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zoom RSS 恋と王冠の人生―「エリザベス:ゴールデン・エイジElizabeth: The Golden Age」

<<   作成日時 : 2016/08/27 12:41   >>

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人間エリザベスの物語。

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「エリザベス:ゴールデン・エイジ Elizabeth: The Golden Age」(2007年製作)
監督:シェカール・カプール(シェーカル・カプール) Shekhar Kapur
製作:ティム・ビーヴァン他。
製作総指揮:マイケル・ハースト Michael Hirst他。
脚本:ウィリアム・ニコルソン William Nicholson &マイケル・ハースト Michael Hirst
撮影:レミ・アデファラシン
プロダクションデザイン:ガイ・ヘンドリックス・ディアス
衣装デザイン:アレクサンドラ・バーン
編集:ジル・ビルコック
音楽:クレイグ・アームストロング&アル・ラーマン
出演:ケイト・ブランシェット(エリザベス女王1世)
ジェフリー・ラッシュ(フランシス・ウォルシンガム卿)
クライヴ・オーウェン(ウォルター・ローリー卿)
リス・エヴァンス(ロバート・レストン)
ジョルディ・モリャ(スペイン国王フェリペ2世)
アビー・コーニッシュ(ベス・スロックモートン)
サマンサ・モートン(スコットランド女王メアリ)
トム・ホランダー(アミアス・ポーレット卿)
エディ・レッドメイン(トマス・バビントン)
アダム・ゴドリー(ウィリアム・ウォルシンガム)
スティーヴン・ロバートソン(フランシス・スロックモートン)
エイミー・キング(インファンタ王女)他。

1585年。
プロテスタントの女王として、ローマ・カトリックからは袂を別ったものの、エリザベス1世女王は見事な政治的手腕で英国をひとつにとりまとめていた。しかし、その治世下には難題も山積している。
エリザベスは英国国教会を復活し、国内をプロテスタント(新教派)に統一しようとしていたが、国内のカトリック勢力は、フォザリンゲイ城内に軟禁中のメアリ・スチュアート女王を擁立しようと、いまだ不穏な動きを続けていた。メアリ・スチュアートは敬虔なカトリック信者であり、かつ祖国スコットランドを追われたという立場をわきまえず、自身こそが正当な英国の王位継承権であると主張していたからである。事実、当時のヨーロッパ世界の覇者であった旧教(カトリック)国家スペイン王フェリペ2世は、エリザベスを“不義の子”と蔑み、法王から破門された英国を“悪魔の国”とののしって憚らなかった。フェリペ2世は、ヨーロッパじゅうの国々をカトリックに統一すべく、神の名のもとに“聖戦”を行っており、英国への侵攻の機会も虎視眈々と狙っていた。エリザベスの王位を転覆せしめようとするこれらの状況を鑑み、エリザベス政権の側近ウォルシンガム卿は、危険分子であるメアリの処分を口を酸っぱくして進言する。しかし、下手にメアリを処刑して国内のカトリック勢力を刺激したくないエリザベスは、“信念のみで人を罰すること値わず”と注進を退ける。
また、国と結婚し、国民の母となるという誓いを守り、いまだ独身を貫く女王に対し、ウォルシンガム卿以下家臣たちや国民の間からは、女王の結婚と出産を切望する声が止まない。エリザベスは、ウォルシンガムが次々と持ち込むヨーロッパ王室との縁談話を茶番と笑いつつも、自身が未婚であることを最大限に利用し、縁談をも他王国との外交の駆け引きに用いる周到さを見せていた。
しかしながら、エリザベスとて本心では幸福な結婚を望まぬわけではない。彼女はもう50代に差し掛かっていたし、日々肉体が老いていくことへの恐怖と焦りもある。だがそれ以上に、即位してから四半世紀以上玉座を守っている女王としての誇りと威厳にも満ちていた。来る日も来る日も、宗教、政治、経済あらゆる側面で問題を抱える国家の舵取りに専念し、女性としての喜びに無縁の日々を送るエリザベスにとって、自分をはるかに凌駕するような大きなスケールを持った男の登場を夢みることのみが、唯一の慰めであったのだ。
そんなある日、エリザベスの前に、新世界アメリカから帰還したばかりだという航海士ウォルター・ローリーが現われた。この男は、教会に礼拝にいく途中のエリザベスの足元に、突如自身のマントを敷いて頭を垂れたのだ。その大胆不敵さに感じ入ったエリザベスは、お気に入りの侍女ベスに命じて彼との謁見を許可する。ローリーは、新大陸から持ち帰った珍しい食べ物やタバコ、そしてスペイン船から奪った金貨を献上して、新大陸の植民地計画の可能性を強調した。押しは強いが、確かな知性と自信に裏打ちされた飾らぬ言動で、死の危険と隣り合わせの冒険譚に熱弁を振るうローリーに、英国を出たことのないエリザベスは心惹かれてゆく。ローリーの方も、当初こそ、新たな航海に出発するための費用を捻出するための宮廷詣でであったのだが、いつしか気高く知的なエリザベスに敬意以上の感情を抱き始めていた。だが、それを苦々しく見つめる面々もいた。スペイン大使の一団である。スペインは、英国船によるスペイン船への度重なる略奪行為に、大きな損害を被っていた。エリザベスが英国船の海賊行為を黙認していることに何度も抗議していたが、女王はそのたびに大使一行を煙に巻いてきたという経緯があったのである。
一方で、フェリペ2世は忠実な配下ロバート・レストンを英国内に送り込み、メアリを英国女王に押し立てるお膳立てをすべく、エリザベス暗殺集団を結成させる。その中には、なんとベスの従兄弟フランシスや、ウォルシンガムの年の離れた弟ウィリアムまで含まれていた。皆いずれも敬虔なカトリック信者であり、現在の英国内の状況下では差別される身の上である。彼らは、ウォルシンガムの放つ密偵集団と命がけの攻防を演じながら、メアリからの暗殺指令を待つ。

