抱えていた後ろ暗い秘密と、その死の真相が明かされ始めたが、それに呼応するように、キャサリンのロボトミー手術を執拗に迫るビネブル夫人の言動も常軌を逸し始める。“去年の夏、突然に”おかしくなりはじめたのは、キャサリンか、それともビネブル夫人だったのか。クックロビッツは、セバスチャンに隠された秘密の異様さに愕然とする。

私がこの時期のリズのキャリアの中で最も重要な作品だと思っているのは、この「去年の夏 突然にSuddenly, Last Summer 」である。理由は、汚れ役に自ら進んで挑戦し続けていたリズの努力が、小手先の演技ではなく、その存在の奥底から湧き上がるようなオーラとして結実した作品だからだ。役作りか、元々太りやすい体質だったのかは知らないが、中年に差し掛かった女の悲哀が早くもその胴回りに現れ始め、化粧でも隠せないほどの疲労と絶望と恐怖が彼女の顔面を侵食していることが、クローズアップの度にスクリーンいっぱいに暴かれる。そういった目に見える現象を“演技”と感じさせないほど、役柄とリズ自身がシンクロしているのだ。
テネシー・ウィリアムズ戯曲への挑戦は2度目の彼女、今回は完全に天才劇作家特有の世界観を体現した。人間の業の禍々しさに絶望しつつも、たった一片だけどこかに残されているかもしれない純粋なる良心に、希望を託さずにはおれない愚かさ。もはや小さな子供とて無垢な存在だと言い切れないほど、現代社会は醜く捻じ曲がってしまった。母親と息子の間の愛情もドス黒い欲にまみれている。母と息子の異常な絆に阻まれ、哀れなる女は、何を信じたらよいのかもうわからないのだ。
よりによって、高度に洗練された誇り高い名家の中で、そんな人間の業の極北たる有様を見せつけられ、キャサリンはなにもかもに絶望してしまった。彼女はある意味、原作者テネシー・ウィリアムズのアルターエゴだといえる。人間の本質をシニカルに解析し続けた挙句、それに倦み、愚かな人間性への倦怠とゆるやかな絶望の海に、自ら沈んでしまったウィリアムズ。彼はこの作品の後、人間不信と孤独に苛まれるようになる。自分の異常性を異常とも思わず、息子を完全に支配し、時には金と権力でもって自身を正当化するビネブル夫人は、ウィリアムズが最も忌み嫌った理不尽な権力のシンボル。しかしながら、そのビネブル夫人の操り人形であることに苦しみつつも、優柔不断ゆえに母親の支配下から逃れられず、反モラル的行動に逃避したセバスチャンは、実はウィリアムズの隠されたもう一つの側面の象徴でもあった。
セバスチャンの異様な死に様は、現実には、あのピエロ・パオロ・パゾリーニ監督のそれを思わせるのだが、映画「イナゴの日」(ジョン・シュレシンジャー監督)における集団リンチのシーンに通ずるものがある。モラルを犯した者へ加えられる、無辜の衆からの制裁という意味合いが強いのだ。コミュニティから疎まれる鬼子を血祭りにあげ、モラルという名の神に生贄を捧げているようにも見える。結局それは、同性愛という自身の嗜好を隠していたウィリアムズが、キリスト教社会に対して本能的に抱いていた恐怖と嫌悪感の表れだったのだと思う。
ビネブル夫人を、舞台さながらの歌うような台詞回しで大仰に演じたキャサリン・ヘップバーンは、虚飾とエゴで息子を追い詰めておきながら、その責任転嫁の矛先をキャサリンに向ける狂気を完璧に演じた。リズ演じるキャサリンの無垢が、時間の経過と共に明らかになるのとは対照的である。ビネブル夫人の中の完全なる悪を引き出し、一方でキャサリンの絶望を同情と共に理解する医師クックロビッツは、2人の女の間で触媒の役目を果たす。モントゴメリー・クリフトは、甘く上品な顔立ちの二枚目路線で売っていた俳優だが、その印象を裏切らない誠実で忍耐強い“聞き役”を、受身の演技で貫いている。ところが、今作の撮影途中で事故に遭い、俳優の命である顔に傷を負った。まっすぐ伸び、貴族的だった鼻筋はゆがみ、映画の前半と後半で、演じるクックロビッツというキャラクターから受ける印象が変わってしまった。映画そのものの陰鬱さも相まって、彼はこの作品の後人気を落とし、キャリアも下降線を辿っていく。
ともあれ、3人の俳優による火花散る演技合戦が、作品に異様なテンションを与え、真相が明らかになるにつれて増していく恐怖感が、マンキウィッツ監督のソリッドで手堅い演出によってクライマックスに向けて加速していく。表面だけ取り繕われた優雅なる名家の抱える狂気は、いささか荒唐無稽とも思われるセバスチャンの死をも、力づくで観客に嚥下させてしまう。決して万人受けしないであろう、こんな作品を選んだリズの眼力には感服するが、何が彼女をして狂気の演技に走らせるのかも興味深いところだ。
「去年の夏 突然に Suddenly, Last Summer」のショックの後では、リズが正式にオスカー・ウィナーとなったメロドラマ「バタフィールド8 Butterfield 8」(1960年)など、冷め過ぎたピザのような腑抜けた出来だ。尤も、この作品でのオスカー受賞には、結核を患い、闘病生活を送っていたリズへの同情が集まったことと、前3作品での好演が加算されたという事情があったらしい。

