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zoom RSS 人はそれを純愛と呼ぶのかー「罪人のおののき A Guilty Thing Surprised」

<<   作成日時 : 2012/05/08 11:48   >>

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“私は何が望みなのだ、と部下の警部氏が訊いていたが、私に答えを変えさせるようなことは何も起きていない。私は死にたい。”―「罪人のおののき A Guilty Thing Surprised」(ルース・レンデル Ruth Rendell: 1930年2月17日- )より抜粋


2008年3月15日付けAFPBBNewsに掲載された記事をここで抜粋します。同年3月13日に、ドイツ南西部カールスルーエの連邦憲法裁判所が、知的障害のある実の妹と家庭を築いたドイツ人男性の弁護団による、近親相姦を禁じる法律の破棄を求める訴えを却下したという事件ですね。





人と人が出会ってはじめて、友情にしろ愛情にしろ憎しみにしろ、様々な絆が結ばれていきます。しかしこと愛情に関しては、その絆はこれといった明快なカタチを成しません。なぜなら、愛のカタチは多種多様であり、しかもいかようにも姿と色合いを変える複雑怪奇な代物だからです。

この事件の背景にある問題は、非常に悩ましく結論の出ないものです。正直に申しまして、部外者がステュービングさんとカロリュースキさんの関係の是非を論ずるのは見当違いかとも思いました。

確かに、弱い立場の子供たちを家庭内性暴力から守る法律は絶対必要だと思います。悲しいことに、現代社会では近親相姦の大半は虐待に起因するものですから。ですが、それが成人した者同士の、完全なる合意の下で為される関係だったとしたら?その関係は、あくまでも法によって拘束されるべきなのか否か。法律上の是非というより、モラル、自意識の問題に論点が広がっていくでしょうね。つまり、個々人の考え方ひとつで解釈が変わってくるわけです。キリスト教の厳格なモラルに支配される西洋社会でも、近親相姦への対応はバラバラであるのが、逆にその問題の根深さを象徴しているように感じます。

古代日本では、兄妹姉弟間に生ずる愛情の境界線は非常に緩やかでした。古代エジプトでも、王家の血筋を絶やさぬように兄妹姉弟間で婚姻した例はいくつもあります。しかし時代が下り、グローバル化に伴って世界中の思想がマジョリティーに統一されてくると、こうした鷹揚さも駆逐されていきました。また、上記した記事中でも触れられていましたが、近親交配による出生異常という医学的な問題も(ヨーロッパの王室の婚姻の結果、子供に奇形や異常が多く見られた統計もある)、近親相姦をタブー視するのに大いに役立ったことでしょう。

ですが、人の感情はそう簡単にはコントロールできるものではありません。どんなにダメだと言われても、やはり好きになってしまったものはいかんともしがたいのです。ステュービングさんとカロリュースキさんに関しては、ドイツのみならずヨーロッパ中のメディアが取り上げていて、私もあちこちの記事を読んでみましたが、近親相姦は違法だと定義づけている英国ですら、割と同情的な扱いでしたね。
特に2人の不幸な生い立ち―幼い頃に引き離され、互いの存在も知らずにいた―は、彼らが次第に結ばれていくに充分な理由たりうると考えられているようです。この2人の関係は、本人達がすべてを承知した上で、なにもかもを覚悟した上でのものなのでしょうから、できるならばそっとしておいてあげたいというのが人情です。ただ、カロリュースキさんに知的障害(どの程度のものかはわかりませんが)があること、彼らがもうけた子供のうち2人になんらかの障害があることが、おそらく裁判所の態度を硬化させている要因なのではないかと思います。いずれにせよ、人の愛情の不可思議を感じずにいられない出来事でした。


実は、このニュースを知ったとき、真っ先に思い出したのがこの小説です。

罪人(つみびと)のおののき (創元推理文庫)
東京創元社
ルース・レンデル

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「罪人のおののき A Guilty Thing Surprised」
ルース・レンデル Ruth Rendell:原作 成川裕子:訳
(創元推理文庫)  

