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zoom RSS 「息子のまなざし Le fils」―ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督

<<   作成日時 : 2015/09/08 15:37   >>

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息子と私のまなざしは、いつか一体化するだろう。


1996年に発表された「イゴールの約束 La promesse」は、同年のカンヌ国際映画祭の、監督週間において上映されました。その結果、国際芸術映画評論連盟賞を受賞。これをきっかけに世界規模でこの作品に対する評価が高まり、全米批評家協会とロスアンジェルス批評家協会は、1997年度の外国語映画賞に「イゴールの約束」を選出しました。
続く1999年発表の「ロゼッタ Rosseta」で、ついにカンヌ映画祭パルムドールを受賞(最優秀主演女優賞も受賞)。ダルデンヌ兄弟の名声は、ここ日本でも決定的なものとなります。その後2002年に、長編劇映画第5作目として、「息子のまなざし Le fils」が製作・発表されました。


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「息子のまなざし Le fils / The Son」(2002年製作)
監督:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
製作:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
撮影:アラン・マルクーン
出演:オリヴィエ・グルメ(オリヴィエ)
モルガン・マリンヌ(フランシス)
イザベラ・スパール(マガリ)他。

オリヴィエは、犯罪を犯した少年たちの社会復帰を助ける職業訓練所で講師をしている。木工の技術を教えているのだ。彼は腰を痛めているのか、いつも腰に補強ベルトを着けている。

ある日、オリヴィエは事務から新入りの少年を木工クラスで教えて欲しいと頼まれる。だがすでに4人も生徒を受け入れているからダメだ、と断る。溶接のクラスへ連れて行ってくれ、と。
そう言いながら、オリヴィエはその少年フランシスを異様に気にかけている。彼の姿を執拗に追っていくのだ。訓練所の廊下を尾け、訓練生たちの食堂にまで押しかけ、まるで尾行しているかのように。
家に戻ると、別れた元妻マガリがたずねてきた。再婚するという。もう赤ちゃんがお腹にいるのだと。ショックを受けるオリヴィエ。「なぜ今日なんだ。なぜ今日それを俺に告げるんだ」
結局オリヴィエは、フランシスを木工クラスに受け入れることにした。溶接クラスまで迎えに行くオリヴィエ。更衣室で居眠りするフランシスを、オリヴィエはただならぬ緊張した面持ちで見つめる。
木工クラスで、オリヴィエはフランシスに丁寧に作業を教えていく。計算が得意だというフランシスは飲み込みの早い生徒であった。が、依然として誰にも心を開こうとはしなかった。
ある日オリヴィエは元妻マガリの働くスタンドへやってきた。―「あいつが出所した。うちのクラスを受講したいと言ってきたんだ」
マガリは驚愕する。「どうするつもり。あいつは私たちの息子を殺したのよ!また来るわ。どうするの!」
フランシスはオリヴィエとマガリの息子を殺した犯人だったのだ。彼をどうしたいのか、自身の気持ちがわからぬまま、オリヴィエはフランシスを街中まで尾けていく。オリヴィエに気づいたフランシスは、何も知らぬまま彼に声をかける。一緒に夜食でも食いませんか、と。二人は道路上で距離の当てあいをする。他愛なく流れる時間。フランシスは、的確に仕事を教えてくれるオリヴィエに堅い心を開きかけていた。
木工クラスでは、マンツーマンでフランシスに作業を教えるオリヴィエ。フランシスの作業を見守りながら、オリヴィエはどこか引きつったような緊迫した表情を崩さない。なにかを逡巡するような様子だ。
クラスが終わり、フランシスを車で家まで送ろうとするオリヴィエ。途中、マガリが二人の前に姿を現す。血相を変えてフランシスに詰め寄ろうとするマガリを、オリヴィエはとっさに押しとどめた。「どうするつもり?一緒にいたりして、狂気の沙汰よ」マガリは失神しかけながらも、オリヴィエをなじる。―「俺にもわからないんだ」
オリヴィエは翌日、フランシスを製材所に連れて行く。木の種類を勉強できるから一緒に来い、と。他の生徒も経験したことだから、と。

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製材所までの道すがら、オリヴィエはフランシスに尋ねる。―「なぜ少年院に入ったんだ」
フランシスは11歳で少年院に入ったこと、カーラジオを盗もうとしたことが原因だということをぽつりと告げる。
途中立ち寄ったスタンドで、フランシスはオリヴィエに後見人になってほしいと頼む。躊躇するオリヴィエ。保護司でなくて、あなたになってほしいんだと言われ、断れないオリヴィエ。サッカーゲームをしながら、さりげなくオリヴィエは尋ねる。―「盗みのほかになにをしたんだ」
こともなげにフランシスは答えた。―「バカをやって…。人が死んだんだ。俺は院でも最強だったんだよ」
再び車中でオリヴィエは尋ねる。―「後見人には知る権利がある。なぜ殺した」フランシスは答える。―「子供がいるのに気がつかなかった。いつまでも手を離そうとしないから、首に手をかけたんだ」初めて激昂するオリヴィエ。―「口答えできる立場か。お前は人を殺したんだぞ」

