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zoom RSS 命を受け渡す場所―「アンジェロ Angelo」

<<   作成日時 : 2015/09/14 14:06   >>

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誰かのために成すべきことをせよ。

アンジェロ
ほるぷ出版
デビッド マコーレイ

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「アンジェロ Angelo」
デヴィッド・マコーレイ:文と絵 千葉茂樹:訳
(ほるぷ出版刊行)

年老いた壁塗り職人アンジェロにとって、今回の教会の修復作業は、おそらく彼の最後の仕事になるだろうと思われた。目もくらむ高い位置に組まれた足場に立ち、アンジェロは複雑な造形の壁の出っ張りに溜まった数年分の木の枝やハトの羽を、箒で払い落としてゆく。古い教会の壁には、長い年月の間にできたひび割れがたくさん走り、ハトの家族が何世代にもわたって営んできた巣の残骸が放置されたままだ。

ある壁のくぼみに隠れるように、一羽のハトが蹲っていた。よく見ると怪我をしているようで、碌に動くことも出来ず息も絶え絶えだった。ハトなど、アンジェロにとっては仕事の邪魔になるだけの鬱陶しい存在ではあったが、そのままにしておくわけにもいかない。仕事が終わった後、彼はハトを帽子の中に入れて家路に着いた。正直、途中でどこかにハトを捨てていこうとさえ思っていたのだ。だが街中では、狭い路地に大きなトラックが入り込んできたり、子供たちや犬っコロ、果てはローマ名物のスクーターが縦横無尽に走り回っている。小さな死にかけのハトを放っておける環境ではない。仕方なく、アンジェロは一晩だけハトを介抱してやることにした。自宅のテラスにも猫が爪を研いで待ち構えている。アンジェロはうんざりしながらも、ハトのために、木箱やえんぴつ、針金、ストローや小さな容器などで立派な介護ベッドを作ってやった。もちろん傷口には薬を塗り、包帯を丁寧に巻いてやる。
若かった昔ならいざ知らず、アンジェロだって今はもう老境だ。老体には毎日の壁修復作業は厳しいし、実際ハトは大嫌いなはずだった。しかし気がつけば、彼はハトの生態を研究までし、夜遅くまでハトの手当てに打ち込んでいた。ハトが元気になると、アンジェロはハトを仕事場に連れて行くようになった。週末の休みの日には、ハトと共に趣味であるドライブを楽しみ、大きな松の木のある古い遺跡まで足を伸ばした。ワイン、チーズ、パン、りんご。老人とハトは、きれいな空気の中でささやかなランチを堪能し、昼寝を決め込んだ。夜には、リラックスするためにヘッドフォンで音楽を聴く。もちろんハトもお相伴に預かる。そしてハトはすっかり健康を取り戻し、ある朝どこかへ飛び去っていった。
アンジェロは己の仕事に誇りを持ち、それに一生を捧げてきたことに満足していた。水とバケツとスタッコという壁塗り用の材料、スタッコをこねる道具、こねたスタッコを塗るためのこて、彫刻を削るための道具…。これさえあれば、彼はでこぼこになった壁を滑らかに塗り替え、角が取れた彫刻に新しい命を吹き込む。そう、たった1人で大きな教会を新品同様に仕立て上げることが出来るのだ。一方ハトは、仲間のハトたちと一緒に、広場で大道芸を披露するようになった。ハトたちがアイスクリームのカップを被ったり、トランプのカードで手品などをしてみせると、道行く人は足を止め、彼らに食べ物を投げ与えるのだ。
ハトは時々、アンジェロの仕事場にまで飛んでいった。数ヵ月間彼の仕事振りを遠くから見守っていたハトは、アンジェロの仕事のペースが随分落ちていることに気がついた。スタッコをこねる手もだるそうだし、足場に腰掛けて休む時間も以前より長い。ある日の午後、ハトは疲れた顔で腰掛けるアンジェロの元に向かった。アンジェロはハトが戻ってきたことにも気づかない。ハトは心配でククーと鳴く。アンジェロは、いつまでも仕事が終わらない気がするんだと気弱にひとりごち、首を振り振り小さなブラシで彫刻の足を清めていった。ハトはその日一日アンジェロのそばを離れず、鳴いて励ました。
それからというもの、ハトは毎日アンジェロの仕事場にやってきた。夏の耐え難い暑さが彼らを襲うと、翼でアンジェロを扇ぎ、老人が危なっかしい足取りではしごを登っていると天辺で見守り、アンジェロがへばってしまうと、噴水まで飛んでいってハンカチを冷たい水で浸してくる。老人は時折作業の手を休めては、自分の仕事振りをハトに自慢した。昼休みになると仲間のハトたちもアンジェロの元にやってきて、往来に面したテーブルの下でラインダンスまでして彼を楽しませた。アンジェロは、ハトたちに孤独な心を慰められ仕事に打ち込んだが、やがて時間が足りなくなっていった。
昼休みの時間も惜しんで働くアンジェロは、待ちに待った週末の日のドライブで、相棒のハトに名前を進呈することにした。名前は“シルビア”だ。その日の夜、シルビアはアンジェロと仲良くパスタをつつきながら、老人がこれまでの人生で手がけてきた仕事の思い出話を語るのに、長いこと耳を傾けた。今の仕事が彼の花道だ。
夏が過ぎ、秋の冷たい風がアンジェロとシルビアの脇を吹きぬけ、凍てつく冬の寒さがやってきた。アンジェロは、古びたコートとよれよれの帽子、くすんだ色のマフラー、ひざ掛けを身体に巻きつけてこてを握るが、あまりにも寒い日はスタッコをこねることすらできない。しかし、アンジェロとシルビアが見上げる視線の先には、まだまだやり終えていない仕事が待っているのだ。
2年を超える辛く孤独な作業の末、アンジェロの最後の仕事はようやく完成の兆しがみえてきた。作業を始めて2度目に迎える冬、老いた彼の作業の手はますます遅くなっていった。シルビアはアンジェロに付ききりで、老人が危うく足場を歩む前を先導する。彼らは、大好きな習慣だった週末のドライブもとりやめにした。本格的な冬がくる前に仕事を終えてしまいたい。

