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zoom RSS 少年の「落ちた偶像 The Fallen Idol」

<<   作成日時 : 2014/12/21 13:56   >>

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「秘密を持とう」…そして僕は大人になる。

「落ちた偶像 The Fallen Idol」(1948年製作)
監督:キャロル・リード
製作:キャロル・リード
原作:グレアム・グリーン「落ちた偶像」
脚色:グレアム・グリーン
撮影:ジョルジュ・ペリナール
音楽:ウィリアム・オルウィン
出演:ラルフ・リチャードソン(ベインズ)
ミシェル・モルガン(ジュリー)
ボビー・ヘンリー(フィリップ)
ソニア・ドレスデル(ベインズ夫人)
ジャック・ホーキンス(エイムス)
デニス・オディア(クロウ警部)
ウォルター・フィッツジェラルド(フェントン医師)
ダンディ・ニコルス(パターソン夫人)
ジョーン・ヤング(バロー夫人)他。

フィリップ少年はフランス大使の一人息子である。現在の住まいはロンドンにある大使館だ。今朝は早くから、大使館で働く使用人が慌しく立ち働いている。病を得て8ヶ月もの間入院生活を送っていた大使夫人が、週明けの月曜日に大使と一緒に戻ってくるからだ。大使はフィリップに声をかけ、病院に夫人を迎えに発った。
忙しい父にあまり構ってもらえないフィリップにとって、孤独を癒す相手は執事のベインズだけである。ベインズは、妻のベインズ夫人と共に長年大使館勤めをしており、フィリップのこともわが子のようにかわいがっていた。主である大使には、有能な執事としての顔を崩さない彼も、フィリップと2人きりになるとこっそり茶目っ気をみせた。
幼いフィリップにとって広い大使館は一種のジャングル。彼はベランダの植え込みに小さなへびのマグレガーを飼っていた。マグレガーは大切な友達だが、彼にとっての一番の“アイドル”はやはりベインズ。大好きなベインズと一日中一緒にいたいのに、彼とて屋敷の中では使用人を統括する立場にある、忙しい身だ。なにより口うるさいベインズ夫人が、ベインズにくっつくのを許してくれない。彼女はフィリップの顔を見るなり、やれ言いつけは守れだの、虫を家の中に持ち込むなだの、嘘をつくなだの、いたずらするなだの、間食をするなだの命令ばかりするのだ。おまけにマグレガーも毛嫌いしている。フィリップはベインズ夫人が大嫌いだった。なので早々にベインズのところに走って行くのだった。

