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zoom RSS 大きな足と「空飛ぶモンティ・パイソンMonty Python's Flying Circus」

<<   作成日時 : 2015/06/26 22:10   >>

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2008年2月20日に…




なんと…




出てしまってました…




そいつは…




「空飛ぶモンティ・パイソン」“日本語吹替復活”DVD BOX
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2008-02-20

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今尚お笑い界の最高峰と同時に極北に君臨する、英国のコメディ軍団“モンティ・パイソン Monty Python”。彼らが残した伝説的テレビ番組に、 1969年からBBCテレビで始まった「空飛ぶモンティ・パイソン Monty Python's Flying Circus」というシリーズがありました。メンバー全員が(切り絵風のアニメーションを手がけていたテリー・ギリアムを除いて)英国名門大学、オックスフォードとケンブリッジ(まとめてオックスブリッジ)出身という秀才ぞろいながら、やってることはエロ・グロ・ナンセンスの極み、人種差別も性差別も、社会の良識や権威と一緒にまとめて笑い飛ばせ!という過激なお笑い。当然のごとく、心ある人々は彼らの繰り出すギャグに眉を顰め、番組を中止させるよう圧力をかけました。しかし、この反体制ともいうべき暴力的なお笑いの形態は、当時若者を中心に熱狂的な支持を得て、英国のみならず世界中のコメディに多大な影響を与えたのです。

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同番組が日本に初上陸したのは、1976年に東京12チャンネル(現在のテレビ東京)での放映です。テレビ放映時のタイトルは、「チャンネル泥棒!快傑ギャグ番組!空飛ぶモンティ・パイソン」だったそうですが(笑)、このときパイソンの面々の吹き替えを行ったのが、山田康雄や広川太一郎など、声優界の大御所たち。声優については不勉強な私でも名前を存じ上げている方々ばかりです。こと、アドリブ帝王の広川太一郎氏の台本無視、暴走アテレコは伝説と化しているほど。
おそらく世界で最もモンティ・パイソンの研究が盛んであり、かつ、熱心なファンが多い日本では、長らく吹き替え版のDVD化が待たれていました。2008年になってそれがようやく実現の運びとなったわけです。BOX版には詳細なブックレットが付き、モンティ・パイソンの歴史や「空飛ぶモンティ・パイソン」スケッチ(ネタ)解説、吹き替え時の裏話までが明かされております。

いやー、学生時代にビデオで全話を繰りかえし観るに飽き足らず、とうとうDVDまで集めてしまった私としては、この吉報に悶絶したものでございます。それまでに発売されたDVDはですね、字幕スーパー版しかなかったんです。あちらのお笑いを直に感じる、という点では良かったのですが、やはり日本人にわかりやすく噛み砕かれた形で放映されたものも観てみたいというのが人情。画質もデジタル・リマスター化されていますから、永久保存版にぜひ1セット持っておきたいですね。

Disc 1 (第1シリーズ1話〜7話収録)
Disc 2 (第1シリーズ8話〜13話収録)
Disc 3 (第2シリーズ1話〜7話収録)
Disc 4 (第2シリーズ8話〜13話収録)
Disc 5 (第3シリーズ1話〜7話収録)
Disc 6 (第3シリーズ8話〜13話収録)
Disc 7 (第4シリーズ1話〜6話収録)

ご覧になってわかるように、このシリーズそのものは第4シリーズまでしか制作されませんでした。それも途中で切り上げられる形で。というのも、ネタが尽きてきたのか、シリーズ後半になってくるとスケッチがより過激に、より悪趣味に変貌していき、“笑えない”ものが増えてきたんですね。身体に障害を持つ人や同性愛者などをネタにしたコント、カニバリズムをモチーフにしたコントは、番組初期からあるにはあったのですが、シリーズも最後の方では、もうそればっかり…という状態になってしまって。そういった番組内容の停滞の裏側には、放映局だったBBCとの対立が修復不可能になっていたという事情もあったとか。

