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zoom RSS 存在の耐えられない“曖昧さ”―リチャード・ブルックスRichard Brooks

<<   作成日時 : 2017/08/11 14:07  

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“脚本さえうまく書ければ、後はなんとでもなるもんだ”

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リチャード・ブルックス Richard Brooks
本名:ルービーン・サクス Ruben Sax

1912年5月18日生まれ
1992年3月11日没
アメリカ、ペンシルヴェニア州フィラデルフィア出身

1912年5月18日、ペンシルバニア州フィラデルフィアで、ロシア系ユダヤ人の両親の間に生まれる。洗礼名はルービーン・サクス(ルーベン・サックス Ruben Sax)といい、ユダヤ人であった。ウェスト・フィラデルフィア高校を卒業後、フィラデルフィアのテンプル大学に進む。同大学を卒業後、1930年代はスポーツ・リポーターあるいはラジオのジャーナリストとして働いた。NBC局専属で脚本を書いた後、1シーズンだけニューヨークのMill Pond Theatreの芸術監督を経験し、ハリウッド入りした。キャリアの初期では、B級犯罪映画の脚本やラジオ番組の脚本を精力的に手がけている。第2次世界大戦中はアメリカ海軍に従軍していた。
1950年製作のMGM作品『Crisis』(ケイリー・グラント主演)で、映画監督として実質的なデビューを飾った。彼は監督作品のほとんどで脚本も書いており、1955年の「暴力教室」1958年の「熱いトタン屋根の猫」1960年の「エルマー・ガントリー/魅せられた男」1966年の「プロフェッショナル」1967年の「冷血」でアカデミー賞脚色賞にノミネートされ、うち「エルマー・ガントリー/魅せられた男」で見事受賞の栄誉を勝ち取っている。そのキャリアの中で合計6つのオスカー・ノミネーションを受けていることは、才能を証明するものだと言っていい。そして彼は常に抑制された映画表現を用いて、大仰な盛り上がりを演出することを避け、感情の高ぶりをあくまで内に秘めるにとどめた、品のある映像作りを心がけていた。そのおかげで、彼の作品はいつまでも感動の余韻がさめやらぬものになり、他の娯楽作品とは一味違う真摯な仕上がりになっている。また彼は、 1965年に大手製作会社の映画流通システムが実質上崩壊するずっと以前から、真に“インディペンデント”な映画監督であるとみなされていた。1980年代には、自身のプロダクション会社を持つに至っている。
私生活では、ジーン・ブルックスと1941年に結婚、3年後に離婚し、女優のジーン・シモンズと1960年に再婚、娘を1人もうけたが、1977年には離婚している。彼は1992年3月11日、心臓疾患が原因でカリフォルニアのビヴァリー・ヒルズで亡くなった。遺体はカリフォルニア州カルヴァー市のヒルサイド・メモリアル公園墓地に埋葬された。彼の映画産業への貢献をねぎらい、ハリウッドのウォーク・オブ・フェームには6422番目に名前が刻まれることになった。

●フィルモグラフィー Filmography

1985年「ザ・ギャンブラー」(未)兼脚本
1982年「シークレット・レンズ」兼製作、脚本
1981年「ニューヨーク・ヤング自警団」(TVムービー)撮影
1977年「ミスター・グッドバーを探して」兼脚本
1975年「弾丸を噛め」兼製作、脚本
1971年「バンクジャック」兼脚本
1971年「バングラデシュのコンサート」撮影
1969年「ハッピーエンド/幸せの彼方に」(未)兼製作、脚本
1967年「冷血」兼脚本
1966年「プロフェッショナル」兼製作、脚本
1965年「ロード・ジム」兼製作、脚本
1962年「渇いた太陽」兼脚本
1960年「エルマー・ガントリー/魅せられた男」兼脚本
1958年「熱いトタン屋根の猫」兼脚本
1957年「カラマゾフの兄弟」兼脚本
1957年「黒い牙」兼脚本
1956年「最後の銃撃」兼脚本
1955年「暴力教室」
1954年「雨の朝巴里に死す」兼脚本
1953年「あの高地を取れ」
1952年「デッドライン〜USA」兼脚本
1951年「目撃者」(未)脚本のみ
1950年「危機の男」兼脚本
1948年「キー・ラーゴ」脚本のみ
1947年「十字砲火」原作のみ
1947年「真昼の暴動」脚本のみ