フィリップはベインズから聞くアフリカの冒険譚が大好きだった。ベインズはアフリカで象と格闘し、王様とやりあったのだ。彼は本物の銃も持っている。それにこの銃を撃ったことがあるのだ!でもベインズは、夫人と結婚したためにアフリカを離れてしまった。
屋敷を掃除していたパターソン夫人とバロー夫人も、週末の休暇を取るために出て行った。広い大使館の中で、しばしベインズ夫妻とフィリップだけの日常が訪れる。フィリップはいやいやベインズ夫人の隣に座って食卓についた。ベインズ夫人は食卓でも口うるさい。
「早く食べなさい」
「いらない」
「また間食したのね。ベインズ、あなたが甘やかすから」
「ベインズが悪いんじゃない、僕が間食したんだ」
「また嘘をついて」
「…世の中、嘘だらけだ。親切心からの嘘もあるんだよ」
「子供の前でなんて話をするの!」
フィリップは、午後からベインズと散歩に出たいと駄々をこねたが夫人に止められ、挙句に「あんたなんか嫌いだ」とつぶやく。謝罪しない少年にみるまに激怒する夫人。ベインズは妻の癇癪の矛先がへびのマグレガーに向かわないよう、へびを箱に入れてこっそり少年に手渡すのだった。
午後一杯は自室で反省するように夫人に言われたものの、ベインズが密かに外出する姿を窓から見たフィリップは、マグレガーを連れて裏口から屋敷を抜け出し、彼の後を追っていった。ベインズを探して街中走り回るフィリップ。ふと見ると、寂れたカフェのなかに探し人を見つけた。ベインズは若い女性と一緒にいた。フィリップがはじめて見る女性だ。2人はなにやら深刻そうに話しあっている。永遠の愛がどうとか…。
ベインズは、フィリップがくっついて離れてくれないので、仕方なく少年にわからないように、その女性ジュリーと友人の話に置き換えて、ジュリーへの自身の深い愛情を伝えた。しかしジュリーは、人目を気にして話も出来ない今の状態での不倫を苦痛に感じているのだ。
「“くつう”ってなに?」
「…痛いことよ」
「痛くなるの?」
「そう、痛くなると別の人も痛くなるの」
ジュリーは、ベインズを愛してはいるが、恐妻の夫人がこの不倫を認めるわけがないこともわかっている。彼女は三日後に発つ船で故郷に帰ろうとしていたのだ。ベインズは愛人を失うまいと、早急に夫人と離婚することを約束する。
「お茶や映画だけのデートなんて…。あなたは…彼は、嘘で固めるような人じゃない」
「ねえ、どんな人なの?」
「“彼”はね、善人で誰のことも傷つけたくないの」
ジュリーはつと立ち上がると、涙を拭き、店を出て行った。もうなにもしなくていいから、と。物陰で目頭を押さえるベインズに、フィリップは無邪気に訊ねた。
「あのひと、ベインズの姪ごさんなの?」
「…」
「ねえ、元気出して」
ベインズとフィリップは店を後にしたが、外でジュリーが待っていた。ベインズは彼女に、今夜こそ夫人に離婚を切り出すことを確約した。夫人は納得しないだろうが、やってみると。ジュリーは半ばあきらめの表情で渋々頷く。少年が道端のフォード車に見とれている間に、秘密の恋人達は名残惜しげに手を振るのであった。
屋敷に戻る道すがら、ベインズはフィリップに、ジュリーのことを秘密にするよう言う。2人だけの秘密だ。少年は、ベインズとなにかを共有するのがうれしくてたまらない。嫌なベインズ夫人に秘密を持つのだ。フィリップはドキドキしながら、ベインズ夫人に何を聞かれても答えないと約束した。
フィリップはいつもの場所にマグレガーを隠すと、階段の上の中2階にある大きな窓から外を覗き見た。そこからは寝室が見え、手すりもついていない。はずみで足もとの鉢を壊してしまうフィリップ。ちょうど寝室を整理していたベインズ夫人は、慌てふためいて彼を引き戻した。母親に言いつけるとこっぴどく彼を叱り付け、罰として自室で食事をとるよう命じた。
