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zoom RSS 「ロマン・ポランスキーの吸血鬼 The Fearless Vampire Killers」

<<   作成日時 : 2016/10/29 22:41   >>

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紆余曲折あった映画人生を歩むロマン・ポランスキー Roman Polanski監督。この小柄なポーランド人映画作家が手がける映画は独特の陰を持つ。それは、彼自身が戦時中に体験したユダヤ人排斥の辛い過去や、これからご紹介する作品にヒロイン役として起用した、かつての最愛の妻シャロン・テート Sharon Tateを異常な殺人事件で喪ってしまった心の傷等々も、もちろん関係しているだろう。彼の身の内に鬱積した負の感情が、一体どこから生まれてくるのかは本人のみぞ知ることだろうが、その彼が作り出す作品はどのジャンルのものであっても、紛れも無く“ポランスキー印”が刻印された屈折を内に孕んでいる。

「吸血鬼 (Dance of the Vampire) The Fearless Vampire Killers」は、そんなポランスキー監督による吸血鬼モノのパロディ映画である。この頃、彼はまだ妻を暴力的に奪われる悲劇には遭遇していない。よって、映画の方も辛うじてダークサイドには堕ちていない。そう、思わず“パロディ映画はこう作れ”と言いたくなるほど見事なできばえを誇っている作品だ。お笑い要素も、もちろん恐怖描写も、実にスタイリッシュにキマッているし、鮮やかなオチに至るまでの伏線と各所に設けられた仕掛けも気が利いている。


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「吸血鬼(Dance of the Vampire) The Fearless Vampire Killers」(1967年製作)
(DVDタイトル:ロマン・ポランスキーの吸血鬼)
監督:ロマン・ポランスキー Roman Polanski
製作:ジネ・グトワスキー
脚本:ジェラール・ブラッシュ&ロマン・ポランスキー
撮影:ダグラス・スローカム
音楽:クリストファー・コメダ
出演:ロマン・ポランスキー(アルフレッド、教授の助手)
ジャック・マッゴーラン(アブロンシウス教授)
アルフィー・バス(宿屋の主人シャガール)
ジェシー・ロビンス(レベッカ・シャガール)
シャロン・テート(サラ・シャガール)
ファーディ・メイン(フォン・クロロック伯爵)
イーアン・カリエ(ヘルベルト・クロロック)
テリー・ダウンズ(執事クーコル)
フィオナ・ルイス(メイドのマグダ)他。

