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zoom RSS 愛は田園の彼方に―「ミス・ポター Miss Potter」

<<   作成日時 : 2016/04/25 22:18   >>

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20世紀初頭。ヴィクトリア調の古い封建制度を色濃く残すここロンドンでも、新しい時代への潮流は起こり始めていた。
裕福な法廷弁護人のルパート・ポターを父に持つビアトリクスは、上流階級の女性は結婚して家庭に引きこもるのが当前とされた時代に、アーティストとして自立する術を模索していた。彼女は、子供時代を過ごした美しい湖水地方に住む動物達を主人公にした絵本を出版したいと願っていたのだ。32歳にもなって独身のままの娘を心配する母親ヘレンは、良家の子息との縁談を彼女の元に次々と持ち込むが、ビアトリクスはそのどれもに色よい返事を返さない。

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ビアトリクスは、青い上着をはおった可愛らしいうさぎピーターラビットを主人公にした絵本のスケッチをもって、出版社ウォーン社を訪れる。ウォーン社のオーナー兄弟は、出版の仕事は未経験であった末の弟ノーマンに、ピーターラビットの絵本制作を任せることにする。ビアトリクスの精緻かつ温もりを感じさせる画風と、動物達のおりなす田園物語に深い感銘を受けたノーマンは、絵本制作に燃える彼女の良き理解者となった。そして、2人は二人三脚でピーターラビットの世界に新しい魂を吹き込み、美しい絵本を作っていく。
ビアトリクスは、ノーマンの姉ミリーとも意気投合しすっかり打ち解ける。彼女は一度も家庭に束縛されることなく、身軽に人生を楽しむいささか風変わりな女性だったが、自立を目指す斬新なビアトリクスとは考え方も共通していた。ノーマンの母も実に気さくな人物で、ビアトリクスは新しく広がった世界に夢中になる。
ついに完成したビアトリクスとノーマンの努力の結晶「ピーラーラビットのおはなし」は、たちまち大評判を呼ぶ。これに勇気付けられ、一層意欲を掻き立てられたビアトリクスは、ノーマンの後押しもありピーターラビットのシリーズ化に踏み切った。着々と、画家として絵本作家としての基盤を築いていくビアトリクスであったが、面白くないのは母へレンである。良家の子女として嫁ぐこともせず、嬉々として下層の女のように働く娘をどうしても理解できなかったのだ。絵本制作など、彼女にとってはとるにたらない“商人”のやることだった。だから、ビアトリクスがノーマンとミリーをポター家のクリスマス・パーティーに招待しようとすると、ヘレンは目を剥いて激怒したのである。かつて画家に憧れた父ルパートのとりなしで、なんとかウォーン姉弟はポター家のドアをくぐることを許された。
食卓ではきまずい空気が流れたが、ビアトリクスとノーマンは共に手に手をとってダンスをする。ノーマンは不器用に彼女への求婚を口にし、驚いたビアトリクスの胸にもその言葉は刻みつけられた。2人はいつしか心を通い合わせていたのだ。ヘレンの邪魔立てにもかかわらず、ビアトリクスは去り際のノーマンの耳に“イエス”と答えるのだった。
ビアトリクスとノーマンの恋が明らかになると、ポター家は大騒動に見舞われる。身分違いの結婚を頑として受け入れない母へレンと、今は上流階級のポター家もかつては商家であったと理屈を並べ、一歩も後へ引かぬビアトリクス。いがみあう2人の女性に挟まれて困惑した父ルパートは、ひとつの妥協案を娘に示した。今年の夏も家族で湖水地方に滞在し、ひと夏をノーマンと離れて暮らしてみてはどうかというのだ。秋が来てロンドンに戻ってきても、彼女にまだ心変わりがなければ、2人の恋を本物と認めて結婚を承諾しようと。しかし万が一、2人の間に別離が訪れても余計な騒ぎを引き起こさないよう、ノーマンの家族には求婚のことを内密にしておくことになった。ビアトリクスの世間体を慮ってのことだ。お互いへの愛情に確信を抱いていたビアトリクスとノーマンは、ルパートの提案を受け入れる。
雨がそぼ降るプラットホームで、2人ははじめて口づけを交わし、はじめて互いの名前をファーストネームで呼び合う。汽車がロンドンを離れても、2人の間には膨大な数の手紙が行き交い、その愛情は永遠に続くかと思われた。だがある日を境にノーマンからの往信がふつりと途絶えてしまう。それはビアトリクスに絶望と、新たな人生への第一歩を踏み出させる勇気を与えた。