しかしフィリップは、食事を取りにいった食堂で、秘密をもらさなかったことを誇らしげにベインズに報告した。母親が帰ってきても変わらぬ友情を誓っていると、ベインズ夫人がマグレガーを入れた包みをフィリップにわからぬよう暖炉の中にくべてしまった。
階下で夫人と2人きりになったベインズは、ついに離婚を切り出した。これ以上結婚生活は続けられない、自由になりたいと。階段上でフィリップは息を詰めて事の顛末を見守っている。夫人が逆上しかけたそのとき、ベインズがフィリップに気づいた。陰鬱な話は後回しにされてしまう。
自室に籠もっていたフィリップの元にベインズ夫人がやってくる。食事に一切手をつけていない彼に、夫人は八つ当たりしているのかひどい言葉を投げつける。
「ハエほども食べないのはなぜ?間食にクリーム菓子を買い食いなんかして!」
「違う」
「嘘おっしゃい!お母様に言いつけるからね!もうこれ以上嘘はたくさん、嘘つきなんか許さないからね!」
夫人に暴力を振るわれそうになって、フィリップは思わず“彼ら”に買ってもらったんだと、口を滑らせてしまう。“彼ら”。ベインズが誰かと会っていたことに感づいた夫人は、急に態度を変えた。
「私達2人だけの秘密よ。彼女のことを教えて頂戴。彼女は若いの?」
「もちろん。だって姪だもん」
「そう言われたのね、悪党ね」
「でももう会わないって、明日行っちゃうんだ」
秘密を守ればごほうびをあげると、気味悪いほどの猫なで声で少年に約束させると、夫人はにやりと笑みを浮かべて部屋を出て行った。夫人はわざと階上のフィリップにも聞かせるように、ベインズに休暇を取ると宣言した。
翌朝夫人が屋敷を出て行くと、ベインズが上機嫌でフィリップを起こしに来た。明日まで一日2人きりで過ごそう。楽しい一日の始まりだ。
フィリップが食堂に下りてくると、ベインズはジュリーに電話をかけていた。彼女に屋敷まで来るよう話す。折角夫人がいないのだ、やっとジュリーと2人で羽を伸ばせる。そのはずんだベインズの様子を、フィリップは複雑な表情で見守っている。夫人にジュリーのことをうっかり洩らしてしまったことは、まだベインズには“秘密”だ。そのころ夫人は、出かける振りをして屋敷の外で中の様子を伺っていた。もちろん、ベインズの電話の話ももらさず立ち聞きしている。ベインズはベインズで、彼とジュリーの関係がフィリップには理解できていないものと思い込んでいる。ベインズの“秘密”と夫人の“秘密”の板ばさみにあい、少年は苦悩した。
ベインズはフィリップを動物園へ連れて行った。フィリップは例によってアフリカの冒険譚をせがむ。ベインズはアフリカで人を一度だけ撃ったことがあるのだ。でもそれは正当防衛だった。ある日現地人が反乱の計画を立てた。数マイル四方を武器を持った現地人に囲まれ、白人はベインズ一人のみ。王と名乗る男に『立ち去れ』と言ったが、彼らの狙いはベインズの血だ。食われないようにするために、ベインズは王を撃ち殺した…。もちろんこれはすべてベインズのホラ話なのだが、フィリップは真剣だ。彼が嘘をつくはずがないから、全部ほんとの話だと信じている。一緒にアフリカに行きたい、それが今の少年の願いだった。
ジュリーと合流して、3人は爬虫類館に向かった。ベインズは、フィリップにアイスクリームを買いにいかせて追い払うと、夫人との離婚の話し合いの顛末をジュリーに告げた。結局肝心な話し合いはできなかった。半分はフィリップに邪魔されたようなものだが、もう少し時間をくれるよう彼女に懇願する。ジュリーは煮え切らないベインズの態度に冷ややかだ。余計悪い結果になることを恐れる彼女は、彼と別れることを決意した。船便は今日の9時に出る。
大人の切羽詰った事情などお構いなく、フィリップは展示されたへびを見て興奮している。
「ねえ、見てベインズ。マグレガーにそっくりだ」
象に乗ってはベインズを呼んではしゃぎ、アシカを見てはベインズに声をかけてはしゃぐフィリップ。ベインズとジュリーが秘密の話をしようとするたびに、彼は無邪気にその邪魔をする。