11月のある暖かい日。教会正面中央にある2人の天使が舞う像に、アンジェロは自信に満ち溢れたこての一振りを施した。2年以上も費やした作業が、この瞬間ついに終わったのだ。アンジェロとシルビアは言葉もなく、ただ静かに天使像を見つめ続けていた。
それなのに、アンジェロは喜ぶどころか浮かない顔だ。パスタをつつきながら、シルビアは元気のないアンジェロに張り切って大道芸をやってみせる。パスタで投げ縄をしたり、自分の身体をパスタでぐるぐる巻きにしたり、パスタで“アンジェロ”と書いてみたり。だがいつもなら感心しきりの老人は、今はうつろだ。なぜなら、彼の心の中を占めている懸念は、自分が死んだ後シルビアが路頭に迷いはしないかということだったからだ。それはきっと近いうちに現実になるだろう…。パスタを見つめていたアンジェロは、突然素晴らしいアイデアを思いついた。帽子とコートで身を包んだ彼は、シルビアを家に残して懐中電灯を手に外に出た。
夜が明けた。ひどく疲れた様子で帰宅したアンジェロは、お気に入りの椅子に腰を下ろしてシルビアを抱きしめた。その顔には、数ヶ月振りかの満ち足りた微笑が浮かんでいた。その日の午後、足場は取り外された。
その日以来、アンジェロは姿を見せなくなった。数日後、彼が住んでいた小さなアパートのベッドの上で、老人は発見された。彼の周囲には、木の枝とハトの羽が落ちているばかりだったという。
アンジェロの棺は、自ら修復した教会の中に運び込まれた。彼が丹精込めた教会は、朝日に照らされ艶々と輝いている。まるで新しく建て直されたようだ。だが、本当に新品なのは1箇所だけである。地面から遥かに高い場所にある2人の天使像の前に、見事な鳥の巣があった。箒で掃き捨てられたりしないように、その巣は木の枝1本1本に至るまで全てスタッコでできている。巣は“シルビアへ、感謝を込めて。アンジェロ”と彫られた立派な台座の上に鎮座し、ちょうど街の屋根が連なる遥か向こう側まで見渡せる位置にあつらえられていた。やがてシルビアは、この思い出の詰まった場所で子を成した。天気の良い日には、彼女は巣の端に立ち、アンジェロとドライブしたあの懐かしい大きな松の木がある古い遺跡を、いつまでも見つめていた。