赤鼻でエキセントリックこの上ないアブロンシウス教授。彼は吸血鬼伝説の研究家であり、また吸血鬼退治に人生を捧げるプロフェッショナルでもある。今彼は、助手の青年アルフレッドを連れ、雪で埋まってしまいそうなトランシルバニアの片田舎で馬車を駆っていた。まだこのときには、2人は自分たちが求めるものに近づいていたことなど、知る由もない。アルフレッドは寒さに凍えながらも、若い分、まだ周囲に気を配る余裕があった。ふと気づくと、何頭もの狼が赤い舌をのぞかせながら馬車を追いかけてくる。青年は慌てて教授と御者に声をかけるが、気づいてもらえない。仕方なく傘でおおかみの群れを撃退した。
いかにも吸血鬼が潜んでいそうな陰鬱な村。教授とアルフレッドは村の宿屋に身を落ち着けた。が、教授はやはりうんともすんとも言わない。それもそのはず、トランシルバニアのあまりの寒さのため、彼は氷の塊と化していたのだ。宿屋の主人シャガールは、仕方なく店の客に手伝わせ、熱いお湯で教授を急速解凍する。
さてこの宿屋。所狭しと吊るされているにんにくといい、教授に問い詰められてしどろもどろになるシャガール親父の態度といい、やっぱりすこぶる怪しい。教授は近辺に怪しげな城があることも確認し、いよいよこの地が吸血鬼の拠点になっていることを確信する。
シャガールは教授の疑惑をかわそうと、2人を宿で唯一風呂のある部屋に案内した。しかし風呂には先客がいた。なんとシャガールの娘サラである。金髪に真っ白な肌、とてもセクシーなまなざしを持つ美女サラは、大変な風呂好き。なので、親父の目を盗んでは客用の風呂に勝手に入ってしまうのだ。唖然とする教授とアルフレッドの前で、シャガールはいきなり娘のお尻をペンペンやり始めた。客の風呂に勝手に入る方もどうかしているが、その客の前で若い娘にお尻ペンペンするのも普通じゃない。哀れアルフレッド青年はサラに一目惚れしてしまう。
次の日の朝、宿屋の食堂で朝食をとる教授とアルフレッドの前に、せむしで口の利けない男コーコルが現われる。いかにも怪しげな風体にして、彼の姿におののく村人を見た教授は、直感でコーコルがくさいと睨む。そこでアルフレッドにコーコルを尾行させた。コーコルの乗る馬車にしがみついたアルフレッドは、森の中で大きな狼を食い殺したコーコルの凄惨な様子を目の当たりにして度肝を抜く。急ぎ宿に引き返し、吸血鬼退治の聖なる道具を準備万端用意するのだった。
そうとも知らないサラは、タオルを手に思わせぶりな態度でアルフレッドに迫ってくる。親父は不在だし、あの晩以来アレを禁じられて退屈で仕方ないのだと。若く健康な青年であるアルフレッドは、頭の中をバラ色にしてベッドに飛び込もうとするが、もちろんサラの目的は客室にある風呂。1人悶絶する青年を残し、一目散に風呂に駆け込んでいくのだった。
若い娘の風呂は長い。力一杯落胆したアルフレッドをよそに、ご機嫌で風呂三昧のサラ。と、そこへ窓から怪しい影が舞い降りる。なんと、教授たちの捜し求めていた吸血鬼である。吸血鬼がふわりと風呂桶に覆いかぶさったのと、サラが絹を引き裂く悲鳴を上げたのは同時であった。風呂場の鍵穴から、吸血鬼による暴行を目撃したアルフレッドは、教授とシャガール親父と共にドアを蹴破る。しかし、既にサラと吸血鬼の姿はなく、風呂桶の湯に血痕が残されるばかり。シャガールは“クロロック伯爵”へ涙ながらに娘の命乞いをするのだった。
教授とアルフレッドが退治すべき敵は“クロロック伯爵”と判明した。シャガールは娘を取り戻すため、宿屋中のにんにくに噛り付き、1人で伯爵の下に直談判に行く。そんなものでどうにかなるほど吸血鬼は甘くはなく、シャガールは翌朝、カチンコチンに凍った遺体となって宿屋の外で発見された。喉元や手首、足首、腹部に2つずつの牙の痕。1人で殺ったにしてはしつこい所業だ。あるいは複数の吸血鬼がいるのか。教授は表情を引き締め、シャガール夫人レベッカに先を尖らせた太い杭を持たせた。シャガールが化け物として復活する前に杭を心の臓に打ち込み、文字通りトドメを刺そうというのだ。しかし、動揺して教授の胸に杭を打とうとするレベッカには、そんなむごい仕打ちは不可能だ。アルフレッドと教授がもたついている間に、シャガールは吸血鬼となってメイドのマグダを襲い、これを殺害。悠々と教授たちの追跡から逃れてしまった。…教訓:十字架は吸血鬼退治には全く効果がない。
シャガールを追って、とある古城に辿りついた教授とアルフレッド。敵の根城に突入した2人の吸血鬼ハンターは、しかしあっという間にコーコルに捕獲された。軟禁される2人に、コーコルは身振り手振りで彼のご主人様、すなわちクロロック伯爵にお目通りさせると伝える。いきなりラスボスの登場だ。