3人は屋敷に戻る。昨日ベインズとジュリーが会っていたことは、フィリップが内緒にしているものと信じているベインズ。フィリップは不安げに問う。
「秘密を守ることってそんなに大事なことなの?嫌いな人とでも?」
「もちろんだ」
「ベインズ夫人とでも?」
「そう、彼女のでもよ」
裏口から屋敷の台所に入る3人とは別の影が、ひそかに屋敷に入り込んだ。当の夫人である。戸口に落ちていた電報は夫人からのもので、身を寄せている叔母さんが病気で2〜3日屋敷に戻れないとあった。フィリップはそれが真実かどうか疑わしげだ。「彼女、秘密を守るかな」という彼のつぶやきは、誰にも聞こえてはいなかった。彼は電報で飛行機を折った。
ジュリーの提案で、3人は1階でピクニック気分で夕食をとることになった。ベインズが準備する間、フィリップはジュリーにマグレガーを披露することに。電報の飛行機で遊びながら、フィリップは何の気なしに、夫人がベインズを自由にしてくれないことを立ち聞きしたことを話した。ベインズが夫人に、“自由が欲しい”とずっとかきくどいていたことも。フィリップはベインズが気の毒だった。夫人が戻ったら、僕からもベインズに自由をあげるようにお願いするつもりだ。その“自由”の意味するところは、彼にはわからなかったけれども。少年は花瓶の花の中に飛行機を放り込んだ。
マグレガーがいなくなっていた。きっとベインズ夫人が捨ててしまったのだ。彼女はマグレガーを嫌っていたから。ベインズは、泣きじゃくるフィリップのために、明日マグレガーのお墓を作ろうと慰める。夕食を食べて、みんなでゲームをしよう。
1 階でかくれんぼしているうちに、フィリップのご機嫌は直ってきた。ジュリーとベインズが鬼になって少年を追っかける。気分を盛り上げるため、ベインズは屋敷の明かりを点滅させたり、ベルを鳴らす。いいかげん走り回ってくたびれた大人達は、フィリップを寝かしつけようと探し回る。ベインズは暗闇にまぎれてジュリーを抱き寄せ、いつもそばにいて欲しいとささやいた。
階段の上の中2階にある大きな窓から外を見たフィリップは、屋敷になにかがいることを感じ取り怯える。ベインズは、彼を2階の自室に連れて行き寝かせた。異様な気配を感じて、ふと目を覚ましたフィリップ。目の前には髪を振り乱し、目を血走らせたベインズ夫人がいた。ジュリーとベインズの居場所を言えと迫る彼女。
「私達、友達だったでしょう?秘密を覚えてる?」
「秘密なんかない」
逆上した彼女は、足音を忍ばせて部屋を出て行った。物音に気づいたベインズが顔を覗かせた。フィリップもベインズが心配で部屋を出、大声で夫人がいることを叫んだ。夫人は怒りに任せてフィリップを殴りつけた。少年の悲鳴。ベインズは階段を中ほどまで駆け下りてきた夫人と遭遇した。鬼の形相でジュリーを探す夫人。彼女のヒステリーをなだめるため、ベインズは彼女ともみ合った。殺してやると絶叫する夫人に恐れをなしたフィリップは、窓から非常階段を駆け下りていく。非常階段にへたりこんで、ベインズと夫人を見守るフィリップ。2人は中階段で依然としてもみ合っている。
「ジュリーのかたをつけたら、次はあの子よ!嘘つきの小悪党!」
「もう我慢ならん!いい加減にしろ!」
フィリップはさらに非常階段を下りていく。ベインズは興奮の収まった夫人を残し、階下で待つように言い残した。そのまま寝室へと向かった彼の後を追って、夫人は寝室を覗ける中階段の窓に張り付く。あの寝室にベインズと愛人がいるのだ。彼女は険しい表情で窓を力任せにたたいた。その窓は上下回転式になっているため、夫人がたたいた衝撃で窓が開き、張り付いていた夫人を下に叩き落してしまった。フィリップが必死で非常階段を駆け下りている間に、夫人も階段を転がり落ち、彼が階下にたどり着いたときには、彼女はすでに首の骨を折って死んでいた。そこに駆けつけてきたベインズを見て、フィリップはとっさに彼が夫人を突き落としたのだと誤解してしまう。恐ろしくなったフィリップは、そのまま深夜の街に駆け出して行った。
人っ子一人いない街中をあてもなく走り回る少年。パジャマ一枚で裸足のままの、尋常でない姿であった彼は、路上で夜回りの警官に保護される。しかしベインズの殺人を確信する彼は、彼をかばうためになにも一言もしゃべろうとしない。しかし、大使館で女性が階段から落ちて死亡したという連絡が警察に入ると、“ベインズ”という名前に反応した彼は、不承不承自分が大使の息子であることを告白した。

