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zoom RSS 天国のライダー、デニス・ホッパー Dennis Hopper

<<   作成日時 : 2017/04/26 15:00   >>

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前立腺から骨に転移した癌と長年戦っていたデニス・ホッパー Dennis Hopperは、2010年5月29日についに帰らぬ人となりました。あの「イージー・ライダー Easy Rider」で乗りこなしていたバイクにまたがり、ニュー・オーリンズではなく、天国を目指して行ってしまったのですね。


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デニス・ホッパー Dennis Lee Hopper
1936年5月17日生まれ
2010年5月29日(満74歳)没
アメリカ、カンザス州ドッジシティ出身

1955年にワーナー・ブラザースと専属契約を結び、テレビドラマで俳優デビュー。その後、ジェームス・ディーンを伝説のアイコンにした「理由なき反抗」(1955年)と「ジャイアンツ」(1956年)でディーンと共演を果たす。夭折したこの俳優からの影響たるやすさまじく、ホッパーがハリウッドのシステムに疑問を抱く要因となってしまう。ハリウッドから離れるため活動の拠点をニューヨークに移し、アメリカの価値観が大きく揺らいだ激動の60年代の総決算として、1969年に「イージー・ライダー Easy Rider」を監督(兼脚本と主演)。カンヌ国際映画祭でも高く評価された同作で、親交の厚かった共演者ジャック・ニコルソン、ピーター・フォンダと共に“反体制のスター”と祭り上げられた。

だが、60年代の一大ムーヴメントは、ホッパーにアルコールとドラッグの深刻な問題を残したまま去っていく。ハリウッドからも見捨てられた形になった70年代は、彼にとって試練の時期であった。80年代に入り、フランシス・フォード・コッポラ監督の「ランブルフィッシュ」(1983年)への出演をきっかけに映画界への復帰をめざし、1986年のヒット作「ブルーベルベット」(デヴィッド・リンチ監督)と、オスカーにノミネートされた「勝利への旅立ち」(1986年)で完全復活を果たす。玉石混交、硬軟取り揃えての映画、テレビ出演を続けながら、監督業にも復帰。「カラーズ 天使の消えた街 Colors」(1988年)や「ハートに火をつけて Catchfire(後に“バックトラック”のタイトルで日本公開された)」(1989年)、「ホット・スポット Hot Spot」(1990年)等でスタイリッシュかつハードな映像世界を展開している。

画家、写真家、彫刻家としても著名で、しばしば個展を開いた。「インディアン・ランナー The Indian Runner」(1991年)で共演したヴィゴ・モーテンセン Viggo Mortensenとも、共通の趣味から私生活で頻繁な交流があったという。日本企業のCM出演も、通常CM出演を嫌う傾向にあるハリウッド・スターにしては多く、このフットワークの軽やかさも、映画界に留まらないホッパーの幅広い人脈の基礎になった。
私生活では5度の結婚を経験した。特に5度目の妻ヴィクトリア・ダフィとは、財産分与を巡り、死を宣告される中での泥沼の離婚劇を演じる羽目になる。心身ともに疲弊するホッパーを勇気付けたのが、2010年3月のハリウッド・ウォーク・オブ・フェイムの星の授与であったろう。愛娘、孫、映画界での親しい友人たちからの祝福を受け、彼はこう語った。

“ハリウッドは家であり、学校であった。人生のすべてを皆さんから学んだ。これは僕にとって大変重要なことだ。皆さん本当にありがとう、そしてハリウッドにも感謝します…”


私自身のデニス・ホッパー像というのは、実は優れた“総合アーティスト”というもの。俳優である部分というのはひょっとしたら、彼にとってはごくごく限られた側面でしかないのかもしれません。アーティストとしての活動の延長線上に、俳優業や監督業が含まれている…という印象を強く受けます。

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デニス・ホッパーの名を聞くと、大勢の人がほぼ反射的に「イージー・ライダー Easy Rider」、あるいは80年代の奇跡のカムバック劇を連想してしまいがちです。実際、70年代の泥沼の時期から自力でメインストリームに這い上がってきたその執念には心から感服しますし、彼が歩んできた決して平坦でない波乱万丈の人生は、それだけで1本の映画になるほどドラマティックですものね。

ですが、アーティストである以上、そういった私生活での酸いも甘いも全て噛み尽くした上で昇華、創造される“何か”でもって評価されるべき。“デニス・ホッパー Dennis Hopper”という男を理解するには、従って、彼がこの世に送った様々な作品…映画だけでなく、絵画や写真などもひっくるめて…全てを知る必要があるでしょう。残念ながら、俳優、あるいは映画監督としての彼しか禄に知らない私が言えるのは、彼の持つ真価が最大限に発揮されたのは、やはりハリウッド映画界にカムバックして以降の作品群だったのではないか、ということですね。

