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zoom RSS 「真夜中のピアニスト」―ジャック・オディアール監督Jacques Audiard

<<   作成日時 : 2017/06/11 22:00   >>

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僕の心はピアノの音色に揺れ続ける。

「真夜中のピアニスト Da battre mon coeur s'est arrêté」(2005年製作)
監督:ジャック・オーディアール
製作:パスカル・コーシュトゥー
脚本:ジャック・オーディアール&トニーノ・ブナキスタ
オリジナル監督&脚本:ジェームズ・トバック
撮影:ステファーヌ・フォンテーヌ
プロダクションデザイン:フランソワ・エマニュエリ
音楽:アレクサンドル・デプラ
出演:ロマン・デュリス(トム)
ニールス・アルストラップ(ロベール、トムの父)
オーレ・アッティカ(アリーヌ)
エマニュエル・ドゥヴォス(クリス)
リン・ダン・ファン(ミャオリン)
ジョナサン・ザッカイ(ファブリス)
ジル・コーエン(サミー)
アントン・ヤコブレフ(ミンスコフ)
メラニー・ローレン(ミンスコフの恋人)

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「うちの親父は年に似合わず独断的でやり手だっただろ。それがあるとき鼻につきだした。昔からそうだが、今度は前と違った。以前は挨拶する振りだけして結局俺が命令されて動いてた。今はなんでも相談するんだ。俺がどう思うか、どうしたいか、と。経理の女や秘書との浮気まで相談する。最低だよ!俺をダチのように扱うんだ、どうかしてるぜ。で、突然閃いた。“これは親父じゃない。ガキに戻ったんだ。保護者が俺かよ”って。俺が父親になったんだ。ある朝起きてみたら立場が逆転してたんだ。親父がボケたことに気づき、自分の寿命も考える。親父が子供になって俺が看病してたんだ。下と食事の世話をした。でも、それをやめたくはなかった。その後俺に子供が生まれた…。」
泣きながら思い通りにならない現実を、それでも愛情の勝る父親への複雑な心境を告白するサミー。トムは、これもまた複雑な思いで友人の告白を黙って聞いていた。

トムは28歳。パリで友人サミー、ファブリスと共に不動産ブローカーを営んでいる。不動産業といえば聞こえはいいが、アパートに不法占拠する住人を追い出すために建物にネズミをばらまいたり、家賃を滞らせた住人に暴力をふるって脅したり、やっていることは悪質な地上げ屋と大差ない。おまけに、共同経営者であるはずのファブリスとは、物件の売買に関する取引でお互いにだましあう心許せぬ仲だ。この世界では平然と裏切りが横行する。たとえ表向き友人であっても、いつ仕事で出し抜かれるか判らないのだ。トムはこんな荒んだ世界に身を置いていたのである。一仕事終えた3人はバーに繰り出し、女をひっかけ、ドラッグをやり、たわむれに喧嘩をする。

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トムが担当する無人の古アパートに、住む家を持たない多くの貧しい移民たちが押し寄せてきた。“居住者の会”なる団体に率いられてきたのである。法律を盾にとり、あくまでアパートに居座る彼らを追い出すため、トムは人を雇ってアパートの部屋と言う部屋をぶち壊していく。荒む心を慰めるように、流行の音楽のリズムに身を任せるトム。彼は同じ不動産業を営む父ロベールと久方ぶりに会う。ロベールに呼び出されたのだ。彼は再婚すると息子に宣言した。色っぽくて巨乳のモデル女と。トムの母は著名なピアニストであったが、病を得て亡くなっていた。心の底で母を慕い続けているトムの心境は複雑だ。しかしロベールは、昔から威圧的で人の意見を聞かない人間だった。今回の再婚話も、いくらトムが反対しようが押し切るだろう。それがわかっているトムはハナから反対しない。それに、またいやな仕事を押し付けられた。家賃を溜めに溜め込んだ挙句、ロベールを食い物にしたアラブ人への金の取立てだ。もちろん暴力で脅すことなど日常茶飯事。それをロベールはこともなげに息子に指図する。トムは仕事と父への内心の嫌悪感を押し殺して、汚れ仕事を引き受けてやった。ロベールの再婚相手クリスがやってきた。トムを再婚相手に引き合わせようという父の魂胆だ。彼が席をはずした隙に、トムはクリスに対し明らかに侮蔑的な態度を取る。彼女をどう思うかと問いかける父に、トムはあの女は娼婦だと吐き捨てる。だまされてるだけだと。

