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zoom RSS 魂は、決して焼かれない―「バスラの図書館員―イラクで本当にあった話」

<<   作成日時 : 2014/07/31 01:21   >>

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アルカイダの指導者であったオサマ・ビン・ラディンが死に、日本は大震災後にやってきた混沌に翻弄され、ガザではパレスチナの人々が日夜空爆に晒され…。国際社会のリーダーシップをどの国が握るかで狐と狸の化かし合いが続き、先行きが全く不透明な世界情勢は刻々と移り変わっています。そんな今だからこそ、敢てこの絵本をとりあげたい気持ちになってまいりました。ジャネット・ウィンター(Jeanette Winter)の手になる名作です。

“コーランの中で、神が最初にムハンマドに言ったことは、“読みなさい”ということでした”−アリア・ムハンマド・バクル談

2003年7月27日付 ニューヨーク・タイムズ日曜版掲載
海外特派員シェイラ・K・ドウェイン

イラク南部にある砂漠の町バスラは、周囲に油田地帯を抱えたイラク経済のホットラインである。アメリカ軍は2003年3月にバグダードへの爆撃を開始し、4月6日、ついにイラク侵攻の手はバスラにも及ぶ。バスラの中央図書館の司書であったアリア・ムハンマド・バクルさんは、自分たちの歴史が全て詰まっている図書館の蔵書を守ろうと奔走する。だが政府は目先の戦果に血眼で、図書館の本のことなど歯牙にもかけない。アリアさんはついに、本を愛する友人や隣人の助けを借りて、蔵書の70パーセントにも相当する分量の書籍約3万冊を自らの手で救い出した。図書館が爆撃され、焼け落ちたのは、その9日後のことであった…。

シェイラ・K・ドウェインが伝えたこの記事は、たちまち全米で評判となりました。この事実にインスパイアされ、直後に2冊の本が上梓されます。1冊は、2004年にKnopf Books for Young Readers社から出版された『Alia's Mission:Saving the Books of Iraq』(Mark Alan Stamaty著)。もう1冊が、これからご紹介する絵本作家ジャネット・ウィンターによる絵本「バスラの図書館員―イラクで本当にあった話― The Librarian of Basra: A True Story from Iraq」(2004年)(訳:長田弘)です。


バスラの図書館員―イラクで本当にあった話
晶文社
ジャネット・ウィンター

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「バスラの図書館員―イラクで本当にあった話― The Librarian of Basra: A True Story from Iraq」
絵と文/ジャネット・ウインター Jeanette Winter、訳/長田弘
晶文社刊行

本を愛するアリア・ムハンマド・バクルさんは、イラクの港町バスラにある図書館で司書をしています。
図書館には、アリアさん同様本を愛し学ぼうとする人たちが集まってきます。彼らはみんなでこの世界の抱える問題を話し合ったり、精神の問題を話し合うのです。アメリカの大軍がイラクに近づきつつある今、みんなの関心はただひとつ。自分たちは戦争に巻き込まれて死ぬのだろうか、ということ。
本を焼き尽くす者は、いずれ人をも焼き尽くす。アリアさんは、戦火で貴重な書籍の数々が滅ぼされてしまうのを恐れました。そこで当局にかけあい、なんとか図書館の本を安全な場所に移して欲しいと願い出ました。しかし役人にすげなく断られてしまいます。このままでは本に危険が及びます。アリアさんは、ついに自らの手で図書館の本を運び出しました。毎晩毎晩少しずつ自分の車に本を積みいれていったのです。
とうとう噂は最悪の形で現実となりました。アメリカ軍が侵攻してきたのです。アリアさんの勤める図書館はイラク軍の対策本部となり、屋上では兵士が武器をもって見張りに付くようになりました。
そしてある日、何万ものアメリカ軍の軍機がバスラの空を真っ黒に埋めつくしました。激しい爆撃と砲撃で、街は一瞬にして火に包まれます。図書館の職員も兵士ですら、図書館を見捨てて我先にと逃げ出しました。図書館に残ったのはアリアさんだけです。彼女は、図書館の隣でレストランを営んでいる友人のアニスさんに、本を守るための手伝いを乞いました。
アリアさん、アニスさん、アニスさんの兄弟たち、レストランの従業員、近所の人たちは、図書館に残されていた本を2メートルもある塀越しに、アニスさんのレストランの中に運び込みました。夜を徹した作業でした。戦火はますます酷くなる一方でしたが、アリアさんが運び出した本は無事です。その9日後、図書館は焼け落ちました。
その翌日、アメリカ軍の兵士がアニスさんのレストランにやってきました。アニスさんはこの中に図書館の本があるだなんて、決して口外しませんでした。兵士は建物の中をあらためることもせず、去っていきました。
爆撃は終わったものの、アリアさんは安心できません。いつまた戦火が街を嘗め尽くし、本も焼いてしまうかもしれません。彼女はトラックを借りて、3万冊に及ぶ本を全て自分のアパートと友人の家に運び込みました。狭いアリアさんの家は、床から天井まで本でいっぱい。そこで満足に生活することもかないません。