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エリザベスは、できることなら自分もローリーと共に永遠の冒険に旅立ちたいという思いを抑えきれなくなる。それは“ヴァージン・クィーン”としての矜持を守る彼女にとって、抱いてはならぬ恋心だった。逡巡したエリザベスは、腹心の侍女ベスを身代わりにローリーに近づける。そしてベスを通じて間接的に恋の香りを噛み締めるのだった。
メアリはレストンから、暗殺の準備が整った旨を密書で知らされる。メアリはアミアス・ポーレット卿によって厳重に監視されていたが、その隙を狙ってついにエリザベス暗殺を指示する手紙を送り返した。かくして、レストンはトマス・バビントン少年に暗殺実行の大役を命じるのだった。
教会に向かうエリザベス一行に、バビントンと仲間たちが襲いかかった。教会内で祈りを捧げている途中のエリザベスをバビントンの銃口が狙う。大胆不敵な暗殺劇に、衛兵が駆けつけるのが間に合わず、エリザベスは丸腰のまま暗殺者と対峙することになった。彼女は無心のまま、聖母マリアのように両の手を少年に向かって広げる。まるで発砲を待っているかのようなその姿に、少年は躊躇しながらも一撃を放つ。しかしそれは、あろうことか空砲であった。
エリザベスは一命を取り留め、ウォルシンガムは暗殺集団全員を捕らえて拷問にかけ、彼らとメアリの間で交わされた密書全てを手に入れた。だが、バビントンの銃が空砲だった意味がわからない。そこには、ウォルシンガムでも即座に読み取れなかったほどの、実に巧妙に仕組まれた落とし穴があったのだ。
エリザベス暗殺事件の首謀者がメアリだとわかった以上、彼女をこれ以上生かしておくことはできない。ウォルシンガムは、エリザベスの逆鱗に触れるのにも臆さず、メアリ処刑を強く進言した。理屈ではわかっていても、エリザベスは思い悩む。いかな宿敵といえど、一国の女王の首を切り落とすことに躊躇したのだ。ベスは、いつのまにか芽生えたローリーへの思慕の情を押し隠し、彼をエリザベスの元に行かせる。ローリーは、女王としてではなく、1人の人間としてエリザベスを見ることの出来る唯一の人間であったからだ。エリザベスは、憔悴しきった表情を隠そうともせず、母アン・ブーリンの処刑のときの恐怖を告白した。ローリーは沈痛な面持ちで決断を促す。国王を処刑する者は、自身もまた死の恐怖に苛まれるものだと。
1587年、スコットランド女王にして元フランス王妃でもあったメアリ・スチュアートは、エリザベス1世暗殺事件の首謀者として断頭台に消えた。享年45歳であった。
メアリが処刑されると、エリザベスは身も世もなく嘆き哀しみ、錯乱状態に陥る。その頃ウォルシンガムは、フェリペ2世がメアリ処刑を口実に、英国に向けて進撃の準備を急ピッチで進めているとの情報を掴んだ。事ここにいたってようやく、エリザベス暗殺の茶番をお膳立てした黒幕が、フェリペ2世その人であったことが判明した。つまりスペインは、対外的になかなか隙を見せない英国に業を煮やし、愚かなメアリを操って聖戦の口実を作ろうとしていたのである。世界一の大船団を有するスペインが、聖戦の大義名分を掲げて英国に攻めてくる。当時スペインに比べて貧弱な海軍しか持ち得なかった英国にとって、海戦は絶対的に不利な状況だった。“嵐がやってきて、1つの帝国は滅び、もう1つの帝国は繁栄するだろう”という占星術師の予言に、絶望に打ちひしがれるエリザベス。新大陸への渡航許可を求めにきたローリーになりふり構わず縋りつき、いっとき“女”の顔を見せるのだった。“もし別の世界で出会ったなら、私を愛してくれていたか”と。
だが、エリザベスを力強く励ましたローリーにも、口に出せぬ秘密があった。従兄弟フランシスが女王暗殺事件に組したかどで処刑された夜、1人で泣いていたベスを慰めるうち、そのまま深い仲になってしまっていたのだ。ベスはエリザベスの代わりを務めるうちにローリーを愛し、ローリーもまた純粋で思慮深いベスを憎からず思っていたのだった。
結果、ベスは妊娠してしまった。これは主君エリザベスへの裏切りに等しい。当時女王の侍女は、女王の許可なく婚姻することを禁じられていたが、ローリーはそれを無視してベスと秘密裏に結婚式を挙げてしまう。その事実はすぐにエリザベスの知るところとなり、分身とも思っていたベスと魂の絆を感じていたローリー双方の裏切りに、彼女は気も狂わんばかりに嘆くのであった。挙句、ベスは宮廷を追放され、ローリーはロンドン塔に投獄されてしまう。
兵員を約3万人も乗せたスペイン艦隊が、英国を目指して出港した。兵士の数、そして戦艦の規模では英国をはるかに上回っている。エリザベスは農民や囚人たちにすら武器を持たせ、国民すべてを戦場に駆り出す悲壮な覚悟で戦に臨む。苦渋の決断の末、ローリーにも恩赦を与えて牢獄から解放し、34隻の戦艦を率いるドレークと共に海に送り出した。そして1588年7月21日、ついにスペイン無敵艦隊(アルマダ)との海戦の火蓋が切って落とされたのである。エリザベスは家臣たちに、最善を尽くすよう言葉少なに命じた。これは宗教戦争ではなく、“思想の自由を守るための戦い”なのだと自らに言い聞かせるように。