夜車を走らせるトムの目に、意外な人物の姿が飛び込んできた。生前の母ソニアのマネージャーをしていたフォックス氏である。慌てて会いに行くトム。フォックス氏はトムのことを良く覚えていた。そしてトムのピアノの腕前も。彼がフォックス氏の前で弾いてみせたのが、ハイドンのピアノ・ソナタ32番であったことを、トム自身も懐かしく思い出す。フォックス氏は今では別の有望なピアニストのマネージャーを務めているが、トムにオーディションの約束をしてくれた。彼の名刺を手の中で遊ばせながら、ピアノから離れて10年にもなるという事実をついに言い出せなかったトムであった。
しかしその晩、彼は長らく封印していた母のピアノ演奏の録音を聴き直した。譜面一杯に書き込まれた母のメモを、思い出をたどるように指でなぞる。才能豊かであった母ですら、本番前には緊張の色が隠せなかったのだ。同じように高まる緊張感に苛まれながら、彼は久しぶりに鍵盤に触れる。過去の記憶をよみがえらせながら、一心にピアノに向かうトム。しかし10年のブランクはいかんともしがたく、オーディションを受けるには専門家を雇って特訓する必要があった。

トムは専属のトレーナーを探してある音楽家の元を訪れたが、専門の教育も受けていないトムは素養がないとバカにされる。頭にきた彼は捨て台詞と共に席を立つ。いらいらしながら仕事の電話をしていた彼の元に、一人の中国人がやってきた。さきほどトムをバカにした音楽家のところで学んでいる音学生だ。ピアニストである友人を紹介するという。北京の音楽学校で優秀な成績をおさめた彼女は、パリに2年間の予定で留学している。名前はミャオリン。まだパリに来たばかりでフランス語はさっぱり話せないが、教師としても優秀だという彼女に、トムは教えを請うことにした。

密かに暖めてきたピアニストへの夢が動き始めた。興奮を隠せないトムは、ロベールにもオーディションの話をした。しかし息子の夢を全く理解しない父は冷ややかだ。フォックスはヒモ野郎だ。お前のママの面倒をみたのはこっちだと。反感も露にトムも言い返す。母の介護をしたのは僕だ、と。父子の間に気まずい空気が流れる。ロベールは、トムのオーディションのことなど歯牙にもかけず、家賃を滞納しているアラブ人の取立てをしてこいと命じる。このとき初めて、トムは父の命令に背いた。ロベールはあてつけのように自分で取立てに行くと、案の定アラブ人に殴られる。彼はもう高齢だ。実際こういう荒っぽい仕事は無理だ。トムは仕方なく父を助けに行き、アラブ人ののどにナイフをつきたて父の金を奪い返した。大事な手を負傷したトムは、父としばらく距離を置きたいと懇願する。ピアノのために、ほんのいっとき心安らかな環境が欲しいのだ。父を愛してはいるが、一緒にいるといつも暴力の世界に引き戻されてしまう。それがいやだった。しかしロベールは息子の気持ちを汲むことなく、去っていった。

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はじめてミャオリンと面会するトム。全くフランス語の話せない彼女に、先行きの苦労を感じる彼であったが、とにかく毎日午後2時から彼女のレッスンを受けることになった。オーディションの日にちも決まる。
それから日夜を選ばない厳しいブローカーの仕事と、ピアノのレッスンという両極端を行き来する生活が始まった。ピアノに専念したいトムだが、現実はなかなか思うように行かない。要領のいいファブリスが浮気のアリバイ工作を頼んでくる。ファブリスの妻アリーヌは怪訝なまなざしを向けるが、意に介さないファブリス。トムは自宅でも寝る間を惜しんで演奏に没頭する。ミャオリンとのレッスンも、身振り手振りでの手探り状態で進む。仲間がバーで取引の話をしている間も、彼はカウンターで一人鍵盤に指を走らせる夢想に浸る。幸せな気分に浸っていると、突如彼の耳にサミーの声が飛び込んでくる。新しい仕事の話だった。酔ってケンカをおっぱじめたファブリスを止め、彼の家まで送り届けてやるトム。家で待っていたアリーヌと気まずい会話をかわす。