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フィリップが屋敷に戻ると、大使一家の主治医が到着し、すでに事故死だと判断が下されていた。ベインズの事情聴取も終わっていた。ところが、フィリップの様子がおかしいことに気づいた医師は、ベインズをさしおいて彼に話を聞く。なぜ屋敷から逃げたのか。どうしてベインズ夫人がフィリップに怒ったのか。少年は、ベインズが刑務所送りになるのかどうかをしきりに気にしている。彼の顔色をうかがっている風なのも妙だ。フィリップは話すことを拒否し、ベインズと寝室に行く。その際少年がつぶやいた一言を、医師は聞き逃さなかった。
「正当防衛なの?アフリカのときみたいに…」
彼は警察医を呼ぶことを要求した。これが単なる事故ではないかもしれないと疑ったのだ。大使の秘書が外出から戻り、治外法権を主張したが、ことは殺人事件に発展するやも知れない。結局屋敷には警察が立ち入って捜査することになった。
ベインズはジュリーのことを秘密にしている。動物園にはベインズ夫人が一緒だったと証言したのだ。フィリップにも警察への応答に注意するよう頼む。問題は夫人が打った電報だ。あれが警察の目に触れると、ベインズの証言が嘘だとばれてしまう。フィリップは眠い目をこすりつつも、電報のありかを思い出した。
警察が到着した。検死結果では、夫人は強い衝撃で階段下まで落ちたものらしい。ますますベインズが突き落とした疑いが濃くなる。少年は電報を取り戻した。彼に気づいた主治医は、彼が手にした電報を取り上げようとした。飛行機はそのまま少年の手を離れて、階下の刑事達の足もとへ。内容を読んだ警部はベインズの証言の矛盾をつく。
翌朝ジュリーが大使館に到着した。ベインズはあくまで彼女を巻き込まないようにするため、フィリップにもジュリーのことはしゃべらないよう口止めする。
フィリップへの尋問が始まった。少年は昨晩誰ともピクニックなんかしなかったと断言する。ベインズが心配なのに、警察は彼をベインズと一緒にいさせてくれない。鑑識は階段に残された指紋を採取している。フィリップは緊張しながら警察の尋問に対峙する。ベインズの犯行に確信を深める警察は、彼がなぜ事件の夜屋敷から逃げ出したかを執拗に尋ねる。幼い彼は、必死に嘘をつく。動物園へはベインズとだけ行った、夜中に屋敷を出たのはただの散歩だ…。しかし夕食の後、 “彼ら”とかくれんぼをしたと思わず口を滑らせてしまう。ここぞとばかりに少年の証言の矛盾を指摘する警察。ジュリーはたまらず、母国語のフランス語でフィリップに真実をきちんと話すように促す。パニックに陥った彼は、とうとう泣きながらジュリーとずっと一緒だったことを告白した。
ベインズとジュリーは、昨晩のことを最初から洗いざらい全て警察に話した。しかし時はいささか遅きに失したようだ。警察はますますベインズの犯行だと断定したのだ。なにしろ、肝心の事件現場の目撃者がいない。残された状況証拠は、ベインズにとってなにもかも不利に働いている。
