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zoom RSS 人種と文化の“垣根”を超えてみよう―「かきねのむこうはアフリカ」

<<   作成日時 : 2016/07/17 21:23   >>

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垣根の向こうには、きっと僕の知らない世界が広がっている。

「かきねのむこうはアフリカ Afrika achter het hek」

バルト・ムイヤールト Bart Moeyaert作
アンナ・ヘグルンド Anna Hoglund絵
佐伯 愛子訳
ほるぷ出版 (2001年刊行)

僕の家はドアが左側、窓が右側についている。お隣も、そのお隣も、またそのお隣も、同じような形の家が続くのだ。
僕の家の隣には、フランス語を話す男の人とその奥さん、4人の子ども達が住んでいた。男の人は出張ばかりでろくに口をきいたこともない。たまにその姿を見かけても、いつもどこかへ出かけるところだ。奥さんは褐色の肌をした人で、デジレーさんといった。彼女は僕がこれまた聞いたこともないような変わった言葉を話すんだ。ママはフランスの名前だと言ったけど、デジレーさん自身はアフリカから来た人だ。“デジレー”という名前だって、例の男の人がつけたものかもしれない。きっとほんとの名前はもっと違うんだろう。
家の裏には小さな庭があって、芝生を横切ると大きな物置がでんと鎮座している。その向こうは菜園だ。僕の家はカリフラワーを植えている。お隣にも、そのまたお隣にも、延々向こう6軒先までみんな同じ構造の庭になっている。皆、菜園に思い思いの野菜を植えている。ところがデジレーさんの家では、他の家のように芝生をきれいに刈ることもしない。彼女の旦那さんが芝刈り機を押しているところも見たことはない。ただ、雑草を伸び放題に伸ばしているだけだ。菜園も作っていないしね。お日様が顔を出すと、彼女は庭に椅子を持ち出して、4人の子供たちと草の中に腰かけて過ごすのだ。雨が降っても、デジレーさんは気にせず外に椅子を出して座っている。なにを考えているのか、時折恨めしげに空を見上げてため息をついたり。
大雨になると、家の中に避難している僕たちを尻目に、彼女は黄色いレインコートを羽織って庭に出てきた。カナヅチと鉄の棒を握り締めている。雨が降りしきる中、彼女は鼻歌まで歌いながら物置小屋をがんがん壊していく。まるで「雨に歌えば」だ。なんだか不思議に楽しい感じがするね。デジレーさんは、フランス語じゃなくて自分の国の言葉で歌っていたのだ。雨がやむと、僕は自分の家の庭に出て、彼女の作業を眺めることにした。物置をあらたか壊してしまった彼女は、僕の顔を見ると満足そうににっこり微笑んだ。そのまま草や、空にも笑いかける。清々したって顔だったな。
次の日すっかり天気はよくなり、近所の人たちはみんな日光浴をしに庭に出てきた。でもなんだかみんなぷんぷん怒っている。デジレーさんが勝手に物置を壊してしまったのが許せないみたいだ。せっかくきちんと8つ並んで建っていた物置を、1つだけ壊してしまうなんてとんでもない!って。自分の家の物置をどうしようがデジレーさんの勝手だろう。きっとみんな、彼女の家の庭が広くなったのがうらやましいだけなんだ。あるいは、彼女の肌と言葉が自分たちのと違うことが気に入らないのか。だから、誰もやらないようなことをやろうとする彼女が煙たいんだね。それをパパは“偏見”だって言っていた。ヘンケンってどういう意味かは、僕にはわからない。でも、近所の人たちが誰もデジレーさんと口を聞こうとしないくせに、彼女の行動を遠巻きにして見張っているのはよくわかる。みんなひそひそ声で噂話をしながら、彼女を笑ってるんだ。どうしてそんなイジワルをするんだろう。
