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zoom RSS 意味不明、かつ摩訶不思議な映画たち…「死霊の盆踊り」「アレックス」

<<   作成日時 : 2012/08/26 00:34   >>

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最後まで観通したことに誇りを持て(笑)―史上最低の映画「死霊の盆踊り」

「死霊の盆踊り」(1965年製作・1987年劇場公開)
監督:A・C・スティーヴン
製作:エドワード・D・ウッド・Jr&A・C・スティーヴン
原案:エドワード・D・ウッド・Jr
脚本:エドワード・D・ウッド・Jr
撮影:ロバート・カラミコ
出演:クリスウェル(死者の王)
ファウン・シルヴァー(闇の女王)
ウィリアム・ベイツ(ボブ)
パット・バリンジャー(シャーリー)
ロン・チェイニー・Jr
ヴァンパイラ
トー・ジョンソン他。

恐怖小説作家ボブは婚約者シャーリーとともに、小説のアイディアを得るため、墓場に向かって雨をついてドライヴしていた。落雷で倒れた木に自動車がぶつかり、2人は放り出された。墓場では死者の王に暗黒の女王が新しい女の死者たちを紹介する。半裸の彼女たちは、古典的なストリップ・ダンスを披露。ボブとシャーリーは狼男とミイラ男に見つかり、王の命令で木に縛りつけられた。王はシャーリーを自分の奴隷にしようとするが、朝日がさしてきて死者たちはみな消滅してしまう。ボブとシャーリーが気がつくと、車のそばで救急隊員に看護されているところだった。―Variety Japanより抜粋


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大昔にビデオで観た記憶があります。今回調べてみたら、ティム・バートン監督が製作した最低最悪の映画監督エド・ウッドの伝記映画「エド・ウッド」が契機になり、劇場公開までされていたのだそうで。で、よせばいいのに、こいつが“デラックス版”と銘打たれてDVDにまでなってやがりました(笑)。しかも特典映像には、監督を務めたA・C・スティーヴンとやらが、製作当時の思い出話を語っているインタビューが延々と収録されています。単に半裸のおねえちゃんがかったるそうに踊ってるだけのシロモノを91分も見せられ続けた後に、このじじいのインタは正直拷問でした (笑)。このじじい、エド・ウッドを評して“映画監督としての才能のない奴”だと断じていましたが、他人のこと言えんのかよ。
いかなコメディといえど、“ホラー”というからには、観客に恐怖の疑似体験をさせねばならないはず。ところがこの映画では、恐怖の“き”の字も見出せず、ついでにお笑いの “お”の字も見当たりません。どんなに凡才であっても、ここまでつまらない内容の映画を作るのは、却って難しいのではないかと思えてきます。以前、“ヴィム・ベンダース製作!スティング出演!”という宣伝に見事に騙されて、観賞後に盤面を割ろうかと思った「Radio On」という作品を思い出しました。しかしながら、「死霊の盆踊り」にはスティング級のスターなんぞ出てるわけがありません(笑)。この作品の見所をあえて探すならば、“映画を最後まで観通すこと自体が恐怖である”部分でしょうか(笑)。

バートンの「エド・ウッド」をご覧になった方なら、史上最低と言われながらもどこか愛すべきこのイカレた映画バカ、エド・ウッドに、親近感を覚えてしまうと思われます。特殊な世界である映画産業で、才能もないのに己の映画を撮ろうと夢を見続ける彼の姿は、同じく凡人であることを余儀なくされる多くの映画ファンの琴線に触れるのですね。作ってる映画はどうしようもないシロモノながら、いつしか観客はエドに心からのエールを送るようになるという。
まあ確かに、“伝記映画”としてはそういう流れになるのは理解できますし、ましてやその対象が思い入れのある人物であったりすれば、なし崩し的に彼の創作したものまでも容認したくなる気持ちもわからんではないです。…ないですが、実際に出来上がった映画を観ればね、どうしようもないものはやっぱりどうしようもないもんだという結論に達せざるを得ないんだわ (笑)。この作品が心底お好きという方には大変申し訳ないのですが、私の今の正直な心境を述べさせていただきます。

これをDVDにする前に、DVD化されるべき過去の名作が山ほどあるんじゃないのか!