英国ミステリ界の重鎮ルース・レンデルの筆による、人気ミステリ・シリーズ「ウェクスフォード警部シリーズ」のひとつ、「罪人のおののき」(1970年発表)ですね。

マイフリー館に住まう、裕福でインテリのクェンティン・ナイチンゲールと美しい妻エリザベスは、互いに深く愛し合う非の打ち所のないカップルであった。彼ら夫婦の近くには、エリザベスの弟でワーズワスの権威であるデニス・ヴィラーズとその妻ジョージーナも住んでいた。また夫婦は、オペア・ガールとしてカッチェという年若い留学生を屋敷に置いてもいた。ところがある夜、エリザベスが森の中で殴殺されるというショッキングな事件が起きる。ほどなくエリザベスの遺書が見つかり、財産をなんと庭師のロヴェルに与えるものとし、宝石類はジョージーナに譲ると明言していた。しかしエリザベスの宝石は、すべてまがいものにすり替えられていた。また、エリザベスが死んだ当夜、真夜中にふらりと散歩に出かけていたこともわかる。彼女はそんな時間にどこへ行こうとしていたのか。また、彼女はなぜロヴェルを恐れていたのか。そして一体になにに金を使っていたのか…。
符合しない謎の断片がいくつも現れ、ウェクスフォード主任警部の経験と勘は、真相を求めて活動を開始する。納屋の中にあった懐中電灯が凶器だと断定された。つまり、エリザベスを殺めた者は、発作的にごく身近にあった物を手に取り、激情的に殺人を犯したことになる。粘り強い捜査の結果、クェンティンとエリザベスの夫婦仲の実際と、デニスとジョージーナの嘘の供述が暴かれていく。クェンティンはカッチェと浮気していたし、姉弟仲が最悪だったと噂されるエリザベスとデニスも、実際のところそうではなかったようにも思われる。エリザベスを巡る複雑な愛憎関係にロヴェルがどのように絡んでくるのか。また、ウェクスフォードたちが尋問を行うたびに失神するジョージーナは、事件に関わっているのか。それらのこんがらがった人間関係を、ウェクスフォードは持ち前の深い洞察力で丹念に解き明かしていく。やがて彼がそのすべての関係を白日の下に晒したとき、事件の真実も明らかになった。


ルース・レンデルの真骨頂ともいえる、登場人物の造形、心理描写のすさまじさ。人間の深層心理の襞を顕微鏡で見つめるような、微細にして丹念な、しかしどこか冷淡な筆致は、レンデルが人間存在へ向けるまなざしの冷厳さを物語っていますね。

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- shared from Wikipedia via Tim Duncan
この方のミステリ作品は大きく2分されます。シリーズ物(ウェクスフォード主任警部が活躍する)、ノン・シリーズ物(特定の探偵役を設定せず、心理ドラマ的要素が非常に強い)ですね。海外で人気があるのは、やはりサセックス州キングズマーカム警察署主任警部、レジナルド・ウェクスフォードが登場するシリーズの方なのですが、個人的にはノン・シリーズ作品の重厚かつ濃密なドラマ構成も大好きです。フランスで映画化されて驚いた(笑)「ロウフィールド館の惨劇」など、名作が多くありますね。ファンにはあまり高い評価ではないのですが、学生時代涙ながらに読み終えた「殺す人形」など、個人的に忘れがたい作品が多いのもノン・シリーズ物の方です。レンデルは他にも、バーバラ・ヴァイン名義でミステリ色が弱冠薄い作品群も旺盛に執筆しています。

さて、これはあくまでもミステリ小説なので、ここでネタバレしてしまうのは大反則なのはわかっております(笑)。ですが、先にご紹介したステュービングさんとカロリュースキさんの一件に絡めておりますので、あえて書いてしまいますね。

つまり、殺されたエリザベスと仲の悪いはずの弟デニスが、姉弟であるにもかかわらず相思相愛の仲になってしまったことが全ての悲劇の根源であるのです。彼らは幼い頃引き離されて育っており、成人してから再会しました。デニスはエリザベスの翳りのある美貌と馥郁とした魅力、知性に惹かれ、あっというまに恋に落ちてしまいます。ところがエリザベスの方は、デニスが自分の弟であることを前々から承知していました。それなのにいわくありげに弟に近づき、弟が自分に恋したことを確認した上で、自らもいつの間にか弟を愛してしまったわけです。
2人は人目を忍んで森の中で密会を重ねますが、ある日その様子を庭師ロヴェルに目撃されてしまいます。ロヴェルのゆすりが始まり、エリザベスは密かに宝石を売り払わねばならなくなったのですね。そしてデニスとエリザベスの関係を怪しんだジョージーナは、あの夜彼ら2人の密会を覗き見て…。古典好きのウェクスフォードがいみじくも引用してみせたように、“疑いは彼女のように独占欲の強い女の場合は、そのまま行動に結びついた”のですね。
…いかがでしょう?男と女の“愛”に対する想いの深さの違い(あるいは覚悟の度合いの違いというべきか)、またそれ以上に、愛の不条理を思わずにいられない一遍です。

ウェクスフォードは、事件の捜査中人間社会の悲喜劇を目の当たりにするたび、大好きな古典文学からの引用を一節口ずさみます。リアリストの部下バーデンからはただ呆れられるだけのこの彼のクセは、しかしこのお話においては、非常に格調高くまた哀切なる味わいを物語全体に付与していますね。