晴れてオスカー女優の称号を得たリズは、長期契約で縛られていたMGMを離れ、自由に作品選びが出来る立場になった。しかし皮肉なことに、ハリウッドにおける女優の賞味期限も容赦なく近づいていて、それは天下の美女リズといえども逃れようのない宿命であった。従って60年代は、女優リズにとって、爛熟の時代であったと同時に早くもキャリアの総まとめに取り掛からねばならない、ジレンマの10年間となった。
ところが、いわゆる“類稀なる美人女優”のイメージを保持したまま、演技派女優としても認められたいという、彼女自身の野心が透けて見えるような50年代後半から60年代中盤にかけてのキャリアより、一般的には映画女優としてトウがたち、下降線を描き始めたとされる60年代終わりから70年代にかけてのキャリアの方が、私にはとても興味深い。
第一、私がここで取り上げている女優さんたちは、メリル・ストリープを除けば大体が、メインストリームからは少し外れたところにいた人ばかりだ。私は本来、そんな風に日陰で地味に咲いている花が好きなのだ。従って、映画を観ない人でもその名前ぐらいは知っていると言う、豪奢に咲き誇る真っ赤なバラ、ハリウッドの驕慢の権化たるリズの映画は食指が動かないし、彼女の演技そのものも、私が好むタイプとは少し違っている。だが、リズはこの問題の60年代に、ジョセフ・ロージー Joseph Losey監督の作品に連続して出演しているのだ。1968年の「秘密の儀式 Secret Ceremony」と「夕なぎ Boom!」である。私自身はこの辺りに、女優としての彼女の本当の真意を感じる気がしてならない。上記2作品については、当館内の記事をご参照あれ。

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まあ、一般的にはおそらく、ハリウッド女優として初めて100万ドルの出演料を得た上に、湯水のごとく予算を浪費したことでも知られるキッチュな歴史劇「クレオパトラ」や、この映画が縁で出会った俳優リチャード・バートンとの2度にわたる結婚・離婚ドタバタ劇とからめ、バートンとの共演作「予期せぬ出来事」「いそしぎ」「じゃじゃ馬ならし」「危険な旅路」「夕なぎ」が総括されるだけだろうが。
リズとバートンの共演作の中で重視されるのは、彼女が2度目のオスカーを獲得した「バージニア・ウルフなんかこわくない」である。主要登場人物は4人のみ。欲と打算で結婚しただけの中年仮面夫婦マーサ&ジョージをリズとバートンが演じる。…いやいや、徹頭徹尾憎み合い、罵り合う2人なのだから、もはや“仮面”夫婦ですらないか(笑)。若い夫婦ハニーとニックがマーサ夫妻の家を訪問することから、4人の間で繰り広げられる狐と狸の化かし合い。リズが10キロ増量して作り上げたマーサという中年女のキャラクターは、おぞましくも醜く、そして哀れだ。お互いの利害関係が一致しただけで所帯を持った大学教授ジョージとの間には愛情の一片も残っておらず、彼ら夫妻を結ぶ唯一の絆であった一人息子についても、2人は大きな秘密と苦痛を抱えている。マーサとジョージだけではなく、マーサがちょっかいを出すニックとハニー夫妻の間にもなにかいわくありげな秘密がある。それを、それぞれが半狂乱になって暴き合い、テンで勝手に己の不幸のみを大仰に嘆き合う。皆が皆、自分に非があるのではなくて相手が悪いと責任のなすり合いをして、執拗に攻撃し合う…。
人間関係もここまで狂ってしまえば、みのもんたにでも登場してもらって、一言“離婚しなさい”と助言してもらうしか、解決策はなかろう(笑)。マーサとジョージ夫妻の息子についての言及が、結局彼ら2人の歪んだ相互依存関係を徹底的に壊してしまうわけだが、いやしかし、あちらさんの夫婦喧嘩ってのは凄いね(笑)。お互いがお互いの精神分析をし合い、ああでもないこうでもないと論じ合った挙句、お互いに言い分を絶対曲げないのだから。話し合いが平行線で終わることがわかっているなら、最初からそんな人格破壊みたいなののしり合いなどしなければいいのに。相手を攻撃しないと気が済まないのか。さすがは“世界の警察”の国の話だけあるわ(笑)。てなわけで、読み物としては、はたまた映画として観るぶんには、今作は面白いのかもしれないが、私はこんな人間関係は理解したくないな。なにしろ、ここで描かれる人間関係とは、人との繋がりを感じることが出来ない不感症な人間による、不毛を極めた関係性だからだ。実際にこんな人間関係があることはわかっているが、まあ、そういう人間に限って、“孤独であること”を理解せず、また必要以上に恐れているものだ。