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物量に劣る英国海軍はあっという間に防衛線を突破され、次々と味方の戦艦を失っていく。観念したウォルシンガムは、戦闘の最前線に陣を張るエリザベスに避難を勧める。しかし彼女は自らドレスを脱ぎ捨て、美しい甲冑に身を固めて、疲弊しきった兵士の集団の中に躍り出た。そして磨きこまれた甲冑に朝日を輝かせながら、兵士達に向かって力強く呼びかける。“我は国民と共に戦い、生も死も分かち合う”と。女王の鼓舞に戦意を奮い立たせる兵士達の祈りが通じたのか、その夜海上にすさまじい嵐が起こる。ドレークとローリーは、敵艦の陣営が崩れたのを見計らい、自艦に火を放って敵艦へ体当たりさせる“焼き討ち船攻撃”を開始した。折からの強風に煽られ、火はスペイン船団に次々と燃え広がっていった。高波と強風と炎の前に為すすべもなく、スペイン戦艦はあっという間に大破した。フェリペ2世の必死の祈祷も通じず、アルマダの海戦は戦闘開始からわずか9日後、1588年7月30日に終結をみた。スペイン艦隊は、ほうほうの態でスコットランド北方を迂回して祖国に帰還したが、実に半数近くの戦艦を失っていたという。兵員の死傷は数知れなかった。この屈辱的な敗戦で、スペインはヨーロッパ世界における発言力を弱めていった。他方、スペインに代わって世界の海の支配権を握った英国は、その後世界中に植民地を広げ、貿易の利益により一層の繁栄の時代を迎える。フェリペ2世はアマルダ海戦の10年後、国庫を空にした挙句、失意の中で逝去する。
エリザベスは、死の床に伏した忠臣ウォルシンガムを見舞った。亡国の危機を見事に乗り越え、英国の黄金時代の到来を見届けた彼は、心安らかにこの世を去っていった。
去っていく命があれば、新たに誕生する命もある。ベスは元気な男子を産み落とした。葛藤を乗り越え、真の女王として、愛する祖国の国母となる運命を受け入れたエリザベスは、穏やかな表情でベスとローリーの赤ん坊に祝福を与えるのだった。