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伯爵は獰猛な吸血蝙蝠の本性を隠し、貴族らしいエレガントな物腰で教授たちを歓待する。さすがはインテリだけあり、教授の吸血鬼に関する著作を全て読破している伯爵に、教授もついつい絆されてしまう。一方アルフレッドの方は、伯爵のハンサムな息子ヘルベルトに熱っぽい視線を投げかけられて困惑する。伯爵は、教授とアルフレッドを客室に案内した。昼間には活動できないという伯爵の言葉を聞くと、2人は明日の真っ昼間にその身体に杭を打ち込む算段をする。それで勝利は我らのものだ。とっとと熟睡する教授を尻目に、アルフレッドの方は、夜無防備に眠ってしまうことに躊躇を隠せない。緊張するアルフレッドの耳に、どこからとなく女の歌声が聴こえてきたがすぐに止んだ。あれはサラではなかろうか。城の地下室では、吸血鬼となったシャガールが持参した棺桶の中で眠ろうとしていた。そこには他の大勢のお仲間が棺桶の中で眠っている。ところがコーコルが現われて、シャガールの棺桶を馬小屋に放り込んでしまった。ブチブチと文句を垂れるシャガール。
翌朝、教授とアルフレッドは張り切って地下室探索を始める。吸血鬼は、大概昼間は地下に安置した棺桶で眠っている。その隙に奴らの心臓に杭を打ち込めば、悪鬼を永遠に滅ぼせるのだ。だがそのとき、コーコルが懸命に棺桶を作っている様子を目撃してしまった。サラは死んでしまったのか。2人は大急ぎで墓場の入り口を見つけるが、コーコルに妨害される。仕方がない。2階の屋根を伝ってとにかく吸血鬼の地下の墓場へ入らねば。へっぴり腰で墓場の窓から中へ侵入した…はずが、教授の尻がつっかえてどうにもならず。教授はアルフレッド1人に棺桶を見つけさせ、中の化け物にトドメをさすよう命じる。1人で吸血鬼に立ち向かえっていうのかよ!アルフレッドは伯爵と息子、ついでにシャガールの棺桶も見つけるが、いざ本物を目の前にすると足がすくんでいけない。杭とかなづちを持つ手が震え、誤って自分の足の上に落っことす始末。そこへ聴こえてきたサラの歌声。痺れをきらした教授の身体を引っ張り入れるのも忘れ、アルフレッドは一目散に城の中へ。

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果たして風呂の中(やっぱり)でご機嫌なサラと再会したアルフレッド、感極まってキスの嵐。そして急いでこの城から逃げるよう説得する。だがサラは、今夜舞踏会があるから行けないと渋る。ようやく観念したものの、風呂から上がる隙にどこかへ消えてしまっていた。そこでようやく教授のことを思い出したアルフレッドは、再びカチコチに凍りついた教授の塊を背負って城の中へ戻る羽目に。
舞踏会が終わるまではサラを城から連れ出すことはできない。なにしろここには、彼女の大好きな豪華な風呂がある。2人は仕方なく、舞踏会が始まるまで城の中で待機することにした。サラの歌声が聴こえ、アルフレッドは大喜びでサラの部屋にやってきた。だがそこで彼を待ち構えていたのは、あのヘルベルトである。パジャマ姿のヘルベルトは、ここぞとばかりにアルフレッドにモーションをかけ、ついでに喉もとに噛み付こうと迫ってくる。アルフレッドは咄嗟に、手にした恋愛指南書(笑)をヘルベルトの口に突っ込み、脱兎のごとく駆け出す。アルフレッドと教授は、追いすがるゲイの吸血鬼から逃れようと屋上のテラスに飛び込むが、そこには伯爵がいた。城の中庭に並べられた無数の棺桶からは、吸血鬼がぞろぞろと起き出している。伯爵は勝ち誇ったように、彼ら2人をテラスに閉じ込めてしまう。歯軋りする2人を残し、伯爵は吸血鬼たちを大広間に集めて舞踏会を開催した。ゾンビのようにボロボロの衣装を纏った顔色の悪い悪鬼たちを前に、伯爵は新たな仲間が増えたことを高らかに宣言する。血のように真っ赤なドレスに身を包んだサラが登場すると、大広間は活気に包まれた。
一方テラスでは、教授とアルフレッドが古い大砲を動かそうと必死で格闘中。大砲に弾を詰めてランプで発火し、ドアを突破しようという魂胆だ。果たして、どっかーん!見事テラスのドアは木っ端微塵に。2人はサラ救出のため急ぎ大広間に向かっていく。
舞踏会の裏で2人の吸血鬼をぶん殴って衣装を奪うと、舞踏会の群舞に紛れながらチャンスを待つ。踊りながら夢心地のサラに近づくと、助けに来たと耳打ち。しかし大広間には巨大な鏡があるので、鏡にちゃんと姿が映ってしまう彼らは瞬時に人間だとバレてしまう。途端に襲い掛かってくる吸血鬼たち。教授は、大広間入り口に鎧の剣を十字架の形に並べてそこを封印。吸血鬼たちが剣の十字架で足止めを食らっている隙に、教授、アルフレッド、サラの3人は大急ぎで城を逃げ出した。馬車を奪って慌てて飛び乗り、追いかけてきた吸血鬼の集団とコーコルをなんとか振り切る。獲物を逃がした伯爵は収まらず、コーコルに3人を連れ戻すよう命じた。棺桶を臨時橇にして3人に迫るコーコル。教授は馬にムチをくれ、哀れコーコルは谷底へまっさかさま。

