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zoom RSS 妖艶に、残酷に、やがて哀しき―「わにくん」とビネッテ・シュレーダーの世界

<<   作成日時 : 2018/03/11 16:00   >>

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ビネッテ・シュレーダー Binette Schroeder

1939年12月5日生まれ
ドイツ、ハンブルグ出身

スイスのバーゼルにある実業学校で、商業美術及び石版印刷を学ぶ。1969年、30歳ではじめての絵本「お友だちのほしかったルピナスさん」を発表して以来、「こんにちはトラクター・マクスくん」や「ぞうさんレレブム」「ラウラのふしぎなたまご」など、独自のシュールな美学を持つ絵画世界を構築。1971年に結婚した作家ペーター・ニクルと共同で、「ラ・タ・タ・タム」「ほらふき男爵の冒険」等の絵本を上梓した。ブラティスラヴァ世界絵本原画展では“金のりんご賞”を受賞、他にドイツ児童図書賞、夫婦共作の「わにくん」では“スイスの最も美しい本賞”とライプチヒ図書展の“世界で最も美しい本賞”を授与された経験がある。ドイツを代表する世界的絵本作家として活躍する。


わにくん
偕成社
ペーター・ニクル

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「わにくん Crocodile, Crocodile」
ペーター・ニクル Peter Nickl:文 ビネッテ・シュレーダー Binette Schroeder:絵 矢川 澄子:訳
(偕成社刊行)

むかしむかし、まだナイル川にアスワン・ダムができるずっと前のお話。
ナイルの川岸に、艶やかで鮮やかな緑色のうろこを持つ1匹のわにが住んでいた。彼は日がな一日砂地に寝そべり、ハスの花の香りに包まれていた。
ある日スフィンクスの向こうから、2人の気取ったご婦人が犬を連れてやってきた。肩をむき出しにしたドレスとひさしのようなツバ広の帽子を身に付け、手には洒落た日傘を持って。婦人はわにを見つけると、驚嘆して叫んだ。
「まあ、なんて素敵なわにでしょう!わにのお店に連れて行きたいものだわ!」

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好奇心の強いわには、そのわにのお店とやらに行ってみようと決意した。ナイルを離れ、冒険の旅に出るのだと。
川を下る船に乗せてもらったわには、遠くに御殿の姿がけぶる港の船着場までやってきた。親切な伯爵様の計らいで、わには伯爵様の豪華なヨットのお客になる。ヨーロッパはもうすぐだ。
わにはマルセイユから汽車に乗り、一路、花の都パリを目指す。向こうに見えるのはエッフェル塔だ。わにはシャンゼリゼのカフェに入り、ひとまずコーヒーなんぞを頼んでみる。しかしここの人間どもときたら、どうしたことだ。老若男女、皆が皆、死人のような顔をしてだらしなく椅子にへたり込んでいる。長い尻尾を優雅に広げる俺様の、なんと粋な姿であることよ。
わにはしゃなりしゃなりと大通りを練り歩く。ちゃんと2本足で立って歩くのだ。田舎ものだと思われないように。向こうに見えるは凱旋門。しかし通りにはタバコの吸殻、傘にごみ、帽子に荷車まで捨てられている。紳士は木に登り、女の子は木の陰に隠れてべそをかく。果たして人間とはかくも無礼な生き物であることよ。
はるばるナイルからやってきて、わにがわにのお店で見たものは…。
棚に所狭しと並べられた、わに皮でこしらえたバッグ、わに皮の靴…。
なんとここはわにの皮を売る店だったのだ!わにはあまりのことに目から涙をぽろぽろ流す。
「うぬ!俺様の素晴らしいこの皮を、恐ろしい人間どもにむざむざ使わせてなるものか!」
わには怒りのあまり、売り子の美女ソフィーさんを頭から一呑みにした。それから、ソフィーさんの持ち物だったこじゃれた品々をごっそり袋に詰め込んだ。気も晴れ晴れ、ソフィーさんの帽子を小粋に被り、口からシガーの煙を吐きつつ、ナイルの川岸の懐かしい古巣へと帰っていった。
このとき以来だ。ナイルに、おしゃれなわにがたくさん現れたのは。皆帽子を被ったり、絹のショールを首に巻いたり、カラフルな縞模様のケープをまとったり、日傘を手にしてみたり。つやつや光る緑のうろこから、ほのかに香水の香りがただよってくるのだった。

