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zoom RSS 過去と未来を繋ぐ糸―「ルリユールおじさん」

<<   作成日時 : 2014/10/15 20:46   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

“わたしも、魔法の手をもてただろうか…”


ルリユールおじさん
理論社
いせ ひでこ

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「ルリユールおじさん」
いせ ひでこ:文と絵 (理論社)

パリの街に朝が来た。私にとって、特別な一日の始まりだった。

様々な鉢植えの植物に埋め尽くされた私の家のベランダ。私は毎朝水遣りをして、植物たちの成長の様子を観察するのが無類の喜びだった。しかしその日、ページをめくりすぎて擦り切れかけていた植物図鑑が、とうとうバラバラになってしまった。壊れてしまった大事な本。誰か直してくれる人はいるの?
吐く息が青くにごる寒さ厳しいパリの朝。凍てつく街の空気と同じように、私の心も凍り付いてしまった。困惑した私は、あてもなく街中にさまよい出る。本屋さんには新しい植物図鑑がいっぱいあった。どれも素敵。でも私はこの本を元通りにしたい。
その頃、古ぼけたアパルトマンから、1人の初老の男が外出した。黄色と青の郵便局の前を抜けて…、背中を丸める男は街の背景に溶け込むように、ひっそりと目立たなかった。
道端で雑誌やポスターや古本を売るおじさんとは顔なじみ。おじさんは、本を修繕するなら“ルリユール”のところに持って行ってみるように、と教えてくれた。ルリユール…。バラバラになってしまったページをもう一度元通りにしてくれるのだろうか。ルリユールって、本のお医者さんのこと?
男はカフェの前で顔なじみと立ち話をし、パン屋に立ち寄る。いつもと変わりない朝の習慣だ。パリの街角には、新しい店が次々と軒を連ねるようになった。男が覚えているだけでも、一体いくつの古馴染みの店が姿を消していっただろう。
私は泣いている本に話しかける。ねえ、ルリユールおじさんって、どこにいるんだろうね?私は走り始めた。一刻も早くルリユールおじさんを見つけなくては!
男は大通りを隔てた細い裏道に入っていく。うらぶれたカフェやちっぽけなホテルが建ち、人影もまばらなパリの下町。バゲットを1本手にして歩く男と同じように、これらの光景は誰からも注意を払われることはない。男は、看板も出していない小さなアトリエの中に入っていく。窓からは、ここがなんのアトリエかわかるよう、美しく装丁を施された書籍を並べてある。大切な古書を守るために、製本の全ての工程を手作業で行うルリユール。これが彼の職業であった。そしてここは彼の聖域、ルリユールのアトリエなのだ。小さな女の子が窓枠に身を乗り出すようにして、男の製本した書籍をまじまじと見つめている。…はて。見かけない子だ。男は、古ぼけた本とあらゆる種類の紙に埋もれた作業部屋に陣取り、製本を待つ本を手にとった。…おや、まだいる。男は、寒空の下、鼻の頭を赤くしながらアトリエの中を覗きこむ少女をみかね、中に招き入れた。
おじさんは中に入ってもいいと言ってくれた。でも、アトリエの中はぐっちゃぐちゃ。狭い部屋の真ん中に断裁機がでんと居座り、コンビネ(耳だし機)、プレス機、かがり台が置かれ、大きなテーブルの上には紙が散乱。私はおじさんがルリユールだと、そのとき初めて知った。
おじさんは私の図鑑を見ると、こんなになるまでよく読んだね、と感心したように言った。この図鑑には、私の好きな木のことならなんでも載っている。世界で1冊だけの、私の本だ。もう一度、読めるようにして欲しい。