悪鬼の城から遠く離れた馬車の中で、アルフレッドはようやく安堵のため息をついた。ほっとしてサラの小さな白い手を握り締めると、これが氷のように冷たいではないか!驚く彼に、サラは「死んでなくてよかった」と笑いかけると、次の瞬間鋭い牙をむき出しにしてアルフレッドの首に噛み付いた。声も出せず絶命していくアルフレッド。御者席に座る教授は、とうとう最後までその異変に気づかなかったという。

…かくして、吸血鬼は世界中に蔓延することになったのだ。返す返すも、このとき教授がサラとアルフレッドの異変に気づいておれば、現在のような惨状には至らなかっただろう…と悔やまれることだ。

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今日び“吸血鬼”のスタンダードといえば、白塗りした顔にコンタクトレンズを入れた美男美女だ。吸血鬼であるにもかかわらず白昼堂々と外を出歩き、ガールフレンドとお花畑で戯れる。まあ、吸血鬼の定義なんぞそれこそ自由であろうから、ハーレクイン・ロマンスを読み過ぎたティーンエイジャーが書いたような、そんな吸血鬼ドラマがあってもいいだろう。だが、世界中で社会現象にまでなった吸血鬼恋愛映画に決定的に欠けていたのは、“吸血鬼”という存在から私たちが想起する、禁忌を犯すことへの隠微なる誘惑とエロティシズム、あるいは、闇に紛れて息を潜めるモノへの本質的な恐怖感だ。…まあね、真昼間に女子高生とお花畑でいちゃついてたら、そりゃ怖いもエロもあったもんじゃないわな(疲笑)。

それはさておき。

この吸血鬼というモチーフ、歴史を遡っていけば、暗黒の中世はブラド・ツェペシュ公までタイムスリップできてしまうほど、世界的に著名なものである。こと映画界に及ぼした影響力は計り知れず、吸血鬼を主人公とした正統派恐怖映画、はたまたその各種パロディ、あるいは吸血鬼という概念を利用した翻案映画に至るまで、無数の派生作品を生み出してきた。旧き良き名作から迷作に珍作(笑)、ホラーからコメディまで、吸血鬼が登場する映画はジャンルの垣根を超越し、かつ世界中の文化背景を吸収して、興味深い亜種作品の潮流すら作ってきたのだ。そして、名監督ロマン・ポランスキーの若き日の監督作(兼主演)である今作も、そんな吸血鬼派生作品の文脈の中に位置する。

愉快なアニメーションを用いたオープニングタイトルからして、既に過去の名作吸血鬼映画のパロディだ。製作会社MGMのロゴマークも、もちろんしっかりネタにされる。血のしずくが滴り落ちるイメージ、観る者の不安感を煽るような、不協和音を歌うコーラスのおどろおどろしさ等、あらかじめ今作を“パロディ&コメディ”映画だと認識している観客の余裕に、ふとした不安感を一滴落としていく効果も心憎い。

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吸血鬼モノの約束事―吸血鬼はニンニクが苦手、吸血鬼は鏡に映らない、吸血鬼は夜にしか活動できない、吸血鬼のトドメを刺すには心臓を杭で打ち込むしかない…等々―を逆手に取ったギャグが随所に織り込まれ、それが最後のオチにきちんと昇華されていくストーリーの流れも、よく練られている。それに、例えばコーコルのように、他作品からちゃっかり頂いてきたキャラクター(コーコルは「ノートルダムのせむし男」のパロディ)の特性も、うまくお笑いネタに生かしている。
ただ、本編とは直接関係ない、まるでドリフのコントのようなドタバタ・ギャグや、意味もなく繰り出される下ネタ(笑)が、物語の心地よい流れを若干削いでしまうのはご愛嬌であろう。ま、エロはポランスキー監督の創造の母でもあるからして、あんまり堅いことは言いっこなし。むしろ、まだこの頃は愛妻シャロン・テート(ヒロイン、サラ役)が健在であったため、エロ属性がその後のポランスキー作品よりずっと陽性であったことに、切なさを覚える。今作の後に待ち構えていたシャロン自身の悲惨な運命を観客は皆知っているわけで、劇中のサラが輝けば輝くほど、やはり砂を噛むような哀しみが残ってしまう。

