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zoom RSS 夢かうつつか幻か…「ダスト Dust」が描く“物語”

<<   作成日時 : 2014/12/15 00:59   >>

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1991年のデビュー作「ビフォア・ザ・レイン Before the Rain」で、ベネチア国際映画祭金獅子賞を含む10部門を独占、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた上に世界中で30以上の賞を獲得したという、マケドニア出身の監督ミルチョ・マンチェフスキーの7年ぶりとなる第2作目です。

何故突然この作品を発掘する気になったかといいますと、ナショナル・シアター・ライヴ2014 National Theatre Live in Japan 2014のトリを飾る舞台「オセロ Othello」(ニコラス・ハイトナー演出、エイドリアン・レスター主演)の劇場上映を観て衝撃を受けたからです。この舞台では、これからご紹介する「ダスト Dust」にエッジ役として登場するエイドリアン・レスターがタイトルロールを演じます。イアーゴ役はローリー・キニア。この二人の火花散る演技対決も見応えがありましたが、エイドリアン・レスターの体現するオセロが素晴らしかった。戦いの神マルスのような威風堂々たる顔、部下に騙され、あらぬ猜疑心、嫉妬、怒り、憎しみに怯え衰えていくハデス神の顔。その矛盾する感情に引き裂かれる男の肖像を、剛直さ、正直さ、誇りといった美徳がみるみるうちに猜疑心に呪われて腐り落ちる様を、陰影に富んだ複雑で繊細で、時にマグマのように爆発する力強さで見事に演じました。シェイクスピアが思い浮かべていたであろうオセロという人物を、まさに今の感覚で、現在を生きる人物として鮮やかに表現していたのです。

そんな緩急自在の演技巧者エイドリアン・レスターに魅了された方がおられれば、彼がチンピラだけどお人好しな青年役で登場する「ダスト Dust」をぜひご覧になって見てください。


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「DUST」(2001年製作)
監督:ミルチョ・マンチェフスキー
製作:クリス・オーティ他。
脚本:ミルチョ・マンチェフスキー
撮影:バリー・アクロイド
音楽:キリル・ジャコウスキー
出演:ジョセフ・ファインズ(イライジャ)
デヴィッド・ウェナム(ルーク)
エイドリアン・レスター(エッジ)
アンヌ・ブロシェ(リリス)
ニコリナ・クジャカ(ネダ)
ローズマリー・マーフィ(アンジェラ)他。

「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズにファラミア役で出演したデイヴィッド・ウェナムが主演している作品でもあります。実際私も、彼が荒くれカウボーイに扮しているから、という不純な動機で鑑賞したのですが(笑)、奇妙な味わいのあるストーリーでしたね。映画として決してきちんと整理された作りにはなっていないし、ラフで独り善がりな描写も目立ち、ストーリーを咀嚼するのに時間がかかるといった欠点も見受けられます。しかし、それを補って余りある不思議な魅力があることも確か。

画像

現代のニューヨークを舞台に、大きな歴史の流れの中に埋没していく多くの名もなき民の“物語”を、瀕死の老婆から全く無関係の黒人青年へ“語り継ぐ”という形で紡いでいくわけです。映画は、老婆の意識の流れそのままに、彼女の背負ってきた彼女個人の歴史を描いていきます。聞き手の青年から「そりゃウソだろ?!」と突っ込まれれば、都合のいいように場面を脚色したりして。青年は、老婆が持つという価値のある金貨欲しさに、渋々ながら彼女の昔話に付き合うわけですが、いつしか金貨よりも彼女の物語の方へ惹きつけられていくのですね。すぐそこまでお迎えが来ている状態の老婆は、息も絶え絶えながら、自分自身の物語…つまり歴史を形作る小さな1ピースでしかない個人史をこの世に残したい一心で語り続けます。しかし、彼女の生い立ちの核となる部分を語り終える前に、彼女は死んでしまいました。残された青年は、身寄りのない彼女の遺言を全うしてやり、彼女が語ることの出来なかった物語の結末を、自分なりに解釈して新たな希望をそこに付加するのです。そして、偶然飛行機で隣り合った席の女性に、自らそれを語り始める。老婆の物語を引き継ぎ、今度は自身が語り部になることで、社会の中でくすぶっていた青年は自分の人生を新たに生き直すことになったのですね。

マケドニア独立に関する革命の歴史が物語の中心になるため、かなり血なまぐさいシーンもあり、さらにはセックス描写もかなり露骨。レイティングはPG-12でしたが、それは低すぎる気もします (笑)。革命軍、トルコ政府軍入り乱れての戦闘シーンはかなりラフで、どちらが味方でどちらが敵かわかりません。しかも人があっというまにばったばったと殺されていきます。死体にはすぐに蠅がたかり、“死”をまざまざと実感させます。まあ、実際の現場もこのような混乱振りだったのでしょうね。火薬庫とまで揶揄されたバルカン半島の歴史を知っておくと、また一段と感銘を受けるのかもしれませんが、この作品の主眼はむしろ“物語を語ること”の面白さ(といっては語弊があるでしょうか)だと思います。老婆の語る個人史だって、どこまでが創作でそこまでが真実かわからないですしね。それでも、歴史の中に埋没してしまう運命の私たちの物語が、聞き手を得て俄然生き生きと輝き始めるマジックは、なににも換えがたい魅力だと思いませんか?

夢かうつつか幻か。事実と想像の危うい境目で物語を語ることの誘惑を、つくづくと思った一日でした。


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