House of M

アクセスカウンタ

zoom RSS 人間を愛した稀代の偏屈親父、アルトマンRobert Altman

<<   作成日時 : 2015/11/03 18:19   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

「監督を辞めるのは死ぬときだ」

画像

ロバート・アルトマン Robert Altman

1925年2月20日生まれ
2006年11月20日没
アメリカ、ミズーリ州カンザスシティ出身

アメリカ現地時間2006年11月20日、アメリカきっての名監督ロバート・アルトマンがガンによる合併症で他界しました。享年81歳。ロサンゼルスのシーダーズ・サイナイ・メディカルセンターで、生涯愛し続けた家族に見守られながら旅立ちました。アカデミー賞から功労賞を授与された時のスピーチでは、“あと40年は生きる予定なので、ちょっぴり早過ぎる受賞です”と結び、スタンディング・オベーションに応えた監督でしたが、本当に本当に大きな喪失でありましたね。実は40本目の長編映画作品となるはずだった『ボディ改造』という新作のロケハンの最中の出来事だったそうです。

ロバート・アルトマンは、55年の長きに渡って映画監督であり続けた人でした。製作した映画はなんと86本。アカデミー賞監督賞部門にノミネートされること 5回。しかし受賞には至らず2006年3月に長年の映画産業に対する功績を称える意味も含めた特別名誉賞(別名引退勧告賞)を贈られました。出世作となった「M★A★S★H マッシュ」でカンヌ映画祭パルムドールを、「ショート・カッツ」でベネチア映画祭金獅子賞を受賞し、ヨーロッパの格式ある映画祭からは最高賞の評価を得ています。ハリウッドの大作主義、商業主義に背を向け、時にこれと徹底的に戦い、ひたすら己の撮りたい作品を追及し続けた稀代の頑固者の生涯とは…。


カンザスシティ在住のギャンブル好きなセールスマンの家に生まれたアルトマンは、第2次世界大戦中はB-24爆撃パイロットとして日本軍と戦った経験もある。終戦後は一時ハリウッドに渡り、俳優・脚本家など様々な職業に挑戦するが芽が出ず、故郷に戻る。そのままミズーリ大学に進み、卒業後は故郷でCM製作などを手がけた。しかし映画への愛着捨てがたく、1958年にハリウッドで低予算の自主制作映画を2本共同で監督し、そのうちの1本「ジェームズ・ディーン物語」がヒッチコック監督の注目を得ることになった。彼の紹介でテレビシリーズ「コンバット」「ルート66」「ヒッチコック劇場」などの演出を手がけるようになり、1967年、ついに長編商業映画第1作「宇宙大征服」でハリウッドデビューを果たした。女性の孤独な心情を静かに映し出した1969年の小品「雨に濡れた舗道」を経て、1970年、アメリカの軍隊組織を徹底的に茶化したリチャード・フッカーの反戦小説「MASH」の映画化に成功。この小説は、ベトナム戦争が泥沼化するアメリカにおいて、反戦メッセージが余りに強烈だとされ、映画製作会社をたらいまわしにされた企画であった。この作品はカンヌ映画祭でパルムドールを受賞し、日本を始め世界各国で大ヒットを記録した。そしてアルトマンは、映画界の新鋭として一躍脚光を浴びることになる。
この後は、ワンシーンに数多くの人物が登場し、一度に複数のセリフをしゃべるという“群像劇”に新たな変革をもたらすことになる数々の秀作を撮り、1975年にその集大成「ナッシュビル」を完成した。カントリー&ウェスタンのフェスティヴァルに参加するため集まった24名の人々。彼ら1人1人の人生に丁寧にスポットライトをあて、一見なんの関わりもないように見える彼らの人生が、タペストリーの様に次第に1つに折り重なっていく様を160分に渡ってまとめあげた作品である。アメリカに根付く寓話を意地悪くパロディ化してみせながらも、その本質は、人間性に対する鋭くも愛情に満ちた洞察であった。