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「ミス・ポター Miss Potter」(2006年製作)
監督:クリス・ヌーナン Chris Noonan (「ベイブ Babe」)
脚本:リチャード・モルトビー・Jr
撮影:アンドリュー・ダン
美術:マーティン・チャイルズ
衣装:アンソニー・パウエル
音楽:ナイジェル・ウェストレイク
追加音楽:レイチェル・ポートマン
主題歌:ケイティ・メルア
出演:レネ・ゼルウィガー(ビアトリクス・ポター)
ユアン・マクレガー(ノーマン・ウォーン)
エミリー・ワトソン(ミリー・ウォーン)
バーバラ・フリン(ヘレン・ポター)
ビル・パターソン(ルパート・ポター)他。

世界中で、子供達はもちろん大人にまで愛され続けている、ピーターラビットの物語。今やピーターラビットは絵本の世界を飛び越えて、広くアートの分野にまで定着していますよね。私自身も、愛らしいピーターラビットの絵柄のついた皿やティーカップを、友人への贈り物にしたことがあります。
今や失われつつある古き良き英国の田園を舞台に、そこに住まう動物達の織り成す微笑ましい物語は、実は1人の先駆的な精神を持った女性の苦悩から生み出されたものでした。原作者ビアトリクス・ポターが実際どんな人生を歩んだのかは、案外知られていないことではないでしょうかね。かくいう私も、この映画を観るまでは、ポター女史自身にさして興味を持ってはいませんでした。しかし、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、英国の貴族制度が終焉に向かいつつあった混沌の時代に、古い因習と闘い、ついに決別した女性の苦難の歴史が裏に秘められていたことがよくわかりました。ポター女史もまた、歴史に足跡を残す多くの女性同様、真の自立を求めてその時代と戦った先駆者であったのです。
この映画では、ポター女史が絵本作家として名声を得て、生涯の恋を失った後の人生を新しい目標に捧げる様が過不足なく描かれています。彼女は実は、後半生を田園保護に捧げた、環境保護運動家の先駆けでもあったのですね。ポター女史は後に、湖水地方一帯の景観を守るため、土地を買い取って農場を作ります。自らの死後は、それらの維持・管理を設立間もないナショナル・トラストに委ねました。一般から寄付金を募って自然地や歴史的建造物を買い取ったり、その所有者からの寄贈や遺贈を受けることによって、それらを後世に残すというナショナル・トラストの活動の基盤が、ポター女史の行動によって出来上がったのですね。元々ナショナル・トラストは、産業革命著しい19世紀末の英国で、急速に破壊されていく自然や歴史の古い建造物を守ろうと奮起した3人の市民によって立ち上げられました。寄付金制度が法制度化された1895年に、非営利法人として「ザ・ナショナル・トラスト」という組織が正式に始動。現在英国ナショナル・トラストでは、合計400件あまりの庭園や建造物、25万ヘクタールほどの土地、 1100キロメートルに及ぶ海岸線の景観を維持、管理しています。日本では、1964年に鎌倉市民の運動によって、日本ナショナル・トラストが発足しています。

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さて、映画の上映時間そのものは90分あまりと短く、世界の絵本史に大きく輝く巨星ポター女史の伝記物語としては、あまりに淡々としすぎていて少々食い足らないきらいもあります。ですがまあ、もっと丁寧に彼女の人生を描こうとすれば、おそらく何時間もの時間が必要になるでしょう。女史の生き方とは、当時の封建的な社会に於いては非常に異色であり、まさに昨今のキャリアウーマンたちの先駆者です。どんなことであっても、誰よりも最初に行う人間が、多大な苦労と犠牲を払うのは世の習い。女史も、愛に恵まれた結婚や家庭といった、女性の喜びは諦めねばなりませんでした。女史と世間の因習との間にあった軋轢、また親との葛藤、あるいは彼女自身の中にもあったと思われる苦悩は、実際にはもっと暗く厳しいものであったと想像できます。
しかしながら、女史は意志の強い人間であったのでしょう。将来への確固たるビジョンがあり、一度掲げた志を理解し、そのためならば己の人生の苦しさなど乗り越えられる力を持っていました。理解者であったノーマンとの束の間の愛と別離の描写は、ことさら強調されることなく物語の中でさりげなく触れられますが、だからこそ余計に、この力強い女史の胸の中に秘められた嗚咽が伝わってきましたね。私には、ヌーナン監督の抑制された演出が、却って女史の苦悩を増幅していたような気がします。
己の苦難を微塵も出さずに、あるいはそれをも肥やしにして、女史はピーターラビットの物語を描き続けます。架空の産物たるピーターラビットが絵本から抜け出して、ポター女史と立ち並ぶシーンは印象的でしたね。世界中の子供達の部屋の中で、今でも同じようなシーンが繰り返されているわけですから。絵本の世界のピーターラビットに命が吹き込まれ、逆に創造主である女史の心を癒し、同時に多くの子供達の心をも癒していく魔法。それこそが、本を書き、本を読むことから得られる最高の喜びでしょうね。以前「パンズ・ラビリンス」の記事で、空想と現実の軋轢にこそ芸術が生まれると書きましたが、この女史の場合も同じだと思います。愛する人を失った悲しみと、彼女にまとわりつく様々なしがらみといった苦難が、彼女をして旺盛な創作に向かわせたのです。女史が湖水地方を守るために立ち上がったのも、その延長ではないでしょうか。
ノーマンに注がれていた彼女の愛は、後半生では湖水地方の自然を、開発という名の自然破壊から救うことに向けられます。海に囲まれた狭い国土を成す日本でも、美しい景観が開発事業の犠牲になって消えていきました。自らの身体を張って湖水地方を守った女史の行動には、私たちが見習わねばならないガッツがあるように思いますね。