当のデジレーさんは、周囲の雑音なんかどこ吹く風、アフリカ風の布を身体に巻きつけ、長靴をはいてシャベルを引きずって庭に出てきた。相変わらず見物している僕に笑いかけると、そのまま物置小屋のあったところを掘り起こし始めた。大きな穴が開いた夕方、彼女は粘土の入った園芸用の袋をいくつもそこに開けはじめた。近所の人たちはまだ怒り狂っている。彼女がなにをしようとしているのかわからないからだ。まるで穴を掘って粘土を乗せるのが大事件であるかのように、みんな目を吊り上げている。ここらへん一帯に不穏な空気が流れる。パパがたまらずデジレーさんに手伝いを申し出たけど、断られてしまった。パパいわく、「カメルーンでは女の人がなんでもやっちゃうんだよ、きっと」カメルーン?そんな国は初めて聞いた。オレンジ色に色づいた夕陽が、空をオレンジ色に染めたまま家の向こうに沈んでいく。
家の中で本を読んでいても上の空だ。僕は目を閉じてカメルーンの光景を思い浮かべてみる。ライオンの唸り声、サルの叫び声…動物園では聞いたことがあるけど、本当はどんな音がするんだろう。僕はデジレーさんの国のことを何一つ知らない。
突然お隣からうれしそうな子供たちの声が聞こえてきた。デジレーさんが粘土を入れた穴に水をかけているのだ。子供たちは裸足でどろんこを踏みつけ、おおはしゃぎだった。ダンスしながらおっかけっこ。デジレーさんも一緒になって踊っている。またあの不思議な言葉で歌われる、不思議で、でも心地よいメロディーの歌が聞こえる。
今日もまた雨だ。デジレーさんは相変わらずレインコートを着て庭に出ている。穴の周りに泥で塀のようなものを作っているのだ。ママに言われて、僕はお茶のカップを彼女に持っていった。だってあんまり寒そうだから。彼女は僕の姿を見るとうれしそうに言った。「これ、おうち」うん。わかるよ。僕もこれは家の塀だと思ってたんだ。
デジレーさんは毎日毎日雨の日も風の日も庭に出て、泥で家を作り続ける。やがて壁ができ、そこに小さな窓もできた。僕も来る日も来る日も作業を眺め続ける。
1週間後。ついに家の天辺に一枚の板が乗せられ、家が完成した。デジレーさんは、僕に声をかけてくれた。
「その垣根、越えておいでよ!」
僕はデジレーさんの家に初めて招待された。
泥の家の中には小さなテーブルがあり、僕のためにお茶の用意が整えられていた。外は雨。雨のしずくが心地よく屋根に当たる。僕はここに来るまで、雨の音がこんなに素敵なものだとは知らなかった。
「来年の夏になったらね、壁もすっかり乾いてもうブルドーザーでも壊せないぐらい頑丈になるのよ。私は生まれたときからずっとこんな家に住んでいたの」
「じゃあ、ここで暮らすの?」
「そうじゃないわ。国が恋しくなったときに、ここでのんびりしようと思ってね。今度国の写真を見せてあげる」
僕はデジレーさんにこう言った。
「僕、ライオンの真似が得意なんだよ!」
そう、僕はもっとアフリカのことが知りたい。