おまけに、フィリップが真に受けたベインズのアフリカ冒険譚のこともある。彼は、ベインズがアフリカで正当防衛で人を殺したと思い込んでいるのだ。ベインズは蒼白になりながら警察の追及に弁明した。国を出たのは、オーストリアに行ったとき一度きりだと。フィリップはベインズの答弁を聞きながら、混乱していた。彼は嘘をついていたのか!嘘はいけないと言っていたその口で!
ベインズとジュリーとフィリップの証言から、誰かが嘘をついていると警部は頭を痛める。その場にいる誰もが真実を求めあぐねていらいらし始める。フィリップは、警部にベインズは殺してないと言いに行った。やったのは僕だと。これで警察のベインズに対する心証はいっそう悪くなってしまう。
少年はベインズを助けたいだけ、でも彼のせいでベインズはますます窮地に追い込まれていく。フィリップは“ベインズが嘘をつかない”こと、彼を殴った夫人をベインズが許すはずはないこと、また、アフリカで殺人を行ったことをかたくなに信じ込んでいた。しかしジュリーは、アフリカの話がホラ話であること、本当にベインズは潔白であることを彼に諭す。少年にはもうなにが真実でなにが嘘なのかわからなくなってしまった。ジュリーは彼に、真実だけを言うことを誓わせる。
フィリップは警部に、夫人に殴られたことを証言しに行くが、もう彼らは相手にしてくれない。ベインズを警察に連れて行く段階に入っていたからだ。警察といえども、基本的に大使館員を逮捕することは出来ない。警察へは任意で向かうことになる。ベインズは大使に迷惑をかけないように、自首する決意を固めた。フィリップはベインズに泣きつく。
「僕のせいなの?」
「いいや、“僕ら”だ。僕たちは嘘をつきすぎたね」
「アフリカの話は本当なんだよね?」
「あれはただのゲームだ。私はなにもやってはいない」
「でも夫人を殺したんだよね」
「違うよ」
ベインズは自分と夫人の双方が悪かったのだと述懐する。ゲームを始めたのが間違いだった。
そのころ警察は、中階段にある上下回転式の大きな窓の下に、夫人のハイヒールの足跡が残っていることに気づいた。夫人はその窓から寝室を覗こうとしていたのだ。警察はやっと事情を飲み込んだ。夫人は窓の回転の衝撃で階下に落ちたのだ。その証拠に鉢が壊れている。フィリップは、その鉢は自分が壊したものだと警察に釈明していた。必死で今度こそ真実を話そうとしているのに、誰も耳を貸してくれない。警察は証言の裏づけを見つけたからと、ベインズを無罪放免することにした。
「真実を話すよ。本当の事なんだ。あそこにある鉢は僕が壊したんだ」
それは確かに本当のことであったが、警察が事情に納得している今、ややこしい話で疑惑を蒸し返したくはない。大使館の誰もがベインズの無実が晴らされて胸をなでおろしていたときだ。少年はその場から体よく追い払われた。警察が帰り際、少年は叫ぶ。
「真実こそベインズのためだ!」
「私も軽い嘘はつくよ」
「僕は真実を言ってる。魂にかけて誓うよ」
「そうか、では秘密を持とう」
「…いやだ!」
フィリップはその場から走り去った。彼は、階下で抱き合うベインズとジュリーを見て、すっかり頭にくる。嘘をついていたのはどっちだ!
ちょうどそのとき、両親が帰宅した。母が帰ってきたのだ。フランス語で息子を呼ぶ母の声。少年は少し大人になった表情で、ゆっくり階段を下りていった。

