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zoom RSS 散見する映画の言の葉補筆編その2。

<<   作成日時 : 2011/08/21 21:12   >>

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あちこちに散らばってしまった言葉たちを捜し歩く企画。


“有名な英国映画” ……ベタなところで「ハリー・ポッター」シリーズはどうだ。パリに住んでいた頃、メトロの駅構内で新作のポスターが貼り出してあるのを見かけました。しかし、主役のラドクリフ君不在のデザインのものが多かったんですよね。うちの父豆なんぞ、「あのメガネの子はクビになった」と信じていた次第ですわ(笑)。で、結局本編を観ないままになっているので、彼は今だにラドクリフ君が役を降ろされたと思い込んでいます。内容への評価はどうあれ、確かに“英国映画”というブランドが息を吹き返すのに一役買った作品だと思います。
あるいは、デヴィッド・リーン監督の一連の作品のすばらしさ。個人的に今でも愛してやまないのは「アラビアのロレンス」ですね。この作品には、最高の映画に求められる全ての要素が含まれています。今後、これを超える映画は製作されることはないでしょう。


“裸のランチ 後味” ……原作小説の方も、クローネンバーグによるハイブリッド映画版もそうなのですが、後味が良いとは決して言えない作品です。でもね、不思議な余韻が後を引くんですわ。定かなストーリーラインもなく、時間軸すら存在しない、1人の作家の感情の流れそのままを追体験するような、摩訶不思議な感覚。原作も映画も何度か繰り返し読み、鑑賞しましたが、そのたびに感想が違ってくるという、今の時代には成り立たないであろう独創的な世界観です。


“クラッシュ クローネンバーグ” ……私にとっての“クラッシュ”は、ポール・ハギスのではなくて、やっぱりクローネンバーグのもの。現代における不毛のみならず、寒々しい恋愛観をも描いた作品だと思います。初見時は、自滅する現代人を描いて物質社会を揶揄する内容かと思ったのですが、その後は考えを変えました。“何物も生み出さない触れ合い”を狂おしく求めずにはいられない現代人の孤独を描く、なんとも哀しいラブ・ストーリーであったのだと。


“カエル 腹 空気 爆発 映画” ……劇作家フィリップ・リドリーがメガホンを取った2本の映画作品のうちの1本「柔らかい殻」のことでしょうね。悪夢を映像にするならば、きっとこんな情景が眼前に広がるはず。無垢の象徴である少年が、グロテスクな死を招き寄せる皮肉な結末が印象的でした。


“怖い話 フランシス ベーコン” ……映画「愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像」では、何が怖いって、ベイコンになり切るサー・デレク・ジャコビの見事な女形っぷりでしょう。ベイコンご本人にルックスも似せておられるのですが、いろんな意味で(本当にいろんな意味で・笑)、サーはものすごい体当たり演技を披露してくださいます。圧倒される以前に、ちょっと怖いぐらい…。


“野生馬たちの夢想 ラモリス” ……フランスのアルベール・ラモリス監督の代表作「赤い風船」と「白い馬」のカップリングDVDは、以前ご紹介しました。白い馬が風を切って走るその音が、耳元で聞こえてきそうな臨場感に満ちた美しい映像でしたね。誇り高き白い馬が、少年と共に“永遠”に向かって走り続ける様は、私たち観客にある種の胸の痛みを呼び覚まします。それが、子供の頃に見失ってしまった原風景であるからでしょう。


“地球が静止する日  クラトゥ、バラダ、ニクト” ……キアヌがあの真面目くさった顔で呪文を唱えるのを想像しただけで、わたしゃご飯何杯でもいけます。くどいようですが、ゴートはペプシマンじゃありません。


“燃えよドラゴン 名台詞” ……Don't think, Feel!


“バットマン アルフレッド Never” ……バットマンことブルースにとっての唯一の心の支え、アルフレッドが発するからこそ重みのある台詞「Never」。誰かに向かって“私は決してあなたを見捨てない”と宣言するには、己の人生全てをその誰かに捧げる覚悟が必要ですよね。自分自身を省みて、果たして自分はそんな覚悟をしながら生きているだろうかと、時々考え込んだりします。


“マリーアントワネット 誤解 フレイザー” ……名戯曲家にして名脚本家のハロルド・ピンターを夫に持つ、小説家兼伝記作家アントニア・フレイザー。彼女が著したマリー・アントワネットの伝記小説は、一部史実にそぐわない箇所もあると言われますが、アントワネット自体がいまだ謎の多い人物です。従来の史実の研究では明らかになっていない肖像もあるでしょうし、一概に“間違いだ”と言い切れないのでは。それに、そもそも伝記小説というのは、対象とする人物への著者の思い入れの深さを測る作品だとも考えられますからね。著作に、フレイザー自身の解釈が大きく盛り込まれていて当然であるでしょう。

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いかな伝記といえど、それを著す作家の個人的見解が、対象の解釈及びその内容を大きく左右するのは当然です。しかしながら、まるでドキュメンタリー映画の限界点を見る様なそういったジレンマを超えて、“書物”として純粋に面白いと断言できる伝記も、確かに存在します。
シュテファン・ツヴァイクによる伝記小説「マリー・アントワネット」は、史実との相違云々といった論点とは別の次元で、とにかく読むほどに惹き込まれる作品です。中野京子氏という女性が翻訳しているせいか、緻密に描写されるアントワネットの物語はあくまで流麗にして、大きくうねるヨーロッパ史をダイナミックに描き出す文章は力強く、見事の一言です。これを読めば、アントワネット観も大きく変わるでしょうが、現在も続くアントワネット像解明の研究の成果を知りたくなるでしょう。


博士の異常な愛情 全セリフ”
“博士の異常な愛情のラストのセリフ ドイツ語” ……全部は覚えてないけれど、確かラストは、「総統!立てるようになりました!」とかじゃなかったっけ。
“博士の異常な愛情 パイ投げ” ……映画「博士の異常な愛情」本編からカットされた幻の名シーン。でもまあ確かに、あのお話の中にパイ投げシーンがあったとしたら、演出のリズムがそこで狂っていたかもしれませんね。カットして正解。


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