製材所に着いた二人。様々な木材を見ながら、淡々と木の特性を説明するオリヴィエ。二人は木材を取り出し、運び出す作業を始める。その途中、不意にオリヴィエはつぶやいた。
「お前が殺したのは、俺の息子だ」
とっさに逃げ出すフランシス。オリヴィエは後を追いかける。―「逃げるな。話がしたいだけだ。出て来い」
しかしフランシスは、半狂乱でオリヴィエに向かって木材を投げつける。―「5年も罪を償ったんだ!」
森の中へ逃げ出したフランシスを、オリヴィエはようやく捕まえた。そして首に手をかける。…しかし彼はすぐ手を離し、しばしの逡巡の後車へ帰っていく。
黙々と車に木材を積み込むオリヴィエ。ふと視線を上げると、フランシスがそばに立っていた。彼は黙ったままオリヴィエのそばに近寄り、木材を積み込む手伝いを始めた…。

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ブライアン・デ・パルマ監督は、サスペンスを演出する最も有効な手段は、一人称で(主人公の目線で)カメラを動かすことだ、と言っていました。なぜなら、主人公はこれから自分の身になにが起こるかを知らないため、観客が主人公と一緒にドキドキ、ハラハラを味わうことができるからだ、と。
その意味において、この作品の主人公オリヴィエの目線で不安定に動く手持ちカメラは、彼の行動、戸惑い、逡巡を観客に追体験させることに見事成功しています。
カメラは常にオリヴィエの首筋を映し、時にパンしたかと思えば、それは彼が視線を向けた先をあわてて追っていくためだという具合。なので、観客はカメラを通して常にオリヴィエより一歩遅れるタイミングで、彼の見る対象を確認するわけですね。
それが、観客にもどかしさを覚えさせる原因になるのです。当初、フランシスを追い回すオリヴィエの意図は全く説明されず、観客はなにがなんだかわからぬまま、オリヴィエの動き回る画面に引きずられます。やがて、フランシスがオリヴィエの息子を殺した犯人だということが明らかになると、一転、画面は別の緊張感に満たされます。
カメラは、オリヴィエのうつむく横顔や、ふいに立ち止まる彼の後ろ姿を映すことによって、憎むべき対象を目の前にして一体どうしたらいいのか思い悩むオリヴィエの心情を観客に伝えることになります。いつのまにか、オリヴィエの立たされている現場に観客も立会い、彼の行動をハラハラしながら見守るという、映画と観客の形ができあがるのですね。

またダルデンヌ兄弟は、今作でも、音楽、映像技術、衣装その他画面を彩るものを極限までそぎ落としています。俳優の演技すら、最小限にまで抑えています。兄弟の演出では、俳優は表情などの演技指導を受けるのではなく、ひたすら『動き』を繰り返しリハーサルするのだそうです。『俳優の肉体がそこにあるようにする』ために、テイクも20以上重ねていく。そうすれば、映像が『余計なものが排除され、より自然なもの』に近づいていくのだ、と。
しかしそうまでしても結局、カメラの前に人物が立った時点で、そこに虚構が入り込んでくることは否めません。完全なる写実はありえないのですね。

ではなぜダルデンヌ兄弟は、このような写実と虚構ぎりぎりの演出を行うのでしょうか。そして、息遣いが伝わってくるほどカメラを人物に近寄せ続けるのでしょうか。
考えられるのは、写実と虚構のはざまに自ずと浮かんでくる、作り手のメッセージを観客に体験させるため。
また、一個の肉体にまで研ぎ澄まされた俳優と俳優が対峙するとき、演技ではない、なにか真実と言える瞬間がスパークするのをカメラと一緒に観客にも目撃させるため。
この作品の場合、『人は最も受け入れがたいものを許すことができるのか』という究極の問いかけですね。自分の子供を死に追いやった人間を許せるのか。その答えは、映画の最後までわかりません。ラスト近く、オリヴィエがフランシスの首を絞めようとする瞬間まで、オリヴィエ自身にももちろん観客にも作り手にもわからないのです。
しかし次の瞬間オリヴィエが手を離したことで、一挙に問いかけに対する答えが出るわけです。いわく、『可能だ』

ラストシーンは、厳しい現実―自分が始めて心を開いた大人が、実は自分が殺した人間の親だった―を前にして、逃げなかったフランシスと、自分の仇を前にして、それに死をもって対峙する誘惑に打ち勝ったオリヴィエの姿が映し出されます。こうして見ると、オリヴィエとフランシス、一見全く対照的な存在である二人は、実は『ある一人の死』を境に他者への心を閉ざしてしまった、似た者同士であったのですね。そして二人とも、『ある一人の死』をきっかけに、一歩前進することに成功しました。心の傷を癒すためには、お互いを受け入れるしかないのだと、両者共に気づいたはずです。もちろん、そうなるには長い年月が必要ですが、大きな一歩を二人共に踏み出したと信じていいでしょう。
映画タイトルの“息子のまなざし”とは、思うに、オリヴィエの視線を通じて、死したオリヴィエの息子がフランシスを見つめるまなざしであったのでは。オリヴィエはフランシスと交流するうち、本人も知らぬ間に死せる息子の魂と共鳴し、大きな山を乗り越えて少年を許す心境に至ったのだと思っています。オリヴィエがフランシスを受け入れられるように、きっと息子の魂が彼に力添えをしてくれたのだと思いたいですね。
現在の世界は、暴力の連鎖が加速する傾向にありますが、いつか彼らや私たちの上にも、オリヴィエと同じことが起こってくれることを心の中で願ってしまいます。

2002年度カンヌ国際映画祭は、「息子のまなざし」に対し、最優秀主演男優賞(オリヴィエ・グルメに対して)とエキュメニック賞特別賞を贈りました。私自身、これはダルデンヌ兄弟のフィルモグラフィーの中でも最も好きな作品であります。


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