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1947年に発表された「邪魔者は消せ!」で、高い評価を得た英国出身の映画作家キャロル・リード。その一年後、ミステリー界を代表する作家であるグレアム・グリーン原作小説を映画化した、この作品を発表します。

「落ちた偶像」は、作家グレアム・グリーンが自ら原作を脚色したものです。この作品の後に製作された「第三の男」(1949年)が世界的に大ヒットし、カンヌ映画祭でパルム・ドールまで受賞する名作となったために、その影にかすんでしまったきらいはありますが、この作品もなかなか見事なサスペンス映画であります。
なんといっても、映画が徹頭徹尾、大人の欺瞞に満ちた世界を少年のまなざしから描いている点が秀逸です。

大使館の息子フィリップが憧れ、なついている執事のベインズは、彼にとって家に不在がちの父親の代わりなのですね。少年はべインズに、自分が理想とする父親のイメージを重ねているのです。ベインズを半ば神格化し、決して嘘をつくような卑怯なまねはしないと信じきっています。しかしベインズとて一人の男。執事としては有能かもしれませんが、恐妻家で妻に頭が上がらないくせに、若い娘と不倫の恋に身を焦がしてもいる。嘘はいけないと少年に教え諭す傍らで、孤独な彼の無聊を慰めるために、落体もないホラ話をすることもいとわない。
しかし純粋で直情的な少年には、ベインズがつくささいな嘘、愛人を守るために彼と共有した秘密が、大人の世界特有の“方便のための嘘”だということがわかりません。ベインズはフィリップにとって神聖なアイコンです。彼の言うことはすべてがかれにとって“真実”。人間は真実のみを持つべきで、嘘をつくと地獄に落ちると信じています。まあそもそも子供がそんな風に信じ込んでしまうのも、大人がそう言い含めるからなんですが。まだ幼い少年には、どこまでがついていい嘘なのかなんてことはわかるわけがありません。世の中には、時と場合によっては、事態を丸く治めるために必要な嘘もありますし、円満な人間関係のためには真実を知らないことのほうが良いという場合もあるでしょう。でもそれは、子供が成長していく過程で徐々に知ることです。
ところがフィリップは、いきなり殺人事件の重要な証言者になってしまうというような、過酷な状況に放り込まれてしまいます。まだその世界には嘘と真実の二極しかない彼に、ベインズを救うためには真実を知っていても口を閉ざしているべきだなんてことは、理解できないのが当然です。結局、フィリップが真実だと思い込んでいたベインズの嘘のために、また、子供らしい頑固さで嘘をつかないと頑張ったために、逆にフィリップは彼の世界の全てであるベインズを窮地に追い込んでしまいます。運命のいたずらで、最終的にベインズは救われることになりますが。

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クライマックスで、フィリップは大人の嘘に翻弄されている自分に気づきます。とりわけ彼にとってショックだったのは、絶対的存在のベインズもまた、その他大勢の大人と同様弱い自我を持っており、そのために彼の忠誠を傷つけるような嘘をついていたのを思い知らされたこと。アフリカの英雄であったはずのベインズは、実はアフリカなんぞには行ったことすらなかった。フィリップにとって問題だったのは、ベインズが夫人を殺したかどうかという事実よりも、彼が自分に嘘をついていたことでしょう。正直な話、彼はベインズにはアフリカの英雄であって欲しかったのですね。つまり、愛するベインズを苦しめる夫人を、一思いに殺害して欲しかった。なにしろ夫人は、かわいいマグレガーを殺した張本人なのですから。それに彼をぶった憎い相手でもあります。これだけの理由があれば、ベインズが夫人を殺しても『正当防衛』になるとフィリップは無邪気に信じていたのでしょう。
当然大人の論理では、そんな正当防衛は通用するはずがありません。物語の最後でフィリップは、刑事に魂にかけて真実であると叫んだにも関わらず、『秘密を持とう』と軽くいなされてしまいます。この言葉の意味するところは、“もうちょっと大人になれよ”ということだったのでしょうが、幼いフィリップにとっては、これは今までの世界観が崩れるほどの大問題なのです。自分の純真を傷つけるような世界ならば、たとえ自分が大人になることを止められなくても、そんな世界は要らない。自らの偶像に裏切られたフィリップの怒りが、「いやだ!」という激しい拒絶の言葉から伺えますね。
でも、子供から大人になる通過儀礼は、誰にとっても、どんな時代であっても、痛みを伴うものです。フィリップも、ベインズという一人の男がすべてであった世界から、やがては脱皮していかねばなりません。それが、彼が大人への階段を一歩上がっていく証なのです。そしてその時はもうすぐそこまで来ていると言っていいでしょうね。

映像は、「第三の男」と同様、光と影のコントラストをくっきり浮かび上がらせたもの。また、カメラアングルを敢えて不安定な斜めに固定することで、観客に登場人物のあせりや閉塞感を感じさせてもいます。光と影が画面にいっそうの奥行きを与え、画面からそこはかとなく漂う不安定感が、台詞はなくとも登場人物の心理的な孤立感を雄弁に物語っています。こういったさりげないサスペンスの演出が、しっかりした人物造形と計算されたプロットに支えられて一層の冴えを見せています。このあたりの成功が、キャロル・リードを名匠にした所以でしょう。

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ベインズを演じたのは、英国の重鎮名優ラルフ・リチャードソンです。若い愛人ジュリーは、フランスの名花ミシェル・モルガンが扮しました。彼女は、1938 年製作の「霧の波止場」での可憐なヒロイン振りが素晴らしく、個人的に非常に印象に残っています。今回の作品でも、頬骨の張った顔に意志の強さをみなぎらせて、単なる弱いヒロインにはとどまらない雰囲気を醸し出していました。


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