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zoom RSS 「フリックス Flix」―トミー・アンゲラー Tomi Ungerer

<<   作成日時 : 2017/05/17 15:09   >>

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彼は、真に自由で真に幸福な生を生きた犬。

フリックス
BL出版
トミ ウンゲラー

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「フリックス Flix」
トミー・アンゲラー Tomi Ungerer:文と絵 今江祥智:訳 (BL出版)

ゼノ・クラル氏と奥さんのコルザさんは、とてもとても幸せな夫婦だった。仕事は万事順調、夫婦仲も文句なし。そして待望の赤ちゃんが生まれるのだから!
いよいよコルザさんが出産の時を迎えた。分娩室ではスムーズに事が運び、クラル氏はいよいよ母子と対面する。ところが…
「元気な男のお子さんです。…ただし…ワンちゃんですが」
赤ちゃんはわんこ、しかも、ぺっちゃんこのしわくちゃのほっぺが垂れた顔。代わりに目が突き出ている有様だ。困惑するクラル氏を制し、コルザさんはこう言った。
「大事にしましょう。なんてったってわたしたちの子供じゃないの」
夫婦はショックから立ち直り、自宅へ戻る。ご近所の奇異の目があるのは辛いが、仕方ない。連れて帰り、それに慣れるしかなかろう。
クラル氏とコルザさんの猫夫婦の間に、パグ犬の赤ちゃんが生まれたというニュースは、ご近所さんのみならずたちまち街中にセンセーションを巻き起こした。遺伝子のイタズラ?はたまた神のイタズラ?どちらにせよ、夫婦にとってはかけがえのない宝物に違いない。
やがてパグ赤ちゃんは、物見高い連中の視線を一身に浴びつつ、洗礼式を済ませた。名前は“フリックス”。名付け親は、クラル氏夫婦のトランプ仲間、犬のメドール・クロップス博士だ。
フリックスは、両親からの愛情を一身に受け、陽気で元気な子供に成長した。両親から猫語も教わり、犬なまりながらもきちんと使いこなした。コルザ母さんは、爪を使って木登りするコツも息子に伝授した。ためにフリックスは、犬ながらもきちんと木登りが出来るようになったのだ。フリックスは、ネズミのフライもホットドッグも大好物な犬になった。名付け親となったメドールおじさんとはよく一緒に過ごしたものだ。両親の意向で、フリックスは犬語もちゃんと使えるようになった。おまけに、メドールおじさんは水の中で犬かきするコツをフリックスに伝授した。ためにフリックスは、猫の両親を持ちながらもきちんと犬かきが出来るようになったのだ。
しかし、長ずるにつれ、フリックスはその容姿のせいで、同年代の猫の子供たちからいじめられるようになった。ゴミを投げつけられたり、あざ笑われたり。仕方なくフリックスは、1人遊びを考案しなければならなかった。
そして、フリックスがいよいよ学校に上がる時が来た。両親は息子を犬の学校に通わせると決めていた。その間、メドールおじさんの家に下宿させていただく。おじさんはフリックスの見識を広めようと、“名犬ラッシー通り”や“ライカ広場”へ連れ出した。ライカ広場に立つ記念碑は、初めて宇宙へ旅立ったライカ犬の功績をたたえて建造されたものだ。犬の街の東地区に暮らすチャウチャウやアフガンハウンド、ペキニーズらは、東洋風の着物を着て、夜になれば提灯に明かりを灯した。猫の街にも、やはり東洋風の着物や提灯を使う種族がいる。シャムネコ、ビルマネコ、マンクスネコらだ。フリックスとメドールおじさんは、人でごったがえす中華街で慣れない箸を操った。
フリックスはプルート高校に進学した。クラスではいつも一番前の席に座るおちびさんだったけど、頭のよさと気立てのよさでたちまち仲間の信頼を得た。普通は猫が用いる楽器であるヴァイオリンを習い、地方オーケストラの一員にもなった。週末には両親の住む猫の街に戻る。ある日曜日の朝、両親と一緒に川のほとりを歩いていると、カワマスの大物を釣ろうとして、逆に川に引っ張り込まれてしまった猫がいた。泳げない彼を助けるため、フリックスは迅速に救助活動を行った。ついでにカワマスも釣り上げて、両親との夕餉の食卓に供した。その一件があってから、猫の街の人々のフリックスへの態度が軟化した。うれしいことに、フリックスは昔彼をいじめた猫たちからも一目置かれる存在となったのだ。
フリックスはトップの成績でさらに大学へ進んだ。ある日キャンパス内でジョギングしていたフリックスは、女子寮の5階の窓から煙がもくもくと噴き出しているのを目撃した。助けを求める女子学生の声も。フリックスは、煙の出ている窓近くに茂るミズキに猫のように飛びつくと、するすると上っていった。フリックスは枝で身体を支えながら彼女をしっかり抱きとめ、無事消防隊員の下に連れて行った。彼女の名前はミルザ・ド・ラ・フリエール、フランスからの交換留学生であった。それからというもの、フリックスとミルザは何度もロマンチックなデートを重ね、深く愛し合うようになった。フリックスは両親にミルザのことを紹介した。両親は一目でミルザを気に入り、普段は犬の入店を断っている高級レストラン“エルドラード”で息子の婚約祝いを開いた。
フリックスとミルザは、大学卒業と同時に結婚式を挙げた。式当日には、川を挟んで両側に位置する猫の街と犬の街からそれぞれ、大勢の人々が出席してくれた。結婚行進曲も、このとき初めて結成された犬と猫の混声合唱団が歌った。猫も犬も式に出席した人たちは皆、この感動的な光景にうれし涙に暮れながら、若い2人を祝福した。新婚旅行から戻ると、フリックスは父親の経営する“ネズミ捕獲産業”に入社した。犬の街でも業績を伸ばし、猫の街の肉屋でも売り上げ向上にこれ努めた。父親の会社を継いだフリックスは企業家として成功し、政界入りも果たした。彼は猫の街でも犬の街でも共に尊敬を集める好人物だ。たちまち両方の街の支持者を集め、その統合運動にも乗りだした。猫の社会と犬の社会が断絶したままではなく、教育の交流、言語の共通化、相互共生、猫=犬同権を図ることで、真に自由な社会を作ろうと訴えたのだ。猫の街も犬の街も沸き立ち、フリックスを合併のリーダーに頂くことになんの躊躇も持たなかった。そして、フリックスが両方の街合併の大市長に初当選した日、妻のミルザは夫に赤ちゃんができたことを告げた。
ミルザの出産が始まると、遠い昔に父親がそうしたように、フリックスは妻を急いで病院に運んだ。彼は妻のお産に立会い、産みの苦しみに耐える妻を励まし続けた。
「元気な女のお子さんですよ。…おニャンコのね!」
と医者から告げられたときのフリックスの喜びは、またひとしおであった。