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歴史劇、時代劇、西部劇。私は子供の頃からこれらのジャンルが大好きでした。ひとつには父親の影響もあったのですが、古き良き時代への郷愁と、今では失われてしまったダイナミックなドラマへの渇望が根底にあるのは明白です。今もなお莫大な予算をもって史劇映画が製作されるのは、“現代では考えられない大きなスケールのドラマ”と、“現代でもなお通じる普遍性を持ったドラマ” の双方を求める観客の需要が、非常に大きいためでしょうね。

製作費と興行収入のバランスをとるのが難しいとされる史劇のジャンルは、ハリウッド映画の規模が小さくなるにつれ、次第に廃れていってしまいました。このジャンルに再びスポットライトが当てられるようになったのは、2000年の「グラディエーター」(リドリー・スコット監督)の世界的な大ヒットから。以降、様々な史劇がさかんに映画やテレビドラマに取り上げられることになりました。
ですが、現在の史劇映画流行の先駆けになったかもしれない作品が、実はこの「エリザベス:ゴールデン・エイジ」の前作に当たる「エリザベス」(1998年製作)です。その名を知らぬ者はよもやいないだろうとさえ断言できる有名人、英国繁栄の祖を築いたテューダー王朝最後の名君エリザベス1 世女王の半生を描く映画ですね。紹介の順序が逆になってしまって申し訳ないのですが、第2作目のほうを先に記事にしておきます。

前作「エリザベス」では、英国の王位変転の歴史に翻弄されていた王女エリザベスが、“前国王の私生児”という逆境を跳ね返し、女王として国の頂点に立つまでがスリリングに描かれました。重々しい演劇調の古臭いドラマという、従来の史劇に持たれていた先入観を覆した、政治サスペンス調の演出が目新しい作品でした。ドラマの主軸は、一時は結婚をとまで思いつめた恋人ダドリーとの苦い別れを通じ、エリザベス自身が甘い青春時代と敢然と決別するまでの心の軌跡です。エリザベスは確かに政治的な感覚に優れ、リーダーに相応しい才覚を持った稀有な女性でしたが、そうした歴史の表で明らかにされている姿に隠された、“1人の人間としてのエリザベス”を紐解いていこうという試みが為されていたのですね。これに対し、“骨太な政治ドラマや冷厳な政治家としてのエリザベス像を期待していたのに、彼女の悲恋話ばかりが強調されていた”と失望する向きが多かったのは、カプール監督のエリザベス像の解釈の方法と観客の思い込みの間にずれがあったためです。しかしまあ、こればかりは仕方がないとも言えますよね。いかな名君といえど、恋もすれば悩んだり傷ついたり間違いを犯したりもするわけで、ヒーローのそうした人間臭い一面を描こうとすれば、自然とカプール監督の解釈に近づかざるを得ないわけです。
また、前作ではエリザベスは、メアリ1世女王治世下でロンドン塔に幽閉されたり、そこで厳しい尋問に耐えたりといった試練が積み重なり、絶えず斬首の恐怖と戦わねばならない閉塞状況に置かれていました。彼女がいる場所が異様に暗かったり、一体誰が裏切り者で誰が味方なのかわからなくなるような描写は、おそらくエリザベスの切羽詰った精神状態を暗示していたものと思われます。

