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zoom RSS “ベイトマン”は無数にいる―「アメリカン・サイコ American Psycho」

<<   作成日時 : 2012/10/13 22:07   >>

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オバマ大統領がアメリカの指揮官に収まってから、彼の国は、政治的にも経済的にも難しい局面を迎えています。世界中が不安定な様相を示している混沌の現在、何もかも肥大しきった大国をまとめていくのは、簡単な話ではありますまい。そして今、オバマ氏はアメリカの(つまり世界の)指導者としての岐路に立たされているところでありますね。

スティーヴ・マックィーン監督と主演のマイケル・ファスベンダーの名を一躍世界に広めた「Shame -シェイム-」を観たとき、不思議な既視感を覚えました。セックス依存症に苦しんでいることをひた隠しにして、表向きはおしゃれなヤッピー・ライフを送る主人公ブランドンの、まるで温かみのない空疎な私生活。仕事仲間やゆきずりの関係を持つ人間はいても、親密な繋がりとは切り離された、寒々とした毎日。ブランドンは、“空っぽ”である人生を補うために、一時の快楽と人肌を追い求めているようにも見えます。この主人公が抱える根源的な孤独感は、どこかで見た覚えがあると考えたとき、思い出したのが「アメリカン・サイコ American Psycho」でした。


「アメリカン・サイコ American Psycho」(2000年)
監督:メアリー・ハロン
製作:クリスチャン・ハルゼイ・ソロモン&クリス・ハンレイ
原作:ブレット・イーストン・エリス
脚本:メアリー・ハロン &グィネヴィア・ターナー
撮影:アンジェイ・セクラ
音楽:ジョン・ケイル
出演:クリスチャン・ベイル(パトリック・ベイトマン)
ウィレム・デフォー(ドナルド・キンボール)
ジャレッド・レトー(ポール・アレン)
クロエ・セヴィニー(ジーン)
リース・ウィザースプーン(イヴリン)他。

実は今作は何度も観ているのですが、改めて観返してみると、意外や面白い作品だったのではないかなと思う次第。そう、80年代という時代そのものをひとつの映画に収めた、陰鬱で自虐的なブラック・コメディのようです。

劇場公開当時は、原作に対する人権団体の不買運動等の問題もあり、センセーショナルに煽られすぎた感がありましたよね。殺人の描写にしてもアダルトな描写(笑)にしても、実は直載的表現は巧妙に避けられていて、全体的にはソフトなトーンに抑えられています。かしましく騒がれたほどの、ショッキングなシーンはありません。
その代わり、世界中が熱に浮かされたかのようにバブリーだった(日本だって例外ではない)1980年代という特殊な時代感を、うまく表現できていたのではないかな、と。むしろこの作品の主題は、物質的には恵まれ、表面上はゴージャスだったものの、その内実は空疎極まりないこの時代固有の“虚無性”を、明らかにすることだったのかもしれません。

映画は、ある意味80年代の申し子である主人公パトリック・ベイトマンが、空虚な自分を埋めるかのように、音楽や食べ物や化粧品その他諸々のカルチャーに関する薀蓄をとり憑かれたように喋ったり、己の肉体を磨き上げることに常軌を逸した情熱を燃やしたり、他人と感情を共有できない代償に、安易に殺人衝動に駆られる様子を克明に追っていきます。それはもう、顕微鏡でベイトマンの頭の中を覗き込むかのごとき緻密さで。結局のところ、そういった描写の全てが、爛熟期を迎えて内側から腐りかけていたこの時代が抱える未来への不安感を代弁していたわけです。彼を巡る人物達も、皆一様に空っぽで上っ面だけの見栄っ張りばかり。表面だけの富と美が、人の生において実はなんら意味を持たないことを知りつつ、いや知っているからこそ、それらに固執するのに懸命な哀れな連中です。もちろんその代表格が、我らがベイトマンであることは言わずもがなでありますね。

ベイトマンという80年代残酷物語の背景となるのは、ゴージャスなマンションや、オシャレなバー、ヒップなレストランにクールなクラブ(失笑)。しかしそれらでさえも、一様に薄っぺらで、どこか現実味を欠いています。これは監督が意図した狙いであり、この異様な時代特有の孔雀の羽根のごとき脆さと曖昧さを、表現していると思われます。よく見かける“登場人物や背景が美しすぎて焦点がぼやける…”といった類の批評は、まるで該当しないことがわかりますね。その“ぼやけた”浮遊感こそ、80年代の時代感そのものだったのですから。

ラストのオチがわかり辛いということで、日本では安直に評価を下げる人もいたようですが、これはある意味、猟奇ミステリものの定番といってもいい流れ。もしこれら全ての殺人が、ベイトマンによるリアル極まりない妄想の産物であったとしたら、本物の恐怖は映画のラストから新たに始まると言えます。つまり、正気と狂気の境界線上にいたベイトマンが、妄想することで完全犯罪の予行演習を行い、それが上手くいくことを確信したわけで、彼は結局、あのラストで完全にサイコパスに変貌したのです。緻密かつ厳正なる、ある猟奇殺人者の誕生までを描いた名作「コレクター」と同じ軌跡ですね。

何もかもに恵まれ、物質的に豊かであったとしても、人間という生き物は決して幸福になれるものではありません。げに不思議なるは、人の生であることよ。あるいは、ベイトマンを“資本主義精神の成れの果て”とみなすならば、この映画で描かれた恐怖は、今も尚消えるどころか益々増幅しているわけですよね。富の頂点にいる者は、その恩恵にどっぷり漬かりながらもそれに倦み、はたまた、いつそれが消え失せるのか、喪失の恐怖にも怯えねばならない。富に馴らされ、麻痺させられた精神が、健全で向上的な人間性を退化せしめていくのは、歴史が証明するところです。古代ローマ帝国の栄華と崩壊を思い出してみるといい。増大する資本主義が人間の狂気を助長し、それを怖れる不安感がさらに狂気を暴走させるのであれば、現代世界には、無数の“ベイトマン”が潜伏していることになりますね。今作の恐ろしさとは、そんなところにあるのかもしれません。

そうそう、これは私個人の考えですが、劇中でベイトマンの仕業として描かれた殺人のうち、一番最初の浮浪者殺害、あれだけは、多分実際に彼が手を下したことだと思いますよ。現実世界で起こる完全犯罪の9割は、この手の無差別殺人なのですから…。




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