厳しいスケジュールの仕事に翻弄され、なかなかピアノに集中できない日々。トムは次第に苛立ち、ミャオリンとのレッスン中に爆発してしまう。言葉でコミュニケートできないミャオリンは、それでも彼の気持ちを汲み、腕の動きや指の動きでリラックスさせ、彼の苛立ちを和らげようとする。
会議中にファブリスの裏切りが発覚した。彼は密かに手をまわして、トムの取って来た契約を別の同業者と横取りしたのだ。涼しい顔のファブリスに、言うべき言葉を見つけられないトムであった。
父の家で、偶然在りし日の母の写真を見つけたトム。まだ幼い自分と父と母の幸せそうな家族写真である。思いも新たにピアノに没頭する彼は、夜カフェでアリーヌと会う。アリーヌは、トムのちょっとした言葉から夫ファブリスの浮気を確信した。夫とグルになっていたトムを激しく非難するアリーヌ。トムは逆切れし、アリーヌもバッグで彼の手を振り払う。怒って外に出た彼女を追いかけた彼は、なんと愛していると告白した。相手にしようとしないアリーヌを必死でかきくどくトム。仕事のときと同じように口先三寸で彼女を丸め込み、ファブリスへの意趣返しも含めて自宅で彼女を抱いた。
女を抱いてもトムの頭の中はピアノでいっぱいだ。ミャオリンの前ではじめて思い通りの演奏が出来た彼は、徐々に自信をつけていく。しかしミャオリンは彼の自信に水を差した。演奏が早すぎ、テンポが変わりすぎるというのだ。彼女のお手本を見ながら、レガートで弾けというメッセージを読み取るトム。こうして2人は、言葉はなくとも専門用語と、なにより音楽への情熱で次第に深く共鳴しあっていく。レッスン後には、トムがミャオリンにフランス語を教える。トムにとって、殺伐とした毎日の中でそれは唯一心安らぐひと時であった。

トムはピアノにのめりこむあまり、本業がおろそかになってくる。心ここにあらずという状態で、仕事にミスが出るようになったのだ。サミーはそんなトムを心配し、何の得にもならないピアノをやめるよう諭す。“弾いていると気分がいいから”と会議の席で言えるか。仕事のさまたげにならない程度に、ピアノを趣味にとどめておくようにというサミーの言葉は、いまひとつ自分の才能に不安を持つトムには堪えるものでった。
トムはアリーヌに電話し、落ち込む気分を慰める。しかし所詮アリーヌとの仲も単なる浮気だ。彼女が自分との恋愛に真剣ではないことを悟ったトムは、ピアノのレッスンでもつまずきを見せた。同じ箇所で何度も失敗する。ミャオリンに何度もやり直しを命じられ、ついにいらいらを爆発させたトムは、彼女に対し声を荒げてしまう。完全なる八つ当たりだ。ミャオリンも怒り、涙ながらに中国語でまくし立てる。自分の非を認め、トムは再びレッスンに戻っていく。

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突然ロベールから電話があった。すぐ迎えに来て欲しいと言う。父は街中のバス停で座り込んでいた。目に痣をこしらえ、鼻血を出している。またトラブルか。怒りを露にする息子に負け、ロベールはトラブルの種を話しはじめた。3ヶ月前、土地購入に関してロシアのマフィア、ミンスコフに金を騙し取られたとのことだった。またも父の尻拭いをするはめになりそうだ。父は例の巨乳のモデル、クリスとは別れてしまったらしい。
父へは愛憎入り混じる感情を抱くトムではあったが、年老いた彼の姿を目の当たりにして、さすがに突き放すことは出来ない。父のために一肌脱ごうと、クリスを呼び出した。彼女に、父とよりを戻し、その行動を見張って欲しいと頼み込んだのだ。もちろんギャラは支払う。役者になったつもりで、父の恋人を演じてくれないか。父がおかしな行動をとりそうになったら知らせる契約だ。トムの生来の口のうまさで、クリスもとうとう丸め込まれてしまう。
オーディションの日が近づき、次第に焦りが色濃くなっていくトムであったが、ミャオリンに怒りをぶつけるような愚かなマネはしなかった。彼にとってミャオリンとの時間は、かけがえのないものだから。