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リスクの高い役柄にも貪欲に挑戦するチャレンジャー、リズも、70年代以降は加齢と共に映画女優としての活躍は減っていく。フィルモグラフィーも、1966年の「バージニア・ウルフなんかこわくない Who's Afraid of Virginia Woolf?」をひとつのピークに、作品の質・量ともに急速に下降線を辿ってしまった。しかしそこで酒やクスリに走ったりしないのが、バイタリティ溢れるリズらしいところ。金満の10年だった80年代は、活躍の場を舞台やテレビに移し、ブロードウェイでもなかなかの成功を収めている。リズにとって、これ以降の時代というのは、ひたすら走りぬいた30年間の後に得た休暇のようなものだったのだろうか。事実、80年代以降のリズは、公共人としての社会運動や実業家としての活動に力を入れていくのだ。1984年からエイズ撲滅運動に本腰を入れ始め、1985年にエイズ研究団体を設立、1991年にはエリザベス・テイラー・エイズ財団も設立して、終わりなきエイズとの戦いに挑んだ。1987年には、長年の映画界への貢献を称えられ、レジオン・ドヌール勲章をフランスから授与されている。かと思えば、自身のブランドイメージを利用して“パッション”、“ホワイト・ダイヤモンズ”と名付けた香水を発表したり、ジュエリー・デザインを手がけるビジネスに乗り出したり。新しい遊び場を見つけた子供のように、リズの活動はますます盛んになっていくではないか。独自のエイズ撲滅運動を高く評価され、1993年にはアカデミー賞のジーン・ハーショルト賞を得た。

結局、彼女について私が愛おしく思うのは、ほんの子供の頃からエンターテイメントという特異な世界で育っても、スポイルされることなく自分自身の努力で大スターの地位をもぎ取ったバイタリティなのだろう。昨今のエンタメ業界では、テレビや映画でちょっと人気が出れば、たちまちスター扱いだ。もちろん大衆に飽きられればそれでポイ捨て。インスタントかつコンビニエンスなスター製造システムであることよ。それに乗っかったからといって、たちまち天狗になるようではリズのような息の長い活躍は望めない。彼女はきっと、映画女優としての需要がなくなっても、その時点で自分に出来る最良の冒険をどこかしらから見つけては、それに熱中するタイプなのだ。
それはなにも、自分が偉人になりたいからやっているのではなく、きっと至極純粋な好奇心と正義感で行動しているに過ぎないのだ。私が彼女に関してもっているリアルタイムの記憶といえば、老齢の粋に達しても尚、太りすぎの体を恥じてダイエットに取りくみ、それをあっけらかんと公にしてしまったり、恋に落ちれば、相手が妻子持ちであろうと、工事現場作業員であろうと、律儀に結婚してしまうというその人間臭いところと素直さ、そしてポジティヴィティだ。マザー・テレサのような高潔な人物ではないかもしれないが、愛すべき女性なのだ。8度の結婚と7度の離婚など、リズほどの人物になれば屁でもない出来事だろう。それを周囲に容認させてしまうパワーが、リズには確かにある。

