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zoom RSS ロックがここにやってきた―「Glastonbury グラストンベリー」

<<   作成日時 : 2012/10/21 23:31   >>

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グラストンベリー・フェスティバル

英国南西部のサマセット州にある小さな村ピルトンと、その東にある町グラストンベリーの間に位置する牧草地で、1970年に突然奇妙な催しものが始まった。
正式名称をGlastonbury Festival of Contemporary Performing Artsというその野外フェスティバルは、現代音楽、サーカス、演劇、ダンス、レゲエのサウンドシステム、映画上映にいたるまで、およそ芸術表現の範疇にあるパフォーマンスならなんでも観客に提供する、“音楽とパフォーマンスの祭典”だ。
仕掛け人は、会場の土地を所有していたマイケル・イービスという男。このフェスティバルは、彼とその妻であった故ジーン・イービスの事実上2人で旗揚げされ、運営されていたのである(1999年のジーンの逝去後は娘のエミリーがマイケルをサポートしている)。第1回開催時こそ1500人程度の集客しか得られなかったが、素行の悪い観客と町の人々の間に起こった確執や、会場が犯罪の温床になるなど、幾多の問題にもかかわらずフェスティバルは存続し続けた。そして、今やフェスティバル会場は増設に増設を重ねて900エーカーを超える広さとなり、数え切れないほどのライブが何十ものステージで行われるようになった。フェスティバルは、周辺の土地所有者たちを巻き込んだ一大事業に成長したのである。
中でも一番人気の出し物は、フェスティバル開催期間最後の3日間に行われるロック・ライブ。毎年、このショーのチケット争奪戦が観客の間で繰り広げられている。元々グラストンベリーはアーサー王伝説に深く由来する土地であり、フェスティバル会場の程近くにある丘グラストンベリー・トーは、アヴァロン島の場所ではないかと推測されている。そういった土地背景から、フェスティバル旗揚げ当初は、スピリチュアルな体験を求めて会場近辺の町になだれ込んでくる変人、奇人も多かったという。


2010年のグラストンベリー・フェスティバルのラインナップ

1日目
U2
スヌープ・ドッグ
モス・デフ
ザ・フレーミング・リップス
グルーヴ・アルマダ
ディジー・ラスカル
フェミ・クティ
ストラングラーズ
ヴァンパイア・ウィークエンド
ボーイズ・ノイズ
ホット・チップ
ファットボーイ・スリム

2日目
ミューズ
ペット・ショップ・ボーイズ
ジョージ・クリントン
シザー・シスターズ
エディターズ
ザ・クリブス
ジャクソン・ブラウン
フォールズ
ザ・エックスエックス
デルフィック

3日目
スティービー・ワンダー
フェイスレス
オービタル
ジャック・ジョンソン
レイ・デイヴィス
スラッシュ
ノラ・ジョーンズ
アッシュ
MGMT
ギャング・オブ・フォー
ブロークン・ソーシャル・シーン
ロドリーゴ・イ・ガブリエーラ

グラストンベリーの季節になると、そのバラエティに飛びすぎなラインナップに、毎度のことながら感心する(笑)。フェスに招待するアーティストの選択に節操がないと批判されてしまうのも、むべなるかな。しかし、今フェスの主旨は本来、“あらゆるパフォーマンス・アートを受け入れよう”というもの。してみれば、このカテゴリー無視かつ方向性のつかみにくいラインナップも、グラストンベリーならではのものと考えられるだろう。

画像

「GLASTONBURY グラストンベリー」(2006年)

監督:ジュリアン・テンプル
製作:ロバート・リチャーズ
製作総指揮:トレイシー・スコフィールド&ジェレミー・トーマス他。
編集:ニーヴン・ハウィー&トビアス・ザルドゥア
出演:マイケル・イービス
エミリー・イービス
ビョーク
デヴィッド・ボウイ
ジェームズ・ブラウン
ニック・ケイヴ
モリッシー
ジョー・ストラマー&メスカレロス
ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
テリー・リード
パルプ
ザ・スカタライツ
プライマル・スクリーム
レディオヘッド他。