でもアリアさんは決してあきらめません。いつの日か、戦争というけだものが完全に放逐され、必ず平和がバスラの街に戻ってくることを信じているのです。アリアさんは本当の意味で新しい自由の時が訪れるのを待ち続けます。図書館の貴重な本は、そのときまでバスラの一司書の手で守られているのです。

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9.11全米同時多発テロからアメリカ軍によるイラク侵攻へ。
この悪夢のような暴力の連鎖で、一体どれだけの尊い人命と有形無形の貴重な文化財が失われたでしょうか。

幸か不幸か、私たちは世界中から入ってくる情報を知りうる立場にあります。それこそ、アメリカ軍がいつどこでどれだけの規模の爆撃を行い、アメリカ人兵士に何名の死傷者が出たかということまで、事細かく。しかしながら、これだけの情報過多社会であっても、肝心のイラク側の犠牲者がどれほどであったのか、知っている人はごくわずかでしょう。
戦場になったのは離れ小島などではありません。由緒正しい歴史を有し、多くの老若男女が暮らす街々なのです。アメリカ軍の雲霞のごとき戦闘機が落とした爆弾、草原を食い尽くすイナゴの群れのごとき兵士の大群が発射する、大小さまざまの砲撃。これらが狙ったのは空っぽの武器庫だけでしょうか?それともフセイン元大統領(その後処刑)の隠れ家だけだったのでしょうか?とんでもない。爆撃によって命を落としたり破壊されたりしたのは、イラクの市井の人たちであり、また彼らが住まう街であったのです。
イラクの一般市民が一体何人亡くなったのか、詳しい数値を割り出している機関は様々ありますが、アメリカ政府が公式に発表する数値との間におびただしい相違が見られるのが常です。

共同通信によれば、2006年10月11日、イギリスの医学誌ランセット(電子版)は、イラク戦争開始(2003.3)から、2006年6月までの間に戦争に起因する状況の変化(戦闘、テロ、治安悪化など)で死んだイラク人の死者数を約65万5000人だとするアメリカのジョンホプキンズ大学の推計を発表したという。これは、イラクの47箇所、1800世帯、1.2万人以上への調査をもとにして、死亡率が開戦前より2倍以上はねあがっていることに着目し、それを全土にあてはめた数字である。ブッシュ大統領は11日の記者会見で「信頼性がない」と批判した。
アメリカのロサンゼルス・タイムズ紙は、2003年3月の米軍のイラク侵攻以降、2006年6月1日までのイラク人死者数は5万人をこえる、と発表した (06.6.25付)。大半は民間人なようだが、一部に兵士の数がふくまれている。また米兵の死者数は2400人に達した。2006年4月末までの数字。『イラク連合軍犠牲者総数』がウェブ上で明らかにした。米国防総省の公式発表は2395人である。

そして現在、 “イラク侵攻”というと、イラクに派兵された兵士たちの悲哀や、侵攻のそもそもの引き金となった9.11テロの是非や、その犠牲者の悲しみの問題にすりかえられてしまっているような気がしてならないのです。もちろん、彼らとてこの無益な暴力の犠牲者であります。いくら手厚く埋葬され、墓碑銘に永遠に名をとどめ、アメリカの歴史に残り、その思い出を語り継がれたとしても、彼らの身に起こった悲劇が軽減されるわけではないでしょう。
しかしその一方で、理不尽な暴力の犠牲になり、人知れず歴史の闇に呑まれていった名もなきイラクの民間人はどうなるのでしょうか…。考えてもみてください。私たちは、彼らの名前はおろか、犠牲者の数さえ正確には知らないのですよ。遠い外国の問題だからと他人事にせず、過去の戦争と未来に起こり得る紛争への反省と自戒を込めて、イラクの市井の人たちが見たイラク侵攻の実態を知るべきだと思うのです。そうして初めて、私たちは反戦の意義を新たにできるのではないでしょうか。