確かに「イージー・ライダー Easy Rider」はあの時代を象徴する名作ですが、“ホッパーの作品”というよりはむしろ、“60年代という特殊な時代が生んだ作品”なのだと感じます。「カラーズ 天使の消えた街 Colors」(1988)や「バックトラック Backtrack」(1989)などの後期の監督作品にこそ、ホッパー・カラーは濃厚に表出しているのではないかなと。独特の乾いた映像の上で、濃密に絡まりあったり軋轢を生んだりする人間関係が、ワイルドに、しかし熱っぽくうねる。自身の人生を踏まえてか、刹那的に生きるキャラクターがよく登場するのも、人間ドラマをより濃縮するのに一役買っているようですね。

そして、俳優としてのホッパーの複雑さと面白さがよくわかるのが、ヴィム・ヴェンダース Wim Wenders監督の「アメリカの友人 Der amerikanische Freund」(1977年)だと思います。後年のキャリアで定着した“エキセントリックかつイカレた男”という俳優ホッパーの看板は、今作におけるトム・リプリーの演技でもって完成したのではないでしょうかね。

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「アメリカの友人 Der amerikanische Freund」(1977年)
監督:ヴィム・ヴェンダース Wim Wenders
脚本:ヴィム・ヴェンダース Wim Wenders
原作:パトリシア・ハイスミス「リプリーのゲーム Ripley's Game」
製作:レネ・グンデラッハ他。
音楽:ユルゲン・クニーパー
撮影:ロビー・ミューラー
編集:ペーター・プルツィゴッダ
出演:デニス・ホッパー(トム・リプリー)
ブルーノ・ガンツ(ヨナタン)他。

ヴェンダース監督の諸作品の中では、今作と「ベルリン・天使の詩 Der Himmel uber Berlin」が格別に気に入っています。今作はパトリシア・ハイスミスが生み出した名作「太陽がいっぱい」のアンチ・ヒーロー、トム・リプリー Tom Ripleyが活躍するシリーズの中の1つを映画化したものです。「太陽がいっぱい」映画版ではトム・リプリーは哀れ警察に御用となりますが、原作小説の方では彼はのうのうと逃げおおせ、彼を主人公にしたサスペンス作品はシリーズ化されました。
ヴェンダース監督は、あいも変わらず犯罪の世界で生きながらも、何処か行き詰まりの念に苦しむリプリーの後期の物語を選んだわけです。外国で暮らす“他所者”として感じる疎外感と、真っ当な世界からはじき出されている者に常に付き纏う絶望感に苛立つリプリーを、当時ハリウッドから離れ、流離っていた時期のホッパーに演じさせたヴェンダース監督のキャスティングは大当たりでした。

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ミノという男を通じ、あるギャング団から殺人を請け負った詐欺師リプリーと、白血病で余命幾ばくもない職人ヨナタン。リプリーにとって、当初は暗殺計画を遂行するための駒に過ぎなかったヨナタンですが、交流するうちに次第に共鳴し合い、奇妙な友情関係まで生まれてしまいます。しかし、犯罪社会から足抜け出来ないリプリーと死にゆくヨナタンは、所詮は結ばれない運命にあるわけで、彼らを中心に動く物語は周囲の人々を巻き込んで混迷していきます。

本編とは直接関係ない幻想的なショットが唐突に差し挟まれたり、サスペンスや友情、ラブストーリーといった要素が入り乱れる今作。小気味よくショットを重ねていても、ストーリーのベクトルがどこを向いているのかわかり辛く、作品全体の印象が曖昧になるのは確かです。しかし、デニス・ホッパー(リプリー)、ブルーノ・ガンツ(ヨナタン)、ジェラール・ブラン(ミノ)、ダニエル・シュミットやニコラス・レイ、サミュエル・フラー(ギャング団のボスであるアメリカ人)といったアクの強いキャスティングが功を奏し、いぶし銀の男たちが、紫煙で薄ボンヤリとした大都会の闇の中を彷徨っているような、寓話的ノワール映画として面白い仕上がりになっています。で、私はこういうタイプのノワール映画が大好きでしてね。

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ホッパーにとって最も苦しい時期における今作の演技は、自身の実生活での悪夢をもう一度見据え、正面から対峙している凄みに満ちております。演技することによって、その内なる悪魔を解き放ち、飼い馴らそうとするかのようにも見えますね。今作で悪夢の峠を乗り越えただろうホッパーは、後年、なにもかもを達観した境地にたどり着いたのではないでしょうか。俳優としての彼の晩年の仕事の中には、自身のセルフパロディすらも楽しんでいる余裕が垣間見えました。


カリフォルニアにある自宅で、家族に見守られながら息を引きとったデニス・ホッパー。彼が身を以って提示してくれた生き様に対し、私も改めて“感謝したい”気持ちでいっぱいです。


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