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アンゲラーの絵本の中で、おそらく傑作の部類に入るのがこの作品だと思います。

アンゲラーという作家は、画家としても商業デザイナーとしても、どの派閥にも属さない真に自由な立場のアーティストでした。しかしそれは裏を返せば、常に一匹狼で孤独であったともいえますよね。彼の作品にはしばしば、本来属するコミュニティーからはみだしてしまった者たちが登場します。彼らアウトサイダーはそれでも悲嘆にくれることなく、飄々と新たな活躍の場を得ていくというモチーフが繰り返されるのです。その姿はアンゲラー自身の理想像でもあるでしょうし、また実際アンゲラーはそのように生きた人でもありました。
幼くして父親と死別して以来、彼の人生は常に“自分らしく生きること”と、社会の中に“自分の居場所を見つけること”の間の葛藤に揺れるものでした。彼が社会に対し、引いては人間性に対してシニカルな視線を持つに至ったのも、あらゆるマイノリティーを安易に排除しようとする脅威に晒され続けた結果でした。第2次世界大戦での恐怖の体験を経て、戦後のヨーロッパを放浪した末にたどり着いたアメリカは、人種の坩堝でした。かの国にひしめくマイノリティーはマジョリティーから差別され、またマイノリティー同士のコミュニケーションも良好とはいいがたい、まさしく究極のカオス状態。その只中に放り込まれたアンゲラーは、腹を括って孤高を保つ決意をせざるを得なかったわけです。煩雑になった社会構造の中では、大勢に流されてなあなあで生きる方が何倍も楽ちんですが、それが自分にとって本当に幸福かどうかと問われれば、答えは当然否でしょう。アンゲラーは大勢にあえて抗い、肌の色や言語や思想や生活環境が異なる者を理解する努力をしようと、イラストや漫画、児童向け絵本などで訴えていきます。アンゲラーのエロ・グロ・ナンセンスからポジティヴなエネルギーを感じるのは、彼自身のそうした信念のゆえだと思いますね。

そのアンゲラーのライフワークである“異種間相互理解”というテーマ性が、最も顕著に現れている絵本がこの「フリックス」です。猫の世界と犬の世界がまだお互いに交流を持っていなかった頃、猫の夫婦の間に生まれたパグ犬のフリックスの生き様を通じて、異種同士が歩み寄り、やがて融合していく様を描いていきます。
このフリックス、猫の間に生まれた犬ということで、周囲には奇跡ではなくある種の異形と認識されてしまうのですね。猫夫婦はコミュニティーからの排斥に屈することなく、至極当たり前にフリックスに愛情を注ぎ、猫としての資質と犬としての資質を両方共に教育します。その結果、フリックスは天真爛漫な性格と、猫の優れた能力と犬の優れた能力を併せ持つ有能な人材に成長するわけですね。また、もう1人の導き手となった犬のメドールおじさんによって、犬のコミュニティーも猫のそれと全く同じ構造を持っていることを知った彼は、コミュニティーの相違に囚われない広い視野を得ます。しかしながらそんな有能な彼でも、猫コミュニティーから受け入れられるきっかけとなったのは、大学生のとき、溺れた猫を救助したことです。この際役立ったのは犬の資質でした。また、彼が生涯の伴侶と出会ったきっかけも、猫の資質を大いに活用したときでしたね。つまりアンゲラーは、見ようによってはフリークスとなりかねない存在のフリックスを、異なる才を持つヒーローに仕立てあげたのです。