頼りになるんだかならないんだかよく分からない、常に飄々とマイペースなアブロンシウス教授と、その教授の素っ頓狂な行動のせいで、いつも騒動の尻拭いをさせられている助手アルフレッド。この主人公2人の天然ボケ&ツッコミ的やり取りは今作の魅力の要であり、また純粋に楽しいものだ。これは、マリオネットのようなビジュアルの特異さで一際目を引くジャック・マッゴーランと、若い頃は明らかに童顔であったポランスキー(アルフレッド役)の、キャスティングの勝利だろう。台詞も少ない彼らが劇中で展開するのは、バスター・キートンばりの身体を張ったドタバタ演技であり、サラ救出のシークェンスではトップ・スピードに乗ったアクションまで披露する。台詞に頼らずとも視覚だけで可笑しさを演出できたのは、ひとえに彼らの息の合ったコンビネーションゆえだ。過去のコメディ名画へのオマージュとしても良く出来ている。

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もうひとつ、今作が凡百のパロディ映画群と一線を画しているのは、ポランスキー監督独特の捩れた恐怖描写が冴えているためだ。雪に閉ざされたトランシルバニアの、まるで箱庭のごとき長閑な情景の中で、人間にあらざる者による根源的な恐怖が不意打ちのように飛び出す。そう、ワクワクしながら飛び出す絵本のページを開くと、鮮血がほとばしり出てきたという印象か(笑)。例えるなら、やはりティム・バートン監督の一連の作品イメージ。笑いと恐怖とファンタジーがない交ぜになっているような感覚だ。バートン監督の作品世界は、明らかに今作の直系の子孫だと思う。また、主人公2人が吸血鬼の根城にやってきてからの、立体的な城の構造を縦横無尽に駆使した追いかけっこ、吸血鬼たちを振り切ってサラを救い出すまでの、畳み掛けるようなスリルとサスペンスの流れは素晴らしい。ポランスキー監督の手がけるサスペンス映画にハズレはないが、その法則は今作でもきちんと証明されている。

今作が、ただのふざけたパロディ・コメディ映画ではないことは再三申し上げたが、しかし今作の後、ポランスキー監督が実際に体験した恐怖と悪夢の事件のことを思うと、今作のどこかしらに陰鬱なダブルミーニングを探したくなってしまう。実際には何ら深い意味はないかもしれない。しれないが、この面白可笑しい吸血鬼映画のラストのオチからは、“吸血鬼”にポランスキー監督が込めた暗喩が浮かび上がってくるのだ。

“かくして、吸血鬼は世界中に蔓延することになったのだ…”

教授とアルフレッドが正義(と愛)を信じてあれだけ頑張ったにもかかわらず、結局は吸血鬼が勝利してしまった。駆逐されるどころか、今もなお人間を襲って増殖し続けている。そう、“吸血鬼”とは、かつてポランスキー監督自身が必死に逃れたナチスという名の“狂える悪”の概念そのものなのだ。ナチスがこの世に現出した悪は、善意の一般市民をも洗脳し、集団ヒステリー状態に感染せしめてしまった。
では、ナチス亡き後は?米ソ冷戦時代を経て、世界中に広まったテロリズム、グローバル化の旗印の下に迫害されていくマイノリティー、その結果としての終わりなき内紛状態…。今でも“狂気の悪”は、人間の良心を吸い尽くしながら脈々と生き続けている。

今作は、現在作られる吸血鬼派生映画群の始祖と呼ぶべき作品であると同時に、時代を経ても繰り返される人間の悪の本質を言い当てた、実に先見性に満ちた作品でもあったのだ。


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…ちなみに、己のダークサイドを完全に消化してしまうと、上の画像の人のようになります(笑)。

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