それから長い年月が過ぎ、教会は再び修復されることになった。若い壁塗り職人が2人雇われた。彼らは、天使像の前にあるスタッコ製の鳥の巣を発見する。それは、まるでできたばかりのように美しく、見事な形のままであった。巣の底には、1本の羽と、古い帽子の切れ端のような麦わらが2本残っていた。どちらの職人も、手を触れることはなかった。


画像

デヴィッド・マコーレイ David Macaulay

1946年英国ランカシャー州に生まれたが、彼が11歳のとき両親についてアメリカはニュージャージー州ブルームフィールドに移住。
のんびりした英国の暮らしに慣れていた彼は、アメリカにわたってからのせわしない毎日に当惑し、本格的に絵画にのめりこむようになる。高校卒業後はロードアイランド・デザイン学校へ進み、5年生のときに滞在したローマで天啓を受けて建築デザインを修める。インテリア・デザイナーとして働く傍ら、中学校やロードアイランド・デザイン学校でも教鞭をとり、その後絵本作家としての道を模索し始めた。
彼にとって幸いなことに、建築デザインの知識をフル稼働させた第1作「カテドラル」が1973年に無事出版の運びとなった。エジプトのピラミッドからニューヨークの摩天楼まで、人類が残した偉大な建築物や技術を楽しく紹介したこの作品は、着眼点の斬新さと平易な語り口が評価され、コルデコット賞銀賞を獲得した。マコーレイの才能は、建築を題材にとった絵本で開花し、1991年に発表した『Black and White』にはコルデコット賞金賞が与えられている。
また、1998年に出版された「道具と機械の本」でもニューヨーク・タイムズ紙から高い評価を受け、ニューヨーク・タイムズ紙が選ぶベストセラー本に認定されている。この作品の中で、マコーレイはユーモラスなマンモスのイラストをガイド役に、昨今の複雑きわまるテクノロジーをわかりやすく紐解くことに成功した。同様のアプローチを、“究極のテクノロジー”たる人間の身体の仕組みを解説する作品『The Way We Work』でも採用している。
マコーレイの作品の特徴でもある緻密な構図のイラストと、そこはかとなく漂う飄々としたユーモアは、世代を問わない人気を呼び、上梓された作品は12カ国以上の言語に翻訳されている。絵本作家としての彼への評価は、コルデコット賞のみならず、Boston Globe–Horn Book AwardやChristopher Award、Washington Post–Children’s Book Guild Nonfiction Awardなどの受賞によって、既に証明済みであるといっていい。また、アンデルセン賞にも2度ノミネートされており、科学の分野に貢献のあった人物を表彰する、ボストン科学博物館提供のBradford Washburn Awardも授与された。絵本作家として、あるいはデザイナーとして現在も精力的に活躍する彼には、更に多くの名誉が与えられ、いまやアメリカを代表する作家と位置づけられている。尤も当の本人は、家族とともにヴァーモントで静かな暮らしを楽しんでいるという。−davidmacaulay.comより訳出

デヴィッド・マコーレイ公式サイトはこちら

私は今年42歳を迎えます。“四十にして惑わず”などと、一体どの口が言えた義理かというぐらい、私自身は己の生き方に迷いと疑念を抱き続けて早40年になってしまいました…。その焦燥の底にあるのは、おそらく“達成感の欠如”であろうことはわかっています。とにかく、目の前にある忙しない毎日をやっつけることが精一杯で、約80年の人の生の中で何かを生み出したり、何かを見出したり、あるいは、社会に対して何らかの影響を与えうるようなことを、何一つやり遂げてはいないのですね。結局、この40年のうちに為した誇らしい仕事はといえば、2人の子供を生んだことぐらい。それもその後は、“子育てママ”なんて到底呼べないダメ母っぷりで、我ながら呆れるほどです。

まあ、そんな事情もあり、最近は“死”を描いた書籍に自然と手が伸びるようになりました。若い頃のように、死にロマンティックな幻想を抱いているわけではありません。人生の折り返し地点に差し掛かり、ゴールの先にある死を具体的に意識し始めたせいだろうと思われます。今回取り上げた絵本「アンジェロ」もそのひとつ。昔から、映画にしろ小説にしろなんにしろ、“老人と動物”というモチーフを扱った作品には、必然的に“死”が描かれることになります。そうですねえ、今思いつく例では、映画「ハリーとトント」がこの「アンジェロ」と近いニュアンスを持っているでしょうかね。「ハリーとトント」では、老人と猫が2人きりで旅を続け、その過程でこれまでの人生を反芻し、彼らなりの答えを見出していきます。そして、やがて避けようもなく訪れる死を、心静かに受け入れるわけですね。1人と1匹の旅が、人生の終着点である死を理解するまでの過程であったと考えられるのです。