実は、このブルックス監督という人を語るときに欠かせないキーワードが“Based On Novel”“Murder”“Character Name In Title”“Based On Play”というもの。小説や戯曲を元にした作品が多く、物語の中に殺人事件が要素として織り込まれていることが多々あるということですね。また、自ら脚本を手がけるのが殆ど常であった人らしく、1951年には『The Producer』というタイトルのオリジナル小説を上梓しています。
職人気質の監督と呼ばれることが多いのですが、リー・J・コッブ、ポール・ニューマン、エリザベス・テイラー、バート・ランカスター、シャーリー・ジョーンズ、エド・ベグリー、ジェラルディン・ペイジ、シャーリー・ナイト、ジーン・シモンズ、チューズデイ・ウェルドなど、演技スタイルや個性の異なる10名の俳優達から最高の演技を引き出し、それぞれにオスカー・ノミネーションの栄誉をもたらしていますね。彼らのうちランカスター、ジョーンズ、ベグリーは実際にオスカーを獲得しているわけで、ブルックス監督が、単に手堅く作品を纏め上げるだけの技術に長けた監督ではないことが伺えます。

彼のフィルモグラフィーを見ていると、ブルックス監督自身は、複雑に交錯する人間ドラマ、男女の愛憎が葛藤を生む心理ドラマに注視していたと思われます。50年代に多く手がけていた文芸メロドラマ―「雨の朝巴里に死す」(1954年)や「熱いトタン屋根の猫」(1958年)、「カラマゾフの兄弟」(1957年)など―を再見すると、ドラマティックな人間模様を、極めて文学的な解釈で演出したいという意思が感じられるのです。ただ残念なことに、製作会社の思惑か、あるいは出演するスター俳優たちの圧力だったのか、いずれの作品でも彼が狙っていたと思われる“曖昧な人間性が引き起こす予測不可能なドラマ”を映像に昇華できていたかは疑問なのですね。全体のバランスが少し破綻するぐらいの思い切った演出があれば、ラストのカタルシスもまた格別であるのになあという…、なんでしょうね、“後一歩”のはがゆさがこの時代の作品群には共通してあるような気がします。尤もこれも、端正な演出を好むブルックス監督への、我々観客のないもの強請りではあるのですが。

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そう、ブルックス監督という人は、元々大変に生真面目なのでしょうね。フィッツジェラルド(「雨の朝巴里に死す」)、ドストエフスキー(「カラマゾフの兄弟」)、そしてテネシー・ウィリアムズ(「熱いトタン屋根の猫 Cat on a Hot Tin Roof」)と、一癖も二癖もある個性的な作家たちの原作を取り上げても、出来上がった作品はといえば、大勢に受け入れられやすいよう舌触りの良い仕上がりになっているのが常です。評価の高い「熱いトタン屋根の猫 Cat on a Hot Tin Roof」にしても、腹にイチモツ抱えた人間どものどす黒さより、各人の緊迫した関係性に重きを置かれていましたしね。「雨の朝巴里に死す The Last Time I Saw Paris」では、アバズレを好演して存在感を示したエリザベス・テイラーも、「熱いトタン屋根の猫 Cat on a Hot Tin Roof」ではちょっぴり浮き気味。後年の「バージニア・ウルフなんてこわくない」の怪演の萌芽が見て取れるだけに、余計残念でしたね。その「雨の朝巴里に死す」も、エリザベス・テイラー、ヴァン・ジョンソン、ドナ・リード、ウォルター・ピジョンといった役者を揃えておきながら、各キャラクターの掘り下げが不足しているため、ありがちなメロドラマになってしまった感があります。私の愛するユル・ブリンナー主演の「カラマゾフの兄弟」も同様。各作品に主演した男優陣のセックスアピールは抜群であるのに(「熱いトタン屋根の猫」における、ポール・ニューマンの屈折しまくった艶っぽさを見よ!)、作品の印象がなんとはなしに薄いのは残念です。

ところが面白いことに、これが男臭いアクションものになってくると、途端に作品に熱さと活気が漲ってくるのです。1948年の「キー・ラーゴ」や1947年の「真昼の暴動」の脚本を担当したことからわかるように、ブルックス監督はサスペンスフルな設定のストーリー作りがお上手。2作とも原作の脚色ですが、閉塞した状況の中で高まっていく緊張感を、見事に映画的効果につなげていました。その意味で、50年代の作品群の中で一番見ごたえがあったのは、「暴力教室」(1955年)ですね。