…まったく、バートンも罪作りだよなあ。



何がしたくて作ったんだか…さっぱりわからん―「アレックス」

「アレックス」(2002年製作)
監督:ギャスパー・ノエ
製作:クリストフ・ロシニョン
共同製作:リシャール・グランピエール
脚本:ギャスパー・ノエ
撮影:ブノワ・デビエ&ギャスパー・ノエ
編集:ギャスパー・ノエ
音楽:トマ・バンガルテル
出演:モニカ・ベルッチ(アレックス)
ヴァンサン・カッセル(マルキュス)
アルベール・デュポンテル(ピエール)
フィリップ・ナオン(元肉屋)
ジョー・プレスティア(テニア)他。

ある男を探してゲイクラブへ押し入る、マルキュスとピエールの2人組。ゲイの連中に取り囲まれた彼らはひとりの男に凄惨な暴力を加える。発端はあるパーティの夜。マルキュスはちょっとした諍いから婚約者アレックスを一人で帰してしまう。その直後、アレックスはレイプに遭い、激しい暴行を受けてしまうのだった。自責の念に駆られるマルキュス。彼は友人でアレックスの元恋人のピエールとともに犯人探しを開始する。やがて、女装ゲイ、ヌネスを探し出した2人は、ヌネスからついにテニアという男の名を聞き出すのだった…。―allcinema onlineより抜粋


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まず最初に。

乗り物酔いをしやすい三半規管の虚弱な方は、観ないことをお勧めします。冒頭のゲイ・クラブでの凄惨な暴力シーンにおいては、カメラが意味もなくグルグル回り続け、物語の時間軸を逆行して至るラストでは、テレビ版「ポケモン」でたくさんの子供たちを病院送りにした現象が起こります。本当に気をつけてください。あのイベント・ムービー「クローバーフィールド」やら「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の比じゃないほどの、ものすごいブレブレ映像がしつこく続きますのでね。私自身は、実は映画「キャリー」のプロム・シーンのグルグル回転カメラで、既に吐き気を催す程の車酔い体質。これを最後まで観通すのは至難の業でした…。なんだか最近、観賞苦痛な映画ばかり観せられている気がします。質と内容が伴えばまだしも、今作のように中身が空っぽな作品だと、“後味の悪い映画企画”を始めたこと自体を後悔してしまいますね。

まあ、ボヤキはこれぐらいにして。

パーティーの席で恋人とささいなことで喧嘩した女性が、いくら頭に血が上っていたとはいえ、胸の形までが露なスケスケ衣装のまま、パリの地下道へ歩いていくこと自体が既におかしい。パリに限らずどこの世界でも、女性がたった1人で夜道を歩くことには危険が伴います。昨年のことでしたか、私が住むマンションでも、夜1人で帰宅途中であった若い女性が痴漢に追いかけられ、マンション入り口に面している我が家にSOSを求める、ということがありました。真夜中のパリの地下でなくとも、残念ながらこういうことは起こりえるのです。
確かに、アレックスが受けた暴行は理不尽でめちゃくちゃなものでした。どんな理由があるにせよ、犯人は厳しく断罪されるべきでしょう。しかしながら今作を観れば、ある犯罪が起こる過程には、それに至る小さな要因がいくつもいくつも積み重なっているのだということがわかります。レイプや暴力沙汰のシーンも必要以上に凄惨ですが、それが起こるまでを追う過程がとても不愉快。この映画の意図は、観客をして、暴力犯罪が発生する現場に無理矢理立ち会わせることにあるかのようです。レイプもそれに対する報復行為も、共に“犯罪である”という観点では全く同等。この辺りが、今作の後味の悪さを生み出す源泉であるように思います。時間軸逆行、手振れ映像、不協和音、意味不明の長回し、シュールな映像挿入といった演出上の小細工は、ショッキングではありますが数度の観賞には到底耐えないもの。作品の質とは相関関係はありませんので、惑わされてはいけません。

犯罪が起こり、それがさらなる悲劇を呼んでいく様はリアルですが、残念なことに今作のモチベーションはそれで終わってしまっています。この仕上がりでは、モニカ・ベルッチ大先生の体当たり演技をはじめ、「イースタン・プロミス」が印象深かったヴァンサン・カッセルなどの奮闘が、徒労であったのではないかとも勘ぐりたくなりますよ。
そうそう、今思いついたことを書き留めておきますね。この作品を観ていて真っ先に思い浮かんだのが、ホラー作家ジャック・ケッチャムの諸作品。ただし、“ケッチャム”という名前に心当たりのない方は、ぜひそのままお忘れくださいますように。実はこの方、読む者に情け容赦なく不快な気分を味わわせることにかけては、かのスティーヴン・キングを遥かに凌駕する作家です。すさまじい筆力でもって、これでもかと逃げ場のない恐怖を演出・描写する才能は、ある意味天才的かもしれません。が、正常な神経の人間には、いかなその世界観がリアルであるにせよ、暴力に継ぐ暴力の連鎖の物語など到底受け入れられるものではありません。つまりは、「アレックス」をはじめとするノエ監督の諸作品にも、同じような感慨を持てるわけです。演出力には一定の才覚を感じても、狂気を垂れ流すだけの作品になんらの思想性をも見出せなければ、それはただの暴力的ポルノ映画に堕してしまいます。監督にしてみれば、なにか高尚な哲学の基に生み出された作品なのかもしれませんが、観客にそれが伝わらなければ、その製作意図は永遠に理解されないまま。単なるマスターベーション映画と批判されても仕方ない面もあるように思います。


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