人が情事と呼び、神が姦淫と呼ぶそれは、暑い国では当たり前のことなのだ―バイロン

エリザベスは一体どんな気持ちで弟デニスと対峙し、禁断の感情を自らの中でどのように処理していたのでしょうね。レンデル自身は、ウェクスフォードにこのような引用をさせて説明していますが、果たしてエリザベスはそんなファム・ファタールであったのでしょうか…。物語の中では、エリザベスとデニスの関係において主導権を握っていたのは、明らかにエリザベスの方だとされていました。ですが、人を愛するということは論理的な説明のつかない行為であります。ひょっとしたらエリザベスは、最初こそ禁断の木の実を食べるスリルに快感を覚えていたかもしれませんが、それは未知の深淵を覗き込む危うさをも孕みます。弟との抜き差しならぬ関係は、次第に底なしの闇に彼女を引きずり込む結果となりました。

恋愛は幸福を殺し、幸福は恋愛を殺す。―ミゲル・デ・ウナムーノ・イ・フーゴ(Miguel de Unamuno y Jugo; 1864年9月29日-1936年12月31日)

ワーズワースの権威といえど、デニスはしがない一介の研究者にすぎず、経済的にも豊かではありませんでした。なにより、育ちの悪い場末の女ジョージーナを妻にせねばならなかった事実が、彼のこれまでの失意の人生を物語っています。

わたしはひとり静かに過去の世界に生きていたいのです。

おそらくデニスにとって、エリザベスの存在だけが彼と現世を繋ぐよすがであったのでしょう。彼には、ジョージーナを含むこの世のしがらみはまるで意味のないものでした。エリザベスこそが生きる意味の全てだったのです。ジョージーナに背信を知られないように行動したのも、妻への罪悪感からというよりは、むしろエリザベスと共有する甘美な秘密を邪魔されたくないとの意識が働いたせいかもしれませんよね。とはいえ、エリザベスとの関係はやはり禁忌以外の何物でもないわけで、そのことがデニスの良心を始終苦しめます。デニスがジョージーナに対して初めて伴侶らしい感情を取り戻すのは、彼女がエリザベスを殺害したとわかったとき。彼女へのせめてもの罪滅ぼしのために、ウェクスフォードに一貫して嘘の供述を行ったのです。

人間は、ダーウィンの進化論がとんでもない暴論、人間への侮辱に思えるほど、他の生き物よりはるかに高等になっていながらそれでいて、最も強い本能、自己保存の本能だけはいまだに他の動物と変わりない。周りじゅうが破壊された中にあって、彼はなお逃げ込む場所を捜し、たとえ爆撃にさらされていようと、まだ間に合うと希望にしがみつく。

デニスとエリザベスは、彼らの関係をロヴェルに知られるところとなっても、なおも別れがたく結びついていました。もはや2人の関係は、単なる恋愛感情を通り越し、魂と魂との融合と呼べる領域にまで達していたと思われます。確かに、それが禁じられたものだからこそ余計に燃え盛ったのかもしれませんが。ことほどさように、愛ほど不確かで予想外のものは他にありえないのですね。

さて、レンデルのウェクスフォード・シリーズは、英国でテレビドラマとして映像化されています。確かビデオ発売された際、私も観た記憶があるのですよ。デニス役をナイジェル・テリーが演じていました。


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「ルース・レンデル・ミステリー/ウェクスフォード警部シリーズ2 罪人のおののき A Guilty Thing Surprised」(1988年製作)(劇場未公開・ビデオ発売)
監督:メアリー・マクマーレイ
原作:ルース・レンデル「罪人のおののき」
脚本:クライヴ・エクストン
出演:ジョージ・ベイカー(ウェクスフォード主任警部)
クリストファー・レイブンスクロフト(バーデン警部)
マイケル・ジェイストン(クェンティン・ナイティンゲール)
キャサリン・ニールソン(エリザベス・ナイティンゲール)
ナイジェル・テリー(デニス・ヴィラーズ)
カレン・ミーガー(ジョージーナ・ヴィラーズ)他。

なにぶん、大昔に観たきりの記憶ですので確かなことは言えないのですが、繊細で神経質そうな風貌のナイジェルが、小説のデニスのイメージそのままで嬉しかったのを覚えています。英国でもDVD化はされていない模様で、国内版ビデオもレンタルのみでの扱いであるようですね。ぜひもう一度観てみたい題材なので残念です。また、2008年に急逝されたアンソニー・ミンゲラ監督なら、この物語から一体どんな映像を作ったでしょうね。実現不可能な望みですが、大変興味が涌くところです。


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