House of M

アクセスカウンタ

zoom RSS ユーモア+ファンタジー+ラブ・ストーリー=「スターダスト Stardust」

<<   作成日時 : 2015/12/12 17:49   >>

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

クリスマスが近いですね。当ブログでもロマンチックぽい映画の話でもしようかと思いましたが、そういう映画を普段からほとんど見ない私には、思いがけず難題でありました。


実は今作、劇場で観賞している。もう随分前の話になる。そのとき、今作と同時期に公開されていた作品が、「ヘアスプレー Hairspray」、「ブレイブワン Brave One」、「グッド・シェパード The Good Shepherd」等々であった。
当時、気分は低空飛行気味だった。こんなときに映画もへったくれないものだと思うが、そこはそれ。やはりこういうときこそ気楽に楽しめる映画を観て、リラックスすべきなのだろう。
さて、選択肢としては、「ヘアスプレー」、「ブレイブワン」、「グッド・シェパード」。でも「ヘアスプレー」はレンタルDVDで充分だと思うし、「ブレイブワン」は「狼よさらば」で充分だと思うし(笑)、評価の高いロバート・デ・ニーロの監督2作目「グッド・シェパード」については、今後私が鑑賞することのないであろう作品なので除外。
…なぜかって?それは、ジョゼフ・ロージーJoseph Losey監督の経験した赤狩りの苛烈さを文献で知ったから。共産主義を敵視することで、国家全体の急進的なナショナリズムを煽った40年代から50年代にかけてのアメリカ。影でその旗振り役を務めたのが、魑魅魍魎跋扈するスパイ組織CIAだ。ロージー監督は“アカ”としてCIAに目をつけられ、実に卑劣なやり方でハリウッドを、結果的に故郷を追われる羽目になってしまった。その後の彼は、亡命した先の英国やフランスなどでも辛酸を舐めることになる。彼をそんな境遇に追い込んだ連中の物語を、たとえそれがどんなに優れた映画であっても、そしてたかが映画だろうと言われようが、観ようという気にはなれない。もちろん、私個人がそんなことを思っていたところで、「グッド・シェパード」の芸術的価値が減じることはいささかもないのだが。


画像

「スターダスト Stardust」(2007年製作)
監督:マシュー・ヴォーン Matthew Vaughn
製作:マシュー・ヴォーン&ロレンツォ・ディボナヴェンチュラ&マイケル・ドライヤー&ニール・ゲイマン
原作:ニール・ゲイマン 「スターダスト」(角川文庫刊行)&チャールズ・ヴェス (イラスト)
脚本:マシュー・ヴォーン&ジェーン・ゴールドマン
撮影:ベン・デイヴィス
プロダクションデザイン:ギャヴィン・ボケット
衣装デザイン:サミー・シェルドン
編集:ジョン・ハリス
音楽:アイラン・エシュケリ
ナレーション:イアン・マッケラン
出演:クレア・デインズ(イベイン)
チャーリー・コックス(トリスタン)
シエナ・ミラー(ヴィクトリア)
ベン・バーンズ(ダンスタン・青年時代)
リッキー・ジャーヴェイス(ファーディ)
ジェイソン・フレミング(プライマス)
ルパート・エヴェレット(セカンダス)
ピーター・オトゥール(ストームホールド王)
ミシェル・ファイファー(ラミア)
ロバート・デ・ニーロ(キャプテン・シェークスピア)他。