おじさんは、ページを綴じなおすために一度本を全てバラバラにしようと言う。“ルリユール”には“もう一度繋げる”という意味もあるのだと。おじさんは表紙と中身をばらすと、表紙を新しく作ってくれると言った。この表紙はずいぶん働いたね…と小さな声でつぶやきながら。おじさんはアカシアの木は好きかしら?アカシアのハチミツはおいしいの!
おじさんは私の質問には答えてくれなかった。でも、製本の工程をひとつひとつ見せてくれた。まず、ページの大きさを揃えるために裁断機で少しヘリを切り落とす。こうすると、黄ばんだり破れかけたりして見苦しくなった箇所がなくなるのだそうだ。そして、いったんバラバラにしたページを、かがり台で糸で丁寧にかがっていく。作業台の引き出しには、びっくりするほどいろんな色合いの糸や、様々な材質の紐がぎっしり詰まっている。この中から、私の本に合う糸を選んでくれた。おじさんは、本の背表紙にのりを塗り固めていく。ページが再びほどけないように。あれ?でも大事なアカシアの絵のページを入れ忘れてるよ?…大丈夫かなあ、おじさんは捨てやしないと請け負ってくれたけど。耳だし機に本を挟んで、その背中をハンマーでたたいていくおじさん。お手伝いをしようとハンドルを回したら怒られてしまった。
私は壁という壁にもぎっしりと本や薬品や紙が並べられた部屋を見渡した。おじさんは、部屋のそうじなど一度もしたことがないに違いない。おじさんは笑って答える。なにがどこにあるかなんて、みんなちゃんとわかっとるって。おじさんは意気揚々と、表紙にするカルトンを取り出し、それを大きなカッターで切る。アカシアは夜になると葉を閉じて眠るの!こんなこと、おじさんは知らないでしょう!私がおじさんの手元を覗き込みながら言うと、またまた叱られてしまった。
おじさんは流れるような見事な手際で、丈夫な表紙を作るための工程に入る。カルトンに穴をあけ、糸をしごいてカルトンの穴に通す。糸の端は叩いてつぶし、カルトンの裏側に刷毛で糊付けする。表紙の内側にもう一枚紙を貼る。裏表紙の内側にも同じように紙を貼る。そうしないと、表紙が反り返ってしまうからだ。本の背にモスリンを貼り付け、その上にさらに2回背用の紙を貼る。そしてこれを丸一日プレス機に挟んで乾かす。丸一日も!製本するのにそんなに時間がかかるとは知らなかった。でも、待つ間にもやることはある。表紙全体を覆う革と紙を選ぶのだそうだ。私は森の色の紙を目ざとく見つけた。私、この色がいい!
おじさんは黒いエプロンをつけ、革の裏側をヘラで削ってゆく。全体を紙のように薄く薄くしていくのだ。…おじさんの手は木のこぶみたいにごつごつだ。そんなになるまで革を削り続けたのかな。革を削るとものすごい埃が出た。年をとるとこの仕事は本当にきつい…。おじさんはぶつぶつつぶやく。そして今日の作業はここで終り。おじさんが本の上に置いたまま忘れていたバゲットを、公園で一緒に食べることになった。ふと見上げると、壁に若い男の人の写真が飾ってあった。あの人は誰だろう?
私はおじさんの手を引っ張って、公園へ誘う。さっきの写真の人はおじさんのお父さんで、やっぱりルリユールだったという。公園の横の道を歩きながら、おじさんは大きな木の向かい側にある白い建物を指差した。あの3階に、お父さんの作業場があったのだと。私とおじさんは、公園の真ん中にある大木の下に腰を下ろした。これもアカシアなんだって!樹齢は400歳以上。ルリユールも、そのくらい前から続いてきた仕事なのだそうだ。青黒い大木のからは、無数の細い枝が縦横無尽に伸びている。その先は、春を手繰り寄せるように太陽に向かって広げられている。私はこんなに大きなアカシアの木を見るのは初めてだった。私は夢中で、おじさんに将来のことを話していた。大人になったら世界中の木を見て歩きたい。私が見たことのない木がまだたくさんあるはずだから!おじさんは白い息を吐きながら、アトリエに戻っていった。私の本は明日には出来上がるらしい。そうそう、まだ名前も言っていなかった。私の名前はソフィー。おじさんは?おじさんは…ルリユールおじさんでいい。