これでようやくコミュニティーの一員だと認められた彼は、もう1つの犬コミュニティーでも目覚しい活躍を果たしました。彼は父親の会社を足がかりに、猫と犬の社会を繋ぐパイプの役割を務めます。異なる社会双方からの信を得た彼が、名実共に2つの社会を統合するシンボルとなったのは、当然の成り行きでしょう。猫でもあり犬でもあるフリックスの活躍により、晴れて合体した2つのコミュニティーは、これから新しい社会を創造する段階に入っていくのです。その根底には、“異なる者を受け入れ理解しよう”という、どの社会の未来にも通ずる普遍的な希望がありますね。物語の最後に、フリックスの妻がかわいい猫のあかちゃんを産み落としたシーンが添えられているのは、その象徴といえるでしょう。

いかがですか?この物語を、混迷極まる現代社会(もちろん人間サマのですよ!)に変換してみてください。思い当たるあれこれが浮んできませんかね?私たちは肌の色や言語の違い、宗教や性差、はては性の嗜好の違いなどによって、実に容易に“異種”を排斥してしまいます。いくらそれが人間の本能だからといって、いつまでもそのままでは、地球上から悲劇がなくなる時は永遠に来ないことでしょう。ほんのちょっとの勇気を出すだけで、難攻不落と思われた“相互理解”の壁を打破するチャンスはいくらでも生まれるのですね。もしもフリックスが、異形である己の存在を受け入れられず、ひねくれてしまっていたら、猫と犬の相互理解も成し得なかったでしょう。彼が差別という逆境にくじけない勇気を持っていたために、最終的に異種社会融合という悲願を達成したわけで、その勇気を彼に与えたフリックスの両親の存在は非常に大きいものだと思います。息子がどうであれ、彼らが「大事にしましょう。なんてったってわたしたちの子供じゃないの」とまず第一に息子の存在を受け入れたことが、フリックスの運命を決定付けたといっても過言ではありません。
昨今顕在化する実の親による子殺しや虐待、あるいはその逆の事件には、私たち人間が“家族を無条件に受け入れ、愛する”という根本的な許容精神を失いかけている現実が隠されています。子や親を愛するという行為は、本来DNAに組み込まれた本能だと思っていたのですが、今はそうではないようですね。それはとりもなおさず、現代社会が自浄不可能なまでに病んでいることの証左でしょう。

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さてこの作品には、アンゲラーの真骨頂ともいうべき、ナンセンス・ユーモアが横溢しています。猫の夫婦からパグ犬が生まれたという設定自体が既に痛快なるナンセンスなのですが、テンポよく進んでいくストーリーのあちこちに、思わずにやけてしまうようなユーモアの仕掛けが施されていますね。
まず、猫社会にも、人間社会で言うところのアラブ系や東洋系といった種がおり、WASPに相当する猫のマジョリティーからは、肩身の狭い思いを強いられていることが伺えます。それは犬社会も同様で、東洋系種の犬たちは、街の一角に自分たちだけのコミューンを作っていたりするのです。中華街の趣ですね。笑えるのは、禁煙と大きく貼紙された病院内で、アラブ系種の猫が水パイプを悠然とふかしているシーン。また、東洋系種の犬が住む一角では、アラブも中国もインドもチベットも皆いっしょくたの状態であるところ。しかも犬力車なども走ってますしね(笑)。これは日本風味か、はたまたベトナム趣味なのか。ここら辺りの描写にも、常にアウトサイダーとしてマジョリティー社会内の矛盾を見極めようとするアンゲラーの皮肉が伺えますね。
フリックスの両親の家の壁に犬の剥製が飾ってあったり、テレビには猫の怪盗が犬をやっつけているシーンが映っていたり。フリックス一家がミルザと共に婚約を祝ったレストランは、“犬お断り” の貼紙が…。幼いフリックスが食べているアイスクリームには、ネズミがトッピングされていたり。犬社会も負けていませんで、犬のマダムは、首に猫の毛のマフラーを巻いていたりします。こんなさりげない描写ひとつで、猫社会と犬社会の融合の難しさを示唆しているのですね。だからこそ、フリックスが猫街犬街合併の市長に当選したシーンの、猫も犬も入り乱れての大騒ぎの様子がひときわ感慨深くなるのでしょう。このページをよく見ると、猫の女性と犬の男性がひしと抱き合ったりしています。おそらく従来は、彼らの恋愛はタブー視されていたのだろうことが想像できますね。社会をより住みよくするためには、こうした無用のタブーをひとつひとつなくしていくことが必要であるのです。

トミー・アンゲラー Tomi Ungererの紹介記事はこちら


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