一方トムはミンスコフの居場所を突き止めた。彼と電話でやり取りする段取りをつけた彼は、電話に出たミンスコフ本人をフランス語で罵倒する。親父の金を返さないとぶっ殺すぞと怒鳴りつけ、その足で、確認した彼の愛人の元へと急ぐ。気位の高そうなその美女を見ると、トムの狩猟本能に火がついた。ミンスコフに会うという本来の目的を忘れ、取り付く島のない彼女をオトすため、トムは思いつく限りの言葉を並べる。彼女の本心―実はミンスコフを恐れていること―を突くという絶妙な話術で。そして彼は宿敵の愛人を易々と寝取ってしまった。
息子から事の顛末を聞いたロベールは、騙し取られた金のことはあきらめろとのたまうトムに心底呆れる。自分の思惑通りに動かない息子を無視する父親。いつものことだ。トムはさっさと父の自宅を後にした。

ミャオリンの奏でる演奏にしばし聞き惚れるトム。彼は心穏やかに、その音色を追いかけるように上達した演奏を披露した。笑顔をかわす2人。
すべての思いのたけを込め、ただ無心に鍵盤を追うトム。課題の曲を弾き終えた彼に、ついにミャオリンは「ベリー・グッド」と告げる。トムには彼女の中国語は相変わらず理解できないが、オーディションにはリラックスして臨むようにとの心遣いは痛いほど伝わった。いよいよ本番を迎える彼に、ミャオリンは中国のお守りを持たせる。トムの感謝のキスを、照れくさそうに頬に受ける彼女。

オーディションに供えて早く床についたトムは、真夜中ファブリスとサミーにたたき起こされた。大物との取引が成立したのだ。今夜契約に行くという彼らに玄関のドアをぶち破られそうになり、不承不承契約の場に向かうトム。ピアノの感覚を忘れないようにと、車の中でも指を動かし続けていた彼に、バットが手渡される。アパートに不法にいついていた浮浪者をたたき出すのだ。流行歌をBGMにして、遊び半分に浮浪者を叩きのめすファブリスたち。その残酷な暴力を目の当たりにして、トムの頭は呆然となっていく。軽薄なメロディーのみが彼を支配していく。

オーディション当日。昨晩ろくに眠れなかったトムは、明らかに緊張していた。フォックス氏の前で課題の曲を弾き始めたが、最高のときの調子が出ず、途中でつまづいてしまう。最初からやり直したものの、やはり失敗。動揺したトムはついに集中力を取り戻すことが出来ず、あきらめて自分から会場を後にした。外に出たトムの目に、明るい太陽の日差しはまばたきを許さぬほどだ。道の真ん中にたたずみ、行き交う人々を見ながら、トムは一切の雑音を遠ざけようと耳にヘッドフォンをあてる。
その足でロベールを訪ねた彼は、父の自宅が何者かに荒され、父が無残にも殺されているのを発見した。壁は返り血で赤く染まっていた。

2年後。今夜コンサートが開かれる会場で、トムがピアノをつまびいている。ピアノの調整だ。音響を確認した後、彼は取材を受けていたミャオリンを迎えに行った。今やミャオリンはヨーロッパ中を公演して回る人気ピアニストとなっていた。ではトムは?彼はミャオリンのマネージャーだ。分刻みの彼女のスケジュールを調整し、レコード会社との契約をまとめる。あの日、オーディションに失敗した彼は、ミャオリンとの新たな関係の中に音楽とのつながりを見出していたのである。

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ミャオリンをコンサート会場に送って行った後、トムは街中で偶然ミンスコフを発見する。父の敵だ。密かに彼を尾行し、無人のビルでふいをついて彼に襲い掛かる。抵抗するミンスコフを殴りつけ、自身も血まみれになりながらトムは銃を敵の口の中に突っ込んだ。しかしすんでのところで思いとどまる。父を殺したミンスコフは憎いが、トムは人殺しではないのだ。
いまだ震える手の汚れを洗い流し、ミャオリンのコンサート会場にかけつける彼。目を閉じると、ミャオリンの手から流れ出す美しいメロディーがトムを包み込む。自然とトムの指も動き始める。レッスンのときのように。彼女の演奏する姿を見つめながら、そこに自らの夢を投影し、幸せをも見出すトムであった。

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2006-05-26

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前作「リード・マイ・リップス」を撮影中は大変だった。ストーリーが完璧に構築されているから気が抜けなくてね。常にストーリーと格闘しているような感じだった。実際撮影を終えたときはへとへとで、しばらくなにも考えられない状態だったんだ。だから次の作品ではもっと違うこと、今までやったことがないような撮影方法を試したかった。プロデューサーからリメイクをやってみないかと持ちかけられたときには、即座に話にのったよ。で、大好きだったハーヴェイ・カイテルの「マッド・フィンガーズ」を素材に選んだんだ。―ジャック・オディアール来日時のインタビューより抜粋