その夜、男はいつになく物思いにふけっていた。父はいつも、窓から見えるあのアカシアの大木を指しながら言っていたものだ。「ぼうず、あの木のように大きくなれ」
父の手も長年の酷使で木のこぶのようだった。しかし父のなめした革はビロードのようななめらかさをもっていたのだ。「ルリユールはすべて手の仕事なんだ。革のやわらかさも、紙の乾き具合も、材料のよしあしも手で覚えろ。本には知識、物語、人生、歴史が詰まっている。それらを未来へ伝えるのがルリユールの仕事なんだ」
60以上ある工程を経て、最後に背の革に金箔でタイトルを打ち込む。ここまでできたらようやく一人前のルリユールだ。「ぼうず、いい手を持て」
父の手によって丈夫に装丁された本は息を吹き返し、また新たな生命を宿す。父の手はまさしく魔法の手だった。…私も魔法の手を持つことができただろうか…。在りし日の父と同じように、男もまたソフィーの本の背に美しい金箔を打つ。パリは青く寒い夜の闇の中に落ちていった。だがソフィーの本を手にした男には、枝いっぱいに緑の葉をつけたアカシアの大木が見えたような気がした。日の光を四方に照り返しながら立ち続けるアカシアの大木は、絵の中から抜け出してきたのだろうか。それとも…。
翌朝。芽を出したアカシアの鉢を抱えて、私はルリユールのアトリエに急ぐ。窓には、テーブルランプに照らされた1冊の本があった。私のアカシアの絵がこちらを見つめている。“ARBRES de SOPHIE(ソフィーの木たち)”。お気に入りのアカシアの絵は表紙に生まれ変わり、金の文字で私の名前が刻まれていた。緑色の葉を無数につけた、アカシアの木。裏表紙は、あの森の色の紙だった。なんでも教えてくれる、私だけの本。私は、お礼のアカシアの鉢植えをおじさんに渡した。…でも、おじさんは椅子に座り込んだまま、眠ってしまっていた。

その後、おじさんに新しい命を吹き込まれた本は、二度と壊れることはなかった。そして私は、植物学の研究者になった。あのアカシアの大木の下でページを繰るとき、私はいつでもおじさんの手を思い出すことが出来る。あの魔法の手を。


ルリユール、M氏に捧げる―

彼のアトリエの窓ガラスには、小さな紙片が貼り付けられていた。『私はルリユール。いかなる商業的な本も売らないし、買わない』 ―いせ ひでこ



“RELIEUR” という聞きなれぬ言葉。第38回講談社出版文化賞を受賞したこの絵本を手にしたとき、いろいろ調べてみました。
2年間のパリ修行を経て、ブックデザイナーにしてルリユール作家となった矢島美穂子さんのブログ“Je suis moi. <ルリユール>を愛する地球びと”や、ルリユール工房“atelier ALDE (アトリエ・アルド)”などのサイトをご覧になってみてください。ルリユールとはいかなる職業なのか、そして手作り製本という職種がなぜヨーロッパで広まっていくことになったのか、その歴史的背景と具体的な作業工程を知ることが出来ます。

実は、私自身がルリユールのことを知ったのは、19世紀フランス史の専門家にして挿絵画の収集家、鹿島茂氏のエッセーを読んだとき。

子供より古書が大事と思いたい 増補新版
青土社
鹿島 茂

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とにかくこの鹿島氏という人は、仮綴じ(ごく薄い表紙が簡単に糊付けされただけの本)の状態のままの挿絵入り古書を、私財をなげうってコレクションしている(た)人物。彼がなぜに仮綴じ本を狙っていたかというと、ルリユール職人の手を経て荘厳な装丁がなされた本は、値段が数倍に跳ね上がるからだそうです。理由は歴然ですね。「ルリユールおじさん」の中でも言及されていますが、全ての工程を手作業で行える本物のルリユール職人の手になった本は、絶対に壊れたりしないし、芸術的な観点から見ても非常に価値の高いものになるのです。1冊1冊に対し、様々な革や金箔、モザイク装飾などで美しくかつ独創的に装丁するルリユールは、中に書かれたものを守るという本来の役目を越え、現在でもアートの領域にまで踏み込んだ技術としてフランスの人々の生活に根付いています。