パイソンのスケッチは、ケンブリッジ卒業組のチャップマンとクリーズが提供する“理論的お笑い”と、オックスフォード卒業組のジョーンズとペイリンの得意とする“とにかく視覚的にわかりやすいお笑い”と、アイドルのマシンガントークに支えられる“言葉遊び的お笑い”で成り立っています。やはりオックスフォード大学とケンブリッジ大学の気風がそれぞれ違うためか、メンバー間でも特にクリースとジョーンズの対立は深刻だったそうです。「空飛ぶモンティ・パイソン」が意外と短命に終わったのも、メンバー間の関係が悪化してきたせいもあったでしょうね。

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テレビシリーズ終了後は、メンバーは各々の活動に没頭していきました。それでも「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル Monty Python and the Holy Grail」(1975年)や「ライフ・オブ・ブライアン Monty Python’s Life of Brian」(1979年)、「人生狂騒曲 Monty Python: The Meaning of Life」(1983年)などといった映画で、メンバーが一堂に会し、テレビシリーズ以上の過激で反社会的なお笑いを提示しています。

今年のトライベッカ映画祭の特別企画で、オリジナル・パイソンズが再結集したという記事"Monty Python and the Holy Tribeca トライベッカ映画祭"はこちらです。


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●グレアム・チャップマン(吹替:山田康雄→安原義人)
1941年1月8日ミッドランド州レスター生まれ。ケンブリッジ大学卒で医師免許を持つ。メンバー6人をまとめる役割を担っており、ゲイであることを早くからカミングアウトしていた。そのため、ゲイの人権を守る活動家としても有名。趣味は登山。権力を傘に着る横暴な警察官や軍人、医者などのキャラクターを得意とした。「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」と「ライフ・オブ・ブライアン」の実質上の主役。長年重度の飲酒癖に悩まされていて、1989年、奇しくもモンティ・パイソン結成20周年記念日前日に脊髄ガンで逝去した。享年48歳。記念舞台公演「Live at Aspen」では遺灰で登場。


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●ジョン・クリーズ(吹替:納谷悟朗→近石真介)
1939年10月27日サマーセット州ウィストン・スーパーメア生まれ。ケンブリッジ大学卒で弁護士資格を持つ。そのバックボーンを生かし、無表情で威圧的な弁護士、官僚、アナウンサーなどのキャラクターをこなした。196cmの長身から発散される迫力を生かし、“バカ歩き(Silly Walk)”なる視覚系ギャグを開発。英国民のバカ歩き向上に日夜いそしむ“バカ歩き省”大臣は、クリースの十八番キャラとなった。
「フォルティ・タワーズ」などの単独テレビシリーズも持ったが、近年では映画界で個性的な脇役として活躍。チャールズ・クライトン監督と共に脚本も手がけた映画「ワンダとダイヤと優しい奴ら」での、堅物だけどドンくさい弁護士役は出色。脚本部門でオスカー候補にもなった。実はピアース・ブロスナンがボンドを務めていた007シリーズにも登場していた。他にも、ハリー・ポッター・シリーズや、「チャーリーズ・エンジェル/フルスロットル」など、結構なメジャーどころに精力的に出演。アニメ「シュレック」にも声の出演を果たしている。


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●テリー・ジョーンズ(吹替:飯塚昭三)
1942年2月1日北ウェールズ地方コリン・ペイ生まれ。オックスフォード大学卒。大学時代に専攻していた歴史学中世文学への造詣が深く、チョーサーや十字軍の研究家としても知られている。そんなインテリな素顔を微塵も感じさせない彼の十八番が、演説しながらストリップする政治家、キーキー声でわめく近所の太ったオバハンキャラ。
多才な人物で、自ら作詞・作曲を手がける上に歌も巧い。元々大学の後輩だったマイケル・ペイリンと脚本を書いていたこともあり、ジム・ヘンソンの「ラビリンス/魔王の迷宮」の脚本を執筆した。「ライフ・オブ・ブライアン」、「人生狂騒曲」、「エリック・ザ・バイキング/バルハラへの航海」(1989年)といった監督作も有名。テレビシリーズ「ヤング・インディ・ジョーンズ/若き日の大冒険2」のバルセロナ編/ソンム編 (1992年)の1エピソードも監督した。