そうした環境から一歩進んで、今作ではエリザベスが王位に就いて27年後の英国の内情と周囲の国々、特に因縁のライヴァルとされたスペインとの関係を軸にお話が進んでいきます。
劇中では、英国とスペインの対立の理由を、主に宗派の違い―英国はプロテスタント、スペインはカトリック―に求めているように描かれていました。実際には両国は、ネーデルランド(オランダ)の支配権を巡って以前から対立しており、特にフェリペ2世がポルトガル国王を兼ねるようになると、スペインはますますネーデルランド支配を強め、両国間の関係はさらに悪化していったのですね。そこへもってきて、スペインが世界中の植民地から得た物資を輸送する貿易船を、英国の船がたびたび襲撃するようになりました。その海賊行為を働いていたのが、後に勃発するアルマダの海戦で英国艦隊を実質上指揮することになるフランシス・ドレークでした。元々、ジョン・ホーキングについて奴隷貿易で名を挙げたドレークでしたが、1570年ごろからはエリザベスに謁見の上で、西インドのスペイン領を荒らしまわりました。1577年から1580年にかけては、エリザベスの援助の下英国人として初めて世界一周に成功し、ナイトの称号も賜っています。もちろんその間、スペイン植民地を略奪して周ったのは言うまでもありません(笑)。つまり、スペイン領専門の海賊であったドレークの略奪行為を、エリザベスは黙認するどころか優遇していたわけですね。フェリペ2世が“あの売女め!”と歯軋りしたくなる気持ちも、わからないでもありません。

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また、既に50代になっていたエリザベスですが、未婚のままであるのをいいことに、英国の王位をちらつかせながら各国の王室からの縁談話を外交に利用していました。映画冒頭では、年若い王子とお見合いする逸話がコミカルに描かれますが、女の特権までを政治に利用する辺り、やはり彼女は只者ではないということでしょう。しかし、彼女が終生独身を守った理由については様々な憶測があり、真実は闇の中です。政治の重責から始終体調不良を訴えていたことから不妊説があったり、英国内の政情を安定させるため、外国の国王を自国内に入れたくなかったとする説、“我は英国と結婚する”と宣言することで国民の信頼を繋ぎとめ、国を1つにまとめようと図ったとする説。いずれにせよ、女の特権すら政治に利用するたくましさを見せるエリザベスは、堂々たる王者の風格を漂わせる女性に成長していました。玉座に座る彼女からは、前作にあったような不安、脆さは、垣間見ることが出来ません。前作の根底に常に流れていた恐怖感、不安定感、緊迫感が、今作ではいまひとつ欠けて見えるのは、エリザベスが余りに頼れる女王になっているからでしょうね。

しかし、そんな彼女にも、やはり占星術師に頼りたくなるほどの難題が迫ってきます。前述したスペインとの国交悪化と、それに関係して、英国内に既に18年に渡って滞在し続けている元スコットランド女王メアリ・スチュアートの存在ですね。エリザベスとメアリに関しては、彼女たちの因縁だけで1本の映画が製作できるほど、複雑な愛憎関係がありました。今作では、フェリペ2世の策略のコマとして利用される、哀れな役どころとして登場します。フェリペ2世の放った腹心ロバート・レストンは、エリザベス暗殺集団の指揮という大役を担って英国内に潜伏しました。密書を通じてメアリから直接命令が下されたときに初めて、彼は暗殺を実行に移します。礼拝中のエリザベスを襲った実行犯は、まだ年端も行かぬ少年でしたが、その暗殺計画は実に念入りにお膳立てされたものでした。レストンとしては、メアリからの暗殺指令書を、わざとウォルシンガムの密偵に流す必要があったのです。

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余談ですが、ウォルシンガムは劇中では、エリザベスの右腕として1人で様々な政に携わっていたように描かれていました。しかし実際には、主にエリザベスの周辺警護を司っていたため、今で言うスパイ組織を構築した功績を残した人物です。劇中、彼の放った密偵が捕縛したスパイたちが、酷い拷問にかけられるシーンもありますが、彼はこういった汚れ仕事を一手に引き受けていたようですね。他にも、筆頭国務長官のウィリアム・セシル、著名な哲学者フランシス・ベーコンの父親でもある国璽尚書のニコラス・ベーコンなど、優れた政治家たちがエリザベスの周囲を固めており、彼女の優れた人材を見抜く力、適材適所に人材を配す指導能力の高さを物語っています。