イングランド外れにあるウォール村。この小さな村のはずれに、決して通り越えてはならないと言い伝えられる石壁があった。壁の外はストームホールドと呼ばれる魔法の国で、人間が足を踏み入れることのできない領域とされていた。そんなわけで、壁に一箇所だけ開いた穴の前には、昼夜を問わず門番が立っているのである。
ウォール村に住む18歳の青年トリスタンは、片思い中の美女ヴィクトリアをなんとか連れ出すことに成功。そのとき彼らの目の前で、見たこともないほどの光を放つ流れ星が落ちてきた。星は壁の向こうに落下したらしい。トリスタンはヴィクトリアへの愛の証として、その星を贈り物にすると宣言した。
禁断の壁を超える決意をしたトリスタンに、父ダンスタンは18年前の秘密を打ち明ける。ストームホールドでは、トリスタンの実母が奴隷として使役されているというのだ。そして父は、お守りの待つ雪草と、母の手紙、心に思い浮かべた場所に瞬時に移動できるというバビロンのロウソクを息子に持たせるのだった。
流れ星の捕獲と母探しを担い、トリスタンはストームホールドに足を踏み入れる。ところが、流れ星が落下した地点には1人の女性が横たわっているのみ。なんと彼女イベインの正体は、ストームホールドの老王が空に放った王位の証ルビーのネックレスが引き寄せた流れ星だった。トリスタンは驚きつつも、イベインをヴィクトリアへの贈り物にするべく村に連れ帰ろうとする。しかしその頃、イベインをつけ狙う者たちが暗躍を始めていた。
ついに亡くなったストームホールド王の跡目を狙って、血で血を洗う殺し合いを続ける7人の王子たち。辛くも生き残った者たちが、イベインの胸に収まっている王位継承の証、ルビーのネックレスを奪おうと追ってきていたのだ。一方、永遠の若さと美貌を得るため、400年もの間流れ星を待っていたラミア、エンピューザ、モルモの魔女3姉妹。ラミアは、最後に残った流れ星の心臓を使って妖艶な美女に変身し、早速イベインを捕えるべくトリスタンたちに迫る。
トリスタンとイベインはある宿に身を休める。ところが、ラミアが女将に化けて待ち構えていた。イベインはすんでのところでラミアの餌食になるところであったが、トリスタンがとっさに取り出したバビロンのロウソクのおかげで辛くも逃れる。2人が瞬間移動した先は雲の上だった。そこには、残虐非道と謳われる空飛ぶ海賊キャプテン・シェークスピアの飛行船があった。しかしキャプテンは、噂とは異なる話の分かる人物であり、トリスタンたちの手助けを買って出る。トリスタンは、ストームホールドの王子やラミアの魔の手から無垢なイベインを守り抜こうと奮闘する。危機に次ぐ危機を乗り越えつつ、たくましさを増したトリスタンは、邪悪な魔力で襲い掛かってくるラミアと最後の戦いに挑む。そして、自身の驚くべき出生の秘密をも知ることになるのだった。

スターダスト スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2009-07-10

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by スターダスト スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


原作を書き、共同で脚色にも携わっている作家ニール・ゲイマンは、かの「もののけ姫」の英語バージョンの脚色も行ったことがある。その関係だろう、やたらと “宮崎某のアニメの実写版のよう”という謳い文句が目に付いた。私個人は宮崎某のアニメをさほど熱心に観ておらず(「紅の豚」は大いに気に入ったが)、なんとも判断のしようがないのだが、たぶんその評価は見当違いだと思う。

画像

この映画から受ける印象をまとめると、“いかにも英国的ブラック・ジョークの香り漂う、ちょっとひねくれたファンタジー風味のラブ・ストーリー”というものだからだ(笑)。ジャンルは違えども、あの「銀河ヒッチハイク・ガイド」に近いカラーがある。純真で試練に耐えて成長する子供も出て来ないし、その子供が地球の危機を救うわけでもない。主人公のトリスタン青年は18歳という設定だが、そこらへんの中学生よりよほどおぼこくて、冴えない雰囲気のもっさい男だ。しかも、彼の冒険の当初の目論見は、流れ星を美人なバカ女に貢ぎたいという至極低次元なもの。父親から自身の出生に関して重大なヒントを与えられるも、哀れ魔女の奴隷と化している実の母親救出に奔走している風には見えないし。どちらかといえば、流れ星イベインを我が物にしたいという欲望の方に忠実か。それには最後の大団円へつながる伏線があるわけだが。つまりは、このどんくさい青年が幾多の試練と得がたい友情を経て、“真実の愛”に目覚め、真のリーダーとしての才覚を発揮するまでを追う成長物語というわけだ。このヒーローの設定といい、ストーリーの味付けは辛めで、題材は子供向けでも実は大人向けの寓話という線を狙った作品だとわかる。
まあ主人公からしてそんなだから、敵役も腹黒さと馬鹿馬鹿しさと狂気全開でやってくる。