ジュリアン・テンプル監督は、セックス・ピストルズのドキュメンタリー「NO FUTURE A SEX PISTOLS FILM」を手がけていたり、もうひとつのパンクの雄、ザ・クラッシュのフロントマンであったジョー・ストラマーの生き様を追った「LONDON CALLING/ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー」を監督したり、はたまた、50年代のロンドンを舞台にしたレトロ風味のミュージカル映画「ビギナーズ」(1986年製作、デヴィッド・ボウイ出演)という珍品を残していたり、とにかく見事なまでに“音楽”と“映像”を合体させることにキャリアを捧げた映像作家である。

その、骨の髄まで“音楽野郎”たるジュリアン・テンプルが、40年近い歴史を誇る世界最大の野外フェスティバル、グラストンベリーに関する膨大なアーカイヴ映像をまとめ、その華やかなる表舞台の裏側を余すところなく描き出した。今作に“グラストンベリー・フェスの名ライブ集”的色合いを求めると、肩透かしを食うだろう。今作においては、フェスを彩ってきた様々なアーティストたちの伝説的なパフォーマンスは、ごく一部の要素でしかないからだ。フェスティバルというものは、出演するスターたちのカリスマだけで成り立つものではない。それを主催する人間の想像を絶する努力と労力、チケットを買い、遠路はるばる会場まで足を運ぶ多数のファンの熱意によって支えられているのだ。グラストンベリーも例外ではない。
テンプル監督は、20万人ともいわれる人間を毎年集客してみせるこのフェスティバルが、いかにしてヒッピー、フリーセックス、ドラッグ、トラベラーズ(フェスティバルからフェスティバルを渡り歩き、一箇所に定住しない放浪者たち)といった英国カウンターカルチャーの副産物と結びつき、そのネガティヴな側面から抜け出してきたのか、苦難の歴史をわかりやすく紐解いている。その中心にいるのは、フェスティバルの会場となる牧場の主マイケル・イービスだ。彼の、音楽をはじめとする様々な文化活動への敬意と、それを愛する情熱が、グラストンベリーの背骨であると断言してもいいと思う。

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従って今作では、グラストンベリーが単なる音楽やパフォーマンスのお祭りではなく、時には反体制の象徴であったり、又ある時には英国の裏面史を映す鏡であった事実を明らかにすることに、ほとんどの時間が割かれている。劇中で披露されるライブ映像のトップバッターはヴェルヴェット・アンダーグラウンドであり、ラストはデヴィッド・ボウイが〆るのだが、これがフェスティバルの持つ歴史の重みを如実に物語るだろう。昨今では、“商業主義に路線変更した”と批判を浴びる傾向もあるグラストンベリー及びイービスだが、私自身は、出発点である1970年から、“優れた音楽や文化を提示したい”というフェスティバルの主旨は変わっていないと思う。

そして、ドキュメンタリー映画として今作を観た場合、大変クレバーに編集された仕上がりに満足感を覚える。事実をだらだらとつなげるだけの安っぽくも退屈なドキュメントではない。グラストンベリーの熱狂的な歴史と、その華やかさを支える厳しい現状の対比もスリリングかつ見事。フェスティバルが約40年の間に英国とそこに住まう人々にどんな影響をもたらしてきたかを探ることで、フェスティバルの精神性と英国のそれとの相関関係まで浮かび上がらせてゆく。テンプル監督の音楽への執念と愛着には、ひたすら脱帽する。と同時に、英国人特有の、困難をものともしない根性と信念を曲げない精神力の強さ=頑固さ、現実と理想の間のバランスを睨む冷静沈着さといったものも垣間見られ、非常に印象的であった。

ともあれこの映画は、グラストンベリーに対する多くの人々の認識を改めてくれると思う。オーガナイザーであるマイケル・イービス氏と関係者、フェスティバルに参加して歴史の一部になったファンの人たちに捧げられた最大限のリスペクトであろう。


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