凡人の何倍もの濃さに相当する(笑)濃密な人生を、思い残すことなく走り切ったエリザベス・テイラー。彼女の生き様は、人生そのものに対する大いなる情熱と愛情なくしては成り立たないものだった。彼女の最大の美点は何かと問われたら、“存分に生き、生きることの全てを愛したこと”だと答えるしかないだろう。

デイム・エリザベス・テイラーの歴史

●夫たち husbands

コンラッド・ヒルトンJr.(1950-1951)
マイケル・ワイルディング(1952-1957)
マイク・トッド(1957-1958)
エディ・フィッシャー(1959-1964)
リチャード・バートン(1964-1974、1975-1976)
ジョン・ウォーナー(1976-1982)
ラリー・フォーテンスキー(1991-1996)

●子供たち children

マイケル・ハワード(息子)
クリストファー・エドワード(息子)
エリザベス・フランシス(娘)
マリア(養女)


●受賞歴 awards

・アカデミー賞
1960年 主演女優賞『バタフィールド8』
1966年 主演女優賞『バージニア・ウルフなんかこわくない』
1992年 ジーン・ハーショルト友愛賞

・英国アカデミー賞
1966年 主演女優賞『バージニア・ウルフなんかこわくない』
1998年 アカデミー友愛賞

・ゴールデングローブ賞
1956年 特別賞『CONSISTENT PERFORMANCE』
1959年 主演女優賞(ドラマ部門)『去年の夏 突然に』
1973年 世界でもっとも好かれた女優
1984年 セシル・B・デミル賞

・ベルリン国際映画祭女優賞
1972年『Hammersmith Is Out』


●フィルモグラフィー filmography

2004年「トゥルーへの手紙」
2003年「エリザベス・テイラー ハリウッドの宝石箱」(TVムービー)
2001年「だって女優ですもの!」(TVムービー)
1996年「ジェームス・ディーン オフィシャル・バイオグラフィ」(TVムービー)
1994年「フリントストーン/モダン石器時代」
1989年「エリザベス・テイラー/七年目の愛情」(TVムービー)
1988年「トスカニーニ」
1986年「アクトレス/ある女優の栄光と挫折」(TVムービー)
1985年「南北戦争物語 愛と自由への大地」(TVムービー)
1983年「大統領の堕ちた日」(未)
1983年「ロンリー・ウーマン」(TVムービー)
1981年「ジェノサイド ナチスの虐殺 ホロコーストの真実」(未)ナレーション
1980年「クリスタル殺人事件」
1978年「リターン・エンゲージメント/愛の旅路」(未)
1976年「青い鳥」
1976年「エンテベの勝利」
1974年「ザッツ・エンタテインメント」
1974年「サイコティック」(未)
1973年「別離」
1973年「夜をみつめて」
1973年「離婚・男の場合 離婚・女の場合」(TVムービー)
1972年「ある愛のすべて」
1970年「この愛にすべてを」
1968年「秘密の儀式」
1968年「夕なぎ」
1967年「危険な旅路」
1967年「禁じられた情事の森」
1967年「じゃじゃ馬ならし」
1967年「ファウスト悪のたのしみ」
1966年「バージニア・ウルフなんかこわくない」マーサ役
1965年「いそしぎ」
1963年「クレオパトラ」クレオパトラ役
1963年「予期せぬ出来事」フランシス・アンドロス役
1960年「スペインの休日」カメオ出演
1960年「バタフィールド8」
1959年「去年の夏 突然に」
1958年「熱いトタン屋根の猫」
1957年「愛情の花咲く樹」
1956年「ジャイアンツ」レズリー・ベネディクト役
1954年「雨の朝巴里に死す」
1954年「騎士ブランメル」(未)
1954年「巨象の道」
1954年「ラプソディー」
1952年「黒騎士」
1951年「可愛い配当」
1951年「クォ・ヴァディス」カメオ出演
1951年「陽のあたる場所」アンジェラ・ヴィッカーズ役
1950年「花嫁の父」
1949年「若草物語」エイミー・マーチ/四女役
1948年「奥様武勇伝」
1948年「スイングの少女」
1947年「ライフ・ウィズ・ファーザー」(未)
1946年「名犬ラッシー」
1945年「緑園の天使」
1944年「ジェーン・エア」
1944年「ドーヴァーの白い崖」
1943年「家路」

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