先に紹介した矢島美穂子さんのブログによると、ルリユールという伝統が今も尚生き続けている背景に、こんな事情があったそうです。
16世紀にヨーロッパ全土に広まった印刷技術が生まれて以降、特にフランスでは“本を売る”という仕事が大きなビジネスに成長しました。その過程で、自然に印刷、出版、製本はそれぞれ異なる職種であるという認識も定着。ところが、利益の生まれるところには必ずトラブルも発生するのが世の常でして、この3つの職種のテリトリーを侵す越権行為が頻発しました。17 世紀にはついに、出版及び印刷業務と、製本業務は明確に区別され、互いの利益と職分を侵犯してはならないと法律で定められました。そのため、出版・印刷業者は、糸で簡単に綴じ付けただけの仮綴じ本を書店に並べるようになったわけです。お客は気に入った1冊があると、その土地の製本業者のもとへ持っていき、本格的に製本・装丁をしてもらうという習慣が長い間続きました。今でも、ごく少数の人向けに出版された本などでは、仮綴じのままの状態で本屋に並んでいることがあります。数年前夫と共にパリに出向いたとき、大きな書店の中で偶然この仮綴じ本をみかけ、いわゆる同人的なイメージの本なのかなという印象を持ったことを覚えています。

日本では、印刷技術が輸入された当初から、出版・印刷・製本は一体化したものとされていました。従ってルリユールという伝統そのものがないわけですが、昨今ではオシャレな手工芸のひとつとみなされて、ルリユールの工房が作られたり、簡単なルリユール技術を教える教室が開かれたりしています。「ルリユールおじさん」の作者、いせひでこ氏によると、コンピューター技術の飛躍的な発展により、パリでも60工程全てを手作業で行える職人は一桁になってしまったとか。いせ氏がこのルリユール職人のモデルとしたM氏は、揺るぎない自負のもとに自らの職業を、本という過去の遺産を未来へ伝える架け橋であると考えていました。ルリユールという言葉自体は、relier(ルリエと発音。結ぶ、繋ぐ、製本する、結び直すの意)から派生したもので、16世紀にフランスの作家ラヴレーが初めて用いたのだそうです。つまり、M氏はじめ、彼ら最後のアーチザン(職人)の信念は、文字に書かれた人類の記憶の糸を途切れないように繋げ続けるというものでしょう。ルリユールとは、いわば歴史の継承でもあるわけです。
世界中のあらゆる事柄がコンピューター化する現在、多くの文章がウェブ上で読めるようになりました。著作権の切れた過去の名作を、半永久的に保存しようという活動も行われているほどです。いずれ世の中からは、“本”という形態すらなくなってしまうでしょう。私たちはその時初めて、ルリユール職人が伝えようとしていたことが理解できるのではないでしょうかね。いわく、人類の記憶と歴史を伝えていたのは、他ならぬ人の手の温もりであったことを。

「ルリユールおじさん」は、青とグレーを基調とした繊細なタッチの水彩画集だとみなすことが出来ます。装丁の工程を説明する言葉は補足されていますが、基本的に、物語の状況を説明する言葉は最小限に留められています。まるで映画のワンシーンを観るかのような詩的なイラストが、全てを物語っているのですね。絵本の大半を占めるのは、冬の寒さに凍てつくパリの下町の情景です。それらが佇んでいるだけで、音楽のように物語が流れ始める不思議。この情景さえあれば言葉は要らないともいえますが、空想の翼を存分に広げる自由を与えてくれる作品ですね。ですので、前述したあらすじも、私自身が脚色した部分がかなりあります。ご了承ください。
図鑑をボロボロになるまで読みふける孤独な少女ソフィーと、同様に孤独なルリユール職人のたった2日間だけの交流。その一瞬の邂逅は、しかし、本に書かれている歴史と記憶を守る者として、志を同じくする人間の奇跡的な触れあいでした。1冊の植物図鑑がソフィーの未来と過去を繋ぎ、未来の時間は尽きようとしている職人の過去をも繋げたのです。職人もまた、父親からその技術と過去の記憶を繋げられた存在であり、全てが本を通じてソフィーに委ねられた瞬間、彼の手は本当の意味での“芸術”を生み出しました。彼の手の中から離れたアカシアの緑に包まれる幸福は、彼がついに父親のような魔法の手を持ったことを意味しているでしょう。アーチザンの矜持は、アーチストの誇りに昇華されたのです。


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