画像

まずは、魔法の支配するおとぎの国ストームホールドの老王。全ての騒動の発端は、この食えないじじいの行動にあるわけだが(次の王位を継ぐ者に与えるべきルビーのネックレスを、よりによって空中に放り出した)、物語の最後で明らかになるトリスタンの秘密を知ると、彼の思惑は別のところにあったかもしれないとも思える。つまり、王には正式に7人の王子がいたわけだが、こいつらがまた揃いも揃ってボンクラばかり。死にゆく王としては、とてもじゃないが次世代を彼らに任せる気にはならないだろう。1人堅実な娘は女性であるが故に王位継承権は持たない。しからば、彼女がかつて、禁断の壁を超えた勇気ある人間との間に作った男の子に賭けるしかない。その未知の逸材にして、7人のバカ以外では唯一の王位継承者である彼が、王者に相応しい人格を備えた上でルビーを手にすることを期待して、ネックレスを空に放ったのではないか。つまりこの老王は、国の未来のために“王は狡猾でなくてはならぬ”ということわざ通りの策を労したやり手であったのだ。

画像

ストームホールドの王子たちは、王位継承の争いに敗れて死すと、新しい王が決まるまでの間死んだときの格好のままで幽霊となり、地上をさまよう。そして、生き残った王子のそばで茶々を入れながら、さらに続けられる王位を巡る戦いを高見の見物としゃれ込むのだ。王子たちが権力に目の色を変え、それを得るために肉親であろうが容赦なく殺戮を繰り返す様は、人間の持つ飽くなき権力欲と血と暴力への衝動を物語っている。彼らが実にあっけらかんと殺人を犯すこの辺りの描写は、その造形なども含め、かのモンティ・パイソンの一連の映画を思わせる。「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」や「ライフ・オブ・ブライアン」、テリー・ギリアム監督の「バンデッドQ」やテリー・ジョーンズ監督の「バロン」を参考にされたし。

画像

この映画の真打ちともいうべき敵役が、ミシェル・ファイファーが嬉々と演じている(ように見える・笑)魔女ラミアだろう。永遠の若さと美貌を約束する流れ星を400年も待ちわび、肉体はすっかり干からびている魔女3姉妹の長女で、強大な魔法のパワーを持つ。もっとも、魔法を使うごとにエネルギーを失う肉体は、どんどん老いさらばえてゆく。彼女がイベインの心臓に固執する理由は明確。永遠の若さと美貌を得んがためだ。ここでも以前、メリル・ストリープ主演の「永遠に美しく…」に触れたことがあるが、まっこと女性の若さと美への執心は、容易に常軌を逸しせしめるものだ。魔女ラミアの邪悪さは、生きとし生ける全女性の中に眠る魔性の具現化であるだろう。ラミアはトリスタンとの戦いが長引くにつれ、妖艶な美女の姿から醜い老婆へと変貌するが、女優としての己の年齢の限界を実感しているだろうミシェルは、一体どんな思いでこの役を演じたのだろうか。ある意味、ラミアを妖婆メイクで演じ抜いたハリウッド人の彼女が、自虐ジョークがお得意のこの英国映画中最も自虐的な存在だった。

画像

空飛ぶ海賊船という、なんともユニークな装置に乗って登場するキャプテン・シェークスピアはどうか。名前からして英国文壇の巨星をもじっていることから伺えるように、この人物、ねじれたユーモアの持ち主だ。表向きは泣く子も黙る非情な大海賊だが、本当は自室で秘密の趣味に浸るのを至上の喜びとしている男。強面の面構え揃いの手下も、そんなお頭の裏の顔を薄々感じ取ってはいるのだろう。しかし信頼すべき、愛すべきお頭の命令は、彼らにとって絶対だ。だから、お頭がフレンチ・カンカンのメロディーに乗って乱舞する間も(笑)、必死に敵と戦う。かの「フローレス」で女装のドラァグ・クィーンを鮮烈に演じ、ロバート・デ・ニーロのお株を奪う名演を見せたフィリップ・シーモア・ホフマン(ちゃん)への返答か(笑)、ガーリーな趣味丸出しのドレスに身を包んで陶然とする海賊を、俳優としてはいささか下り坂にあるのではないかと思われるデ・ニーロが嬉しそうに演じていた。演技の出来は、相も変らぬ“デ・ニーロ調”だったが、キャラクターの意外性で場を攫った感がある。失礼なたとえだが、このハリウッドの両ロートルたちの捨て身の(自虐を厭わない)役者っぷりによって、主役としては些か地味なチャーリー・コックス(トリスタン)とクレア・デーンズ(イベイン)の魅力を引き立てている。現に、ラミアとシェークスピアが登場した途端、それまで間延びしていた映画がしゃっきりと引き締まるようになるのだから、たいしたものだ。ストーリーの重心があちこちに移動し、散漫になりがちだった映画のテーマ…ヒーローが真実の愛を発見し、人間的成長を遂げること…が、ベテラン2人によって明確になったと思う。