さて、フェリペ2世はエリザベス暗殺計画に際し、こんな青写真を描いていました。“メアリを暗殺計画の首謀者に仕立て、エリザベスに彼女を処刑させるよう仕向ける…カトリック信者であるメアリを斬首したことで、英国内のカトリック信者たちの動揺と造反を狙う…「聖戦」の大義名分を掲げて、スペインが英国に攻め入る…英国を屈服させ、エリザベスを処刑した後にフェリペ2世の王女を英国女王として即位させる”…。尤も、実際にフェリペ2世がそこまで周到に策を弄していたかは不明ですが、暗殺のシークエンスにおけるサスペンスを盛り上げる効果、また後の出来事に繋がる伏線としてはなかなかの内容です。この礼拝堂での暗殺未遂シーンの緊迫度は劇中抜きん出ており、無心で佇む女王と対照的に怯む少年の息詰まる対峙は、名場面として強く印象に残りました。そして、実行犯の撃った銃が空砲であった理由が、アルマダの海戦直前に明らかにされるという流れも皮肉が効いていてよろしい。つまりアルマダの海戦とは、海の覇権を巡っての両国の決戦という意味合いより、メアリもエリザベスもこの際同時に排除したいというフェリペ2世の下心が起こした戦争ではなかったか、とする解釈ですね。これはあながち間違ってはいないと思えます。彼は基本的に女性の国王を軽蔑し、軽んじる傾向があったのではないでしょうか。カプール監督は、フェリペ2世に執拗にエリザベスを侮辱する台詞を吐かせています。その姿はまるで、政治という男の世界で男と対等に渡り合う斬新な女性エリザベスを、男の沽券を守るためだけに追い落とそうとするかのようにも見えますよね。当時のスペインは、世界中に散らばる支配地との貿易から得られる莫大な利益と、世界一と謳われた優秀な艦隊を背景に、驕り高ぶった国家だったのでしょう。少なくともこの映画では、そのように描写されています。

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エリザベスはついに従姉妹メアリを処刑せざるを得なくなります。彼女としては、これは絶対に避けたい事態だったと思われますね。なにしろエリザベスは、母親アン・ブーリンが実の父親ヘンリー8世によって処刑されるという、前代未聞のトラウマを抱えていました。斬首を命じるという行為は、彼女にとって母の死に直結するもの。それに、人を殺す者は、自身もまた殺される恐怖におびえます。エリザベスは、メアリの首が切り落とされる瞬間、自身の玉座が無数の人々の流した血糊によって錆び付いていくと感じたに違いありません。いかな強靭な精神力の持ち主といえど、それは恐ろしいことでしょうね。

英国が、物量と実力で圧倒的に勝るスペインの無敵艦隊を迎えうつ事態に陥ったと同時に、エリザベス自身もまた大きなピンチを迎えます。寵臣であったウォルター・ローリーと、分身ともかわいがっていた侍女ベスの裏切りですね。映画では、登場人物の相関関係を簡潔にする意図からか、ローリーの役回りが随分大きくなっていました。ローリーの有名な逸話である、女王の前にあった水溜りに自分のマントを広げて注意を引いたことや、女王に敬意を表して新大陸に“ヴァージニア”と名づけた植民地を作ったことなどを上手く織り込みながら、アルマダの海戦で大活躍したドレークのキャラクターをも付加した人物像になっていましたね。豪放磊落な冒険家でありながら、一方では詩人で著作も残している文武両道な男ローリーを、クライヴ・オーウェンがセクシーに演じていました。エリザベスと常に対等に話ができる自信を持ち、あるときは友人として助言し、またあるときは諫言をも辞さない勇気を持った男として登場するローリーは、エリザベスが国のために封印したはずの“女心”を再び揺さぶってしまいます。まあ現代的な考えからすれば、気に入った男なら、女王の特権でさっさと閨に引っ張り込めばよいものをとなるわけですが、そう簡単にはいきません。中世の女性の立場というものは、私たちが想像する以上に低く抑えられていて、たとえ女王といえども、己の欲望のまま行動するのはタブー視されていました。そのタブーを破ってしまったのは、例のメアリ・スチュアートであり、彼女はその結果英国で人質として20年近くも辛酸を舐める羽目になったわけです。用心深く、また国政を第一に考えていたエリザベスは、国民の母という自身のイメージを汚さぬよう、懐刀ベスをローリーに近づけ、彼女を通じて間接的にローリーとの恋愛の駆け引きを楽しむのですね。