この絵本の元になった逸話は、ニューヨーク・タイムズの記者がバスラで一番有名なレストラン“ザ・ハムダン”に赴き、そのオーナーであるアニスさん(絵本にも登場します)から直接聞いたもの。『事実は小説よりも奇なり』と言われますが、ヒーローでも聖人でもない、ごく普通の人々の持ち得た勇気と情熱の物語は、読む者の胸に平和への痛切な願いを喚起します。
“本には私たちの歴史が全て詰まっている”―ネット世界の波及に従い、紙媒体の存続の危機が憂慮されて久しいですね。しかし本来、本の意義というものは、太古からの人類の英知の全てを文字情報に変換し、蓄積した記憶装置であるのです。アリアさんだけではなく、バスラの図書館に集う人々は、ただ漫然と字面を追うのではなく、本の価値を正しく理解した上で対峙していたのでしょう。彼らは図書館で、本を通じて人生を学んでいたわけです。それはなんと豊かな精神生活であることでしょうか。我が身を振り返ってみて、果たして本を学びの場とできているか、全くもって自信がない私としては、ただただアリアさんたちがうらやましく思えます。彼らはまた誇りを持って、図書館の本をバスラの貴重な財産だと認識していたでしょうね。
だからこそ、戦火がバスラに迫ったとき、アリアさんは頼りにならないお上を見限って、独自に本を守る行動を起こしたわけです。たった 1人で3万冊もの本を避難させるとは、己の命すら充分に守れぬかもしれない極限状態では、相当な精神力を必要としたと思われます。アリアさんの中には、本への愛情、人類の歴史を自分たちの先祖が文字に残した自負心、そして司書という職業への強い使命感があったのでしょう。武器を携帯した兵士までがさっさと街を捨てて逃げ出す中、アリアさんのたった1人の行動が、アニスさんたち隣人を動かしたのです。彼らの行為こそ、英雄的と称えられていいのではないでしょうか。少なくとも私はそう思います。
アリアさんは、図書館が破壊された後、心痛からか心臓発作を起こしてしまったそうです。ですが、バスラの図書館が立派に再建されるまでは、その比類なき意志の力で生き抜く所存だとか。この絵本を購入すると、その代金の一部は図書館再建費用に役立てられます。興味をもたれた方は、ぜひ1冊手にとっていただきたいものです。

さて、この絵本のもう1つの意義は、このお話がアメリカ人作家によって描かれたということでしょうね。作品からは、書籍を代表とする知的財産は民主主義の象徴であり、いかなる思想主義の相違によっても壊されるべきではないという作者の意識も感じられます。本を焼くことは、すなわちその民族の魂を焼き尽くすことであるとみなすことで、反戦を目指す強い自戒を読者にも促しているのではないでしょうか。
作者ジャネット・ウィンターの絵は、悲惨な戦場の物語であるにも関わらず、あるいはそれだからこそ、瑞々しいパステル・カラーを多用した、昔の壁画のようなタッチの素朴なものです。うずたかく積まれた本を前に、毅然と前を見据えるアリアさんの似姿(表紙)が素晴らしいですが、全体的に詩的で寓話的なトーンを崩すことなく、イラクの市井の人たちの目を通した反戦意識を打ち出すことに成功していますね。原書の文章も、短いセンテンスで必要不可欠な情報を語り、かつ不要な修飾を排することで、その裏に込められたメッセージが一層強く読者に迫ってきます。日本語に訳されるにあたっては、詩人として名高い長田弘氏が、韻を踏むような美しい言葉をリズム良く当てておられ、ウィンターの絵柄と素晴らしい相乗効果をあげています。ただ惜しむらくは、アリアさんの職業“司書”を“図書館員”としてしまった点ですが、これも子供の理解を容易にするという配慮の上でしょうね。

ジャネット・ウィンターはシカゴに生まれ、美術学校を卒業した後イラストレーターとして活躍しました。その後絵本作家に転身し、邦訳も出た「私、ジョージア」(2001年みすず書房刊行)や「9月のバラ」(2005年日本図書センター刊行)などの作品が注目を集めました。日本でも新しい才能として大いに評価されていますね。


私、ジョージア (詩人が贈る絵本 II)
みすず書房
ジャネット ウィンター

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「私、ジョージア My Name is Geogia」(1998年)
生涯をニューメキシコの荒野で過ごした、異能の女性画家ジョージア・オキーフ。
“もっとも純粋で、もっとも真実な”と評される数々の傑作をものにしたオキーフの伝記絵本です。花、骨、摩天楼、砂漠、丘、空といったモチーフを元に、オキーフの人生の真髄に迫っていきます。彼女の画風のイメージを損ねることなく、ウィンター独自の解釈を加えた新鮮なオキーフ像が、明確な挿絵の端々から浮かび上がってきますね。


9月のバラ (世界子ども平和図書館)
日本図書センター
ジャネット ウィンター

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「9月のバラ September Roses」(2004年)
9.11 テロ直後のニューヨーク。2400本の薔薇が、惨事の現場となったユニオン広場を埋め尽くしました。この薔薇の秘密を、南アフリカの姉妹の逸話に基づいて解き明かしていきます。テロの傷跡も生々しいニューヨークが再び立ち上がろうとする様が、平和への祈りを込めて描かれていましたね。

私が読んだのは、この「バスラの図書館員」を含めて3冊ですが、いずれも実在する人物の評伝の体裁がとられています。そこに共通するのは、普通の人々が持ち得る果てしない可能性と未来への賛歌ですね。希望を捨てず、自分らしく生きる人々への深い慈しみが、美しくも暖かな絵柄から静かに伝わってくる気がしますね。東日本大震災で被害に遭われた全ての人たちに、そしてもちろん、被災地の復興を支える立場の私たちも、読んでみるべき価値ある作品ではないでしょうか。


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