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教育の意義が地に堕ち、暴力が支配する学校に赴任した教師の苦悩と戦いという、後に1つのジャンルとなる設定の先駆け的映画です。恐ろしいことに、この時代には既にアメリカの教育現場はここまで荒廃していたのです。劇中、当時はまだ呼び名のなかったストーカー行為まで描かれ、かなりショッキングでした。しかし、主人公の教師夫妻のみならず、不良少年達1人1 人の人物描写には熱気がこもり、大団円は予測がつくものの、ドラマとしては素晴らしい出来だと思います。異常事態に追い込まれてゆく人間の狂気を描き、実に圧巻。この「暴力教室 Blackboard Jungle」はまた、ロックンロールが映画産業に大きな影響を及ぼすであろうことを予見した作品でもありますね。

リチャード・ブルックスというと、即「冷血 In Cold Blood」を思い出すという人は多かろうと思います。かくいう私もそうなのですが、ブルックス監督のキャリアの中では、この「冷血 In Cold Blood」(1967年)を含む60年代の作品群に非常に惹かれるものがありますね。ベトナム戦争による国土の疲弊と、実質上その戦いに敗北を喫した故に、大国アメリカに色濃く虚無感が漂い始める直前の時代です。前述したように、映画産業では大手の映画製作会社によるシステムが崩れた頃。ブルックス監督が本領を発揮し始めるのは、実はこの時期なのです。製作会社からの制約を逃れ、真に自由な立場で映画作りに没頭できる環境が整ったわけで、彼にとってはこの混乱の時代はむしろプラスに働きました。

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バート・ランカスターにオスカーをもたらした1960年の「エルマー・ガントリー/魅せられた男 Elmer Gantry」では、口八丁手八丁の人品怪し過ぎる男(笑)エルマーを巡って、アンタッチャブルな領域の“宗教”に根ざす問題点にまで言及する、非常にシニカルなドラマが展開します。ノーベル文学賞に輝くシンクレア・ルイスの小説の映画化作品の中では、会心の作ではないかと思うのですよ。ランカスターの、あのすさまじいアジテーションに通ずる鬼気迫る熱演はもちろんのこと、清純を絵に描いたようなジーン・シモンズの穢れなき美しさは必見ですね。角度によっては、彼女はかのリズ・テイラーにも見えるので、黒髪の黒い瞳という顔立ちはブルックス監督の好みの女性のタイプなのかもしれませんね。
「熱いトタン屋根の猫」と同じウィリアムズの原作を脚色した「渇いた太陽 Sweet Bird of Youth」(1962年)では、ポール・ニューマンを再び起用しました。ここでも彼はデカダンな雰囲気をまとう青年役です。この作品と「熱いトタン屋根の猫」を比較するとよくわかるのですが、ここではニューマンはよりブルックス好みらしい役柄を好演し、作品自体も一層ブルックス色濃い仕上がりになっております。ケレン味を排し、少し突き放したような視線で、芸能界で成り上がろうとする青年の野望と挫折をドライに描いています。このひんやりとしたタッチこそが、実はブルックス監督の個性でして、御自分で気づいておられたかどうかはわかりかねますが、結果的に作品全体に漂うシニカルさ、曖昧な余韻が、人間の業そのものと合致することになるのですね。

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そして、1965年の「ロード・ジム Lord Jim」からは自ら製作も手がけ、ジョゼフ・コンラッド Joseph Conrad(「地獄の黙示録」の原作である「闇の奥」を書いた作家)原作の小説を映画化するという、ブルックス監督にとっては異色のジャンルに挑戦しました。「ロード・ジム」もまた「地獄の黙示録」同様、主人公が放浪した果てに辿り着いた未開の地で、文明社会からやってきた巨悪と出会う物語です。主人公ジムは、かつて船長をしていた船から逃げ出し、多くの船客を死に至らしめたという重い十字架を背負う男。つまりジムにとっては、心を通い合わせたアジアの原住民を圧制から救うことは、過去の罪を贖う意味も持っていたというわけです。屈折したヒーロー、ジムを演じるピーター・オトゥールの圧倒的な存在感は素晴らしく、また特筆すべきは、若き日の故伊丹十三(当時はまだ一三)が希望に溢れる原住民の若者を溌剌と演じていることでしょう。文明社会から追放されたも同然のジムと、未開の地の穢れなき人間たちの交流は異文化の融合を象徴し、はたまた圧制者ブラウンの存在は異文化の衝突を象徴していますね。それらのせめぎあいの中で、“卑怯者”から“ヒーロー”に変化してゆくジムの変貌が興味深いです。「アラビアのロレンス」のジャングル版といった趣きもあり、ブルックス監督のフィルモグラフィーの中でも無視されがちな作品なのですが、捻った面白さのある佳作です。

