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zoom RSS 「ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくい…について教えましょう」Part1

<<   作成日時 : 2011/04/06 07:55   >>

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ねえ、愛しい君、一緒にイイことしようよ。


ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう [DVD]
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「ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう Everything You Always Wanted to Know About Sex* (*But Were Afraid to Ask))」(1972年製作)
監督:ウディ・アレン
製作:チャールズ・H・ジョフィ
製作総指揮:ジャック・ブロドスキー
脚本:ウディ・アレン
撮影:デヴィッド・M・ウォルシュ
音楽:マンデル・ロウ

第1話『媚薬に効能ありや』
出演:ウディ・アレン(道化師)
リン・レッドグレイブ(王妃)
アンソニー・クエイル(国王)

中世のとある古城。素晴らしい戦果を挙げた国王は、宴席でことのほかご機嫌である。国王は余興に道化師を呼ぶが、このチビでブサイクでメガネをかけた冴えない風貌の男は、全く笑えないギャグを連発。ついに怒り狂った国王は、呆れ顔の王妃と共に宴席を去ってしまう。
道化師はこの美しい王妃にゾッコンだった。募る想いをなんとか伝えようと奮闘するのだが、ドンくさい彼のやること、全て裏目に出てしまう。思い悩む彼の前に、ある晩彼の父親の亡霊が現れた。彼から勇気を与えられた彼は、怪しげな呪術師の元を訪れ、即効性の媚薬を手に入れる。媚薬を王妃に飲ませて惚れさせようという魂胆だ。しかし、国王にこの企みがバレればもちろん彼の命はない。道化師は決死の覚悟で下僕達をだまくらかし、王妃の寝所に媚薬を運んだ。果たして媚薬を飲んだ王妃は熱烈に道化師を欲し、2人もろとも閨に倒れこむ…。が、嫉妬深い国王は、浮気防止のため王妃に金属製の貞操帯を穿かせていた。折角のチャンスを逃してなるものか。道化師は貞操帯をこじ開けようと悪戦苦闘。そこへ、不審な物音に気づいた国王がやってくる。道化師は王妃の助けを借りてこのピンチを乗り切ろうと試みるも、とうとう運が尽きた。結局彼は、愛しい王妃をモノにすることも叶わぬまま、哀れ打ち首の刑に消えるのだった。

シェークスピアの名作「ハムレット」の低脳お下劣バージョンと考えていい。道化師=ハムレットである(同じ土俵で比較するな、との怒りの声が聞こえてきそう)。ただ残念なことに、スケッチの内容そのものはご本家ほどには面白くない。アレン御大自身がシケた道化師役で頑張るが、そのシケた役柄同様演技にも精彩がない。貞操帯をはずそうとして余計ドツボに嵌る道化師と王妃の掛け合いがリズミカルでよかったが。最後、道化師ハムレットは、“結局なんにもヤッちゃいないんだ!”と嘆くが、よく考えてみれば、ご本家ハムレットだって前向きなことは何一つヤッちゃいない。あいつはただただ周囲の人間を翻弄し、破滅させていただけにすぎない。シェークスピアの出身国英国では、名門俳優一族の出であるリン・レッドグレーブのコケティッシュな美貌と、ナイスバディには驚かされた。


第2話『ソドミーとは何か? What is Sodomy?』
出演:ジーン・ワイルダー Gene Wilder(ロス博士)

画像

ロス博士は内科の名医であった。来る日も来る日も、彼の腕を頼ってやってくる患者の応対に追われている。だが富と名声を一手ながらに享受する彼は、美しい妻とともに充実した日々を送っていた。ある日、彼の診療所に奇妙な患者がやってくる。ミロスと名乗るその山だしの男は、放牧を営む農民であった。なんと彼は、飼っている雌羊のデイジーと熱烈に愛し合ったというのだ。長く厳しい放牧の無聊を慰めるためであったのだが、彼はやがてデイジーにのっぴきならない本気の恋をした。最初は良かった恋愛関係も、しかしデイジーの心変わりで終りを迎えそうだ、と純朴そうな顔で必至に言い募るミロス。ロス博士はこの頭のおかしい男に精神科を受診するよう言い含めるが、頑固な田舎者は屈しない。デイジー本人(本羊)をロス博士の前に連れてくると、彼女にミロスの元へ戻るよう説得してくれと、真剣に訴えるのだ。羊相手になにを説得しろというのだ!私は獣医じゃないぞ!…ところが、デイジーを一目見たロス博士は、彼女のえもいわれぬ色香と可愛らしさにあっというまに心を奪われてしまう。そして、言葉巧みにデイジーだけを診察できるよう計らい、ミロスとデイジーを引き離すことに成功する。

その日のうちに高級ホテルで愛を確かめ合ってからというもの、ロス博士とデイジーの逢引は頻繁になるばかり。デイジーに惚れこんだロス博士は、彼女に最高級の牧草と宝石をプレゼントする。しかしこの奇妙で甘美な不倫関係は、やがて夫の異変に感づいた妻によって脆くも崩れてしまった。マスコミに獣との関係をすっぱ抜かれたロス博士は裁判にかけられ、名声は地に堕ち、妻に全ての財産を奪われる。なにもかも失ったロス博士は、場末のダイナーでウェイターをして糊口をしのぐようになったが、それでもデイジーと2人(1人と1匹)きりの蜜月にささやかな幸福を感じるのだった。ある日、帰宅したロス博士はデイジーの姿が消えていることに気づく。デイジーの居場所を突き止めたミロスがやってきて、彼女を連れ去ったのだ。絶望したロス博士は、放心状態で街中をさまよい、道端に座り込んでウール衣類用の洗剤を飲み干すのだった。

恐らく全7エピソード中、最も異常かつ、最も不憫なる愛の物語であろう。ひょんなことで出会うことになった名内科医ロス先生と、美羊デイジーの愛の流転。これ、デイジーを美しい人間の女性に置きかえれば、ごく普通のメロドラマになってしまう。しかし、それでは性の奥深い神秘を探る冒険には物足りぬというわけか。どちらかというとジーン・ワイルダーは苦手な俳優であったが、今作を観て、彼の繊細な演技、侘しさを一層感じさせる佇まいに感心してしまった。彼の存在感なくしては成り立たない寓話である。ヒトが一方的に羊に入れあげる過程のむずがゆいような可笑しさ、そのせいで転落していく男の哀れな純情の物悲しさ。異常な愛に走る人間を嘲笑すべきエピソードであるのに、ウール用洗剤を安酒代わりに飲む男に、私たちはいいしれない共感を覚えてしまう。男の完璧な美人妻よりも、モコモコの毛皮を纏ったデイジーの方がいっそセクシーに見えてくるのはなぜか。現代社会に生きる人間は、もはや同じ人間相手には正常な関係を結ぶことはできないのだろうか。それを“変態”と呼ぶならば、私たちは皆、どこかしら変態的な部分を持っているのかもしれない。


第3話『エクスタシーは所選ばず』
出演:ウディ・アレン(ファブリツィオ)
ルイーズ・ラッサー(ジーナ)

プレイボーイで鳴らした典型的なイタリア産伊達男ファブリツィオは、ついに理想の伴侶を見つける。女神の名前はジーナ。金髪、グラマーで愁いを帯びた美女だ。結婚式を終えて待ちかねた初夜を迎えるファブリツィオだが、ここで思わぬ誤算が生じる。彼の女神はベッドの上で何の反応も示さないのだ。ファブリツィオは男の沽券にかけて一晩中頑張ったものの、夢見た初夜は味気ない結末となった。
ファブリツィオは、艶事に滅法詳しいファッション・カメラマンの親友に相談を持ちかける。親友の助言は、“その気になる”のに時間のかかる女もいるという、なんとも頼りないものだった。女がその気にならないのは男の責任、とにかくここだというポイントを見つけるまで時間をかけろと促される。しかし、ファブリツィオの不眠不休の努力にもかかわらず、またしてもジーナの身体は無反応。ファブリツィオはとうとう神父にまで縋ってみるが、神の慈悲は男女の寝所にまでは及ばないらしい。
だが思わぬところで幸運の女神がファブリツィオに微笑む。ジーナと一緒に出かけたオシャレな店の中で彼女に何気なくつぶやいた愛の言葉が、彼女を異常なまでに燃え立たせたのである。なんとジーナは、人目がある場所でないとさっぱり燃えないという、実に困った性癖の持ち主だったのだ。ファブリツィオの親友は“行き過ぎ”を警告する。ジーナを駆り立てるのは罪悪感と緊張感であろうが、おおっぴらな場所でコトに及ぶなど言語道断な行為、警察にしょっぴかれる危険がある。だが愛しい妻のセクシーな姿を見るにつけ、ファブリツィオもついつい絆されてしまう。レストランの中で、教会の懺悔室の中で、挙句の果てには大勢の人間が集まっているパーティ会場で…。ジーナとファブリツィオの冒険は、更なるスリルを求めてますます危険値を高めていく。結局ファブリツィオもジーナのやり方に慣らされていくのだった。

アレン御大が登場した第1話はちょっと期待はずれの出来だったが、これはどうだろう。イタリアの典型的プレーボーイをあの風体で、しかもイタリア語で演じる御大は相当怪しく見えて素晴らしかったのだが。やっとモノにした美しくもセクシーな女神が、実はとんでもない変態だったというオチ自体は、まあ70年代によくあった艶笑譚の焼き直しだが、ファブリツィオと彼を取り巻く人々の関係や、妻ジーナとのかみ合わない関係が実にテンポ良く描かれていて楽しく観ることができた。なにしろあのアレンが、イタリア語(結構サマになっていた)を甘い声でしゃべっていることが既にもうお笑いであろう。御大自身も気持ち良さそうに演じておられて、生き生きとしていた。妻を燃え立たせようと必死になるプレーボーイの迷走の可笑しさ、劇中に散りばめられた70年代最先端ファッションと、今で言うところのセレブ・ピープルの風俗は興味深い。


第4話『女装趣味はゲイか否か?』
出演:ルー・ジャコビー(サム)

サムは朝から憂鬱だった。なにしろ今日は娘婿の両親の家を訪問する日なのだ。くたびれた小太りの中年男、典型的な白人中流家庭の主である彼にとって、お上品で金持ちの娘婿の家庭は敷居が高かった。結局、妻テスと娘に引きずられるようにして、気まずい昼食の席につくサム。娘婿の両親による退屈極まる自慢話の嵐から逃れるため、サムは早々にトイレに立った。
しかし彼が向かったのは娘婿の両親の部屋。クローゼットに収められた色とりどりのドレスを目にするや、彼は喜色満面となる。そう、サムには女装癖があったのだ。太った体に合わないサイズのドレスに身を包み、帽子とヒールまで揃えて陶然とする彼の耳に、部屋に近づく足音が聞こえる。娘婿の父親が、テスに見せるため木彫りの像を取りに来たのだ。間一髪で自宅の外に逃れたサムは、しかし通行人に見つかりそうになり大慌て。挙句ひったくりに遭い、親切な隣人が警察を呼んでしまったために、付近は大騒ぎになる。なんとかその場をごまかそうと咄嗟に妊婦の振りをするサムだったが、テス達までがやって来たために万事休す。さすがに長年連れ添った妻の目はごまかせなかった。万人の前で男であることをバラされたサムは、ヤケを起こしてドレスを脱ぎ捨て、素っ裸になってみせる。
テスは夫の女装癖を知ったが離婚は言い出さなかった。ちゃんと“自分は心の病気だ”と、“自分は変態だ”と認めれば理解すると宣言したのだ。おかげで、長年恥ずかしい性癖を隠してきたサムの心は随分軽くなる。そう、女装するからといって、その男が必ずしも同性を好むとは限らないのだ。

全7エピソード中、個人的に一番面白くなかったものがこれだ。納得できないというのか。これまたアレン同様冴えない風貌の中年熊男が、実は長年に渡って女装癖を隠し持っていた…というオチも安易。おまけに長年連れ添った古女房は、夫の苦悩を知ろうともせず変質者呼ばわりをするのだ。夫を病院送りにしてそれで万事OK!という結論でいいのか?それとも、大勢の人間の前で赤っ恥をかかされても、それでも夫を切り捨てなかった彼女の英断に感心しろということか?あるいは、女装でも同性愛でも異種間恋愛でもなんでも、それを皆が“変態”だと受け入れてしまえば世の中は上手くいくのだという、逆説的な“変態肯定”の物語であったのか…?それとも、女装=同性愛という偏見をあげつらうことを狙ったのか…?アレンの真意が読めない。うーん、謎だ。しかしながら、ルー・ジャコビー渾身の女装シーンは必見。腹の突き出たむさ苦しい中年男が、サイズの合わないドレスを着てスキップする様は、心の底から笑ってあげるのが礼儀というものだろう。そんな女装おぢさんの正体を見抜けない良き隣人たちの間抜け面も、一緒に笑うといいかもしれない。尤も、このように一瞬男性なのか女性なのか識別に迷う中年女性も実際にいるのだから、笑うに笑えないのであるが。


第5話『変態とは何か?』
出演:ジャック・バリー(彼自身)

〜CM〜
整髪料はぜひランサーで。もじゃもじゃのカーリーヘアーもあっという間にバッチリ決まる。情熱的なゲイのカップルの甘いひとときも邪魔しません…

ランサー社プレゼンツ視聴者参加型人気TVクイズ番組“変態登場”の時間がやって参りました。司会はわたくし、ジャック・バリー。本日の解答者はパメラ、トニー、レジスとロバートです、よろしく。さて、最初のゲストはバーナード・ジャッフェという初老の上品な男性。彼の秘めたる“変態”とは何か。解答者が不正解を出すごとにゲストに5ドルづつ課金されていく方式です。
〜解答者は正解を求めて様々な質問をゲストにぶつけるが、残念ながら時間切れと相成った。なんとこの御仁、地下鉄でナニを露出するのが趣味だという。さすがの解答者もこれには思わず唸ってしまう〜
それでは、毎週視聴者からの投書によって決められる最もファンタスティックな変態さん、“今週の変態チャンピオン”をご紹介しましょう。インディアナ在住のラビ、カイアム・バーモル氏です。この、地味なスーツに身を包んだ、これまた初老の男性でユダヤ教の人品卑しからぬ聖職者の秘密は何か。
「一番好きなことかね?そりゃあ絹のストッキングを触ることと、縛られる(ただし女性限定)ことだよ。」
〜そこで、解答者の中から金髪の妖艶な美女パメラがカイアムを椅子に縛り付ける役を担う。続いてスラリとした長身のモデル嬢が登場し、厳しい家庭教師を演じながら彼を鞭打つ。ごく嬉しそうなカイアム師の足元では、同行してきたその妻が座り込んで黙々とブタ料理を食べる〜
素晴らしき哉、アメリカ!これこそアメリカの真の姿です。それでは皆さんも奮って番組にご参加くださるようお願いします。司会はジャック・バリーでした。来週またお会いしましょう。ごきげんよう、さようなら。

そして、前のエピソードで提示された疑問に答える役割を担うのが、このお話である。これを含む以降3つのエピソードでは、更にマニアックな色合いの濃いテーマを扱うようになる。今までのエピソードも充分すぎるほどえげつないシモ系ジョークのオンパレードであったが、なかなかおおっぴらにできない性の世界の中でも、特に禁忌の領域に入り込んでいくのだ。70年代当時は、おそらく時代の雰囲気も後押しして、こういったアンダーグラウンドなテーマを映画に取り入れることに今ほど躊躇はなかったのかもしれない。それにしても、よくぞここまであからさまな表現に踏み切ったものだと思う。アレン御大には本来、性に関するきわどいジョークを気の利いたギャグのセンスにくるんで観客を煙に巻くという、やっかいな嗜好があったのではないだろうか。現在の御大に対する世間一般の評価といえば、“なんだかとってもインテリちっくでオシャレな映画作家”というのが定番なのだろうが、ガールフレンドの養女をちゃっかり嫁にしてしまったりする私生活を鑑みても、実は一筋縄ではいかない本物の変態なのではないかと勘ぐりたくなる。

世間的な信頼を勝ち得た、模範的アメリカ人の更なるモデルのような男性たちが、嬉々としててめえの変態自慢をするという、ちょっぴりモンティ・パイソン的ブラックさも感じるシモネタだ。アメリカでは有名なテレビ司会者が本人の役で登場し、“新婚さん”ならぬ“変態さんいらっしゃい”番組(もちろん架空の番組だが)を大真面目に進行しているのがとてつもなくシュールである。アメリカというのは、自由を標榜しながらも封建的で閉鎖的な、実にアンビバレントで窮屈なお国柄だと思っていたが、ふとした隙にアナーキーな側面を垣間見せる。“アナーキー”はなにも英国だけの専売特許ではなかったのだ。

誰もがその心の奥深い場所に隠し持っている恥ずかしい秘密。そんなものを決して表沙汰にはしなかったであろう、50年代の古き良きアメリカ。しかし時代は移ろい、今や多少の秘密は5ドルの価値も与えられないのだ。露出趣味があろうが、絹フェチであろうが、夫婦揃って頭のねじが緩んでいようが、ゲイのカップルが整髪料のコマーシャルに出ようが、臆することなく全てを明るい日差しの下へさらけ出してしまえ!アメリカを自由の国と呼ぶならば、そうすることこそが真の人間解放につながる唯一の手段だと理解するべきだ。皆が隠し持った変態性を明らかにすれば、そこに人種や経済格差、趣味嗜好による偏見や差別は生まれないはずだ。人類皆変態兄弟、これがホントの平等で平和な社会の実現だ。


そして容赦なくPart2へ続く。皆さん、ドン引きなさらないように。



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