「アンジェロ」では、古い建造物を修復する職人として、自身の人生を懸命に生きてきた老人が、成り行きで傷ついたハトを介抱することから、お話が始まります。最後の仕事である教会の修繕作業に臨む老人は、当然のごとく残り少ない人生の時間を意識していたことでしょう。大きな教会の修繕をたった1人で行っているアンジェロは、いくら腕の良い職人だといえ、孤独な重労働に疲弊していく自分をどうすることもできなかったと思うのです。でなければ、貴重な休み時間も惜しんでまで、仕事の邪魔になるハトを助けようとはしないはず。大怪我をして死の影を纏いつかせたハトに、老人は近い未来の己の姿を見出していたかもしれません。
ハトとのささやかな交流は、花道にすべき仕事を前にして、疲労を理由に怖気づこうとする彼の気持ちを、今一奮い立たせることになりました。無償の愛情を寄せてくれるハトに、老人もまたかけがえのない友情を感じることで応え、孤独な1人と1羽は身を寄せ合うようにして、老人の人生そのものである仕事に立ち向かいます。いつ終わるともしれない膨大な作業に没頭しつつ、老人は折に触れ、ハトに自分が過去に行ってきた仕事のことを語り聞かせました。つまりこれこそが、老人にとっての“人生の総括”に相当するのですね。これまでに自分が為してきたことを振り返り、そこにいくばくかの答えを与えていく。それは、成功も失敗もひっくるめて、最終的に己の人生に赦しを施す作業に他ならないのです。自分の人生を赦すことができるのは、自分自身のみ。アンジェロはハトを媒介にして、自分のこれまでの生き方を改めて肯定しました。それは、後に遺されるハトへ“絶対壊されない頑丈で美しい巣”をプレゼントすることで、結実したと言えます。スタッコで作られた巣は、老人のハトへの友情の証であると同時に、彼自身の人生の象徴でもあったと思いたいですね。
彼からハトへの“命の受け渡し”を担った巣は、今度はハトの新しい命を守り、育んでいきました。こうして、名もない人々の“命の受け渡し”が脈々と続けられた結果が、“歴史”となって地上にその姿を留めるのでしょう。その意味では、アンジェロはとても幸せな人だとも思いますね。大きな教会の片隅に彼が作った小さな小さな鳥の巣は、幾世代にも渡って受け継がれ、歴史の1ページに確かな足跡を残したのですから。

作者のデヴィッド・マコーレイは、青山邦彦氏と同様、建築学を修めた絵本作家です。この作品でも、古い教会やイタリアの古都の街並みを、実に3次元的構図で緻密に捉えられておりますね。イラストのアングルも、上空から街を見下ろした俯瞰であったり、時には、小柄な老人の目線に合わせたものか、建物を大きく見上げる仰角であったり、非常に多彩。淡いセピア色中心の優しい色使いと相まって、まるで昔のヨーロッパ映画を観ているような感覚ですね。狭い路地を1人ぽつねんと仕事場に向かって歩いていく老人を、建物の上から見下ろす構図のイラストが印象的ですが、おそらくハトの視線に沿うた意味が含まれているのでしょう。アンジェロの遺した巣に立ち、遥か彼方を見つめるハトの絵は、その後姿のみを描いて秀逸。死して文字通り“天使”になったアンジェロが、ハトの一家を見守っているようにも感じられます。極めて映像的なアングルを駆使する、マコーレイの面目躍如のシーンとなりました。
ローマに留学した経験を持ち、彼の地を愛したマコーレイらしく、イタリアの古都の日常風景を非常にノスタルジックに描出していますね。また、古い建造物を修繕する職人という、現代の建築の分野ではもはや失われつつある伝統への、大きなリスペクトも感じられます。アンジェロのような根っからの職人が、今現在どれだけ残っているかはわかりませんが、彼らが現代社会の中に溶け込んで“歴史”をひっそりと守っている姿に、マコーレイでなくとも深い感謝の念が沸き起こるでしょう。

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