1966年の「プロフェッショナル The Professionals」では、またまたブルックス“らしくない”西部活劇。1917年、メキシコ革命のさなかに、テキサスの大富豪の妻が革命軍の残党に誘拐され、彼女を救出すべく4人の“プロフェッショナル”が雇われる、というお話ですね。ストーリーそのものはよくある西部劇なのですが、富豪に雇われる4人の賞金稼ぎたちの顔ぶれが素晴らしいですね。射撃の名手でリーダーのリコにリー・マーヴィンが扮し、馬の専門家ハンスはロバート・ライアンが、ナイフと弓の達人ジェイクはウディ・ストロード、爆発物の専門家ビルはバート・ランカスターが演じるという、実に通好みの配役。彼らの台詞の掛け合いが軽妙で、背景の説明もそつなくまとめられています。登場人物の掘り下げに気をとられるあまり、西部劇独特のリズムが弱冠悪くなるという点はあるものの、娯楽作品として成功した部類に入ると思います。撮影に、翌年の衝撃作「冷血」でも再び組むことになるコンラッド・ホールを迎えており、ブルックス監督生涯の傑作への道筋は既につけられていました。

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トルーマン・カポーティの同名ノンフィクション小説「冷血」を、ざらついたタッチのモノクロ映像で映画化した「冷血 In Cold Blood」(1967年)。この作品は、カポーティの小説の映画化作品としても、またブルックス監督自身の映画としても最高の作品となり得ました。後に別枠で詳述しますのでここでは詳しい解説は避けますが、“犯罪”を扱って“人間の業”そのものに肉薄することに成功した、数少ない傑作でありますね。しかしながら映画は、残虐な殺人を犯したペリー・スミスとディック・ヒコックが、なぜ“そこ”に至ったか、その過程を一切説明していません。夢かうつつか幻か、こちらの現実とあちらの幻想が入り混じったかのような曖昧な描写は、起こった犯罪の底知れぬ恐怖を増幅する結果になりました。ほんのちょっとしたきっかけで激変した人間性の曖昧さが、これほど恐ろしく感じられる映画もありません。まるでドキュメンタリーのような淡々とした演出が、却って“理由なき殺人”の不条理を際立たせていましたね。殺人そのものを描くことなく、後の犯人の処刑シーンでもって、その恐怖を代弁させる手腕といい、ブルックス監督のインテリジェントな語り口の上手さが題材と見事に合致した作品となりました。

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60年代後半から70年代中盤にかけてブルックス監督は、ハリウッドに吹き荒れた“ニューシネマ旋風”を避けるように、旺盛だった映画製作の本数を減らしています。よく言われるように、ニューシネマ以前の映画監督が仕事にあぶれたという類の沈黙ではないでしょう。彼は元よりインディペンデントな映画作家だったのですから。ニューシネマというムーヴメントに取り残されたのではなく、ムーヴメントへの彼なりの返答を、映画に昇華させたいと願っていたのではないでしょうか。それが実を結んだのが、1977 年の「ミスター・グッドバーを探して Looking for Mr. Goodbar」だと思います。実はこの作品については、私自身の思い入れもかなり深く、ここで簡単に解説をまとめてしまうことはできません。都会に生きる孤独な若い女性が陥る悲惨な悲惨な末路…。手垢のついた題材じゃないかと切り捨てるなかれ。いまだDVD化もなされていない、この不幸極まる隠れた傑作については、また後程書いてみたいと思います。

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「ミスター・グッドバーを探して Looking for Mr. Goodbar」は明らかに、ニューシネマへのブルックス監督のステートメントでした。これで力尽きたか、その後の作品はチープなアクション・サスペンスものがわずかに2本ほど残るばかり。ですが、50年代から自力で息の長い活動を続けてきた生真面目な映画作家は、ニューシネマの荒波をもごく真面目に乗り越えることに成功したと信じています。事実上最後の作品である「ミスター・グッドバーを探して」が、“人間性の曖昧さ”を如実に物語る作品になったのは、彼が己の信念を貫いたことのなによりの証であるでしょう。

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