2009年3月18日、カナダのスキー場で初級クラスのレッスンを受け、転倒してしまった英国女優ナターシャ・リチャードソン Natasha Richardsonが、そのわずか1時間後に脳損傷のため脳死に至ってしまいました。転倒した際には、ご本人は大事無いと言っていたそうなのですが、やはり打ち所が悪かった模様。生命維持装置なしでは呼吸もままならない状態に陥ったため、彼女の親族は、装置をはずすか否かという辛い選択を迫られました。そしてついに、彼女に取り付けられていた装置がはずされたと、その後声明が発表されました。 ナターシャ・リチャードソンといえば、故トニー・リチャードソン Tony Richardson監督を父に持ち、母親は大女優バネッサ・レッドグレーヴ Vanessa Redgrave、妹ジョエリー Joely Richardsonも人気女優という、英国映画界きっての純血サラブレッド。かてて加えて、リーアム・ニーソンの奥様にして、彼女自身も著名な女優であるという方でした。 英国出身の美しい女性は、その美貌をよく薔薇に例えられます。故ナターシャの大輪の白百合、あるいは蘭の花を連想させる華やかな美貌は、優雅にしてかつ匂うように官能的。黙って立っていても人目を引く、往年の大女優の風格を持ったいかにも女優らしい女優さんでしたね。演技の面でも申し分なく、血の中に受け継がれる名優のDNAと演劇学校で習得した技術を駆使して、コミカルな役柄からシリアスなキャラクターまで変幻自在に演じ分けてみせました。単に美人なだけの女優さんでは決してありませんでしたよ。私自身、彼女の印象が最も強かったのは、やはり「侍女の物語 The Handmaid's Tale」と「上海の伯爵夫人 The White Countess」ですが、重々しさの中にも女性らしいしなやかさとエロティシズムを醸し出していて、実にバランスの良い存在感でした。「メイド・イン・マンハッタン Maid in Manhattan」なんぞという、映画としてはどうしようもない作品でも(笑)、ビッチな金持ち女役を楽しそうに演じていて微笑ましかったですしね。 …とにもかくにも、あまりに悲劇的な事故でした。この事件の後、スキーのレッスンを受ける人には、ヘルメットの着用を義務付けるべきではないかという声も広まったと聞きます。このような不測の事態を避けるためにも、万全の態勢が整うことを願いますね。リーアムはじめ、残された遺族の方々の心中はいかばかりであったか…。今再び、心からのお悔やみを申し上げます。 ナターシャ・リチャードソン Natasha Richardson (本名:ナターシャ・ジェーン・リチャードソン Natasha Jane Richardson) 1963年3月11日生まれ 英国ロンドン出身 2009年3月18日没 英国映画界きっての名家に生まれたナターシャは、映画界での活躍も印象的ながら、実は舞台やテレビでの仕事の充実振りに目を見張るものがある。 London's Central School of Speech and Dramaでみっちり演技の修行をした後、“真夏の夜の夢”や“ハムレット”といった舞台に立ち、1986年には舞台『The Seagull』での演技でLondon Drama Critic最優秀新人賞を与えられている。歌も上手く、1987年にはリチャード・エア演出によるミュージカル『High Society』にも出演した。ユージン・オニールのリバイバル舞台劇『Anna Christie』ではタイトル・ロールを演じ、1992年度のLondon Drama Critic最優秀女優賞を獲得した。この舞台は翌年ブロードウェイにも進出し、ナターシャはトニー賞はじめ数多くの演劇賞にノミネートされている。 今や映画監督としても重鎮となったサム・メンデスが、1998年に演出したミュージカル「キャバレー」ではサリー・ボウルズに扮したナターシャ、この演技でついにトニー賞をものにした。クライヴ・オーウェンやジュード・ロー、ナタリー・ポートマンといった人気俳優によって映画化された舞台劇「クローサー」にも出演経験がある。他には『Miss Julie』で、フィリップ・シーモア・ホフマンと共にブロードウェイの舞台にも立っている。 また、BBC で制作されたテレビ・ムービー『Ghosts』では、ジュディ・デンチやマイケル・ガンボン、ケネス・ブラナー(パット・オコナー監督の「ひと月の夏」でも共演)といった層々たるメンツに混じって一歩も引けを取らない演技を見せた。1993年にBBCによって制作されたテネシー・ウィリアムズの戯曲「去年の夏突然に」では、マギー・スミスやロブ・ロウらと共演した。存在感のある美貌が買われ、歴史的に有名な女性に扮することも多く、パット・オコナー監督が手がけたテレビ・ムービー『Zelda』ではゼルダ・フィッツジェラルドを演じている。 ジェームズ・フォックスとエドワード・フォックスの弟であるロバート・フォックスと1990年に結婚したが、3年後に離婚。1994年のジョディ・フォスター主演の映画「ネル」で共演したリーアム・ニーソンと恋に落ち、再婚。リチャード・アントニオ君とダニエル・ジャック君という2人の息子に恵まれた。 ●フィルモグラフィー 2008年『Wild Child』 2007年「いつか眠りにつく前に」 2007年『The Mastersons of Manhattan』(TVムービー) 2005年「上海の伯爵夫人」 2005年「アサイラム/閉鎖病棟」(未)兼製作総指揮 2002年「メイド・イン・マンハッタン」 2002年『Waking Up in Reno』 2001年「チェルシーホテル」 2001年「シャンプー台のむこうに」 2001年「ヘイブン 安住の地を求めて」(TVムービー) 2000年『The Man Who Came to Dinner』(TVムービー) 1998年「ファミリー・ゲーム/双子の天使」 1996年『Tales from the Crypt』(TVシリーズ)ゲスト出演 1994年「ネル」 1994年『Widows' Peak』 1993年『Zelda』(TVムービー) 1993年『Hostages』(TVムービー) 1993年『Suddenly, Last Summer』(TVムービー) 1992年「美女と時計とアブナイお願い」(未) 1991年「ミッドナイト25時/殺しの訪問者」 1990年「侍女の物語」 1990年「迷宮のヴェニス」(未) 1989年「シャドー・メーカーズ」(未) 1988年「テロリズムの夜/パティ・ハースト誘拐事件」(未) 1987年「ひと月の夏」 1987年『Ghosts』(TVムービー) 1987年『Worlds Beyond』(TVシリーズ)ゲスト出演 1986年「ゴシック」 1985年『The Adventures of Sherlock Holmes』(TVシリーズ)ゲスト出演 1985年『In the Secret State』(TVムービー) 1984年『Oxbridge Blues』(TVシリーズ)ゲスト出演 1984年『Ellis Island』(TVミニシリーズ) 1983年『Every Picture Tells a Story』 1973年『Polizia incrimina la legge assolve, La』(クレジットなし) 1968年「遥かなる戦場」(クレジットなし) 映画より、むしろ舞台俳優として高い評価を確立していたナターシャ。彼女の生涯の代表作は、やはり、サム・メンデス演出による舞台「キャバレー」のサリー・ボウルズ役(映画版ではライザ・ミネリが演じている)ということになるでしょうか。純白の百合のごとき官能性とエレガンス、今後はそこに円熟味が加わるであろうと予想されていただけに、彼女の突然の訃報は、今もって残念でなりません。 ![]() にほんブログ村 |
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