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シュレーダーの絵の魅力は、なんといっても、その中世の絵画を思わせる繊細な筆使いです。そして細部にまできっちりと透明感溢れる色彩が施された美しさ。特に派手な色使いではないにも関わらず、また奇妙に2次元的なのっぺりした構図の絵であるにも関わらず、一つ一つの色が非常に豊かに輝くのです。
今回のわにの造形も出色ですね。なんとなく薄っぺらい印象すら受ける細長い口に、針のように細くて鋭い歯が並んでいます。彼が冒頭、足の指にハスの花を挟んでねそべっている様子からしても、獰猛な肉食獣というよりは、気だるいムードを漂わせる妖艶な美女のような危険な雰囲気を感じさせますね。例えるなら、フィルム・ノワールに登場する眉毛の細いファム・ファタールといった風情。
さて、そんなわにくんは、エジプトくんだりまで来て小犬を連れているような、金満レディの口走った“わにのお店”にいたく好奇心を刺激されます。しかもその店では、わには随分と“役に立っている”らしい。彼は、自分の知らない人間世界で立派に役立っている仲間に会いたいと願います。エジプトでは、わには神聖な生き物として丁重に扱われているのでしょうか、親切にも彼を船に乗せてくれる人間がいます。ヨットを持つ伯爵はおじいさんで、ファッションに興味を持っているわけではなさそうですね。彼の好意によって、わには無事パリに到着するわけですが…。
わにがパリ行きの汽車に乗る場面では、見開きいっぱいに細密な汽車のイラストが見られます。でもやっぱり平面的。窓の向こうに座るわにものっぺり。はるか向こうにそびえるエッフェル塔も、ともすれば張りぼてに見えるかも(笑)。こういった手法は、あのエジプトの壁画などにみられる、2次元的な描写を意識して演出されたのでしょう。見様によってはダリなどの抽象画のような雰囲気もありますね。
パリに突如出現したわにの姿を見て、人間たちはどういう反応をとったか。カフェの中にいた客達は、死人のようにその場で失神してしまいました。わにはあくまで優越感たっぷりに、その様子をだらしないと鼻で笑うわけですね。彼が道を歩けば、人は持ち物を放り出してあっというまに逃げ出してしまう。わにはそれも人間のマナーの悪さだとして、気にも留めず。この見開きの挿絵では、真ん中にまっすぐ通りが描かれ、道の上には逃げ出した人々の持ち物が散乱する一方、その道の行き着くところには凱旋門が小さく鎮座ましましています。わずかに伺える人の気配は、木の陰で泣いている女の子の暗い顔と、木の上に上って手足だけ出して震える紳士のみ。わには道の真ん中を威風堂々と歩いているのですから、そのコントラストの面白さというのか、人間がおびえ、動物が闊歩するという逆転の発想がたいそうシニカルです。
このシニカルさは、わにがついにわにの店の実態を知ったとき、頂点に達します。そりゃそうですよね。わには、自分の仲間達がパリでどんな立派な務めを果たしているのかと、胸をときめかせていたのですから。現実には彼の仲間達は、その皮でもって人間に使役されていたわけです。真相を知ったときのわにの悲しげな表情は印象的です。長い口をあんぐり開けて、大きなめんたまからは涙がぽろぽろ。彼が死んでいった仲間達の無念を晴らすために、思わず売り子の女性を丸呑みにしてしまったのも、物語の流れからいくと決して突出して残酷な展開にはなっていませんね。現実感をいや増す“厚み”を意識的に欠いたのっぺりした絵世界では、どんなに残酷なことを描こうと、なんだか滑稽味が感じられてしまうものです。わにに呑み込まれるソフィーさんも、でっかい掃除機に吸い込まれるトンマな泥棒のように見えてきます。
そう、この究極の逆転シーンは、自然を我が物顔で破壊し、単なる嗜好品のために生き物を乱獲して憚らない人間への、ブラックな戒めとなっているのですね。いつまでも自然を愚弄していると、ソフィーさんのようにいつか自然に仕返しをされるときが来るぞ、と作者は言いたいのかもしれません。もっとも小さな子供には、このシニカルで多分に自虐的な感覚は理解できないかもしれません。特に女の子は。人類の愚行のとばっちりを受けて犠牲になるのが、うら若き女性ですものね。でもまあ彼女とて、わに皮の加工品を売ったり持っていたりするのですからねえ。この辺りの意地悪さが、女性の読者に引かれてしまう要因かもしれません。
わには戦利品を抱えて懐かしき我が家に戻ります。人間のおしゃれな嗜好品を身につけたわにが、幻想的なナイル川に遊ぶ最後の光景。最初から最後まで徹頭徹尾“シュールな美”と“ナンセンスな感覚”にこだわり、視点をそらすことなく、妙なところでヒューマニズムに陥ることのなかったニクルとシュレーダー夫妻の世界観には脱帽です。特にシュレーダーの、無駄な線ひとつとてない、計算されつくした気品ある挿絵にはうっとりしますね。この「わにくん」は絵本という体裁をとっているものの、その実、大人のためのひねくれた寓話をハイセンスな絵世界で表現した作品だといえます。
とはいうものの、アスワン・ダムが建設されて後、この絵本に出てくるようなわに達は密やかに姿を消しました。彼らはどこへ行ったのでしょうか。あれほど憎んでいた“わにの店”に並ぶ羽目になったのでしょうか。だとすれば、あまりに哀しい。