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まだ20代で美しい聡明な侍女であったベスを、エリザベスはどのような想いで見つめていたのでしょうか。実は私は、エリザベスとローリーの織り成す、大人の男女の駆け引きの妙味以上に、自分と同じ名前を持つこの侍女をエリザベス当人がどう認識していたのか、そちらの方に興味が涌きましたね。ベス・スロックモートンは実在の女性です。女王の寵臣であったローリーと恋に落ち、女王の許可なく彼の妻となり、挙句宮廷を追われています。エリザベスとベスの間にあったであろう複雑な愛憎関係は、考えてみれば、エリザベスという人間を紐解く鍵になるかもしれないのです。カプール監督もおそらくそう考えたのでしょうね。映画では、エリザベスが緊迫する政情によって追い詰められていく様子と、ベスとローリーとの危うい三角関係バランスがついに破綻してしまうことによってもたらされる悲劇とを密着させています。エリザベスの年齢からしても、女性としての喜びと無縁なままでいることへの恐怖感と、国王として国が侵略されるのを止められない絶望感は表裏一体のものであり、両者を切り離して考えることなどできないと言いたげですね。エリザベスが女性の煩悩を捨てきれずに苦悩することと、スペインの侵略におびえ不安に苛まれることが同じレベルで語られる点は、おそらくこの映画の評価を二分する要因になるでしょう。しかし私自身は、このカプール監督の解釈にいたく共感したクチなのですよ。なんというか、組織のトップに立つ立場の女性ならば、公私混同とも捉えかねられないこのエリザベスの煩悶は、理解できる心情だと思うのですね。組織を統べる女性には、女性特有の苦労や悩みがついてまわります。この作品が、現代のキャリア・ウーマンに広く支持されたのも頷けることですね。

さて、映画では、エリザベスはベスを自分の代理とみなし、自身の果たせぬ夢を代わりに遂行させようとします。エリザベスのベスへの要求は、ローリーとの擬似恋愛にまでエスカレートしてしまいますが、ベスにとってはこれは苦行以外の何物でもなかったでしょうね。自分の代わりにローリーを誘惑したり、交流したりするのはOK、でも心や肉体を与えてはダメよだなんて、そんな器用なことが人間に出来るわけがありません(笑)。加えて、ローリーは女王も惚れる魅力的な男なのですから。当然のことながら、女王の冒険の代行者ベスもまた、女王の想い人に惚れてしまいます。驚くのは、当時の宮廷に仕える侍女たちが、女王の許可なしに恋愛したり結婚したりするのを禁じられていたということ。結婚相手も、女王の認めた男性の中から選ばれたといいますから、侍女にも真の自由などはありませんよね。豪華な調度品や宝石、ドレスに囲まれて優雅に暮らすエリザベスも、壮麗な宮廷内で時に牢獄に繋がれているような息苦しさを感じていたと思われます。生涯独身を貫いたエリザベスも、それゆえのストレスを溜め込むことが多く、周りにはべる女性たちの行動を監視させたのは強い嫉妬心の発露であったとする説がありますが、果たして真相はどうだったのでしょうね。
ベスとローリーの裏切りにも等しい結婚は、エリザベスにとって大きな試練となりました。ここで彼女は完全に理性を失い、ウォルシンガム以下臣下たちの信用を失ってしまう危機にも直面します。ですが、勝算のない戦争のために彼女が選択したのは、国民を一丸とさせることと、怒りのあまり一度は牢に繋いだローリーを許し、英国のために共に戦わせることだったのですね。エリザベスが私情を乗り越え、己の偉大な使命のためにより寛大な心を持ちえた時、実は彼女の“勝利”は決定付けられていました。これは、女性ならではのしなやかな強さとでも呼ぶべきものですね。女性は、いざとあらば余計な見栄や意地を捨てることも厭いません。そういった心構えが、引いては最終的な勝利を呼び込むのです。