マッド・フィンガーズ [VHS]
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1995-02-03

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この作品は、1978年に製作されたアメリカ映画「マッド・フィンガーズ」(1978年製作、ジェームズ・トバック監督)のリメイクです。舞台はパリに移され、ハーヴェイ・カイテルが演じた主人公トムの設定も、マフィアから不動産業者へと変更されてはいますが。この変更についてオディアール監督は、完成した作品をいわゆる“フィリム・ノワール”の類型から逸脱させたかったと告白しています。確かに主人公がマフィアでは、物語の現実味が薄れ単なるB級暴力映画になってしまいますよね。
観客と登場人物との接点をできるだけ引き出したかった監督は、より身近に想像することのできる“不動産業者”という背景を主人公トムに与えました。日本でもそうですが、悪徳不動産ブローカーの実態は、法の網の目をかいくぐるような悪質なもの。裏の世界では確かに、不法居住者を暴力でもって追い立てることぐらい日常的に行われているだろうと思われます。トムの設定のみならず、彼を取り巻く人々との関係性も、そこここでよく見受けられるリアルなものにしたことで、監督はこの作品を一歩踏み込んだ“一人の若者の成長ドラマ”として完成させることに成功しました。この作品は、彼なりの解釈の青春映画とも言えるわけです。
彼はデビュー当時から、“スタイリッシュなフレンチ・ノワールの新鋭”的評価を得てきた人物です。オリジナル長編4作目となる今作品では、心機一転、違う分野への第一歩を踏み出したかったのでしょうね。劇中のトムが、今まで属していた世界から離れるために現実と苦闘する姿は、そのままオディアール監督自身の投影であったのかもしれません。
完成した「真夜中のピアニスト」は、2005年度セザール賞において作品賞、監督賞をはじめ主要8部門を制覇したことで話題を呼びました。またフランス国内の主要紙のレビューでも、ことごとく高い評価を得ています。もちろん日本でも、公開当初から一様に絶賛されたことは記憶に新しいところ。

相反する二つのものを対比させ、その違いを際立たせることで、作品のストーリーや登場人物に生々しい質感を持たせる手法は、オディアール監督おなじみのものです。この作品では、その手法にますます磨きがかかったといっても過言ではないでしょう。

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たとえば、トムが身を置く、裏切りや暴力が横行する荒んだ世界と、彼が目指そうとする音楽の静謐で優雅な世界。トムとその仲間は主に夜半に活動し、その描写も、パリの魅惑的な夜の世界を背景にした刺激的で幾分怠惰なもの。彼らは常に携帯を手放さず、常に誰彼に向かってしゃべり続けますね。時に暴力に訴える場面も充分に血なまぐさいし、トムでなくとも平常心を保つのは困難な世界でしょう。なにより心の平穏と静寂さ、音にのみ集中することを求められる音楽の世界とは実に対照的です。トムがブローカーとして夜中に暗躍するシーンの沈み込むような暗さと、明るい昼間の日差しの中でミャオリンとピアノのレッスンを行うシーンが絶えず交錯することで、トム自身がその両極端な世界に次第に混乱してゆく有様が手に取るように観客に伝わります。オーディションの前日に、能天気なポップソングに乗って浮浪者をバットで痛めつける仲間の姿を見るに至り、トムはとうとう今まで押し殺してきた自分の世界への嫌悪感をはっきり自覚することになります。それは同時に、移民など様々な異人種がひしめきあうパリの中で、今まで虫けら以下の存在ぐらいにしか考えていなかった彼らを、はじめて同じ人間として感じることが出来たという、トム自身の成長の証でもあります。もちろんその背景には、中国人であるミャオリンとの触れあいがあったわけですが。
彼には、結局プロへのオーディションに失敗するというほろ苦い現実が待っていましたが、しかし惰性で生きるだけの人生を変えたいという彼の意志は、貫徹されることになります。ピアニストになるという夢のために一念発起したその努力が、ミャオリンとの友情を育み、ひいては荒んだ世界からの脱却を促したのですね。トムの夢は、ミャオリンの手を借りて間接的に実現したといってもいいはずです。
人生において大切なのは、結果ではなく、何かに向けて真剣に努力する過程でしょう。両極端な世界の対比から始まったこの物語は、最終的に普遍的なテーマへと収束していったのです。