監督を手がけたクリス・ヌーナン Chris Noonanは、オーストラリア出身のドキュメンタリー映画畑のフィルム・メイカーです。そして、アニマトロニクス技術を駆使したあの驚異の動物映画「ベイブ Babe」を生み出した人物でもあります。子供向けと思われたその作品は、アカデミー賞7部門にノミネートされたことからも分かるように、寧ろ大人のための寓話でありました。社会から失われつつあるもの…美しい自然といった有形のものから、他者を思いやる心や真の勇気という無形のものまで…を守ることの大切さを、さりげないユーモアの中に飄々と描いてみせたのです。ヌーナン監督は、「ベイブ」の世界的な成功の後も、安易に商業主義に流されることなく、納得できる題材に出会うまでは決してメガホンをとりませんでした。その結果、実に11年ぶりの商業用長編映画監督作になったのが、この「ミス・ポター」であったのですね。劇中、絵本で描かれるそのままのピーターラビットが動き出し、女史と対面するユーモラスなシーンは、「ベイブ Babe」クリエイターの面目躍如といったところ。

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この作品におけるもうひとつの主役は、英国の湖水地方の景観でしょう。実際に、女史が購入して農場を営んでいた地にロケすることで、情感溢れる風景をスクリーンに写し取ることができました。これがあったからこそ、物語に説得力が付加されたといえるでしょうね。“ピーターラビットのふるさと”は、その後ナショナル・トラストの手によって保全され、今も世界中から訪れる観光客の目を楽しませています。この作品では、ポター女史ゆかりの場所でのロケを多用し、20世紀初頭の英国の情景を香り豊かに再現しています。

ポター女史を演じたのは、「ブリジット・ジョーンズの日記」等のレネィ・ゼルウィガー Renee Zellwegerです。白状しますと、私は現代女性を演じる際の彼女があんまり好きではありません(笑)。なんだか、肩と顔に異常に力が入っていて、ちょいとばかり自意識過剰になっているのではないかと思えるんですよ。まあ、彼女が有名になった役柄がそういうキャラクターだったといえばそれまでなのですがね。しかし、山出しのタフな女を演じた「コールド マウンテン Cold Mountain」(2003年)での演技は良かった。彼女の演技の素地にぴったり合った役柄だったんでしょうね。

果たして「ミス・ポター Miss Potter」でのゼルウィガーはどうだったか。

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これが本当に素晴らしかったのですよ。彼女を見直しました(笑)。

おそらく当時の女性観においては、充分に“浮いた”存在だっただろうポター女史は、常に世間に対し肩肘張って対抗する姿勢を貫いていたと思われます。社会の中で、“私は大丈夫。立派にできる”と証明し続けねばならないのですからね。内心では辛くても、それを表に出してはいけない。女史の誇り高いプライドと強い意志を、口数は少なくともそのまなざしの厳しさに込め、ゼルウィガーは好演でした。全体的に抑制の効いた演技の中で、悲しみと喜びと希望という複雑な感情の発露を、実にうまくやってのけていましたよ。

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また、ポター女史について書かれた文献は今のところあまりないのですが、自分が読んでみた中でこれが一番わかりやすい内容でした。ポター女史の世界を知る手引書として活用されてもいいでしょう。



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ミス・ポターとピーター・ラビット。


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