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zoom RSS 紳士はジェーン・ラッセルがお好き。Gentlemen Prefer Jane.

<<   作成日時 : 2013/03/08 19:07   >>

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2011年2月28日、ハリウッド往年のグラマー女優、ジェーン・ラッセルが亡くなりました。享年89歳。

ハリウッドの奇人億万長者ハワード・ヒューズに見初められ、彼の監督作品「ならず者 The Outlaw」でダイナマイト・セクシー女優として売り出しました。ただこの作品は完成後すぐに公開されたわけではなく、お披露目されたのは約2年後のこと。映画はジェーンの豊満な魅力でヒットを記録し、ジェーンもハリウッドの新しいアイコンとなりました。
彼女の出演作品の中で有名なのは、やはりセクシー・アイコンの一人であった女優マリリン・モンローとコンビを組んだ「紳士は金髪がお好き」でしょうね。ブロンド・セクシーとブルネット・セクシー。映画ではマリリンの方にスポットライトが当たり、ジェーンはどちらかというと引き立て役に廻ってしまった感はありますが、私はブルネット好きなので(笑)断然ジェーン派です。

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お年は召しても、ゴージャスな雰囲気は健在。これはかっこいいおばあちゃんですよ。亡くなったのは今から2年も前ですが、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。


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ジェーン・ラッセル Jane Russell

1921年6月21日生まれ
2011年2月28日没(カリフォルニア州サンタ・マリア)
アメリカ、ミネソタ州Bemidji出身

本名:Ernestine Jane Geraldine Russell

ミネソタ州の田舎町に生まれたジェーンは、典型的なミネソタ娘だった。アメリカ陸軍に所属していた父親と、地方を巡業して廻る一座で働きながら女優になる勉強をしていた母親との間に生まれる。5人兄弟の中でただ1人の女の子ということもあり、特に女優を夢見ていた母親の寵愛を受けて育った。一家は一時、父親に従ってカナダに滞在したが、その父親がカリフォルニアに仕事を見つけるとすぐさま帰国した。母親はジェーンにピアノのレッスンを受けさせたが、ジェーンはかつての母親がそうであったようにやはり演技に興味を抱き、高校在学中には演劇クラスにも参加した。高校を卒業すると、医院の受付嬢の仕事に就いた。デザイナーになる夢を抱くも、父親の死によって苦しくなった家計を助けるため、モデルのアルバイトを始めた。170センチの長身、カモシカのようにまっすぐ伸びた美脚に引き締まったウェスト、豊かな胸。派手な顔立ちを彩る艶やかなブルネットといった彼女の容姿は、彼女をたちまち売れっ子モデルに仕立てあげた。
娘にスターの素質を見出した母親は、ジェーンに芸能界入りを強く勧めた。自身の監督作品「ならず者 The Outlaw」に登場するヴァンプ女優を探していたハワード・ヒューズは、華やかで勝気そうなジェーンのルックスを気に入り、同作品で彼女と契約を結んだ。作品自体は1941年に製作を完了していたが、スクリーンに登場するジェーンの身体のラインがあまりにセクシーすぎることが原因で、なかなか検閲を通過できず、1943年にようやく全米公開される運びとなった。作品はあくまでもB級路線映画だが、ジェーンのセックス・アピールを最大限に利用した宣伝で興行的にはヒットを記録し、ジェーンの存在をハリウッドに知らしめる結果をもたらした。
ジェーンは、1946年の「美しき未亡人 Young Widow」でセクシーなジョーンを演じるまで、映画に出演できなかった。ヒューズと7年間の契約を結んだものの、その契約期間内に彼女のために企画された作品といえば、どれもこれも彼女のなまめかしい肢体をカメラの前でちらつかせることだけが売りの、安っぽい映画ばかり。40年代中盤から50年代初期までの作品群は、演技者としての彼女の真の魅力を引き出すには至らなかった。
ジェーンの転機となった作品は、マリリン・モンローとコンビを組んだコメディ「紳士は金髪がお好き Gentlemen Prefer Blondes」(1953年)であった。皮肉にも、ジェーン同様、セクシー・アイコンにつきもののジレンマに苦しんでいたマリリンと、彼女達自身のセックス・アピールを逆手に取ったような軽快なキャラクターを演じて大成功を収めた。同作品では、ジェーンはコメディエンヌとしての確かな才能を示したが、50年代に製作された他の多くの出演作品は、単に彼女のセックス・シンボルのペルソナを強調するだけの、箸にも棒にもかからない凡作に留まった。50年代の作品の中で目を引くのは、「紳士は金髪がお好き」の逆転バージョンとも呼ぶべき「紳士はブルーネット娘と結婚する Gentlemen Marry Brunettes」(1955年)である。1957年の「さらわれた花嫁 After The Fuzzy Pink Nightgown」の後、60年代中盤まで映画出演が途切れたジェーンは、その後もヒット作に恵まれることなく、結局B級映画で女優生命をフェードアウトさせてしまった。

●フィルモグラフィー

2004年「MARILYN'S MAN マリリンズ・マン 〜マリリン・モンローの真実〜」(未)
1970年「闇の閃光」(未)
1967年「地獄の天使」
1966年「必殺のジョニー」
1966年「渡り者」
1964年「不時着」
1957年「さらわれた花嫁」(未)
1956年「流転の女」(未)
1955年「海底の黄金」
1955年「紳士はブルーネット娘と結婚する」
1955年「たくましき男たち」
1954年「フランス航路」
1953年「紳士は金髪がお好き」
1952年「腰抜け二挺拳銃の息子」
1952年「ダブル・ダイナマイト」(未)
1952年「バリ島珍道中」
1952年「マカオ」(未)
1951年「犯罪都市」
1951年「替え玉殺人計画」(未)
1948年「腰抜け二挺拳銃」
1946年「美しき未亡人」(未)
1943年「ならず者」

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むしろジェーンは、女優業を離れてからの活動の方が活発であったかもしれませんね。いわゆるご意見番的な立場で、近年のハリウッドのモラルや、ハリウッドと政治との関係性などについて積極的に意見を表明していました。正直な話、女優としては後輩のマリリン・モンローの後塵を拝した感が強く、映画史はおろか、映画ファンの記憶に残る作品もごくわずかしかないという寂しい状況です。

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意思の強さを秘めた美貌、完璧な肢体、でも2枚目半的なコミカル演技がなぜか様になる、不思議に親しみやすい魅力。あのヒューズに目をつけられさえしなければ、企画にさえ恵まれれば、もっともっと優れた女優になれただろうに…。歴史に“タラレバ”はありませんが、映画ファンからみれば、才能と美の無駄遣いを目の当たりにするようで、実にもったいないことです。
個人的には、「紳士は金髪がお好き」で見せたコメディエンヌとしてのセンスを以って、中年以降のソフィア・ローレンが得意にしていたような“たくましいお母ちゃん”キャラクターを演じて欲しかったとも思います。



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