さてこの作品では、衣装や小道具、装置などに相当な金をかけられ、脇の配役に至っても英国の実力派俳優やハリウッドスターが起用されるなど、実に贅沢な作りになっている。余談だが、トリスタンの父親ダンスタン役のナサニエル・パーカーは、実は以前ここでレビューした映画「ウォー・レクイエム War Requiem」(デレク・ジャーマン監督)で主役のオーウェンを演じていた。この映画の時にはまだ朴訥な青年然とした風貌で、セリフの一切ない特異な演技に果敢に挑戦していた。また、キャプテン・シェークスピアの手下の1人に扮していた俳優の中に、デクスター・フレッチャーを発見。彼は、やはりここでレビューした「カラヴァッジオ Caravaggio」(デレク・ジャーマン監督)で、若き日のカラヴァッジオを演じていた。野卑と天使のごとき愛くるしさを兼ね備えるアンビバレントな美貌で、脇の出演ながら非常に目立っていたが。まさか「スターダスト」で、精悍さを増した彼に邂逅できるとは思わなかった。ついでに付け加えると、かつてショーン・ビーンの奥さんだったこともある(笑)メラニー・ヒルが出演していた。元々老け顔の彼女だが、今回さらに押し出しの強い役柄で、“キラ星”のごとくの出演陣の中でもなかなかに健闘していたように思う。さらには、ナレーションに、白のガンダルフことサー・イアン・マッケラン。ストームホールドのマヌケ王子の1人セカンダスがなんとルパート・エヴェレット。騒動の種を撒くだけ撒いておいて、自身はとっとと逝去する(笑)老王に、主演作「ヴィーナス」がキュートだったピーター・オトゥール…。これだけ役者が揃っていれば、映画に奥行きと豊穣な味わいが加味されるのは必定だ。演出面の荒削りな部分と主役2人の地味さを補って余りある。

空飛ぶ海賊船のビジュアルや、瞬間移動するロウソク、魔法合戦など、心躍る仕掛けが随所に施され、その中を腕に覚えのある俳優たちが勇躍する。観客が童心にかえってしまうのもむべなるかな。そして、本筋ではないサイド・ストーリーでちょこちょこと細かく笑いを取ったり、シニカルな風味付けをしたりして、凡百のファンタジー映画の大味さとは一線を画そうとする努力も見受けられる。だが結果は、残念ながらいまひとつ…といったところか。全ての要素がうまくかみ合わず、ギクシャクする部分があるのだ。原作は未読なので比較はできないが、この手の大河ファンタジー小説は、大概長大なストーリーだと相場が決まっている。登場人物の相関関係や背後関係もややこしく、彼らにまつわるエピソードも膨大なのだ。それを2時間の上映時間に圧縮すると、どうしても個々の設定に関する説明が舌足らずになり、ストーリーの流れがうまくいかなくなってしまう。この作品でも、その所以の欠点は確かにある。しかしテンポ良くお話が進んでいくので、逆に途中で飽きないということにもなるだろう。日頃現実世界にもまれている大人のための、エキゾチックな情景が垣間見られる寓話だと考えれば、なかなかに楽しめる作品である。ただ、「ロード・オブ・ザ・リング」や「ハリー・ポッター」シリーズの興趣を期待する向きとの相性は、おそらくあまり良くないと懸念される(笑)。


にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
面白い
ナイス
ユーモア+ファンタジー+ラブ・ストーリー=「スターダスト Stardust」 House of M/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる