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zoom RSS 「ゼラルダと人喰い鬼」―トミー・アンゲラー

<<   作成日時 : 2018/03/21 21:00   >>

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“鬼”と“人”は紙一重。


ゼラルダと人喰い鬼 (評論社の児童図書館・絵本の部屋)
評論社
トミー・ウンゲラー

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「ゼラルダと人喰い鬼 Zeralda's Ogre」(1967年)
トミー・アンゲラー Tomi Ungerer:文と絵 田村隆一と麻生九美:訳
(評論社刊行)

昔々あるところに、1人ぼっちの人喰い鬼がいました。
するどい歯、ごわごわの髭、大きな鼻、小山のような体躯。手には血濡れの大きなナイフを持っていて、朝ごはんに子供を食べるのがなにより大好きな残忍な奴。
いつも腹をすかせている人喰い鬼は、毎日街へ降りては子供を攫っていきました。恐れおののいた人々は、子供達を地下室のトランクや樽や酒蔵などに隠しました。おけがで学校からは子供の姿が消え、先生達はやることがなくなってしまいました。
しかし子供を見つけられなくなった鬼も、子供を食らうことができません。鬼は、麦のおかゆとなまぬるいキャベツ料理と冷たいジャガイモの侘しい食事で飢えをしのぎつつ、もしも子供を見つけたらがつがつ食ってやると誓いました。

街から遠く離れた谷間の森の開拓地に、1人の百姓がかわいらしい娘とつつましく暮らしていました。娘は名前をゼラルダといいました。ここは平和で、親子はもちろん人喰い鬼の噂など聞いたこともありませんでした。ゼラルダはお料理が大好き。毎日飼い猫と一緒に料理の本を読んでは、新しい料理の試作に余念がありません。彼女は6つになるまでには、煮たり焼いたり揚げたり蒸したりできましたし、家のかまどからは常においしそうな料理の匂いが漂っています。台所の料理台の上には果物や野菜の瓶詰めが所狭しと並べられ、天井からは手作りのハムやソーセージがぶら下がっています。
明日は、年に一度街中に市の立つ日です。この日にゼラルダのお父さんは、小さな農場でできた作物を売りに行くのですが、あろうことか市が立つ日の前日に、身体の具合を悪くしてしまいました。
ゼラルダは翌日の朝早く、ロバに引き具をつけ荷車に荷物を乗せると、街へ向かいました。気が狂いそうなほど腹ペコだった人喰い鬼は、風に乗って運ばれてきたゼラルダのにおいを嗅ぎつけました。たった1人で荷車に乗るゼラルダを見つけると、鬼はナイフを握り締めて岩陰に隠れてました。目はギラギラと血走っています。ようやく獲物にありつける!…ところが、焦りすぎたせいか、鬼は足を滑らせて道の真ん中に落ちてしまいました。足首をくじき、鼻血を出して気を失ってしまったのです。ゼラルダはびっくり仰天。小川から水を汲んできて、大の字にのびている鬼を介抱してやりました。腹が減り、頭も割れるように痛い鬼は、無念そうに「ぐるるるるる」とうめくばかり。
「かわいそうに、お腹がすいて死にそうなのね」ゼラルダは、市で売るはずだった荷物をほどき、枯れ枝を集めて火をおこし、お料理を作り始めました。この大男が気の毒で仕方なかったので、売り物の半分も使って豪華な料理を目の前に並べてやったのです。

オランダガラシのクリームスープ
鱒の燻製ケイパー添え
カタツムリのニンニク・バター漬け
鶏と豚の丸焼きグレービーソース添え
パンとチーズ

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むしゃむしゃと、あっというまに全ての料理を平らげ、鬼は改めてその美味に感動してしまいました。生まれて初めて食べる味です。鬼は嬉しくなってゼラルダを食うことなど忘れてしまいました。そしてゼラルダに、1人ぼっちで暮らしている城に来て料理を作ってはくれないかと頼むのです。そうしてくれれば、地下にある黄金をあげると約束しました。ゼラルダは考えた末に、鬼の申し出に従うことにしました。動けない鬼を荷車に乗せて城に向かうと、事情を知ったお父さんもすぐ城にやってきました。お父さんは、森で野鳥や野うさぎをしとめて城に運んだり、辺りで最高の食材を買い揃える仕事をしてくれました。さて、準備万端整ったゼラルダは、城の中の広々とした、しかし使われた形跡のない立派な台所で、たくさんの料理を作りました。初めての食材を使ってみたり、今まで試せなかった贅沢な方法で食材を混ぜ合わせたり。なにしろ食材は豊富にあるのです。ゼラルダは次々と新しい料理を考案しては、レシピ・ノートを何冊もこしらえました。鬼の城の夜食には、鬼の大好物の料理が並びました。

酢キャベツとソーセージの盛り合わせ
パイ皮で包んだガチョウのレバーのパテ
キノコのジェリーと仔牛のカツレツ
ポンパーノ・サラ・ベルンハルト
チョコレート・ソース・ラスプーチン
シンデレラの靴をはいた七面鳥の丸焼き
人喰い鬼のお気に入りデザート―果物の砂糖漬けとレディーフィンガー・ビスケットとアイスクリーム・ケーキのデコレーション・セット

今まで1人きりで暮らしていた鬼は、近隣の人喰い鬼たちを城に招き、宴会でもてなしました。彼らはゼラルダの料理に舌鼓を打ち、陽気に酒を酌み交わし、楽を奏でます。得意満面の鬼の隣に腰かけたゼラルダに、客たちはこぞって料理法を教えてほしいと頼み込みました。もちろん彼らもその日から、子供を食うことなどすっかり忘れてしまったのです。

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人喰い鬼が子供を食わなくなりました。死の恐怖は去り、街の子供たちは身を潜めていた隠れ場所から出てきました。鬼は飾りをつけた馬にまたがり、自ら進んで子供たちにキャンデーを配って歩きました。こうして人々は、ようやくいつものように平和な暮らしに戻ることができたのです。
数年後。ゼラルダは美しい女性に成長しました。あの鬼は、恐ろしげだった髭をそり落とし、なんとも柔和な笑顔になっていました。2人の間にはいつしか愛が芽生え、結婚し、やがて玉のような子供たちが生まれました。そして家族6人、お城の中で末永く幸せに暮らしましたとさ。



この絵本の言わんとするところを一言でまとめるなら、人間の気質は“食”によって変わりうるということでしょう。もっと突っ込めば、食を供する者が料理に込めた愛情でもって、人間は変わることができるということです。
インスタント食品が出回り、料理に手間隙をかける人が少なくなりつつある昨今、私たちの生活のリズムは、何かに急かされるようにどんどん早くなっていますよね。しかも、作り手の愛情の宿らぬ食べ物を食べ続けた子供達は、“おふくろの味” を知らずに成長します。子供の頃に食べたお母さんの料理の味は、舌が終生忘れないものだといわれますが、その味すら知らずに大人になった者は、人生において大事な“家族の体験”のひとつを得ることがないわけです。それがどれほど大きな損失であるかは、陰湿な犯罪やいじめが横行する今の社会の有様を見ればわかります。もちろん、社会において人間関係が崩壊しつつある原因は、“食育”と“生活のインスタント化”だけではないでしょう。しかし、“家庭”というものが社会の最も基礎となる単位である以上、毎日の生活の中で家族が家族らしさを実感できる団欒の場、すなわち食卓を囲む時間が、子供の人間形成に非常に重要な役割を担っていることは否めないでしょう。

この絵本に登場する“人喰い鬼”とは、おふくろの味…つまることろお母さんの愛情を得られずに、身体だけ大きくなってしまった人間のメタファーであるのでしょう。絵本を見てもらえばおわかりになると思うのですが、この鬼、目は鋭く、口はくわっと裂け、歯は鋭い牙のようだし、身体は小山のように大きく威圧感があります。でも妖怪といった人外の類ではないんですね。子供をとって喰らうという野蛮で残忍な面もありますが、れっきとした“人間”なのです。
しかも人喰い鬼は1人ではなく、他にもいる。鬼が純真なゼラルダの献身を得て、その心のこもった愛情料理によって人喰いという悪癖から改心すると、他の人喰い鬼たちを自分の城に招く場面があります。それを見ると、やはり他の鬼たちの様子も人間そのものなのですね。身につけた衣装や装身具もなかなか高価そうに見えますし、楽を奏でたり、料理に込められた愛情のスパイスを敏感に感じ取る感受性もある…。とても唾棄すべき化け物には見えないところが、アンゲラー・マジックでしょう。要は、彼ら人喰い鬼とは、高い知性と文化に支えられた裕福な人間の象徴であり、文明の発達した現代の社会に生きる人間なのだと突き詰めることができるのです。

生活は豊かになったかもしれないが、逆に家庭の素朴な温もりに飢えることになった鬼=現代人は、ゼラルダの心のこもった料理を食べるという行為で、根本的な飢えを満たされました。鬼は、せっせと料理を作るゼラルダに、いないはずの母親の面影を見出したに違いありません。彼を苛んでいた最も大きな病―孤独と愛情の欠如―を癒せるのは、とどのつまり、母親しかいないということでしょうか。鬼のゼラルダへの思慕は、母親へのそれから次第に1人の女性への愛情に変わりました。絵本を読んだ方の中には、鬼と成人したゼラルダが結婚して、家庭を作ったという結末に驚かれている人が多いようなのですが、この流れはごく自然なものですよ。男性は多かれ少なかれ、女性に母性を求める生き物ですし、“結婚が末永く続く秘訣は身体の相性と料理の上手さだ”という法則さえあるぐらいですから(笑)。結婚に限らず、長続きする男女の仲を考えてみれば、これは自明の理です。鬼とゼラルダがたくさんの子宝に恵まれたのも、お互いがこの法則の両方を満たす相手であったということでしょうね。

ゼラルダの心情の変化は絵本だけからは読み取れませんが、おそらく彼女の目には、恐ろしげな人喰い鬼が、図体ばかりでかくて中身は親に捨てられた幼子そのままのように見えたことでしょう。立派な城や金も持ち、何不自由なく暮らせるはずなのに“人喰い”に身を貶めているのは、彼に母親の愛情に欠けているからだと、しっかり者の彼女には理解できたはずです。人が人に惹かれる要因に、“見た目と中身のギャップ”というのがありますが、ゼラルダの鬼に対する気持ちもそれに近かったのではないでしょうかね。

ともあれ、2人は結ばれ、たくさんの子を為しました。めでたし、めでたし。
…ここで終わっていれば普通の童話なのですが、残念ながらこれはアンゲラーの作品です(笑)。最後のページをご覧になってみてください。見違えるように柔和になった鬼と美しいゼラルダが、子供と一緒に収まっている幸せそうな家族の絵。ところが手前、読者の側に背中を向けている子供の手には、ナイフとフォークがしっかり握られています。彼の視線の先には、生まれたばかりの赤ん坊が。その男の子は、きっと内心舌なめずりしていることでしょう。愛情によって駆逐されたはずの“鬼”の DNAは子に受け継がれ、結局消し去れないのでしょうか。愛情をもって人と接することや家庭の重要性は確かですが、愛さえあればなにもかも解決するというわけではないということでしょうね。結局“人”になるのも“鬼”と化すのも、紙一重であることを、人は普段から認識しておくべきなのです。

さて、この絵本を読んだ方の中には、鬼ばかり幸せを掴んで、喰われてしまった子供やその親御さんの怨念はどうしてくれる、と思われる真面目な方もおられるでしょう。
しかしまあ、民話や説話から発祥した童話は元来、よーく考えればつじつまの合わないストーリーであったりするものです。「シンデレラ」などにも、かなりシュールな、血なまぐさい描写がありますでしょ?この作品はアンゲラーの創作童話ですが、古典的な味わいのある堂々たるお話です。昔ながらの説話スタイルに、アンゲラー風シニカル・スパイスを振りかけて完成したものだと考えてください。このお話の趣旨が、鬼の行動の是非を問う部分にはないことがわかるはずです。鬼という存在が人間と紙一重であるところに、妙味があるのですね。私個人は、この鬼を見ていると、子供の守護神として親しまれている神様を思い出します。

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●鬼子母神の伝説●

昔インドの王舎城に、夜叉神の娘である訶梨帝母(かりていも)という女がいました。彼女は嫁して1000人とも500人ともいわれる程の多くの子供を産み、慈しんでおりました。ところが、彼女の性質たるや残忍この上なく、なんと近隣に住む子供達を捕えては貪り食うという暴挙を繰り返していたのです。子を持つ親達はたまりかね、釈迦に訴え出ました。釈迦は、訶梨帝母が最も溺愛していた末の子、畢哩孕迦を隠してしまわれます。
さて訶梨帝母の嘆き悲しんだこと。半狂乱になって畢哩孕迦の行方を捜しましたが、いっかな見つかりません。訶梨帝母はとうとう釈迦に頭をたれました。釈迦は訶梨帝母に対し、「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」と諭されたのです。訶梨帝母は、最愛の畢哩孕迦さえ無事に戻れば、釈迦に帰依し三帰五戒を受けて広く子供を守る神となると誓いました。こうして訶梨帝母は、その後“鬼子母神”と呼ばれるようになり、インドではその像を奉って子供の無病息災を願う習慣ができたのです。

よく考えてみれば、この伝説だってかなり無茶ですよ(笑)。だって、大勢の子供を育てるために、他の親の子供をとって喰っていた女が、ちょっと改心したぐらいでいきなり神に列せられるんですもの!鬼子母神に子供を喰われてしまった親の無念はどこにぶつければいいんでしょうね?
このお話でも、重要な点は、“鬼子母神が改心した”部分にあるわけです。鬼子母神に正義の鉄槌を降ろすなら、お釈迦様は彼女をこそ破滅させるべきでしょう。そうならないのは、この説話が“チャンスさえあれば人は変われるのだ”ということを伝えたいからなのですね。「ゼラルダと人喰い鬼」も同じだと考えた方がよいでしょう。

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アンゲラーはアルザス地方の出身ですが、この絵本にはその郷土料理がふんだんに登場します。所狭しと並べられたカラフルな料理の数々、実に旨そうに描かれており、読む者の食欲をそそりますね。ゼラルダが連れていた豚が、次のページでは哀れにも丸焼きにされてしまっているという、相変わらずブラックなオチに苦笑いしつつ、“食べる”こととは本来そういうものなのだと子供に教える機会にもなるでしょう。
アンゲラー節が好調なこの作品、ぜひ手にとってご覧になってみてください。

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