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●マイケル・ペイリン(吹替:青野武)
1943年5月5日ヨークシャー州シェフィールド生まれ。オックスフォード大学卒でジョーンズの一年後輩。
役者として多芸多才な人物で、「空飛ぶモンティ・パイソン」ではオープニングに登場するボロを纏った老人“イッツ・マン”に扮している。「なにか面白いことを始めよう!」というナレーションがあり、「そいつは…(It's…)」とペイリン扮する老人が現れ、例の勇壮な行進曲風メインテーマと共に、ギリアム制作切り絵風のシュールなアニメーションが映されるという流れ。
他にもスペイン異端審問のマヌケな裁判官役や、厳格な英国裁判所の判事ながら、仕事を終えると夢みるオカマちゃんに変身するキャラなど、番組の中で最も可笑しいシチュエーションを担当している。同じく達者なエリック・アイドルと組むことが多く、パイソンの中では、ドリフターズの志村けんと加藤茶のコンビのような役割を担っていた。演技力の高さはメンバー髄一で、シリーズ終了後もギリアム監督の「未来世紀ブラジル」や「ワンダとダイヤと優しい奴ら」で、忘れがたい強烈な名演技を披露した。
旅行好きという趣味を生かし、BBCで旅行番組を持っていたこともある。その一環で来日した際に、カプセル・ホテルに泊まった逸話は有名。また、ギリアム監督の「バンデットQ」(1981年)の脚本をギリアムと共に執筆し、 1983年の「ストップ・ザ・売春天国」では製作も手がけた。


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●エリック・アイドル(吹替:広川太一郎)
1943年3月29日ダーハム州サウスシールズ生まれ。幼くして父を亡くし、全寮制の学校からケンブリッジ大学へ進んだ。
大学で学んだ英言語学の知識を生かし、あらゆる言葉遊びに精通している。マシンガントークを駆使したギャグが十八番であった。良家の坊ちゃん風ルックスを利用した優等生キャラや女装も多い。音楽の才に優れ、ビートルズのパロディ・バンド“ラトルズ”を結成してテレビシリーズも持った。同番組にはジョージ・ハリソンやミック・ジャガー、ポール・サイモンなど、音楽業界の大御所がこぞって出演している。「ライフ・オブ・ブライアン」のラストシーンで歌った曲“Always look on the bright side of life”は、なんと1991年度のUKチャートでトップ10入りを果たすほどのヒットソングとなった。
アメリカのシットコムにも出演し、ニューヨークのブロードウェイで初演された大ヒットミュージカル“スパマロット”では脚本・作詞・作曲を手がけ、トニー賞ミュージカル部門の主要賞を独占した。


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●テリー・ギリアム (吹替:古川登志夫)
1940年11月22日アメリカ合衆国ミネソタ州メディスィンレイク生まれ。オクシデンタル大学卒。
元々はイラストレーターで、広告業界で働いた後ロンドンに渡り、アニメーターとなった。アイドルと知り合ったことが縁でパイソンに参加し、番組のオープニングとスケッチとスケッチの間をつなぐアニメーションを制作した。俳優としては端役で顔を出す程度。アニメ制作に忙しく、スケッチを考える作業にも加わっていなかった。そのため熱心なファンの中には、彼をパイソンのメンバーとして認めていない者もいる。しかし彼独特のブラックなアニメーションは、様々な広告媒体に多大な影響を与えている。
本領を発揮するのは映画監督として。「バンデットQ」のヒットで名を上げ、1984年に製作された近未来デストピアSF映画「未来世紀ブラジル」で世界的な名声を得る。「フィッシャー・キング」(1991年)、あのブラピに超汚れ役をやらせた「12モンキーズ」(1996年)などでギリアム節を開花させ、その後も「ローズ・イン・タイドランド」、「パルナッサス博士の鏡」等を監督するなど創作意欲は衰えない。



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当館内のモンティ・パイソンに関する記事は、

・人生とは「モンティ・パイソン/人生狂騒曲 The Meaning of Life」だ Part1 & Part2

・空飛ぶテリー・ギリアム監督―「Terry Gilliam's "Storytime"」

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