また考えてみれば、トム自身のキャラクターもアンビバレントの象徴です。父はエゴイスティックで高圧的な不動産屋。母は繊細なピアニスト。トムの父への感情も複雑ですね。そのエゴを忌み嫌う一方で、やはりたった一人の家族たる父からは愛されたい、理解されたいと願ってもいます。またトムにしても、父の本心を知る努力をしていません。このトム親子の関係は、国や人種を超えて当てはまる親子間の永遠のテーマを孕んでいるでしょう。愛情を持ちながらも、トムは自らが成長するにしたがって父には反発せざるを得なくなります。自らの軽率な行動が父の死を招いてしまったために、結局最後まで父子は理解しあうことはありませんでした。でも一方では、父の死はトムの人生から枷をはずしたとも言えるわけで、思うに任せない人生の皮肉がここに感じられますね。
劇中印象的な対比は、ピアニストになるべくミャオリンと猛特訓するトムの人生をかけた真摯さと、一転してブローカーとして働くときの彼のずるがしこさや計算高さです。言葉も通じない女性であるミャオリンとは、時間をかけ、純粋に音楽への情熱だけで一生続く同志的友情を共有する一方で、父の愛人や友人の妻、はては父の敵の愛人に対しては、欲望を満たすのみの薄っぺらい関係を3分で築いてしまう。つまりトムとは、極めてオディアール的人物―相反する側面を同時に成り立たせている人間―の象徴といえるでしょう。
音楽に向き合う際の純粋で穏やかな表情と、不動産業界で要領よく立ち回るときの激しくも暗い表情を、ロマン・デュリスは実に巧みに表現しています。顔の動きのみならず、手、指先、足先に至るまでの細かい震えで、相反する感情へと振り子のように揺れ動くトムの心の機微を伝えているのですから。バーのカウンターや車中で、トムが夢中で鍵盤をたたく夢想にひたるシーンや、父の死体を見つけたシーンの彼の指先の痙攣などは、特に印象深い演技でした。

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手持ちカメラは、そんなロマン=トムにべったりと張り付き、片時も彼の心の動きを見逃すまいとしているようです。カメラの目線は常にトムの目と同じ高さ。どのシーンも、彼の目線で出来うる限り長廻しで撮られています。トムが動き出すたびに、カメラも流れるようにスムーズにパンする。まるでリズムに乗ってステップを踏むような彼の軽やかな動作に目を奪われるのは、こうしたカメラの流麗な動きに拠るところも大きいのです。
監督には、観客とトムを、彼の息遣いや体臭までも感じられるほど肉薄させる意図があったのでしょう。そうすることで、観客はトムの経験する試練を追体験するのですね。トムと同世代の人はもちろん、とっくに人生に惑う時期を過ぎた人も、トムと同じ喜びや焦り、挫折感をリアルに実感できるわけです。トムという人物の歩む道が、かつてあるいは今現在自分の歩んでいる道のりと共通する点が多々あることに気づかされる人はきっと多いはず。観客にそのような感情を喚起させ得ることは、役者冥利に尽きるでしょうが、反面、演技にごまかしがききませんよね。デュリスは、映画冒頭から最後のクレジットが流れ出す直前まで、最高に緊張した状態に置かれて演技していたのではないでしょうか。

以前ご紹介したオディアール作品「天使が隣で眠る夜」「リード・マイ・リップス」では、物語の主人公はいずれも社会からはじき出されたかのような、弱く孤独な人間でした。監督のまなざしたるカメラも、そんな彼らを少し離れたところからそっと見守るような、描く対象とは微妙な距離感を保っていたように思います。例えるならば3人称で書かれた小説のような表現。登場人物それぞれは、客観的な立場から丁寧に描写されていました。だからこそ、私は彼らに容易に感情移入できたのかもしれません。
しかしこの「真夜中のピアニスト」のトムは、内面にどれだけの葛藤を抱えていようが、世間とはそこそこ上手に付き合っていけているタイプの人間ですよね。適度にこ器用で、いい思いが出来るならば躊躇せず大胆な行動も取れる。まさにいまどきの若者といった感じでしょうか。監督は、従来の作品とは一味違った人物の成長の軌跡を克明に追うことで、今の社会を支え生きる人々の姿をヴィヴィッドに伝えています。まさしく、1人称で書かれた人間ドラマ。その生々しい鼓動は、性別、年代を超越して多くの観客の心を捉える事に成功しました。


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