かきねのむこうはアフリカ (ほるぷ海外秀作絵本)
ほるぷ出版
バルト ムイヤールト

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大学時代、クラスメートの中に東南アジアから留学していた女の子がおりました。名前をRさんといいます。小柄でちょっぴりふくよかな身体。丸い顔にいつも微笑を浮かべている人でした。もともとあまり人付き合いの良い方ではなかった私は、クラス内でもなんとなく1人でぶらついていることが多く、同じく日本語に苦労して孤立していたRさんと、いつのまにか近しい存在になっていきました。片言の日本語(Rさん)と片言の英語(私)で、身振り手振りを加えてコミュニケーションし、彼女のふるさとの話を聞いたりしました。それからは一緒に試験勉強をしたり、彼女が借りていたアパートに遊びに行ったり。インドネシアの郷土料理をごちそうになったこともあります。
ところが、夏休みを挟んで再会したRさんに異変が生じました。彼女は違う大学に留学していた男性と恋に落ち、妊娠したのです。彼女は学生を続けながら出産する決意をしました。大学も、学年が上がれば上がるほど、実験や実習の頻度が増えて勉強も大変になっていきます。彼女は慣れない子育てをしながら懸命に勉強に励みましたが、ある日悲劇が起こりました。子供のお父さんが亡くなってしまったのです。見るも気の毒なほど意気消沈するRさん。私もかける言葉を持たず、途方に暮れました。やがて彼女は一旦勉強を中止して故国に帰ることに。彼女は言いました。いつになるかわからないが、必ず日本に戻ってくると。ここでの思い出は決していいことばかりではなかったけど、確実に自分の人生を動かしてくれた。ここに来なければ子供の父親に会うことはなかっただろうし、かわいい子供を授かることもなかった。ここで経験したことについて、私はなにひとつ後悔してはいない。でも今はほんの少しの休養が必要。心と身体を癒したら、また大学で学び直したいと。また彼女に会える機会があるのか、私にもわかりませんでしたが、彼女に心からのエールを送りました。私にできることといえば、それしかなかったですから。
結局それ以降、Rさんと再会することは叶いませんでした。彼女の故郷を実際に目にするチャンスにも恵まれません。でもRさんのおおらかな笑顔とその娘さんの愛くるしい仕草を思い出すたびに、彼女のふるさとをとても身近に感じることができるのです。そしていつの日か、見違えるほど成長した娘さんと、母の貫禄を増したであろうRさんに、どこかで出会えるような気がしてならないのです。


画像

バルト・ムイヤールト Bart Moryaert

1964年ベルギーのブルージュ生まれ

16歳のとき書いた処女作「調子っぱずれのデュエット」(くもん出版)は3年後に絵本として出版され、たちまち評判を呼んだ。2人のティーンエイジャーの淡い恋と、それがうまくいかないもどかしさを瑞々しく描いた作品で、特に作者と同年代の子供達の圧倒的な支持を得、子ども審査団賞を授与された。その後に刊行された「素手」で、ライオン賞とオランダ銀の鉛筆賞など、多数の賞を受賞し、一躍ベルギーを代表する作家となった。絵本作家として高い評価を得るかたわら詩作にも励み、近年では詩人の活動も活発に行っている。
2004年には、日本にあるベルギーフランドル交流センターの招きで来日し、同センター開催のセンター設立30周年記念イヴェント“テイスト・オヴ・フランダース”で、ベルギーのルビオ・クァルテットの演奏をバックに詩の朗読を行った。また、東海大付属浦安高校で行われた交流会にも、オランダの詩人トーン・テレヘン氏と共に参加し、詩の朗読を通じて日本の中高生と心の交流を図る。さらには、大阪で開催された2004年度大阪ヨーロッパ映画祭にも、ゲストとして参加した。


アンナ・へグルンド Anna Hoglund

1958年5月14日スウェーデン、ストックホルム生まれ

スウェーデンを代表する人気絵本作家。1988年の「ぼくはジャガーだ」(佑学社)の挿絵で、エルサ・ベスコフ賞を受賞した。ウルフ・スタルクと組んだ作品「おじいちゃんの口笛」(ほるぷ出版)で、ドイツ児童文学賞を得て評価を高めた。絵のみならず文章も手がけたものに、「ふたり 2ひきのくまの物語」「ふたり ミーナの家出」(いずれもほるぷ出版)等がある。

土の匂いがこちらにまで伝わってきそうなほど、へグルンドの画風は素朴にして力強いものがあります。人種と文化の垣根を軽やかに越えてみせる“ぼく”のさわやかな成長譚を、ユーモラスに描写していますね。
庭に故郷を忍ぶ土の家をこしらえつつ、異国の地でがんばるデジレーさんは、なにがあっても決してめげない女性なのでしょう。周囲の偏見のまなざしを跳ね返すパワーは、柳のようにしなやかでとても自然です。その前向きに生きる姿は、私たちが見習わねばならないものでしょう。と同時に、“ぼく”が最後に垣根を飛び越えたことでデジレーさんを理解したように、異なる文化や風習を受け入れるのは、私たちが思うほど難しいことではないのかもしれません。必要なのは、ほんのちょっとの勇気だけなのでしょう。

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