……

やれグッチだヴィトンだと大騒ぎしている若い女性たち…“ブランド”の意味も知らずにブランド物のセールに群がるセレブな女性方に、この絵本を謹んでお贈りしたいと思います(笑)…。


お友だちのほしかったルピナスさん (大型絵本)
岩波書店
ビネッテ・シュレーダー

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シュレーダー30歳の時の単独絵本作品がこれです。
表紙向かって右側のルピナスさんは、お友達がほしい。左側にいる鳥のロベルトは、そんなルピナスさんのためにパタコトン氏とハンプティ・ダンプティ氏を連れて来てくれました。パタコトン氏は紙でできた四角い人物で、ハンプティ・ダンプティ氏はこうもり傘を持った卵の形の人物です。3 人はロベルトの勧めで散歩に出かけました。パタコトン氏は紙を取り出し、器用に家を作ります。家は風に乗り、ハンプティ・ダンプティ氏によって飛行機に姿を変えます。飛行機は海に落ち、船に変身しますが…。

終始静寂を感じさせる、幻想的なイマジネーション溢れる作品です。どこのいつの世界かわからぬ場所で起こる摩訶不思議なできごとが、やはり透明感ある色彩で綴られていきます。淡くぼやけた物寂しい背景の色合いが、ページをめくるごとにくるくると表情を変えていき、それに呼応するかのように、ルピナスさんの目の前で一片の紙が様々に変貌していくわけです。そうですね、子供の頃、本のページの片隅にイタズラ描きしたパラパラ漫画のように、場面が変わっていくというイメージに近いかもしれません。最後、満足してお花の中で眠るルピナスさんを見守るページには、穏やかでありながら、どこか侘しい幸福感が緩やかに広がっていきます。

美しくも、どこか奇妙な佇まいの人物が、輪郭の不確かな夢の世界で遊ぶ…。それは誰もが一度は見た風景であり、遠い昔の懐かしい思い出の姿であるのです。

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