歴史に名高いアルマダの海戦は、作品のクライマックスに用意されています。映画を120分という上映時間内に収める関係上、これみよがしな合戦シーンは入れられなかったのかもしれませんが、必要最小限のカットで、英国とスペイン両艦隊が嵐に巻きこまれる圧倒的な映像を再現していましたよ。海戦は、この嵐のせいで事実上9日間で雌雄を決してしまいました。蒙古襲来の際には、日本近海に“神風”が吹いて…要するに台風が起こって…日本が結果的に勝利しましたが、それと全く同じことが英国にも起こったわけですね。暴風が吹き荒れたことで、英国戦艦の焼き討ち船攻撃が功を奏し、スペイン艦隊は見る間に炎に包まれました。また、フェリペ2世が、無敵艦隊の総司令官に戦闘経験皆無の貴族を配するという愚行を犯したことも重なり、無敵を誇ったスペイン艦隊もあっけなく敗れ去りました。炎を恐れた馬がスペイン戦艦から海中に飛び込むシーンは強烈。スペイン軍は、英国海軍の防衛線などすぐさま突破して英国本土に上陸する予定であったため、多くの馬を船に乗せていました。スペイン艦隊の実に半数の戦艦が海に沈んだのですから、劇中にあったような地獄絵図はあちこちで繰り広げられたことでしょうね。

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エリザベスはスペインに勝利し、同時に、ローリーへの未練という名の自身の弱さにも勝利しました。ローリーとベスの間に出来た赤ん坊に祝福を与えるエリザベスの姿は、聖母マリアになぞらえられています。暗殺寸前に彼女が見せた仕草も、実は聖母そのものでした。数々の試練を乗り越えて、エリザベスが本当の意味で国民の聖母になっていったことが、これらの表現に象徴されていると思います。この他にも、細かい枝葉の描写が後々の展開の伏線となっている部分があり、史実をなぞるだけではなく、隅々にまで配慮の行き届いた脚本の構成に感心しました。また、宮廷の王の広間の床に、世界地図を描かせたアイデアは秀逸ですね。そのため、文字通り“世界”をその足で踏みしめるエリザベスの立ち姿が、劇中何度も天上からの俯瞰ショットで捉えられます。アルマダの海戦の後、事実上世界の覇者となっていく英国が、彼女の姿とだぶって見えてくるようです。
先日のアカデミー賞で衣装デザイン賞を獲得した豪華絢爛な衣装の数々は、デザイナーが素材からこだわりを持って制作されたものです。まるで、中世時代に描かれた肖像画から、そのまま抜け出してきたかのような錯覚さえ覚えますね。エリザベスの着道楽は当時から有名な逸話で、2000着にも上る数のドレスを所有していたと言われます。映画にも膨大なドレスのコレクションを収めた部屋が登場しますが、彼女にとってドレスとは、只単に着飾るための道具ではありませんでした。自らの権力を内外に誇示し、国民に女王の、引いては国家の安泰を印象付ける重要な手段であったのです。彼女は着飾ることをも政略の一環としていたのですね。エリザベスとは、自己プロデュース能力にも長けた、実に現代にも通ずる感覚を持った女性であったのです。

出演陣は総じて皆好演でした。当たり役に再度扮した主演のケイト・ブランシェットの演技は言わずもがなで、もはや“演技”の域を超えたもの。忍び寄る老いに焦る一面と、大国スペインに対しても昂然と顎を上げる気丈さを、多面的な表情で表していました。純真なベスを演じたアビー・コーニッシュの初々しい美貌も忘れがたいですね。最後まで女王の忠臣であり続けたウォルシンガムに扮したジェフリー・ラッシュのいぶし銀的存在感も、これが見納めです。フェリペ2世の卑小さを身体全体で感じさせたジョルディ・モリャは、普段とはまるで別人でしたね。個人的には、フェリペ2世の娘を演じた子役に注目しています。台詞もない役でしたが、その冷ややかかつ傲慢な視線ひとつで王女の風格を表現していました。実に末恐ろしい子ですね。

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恋と王冠の人生―「エリザベス:ゴールデン・エイジElizabeth: The Golden Age」 House of M/BIGLOBEウェブリブログ
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