70年代後半に発表した小品の幾つかと、1980年に手がけた大作「ポパイ」が興行的に失敗したことで一時業界を干され(常に製作会社と軋轢が絶えなかったのも遠因)、80年代は低迷する。この頃、オフ・ブロードウェイで小さな舞台を演出したりしてチャンスを待ち、ハリウッド内幕ものの痛烈風刺作品「ザ・プレイヤー」(1992年)で見事に復活。67歳にしてカンヌ映画祭で監督賞を得た。伝説となった8分以上にもなる冒頭の流れるような見事な超長回し1カット、複数の登場人物の解釈の切れ味、それぞれの人生が交錯していく様を俯瞰する作品構成。この作品のヒットで自信を取り戻したアルトマンは、ますますその群像劇名人芸に磨きをかけていくことになる。その後も精力的に製作を続け、大スター達を次々と自作に起用して、一般の映画ファンにも広く名前が浸透するようになった。
彼が再び演出力の絶頂期を迎えたのが、1994年の「ショート・カッツ」である。レイモンド・カーバーの小説の映画化。「ナッシュビル」以降スケールの大きくなった群像劇の到達点で、疫病に冒されたロサンゼルスに住む22人の人々が主人公である。彼らの生活が平行してあるいは交錯しつつ描かれ、それがやがてよじりあう糸の様に収束し、破滅のときを迎える。人間に対する究極の皮肉とも呼べるブラックな内容であり、同時に、アルトマンによる映画そのものへのオマージュも垣間見られる作品であった。
1996年には心臓移植手術を受けていたほど健康面は悪化していたが、冒頭の宣言どおり、執念でメガホンをとりつづけ、メリル・ストリープやリンジー・ローハンらが共演した「今宵、フィッツジェラルド劇場で」を時に車椅子の世話になりつつも執念で手がけていた。人気ラジオ番組を舞台に展開するこの群像劇が遺作になった。

画像

アルトマンといえば、とにかく意固地なまでに自分の撮りたい作品に固執する監督として知られ、新作を撮るたびに製作会社と揉めることでも有名でした。彼が製作会社からの圧力に屈することなく、アメリカ社会への風刺や批判を全面に押し出した作品を好んで作ったからです。しかも彼の得意とする群像劇は、製作にかかる人件費も増し、上映時間も伸び、おまけに一般受けしないというネックを背負っていましたしね。
しかしながら、それらのハンデを無視してでも群像劇にこだわった理由は明白で、彼が映画で語りたかったのが、ずばり人間そのものだったからです。人間は1人で生きられる生き物ではなく、毎日多くの人間と関わることによってはじめてその生活を成り立たせています。ですから、その人間を描くのに2人や3人の登場人物では足りない。人が生きている日常を出来うる限り忠実に映像に移し変えることで、その生き様や本質を改めて追及できるのではないか。アルトマン監督は、人と人との関係性の中から、変容する人間性あるいは普遍的な人間性をあぶりだそうとしたのではないでしょうか。そのテーマの手段に用いられたのが、“群像劇”だったというわけです。

ロバート・アルトマン―わが映画、わが人生
キネマ旬報社
ロバート アルトマン

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る


度重なるハリウッド主義との確執から、彼はハリウッド機構そのものから距離を置き、孤高の映画人として己の信念に根ざす作品を作り続けました。彼を語るときに必ず用いられる常套句 “反体制”の肩書きに偽りはないのでしょうが、その反面、彼は生粋の映画ファンでもありました。自作にも、たびたび過去の名作からの引用が登場します。映画への愛情をストレートに表現するのが照れくさいのか、いつもなんらかのシニカルなユーモア表現にくるまれてはいますが、それが彼の作品をより豊穣にしているのも事実。
また、アメリカ人の心に内在する“アメリカ至上神話”への厳しい批判精神も、人間の生き様を紐解き、その本質を再び1つにまとめあげる過程で、古き良きアメリカを愛する本心を吐露する、逆説的な結果となっているようです。彼が反体制的作家と認識されながらも、多くの映画人に愛され尊敬されるに至ったのは、その辺りに理由があるようですね。アルトマン監督の90年代から2000年以降の映画製作予算は低く抑えられていましたが、ノーギャラでも出演したいという映画スター達の熱意に支えられ、晩年の映画製作現場は、活気とある種崇高な映画的幸福に満ちていたのでしょう。

個人的には、演出力の頂点にあった傑作「ナッシュビル」や「ショート・カッツ」よりも、実は荒削りさを多く残した「M★A★S★H マッシュ」が大好きです。ベトナム戦争真っ最中にも関わらず、他国の政治に首を突っ込んで戦争を吹っかけていく、母国のあさましさを茶化したその勇気と反骨精神。登場する人物が皆生き生きと活写されていること。作品全体に流れる、似非ヒューマニズムをぶった切る痛快なお笑い。これは、モンティ・パイソンの一連の作品にも通ずる趣がありますよね。テーマソング「自殺のすすめ」の、人を食った歌詞とうらはらな物悲しいメロディと共に、忘れがたい作品であります。矛盾に満ち満ちた人間を愛するアルトマン監督の、哲学の全てが詰め込まれている気もしますね。

ロバート・アルトマン BOX [DVD]
紀伊國屋書店
2006-02-25

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る

●フィルモグラフィー Filmography

2006年「今宵、フィッツジェラルド劇場で」
2003年「バレエ・カンパニー」
2003年「アメリカン・ニューシネマ 反逆と再生のハリウッド史」(出演)
2001年「ゴスフォード・パーク」
2001年「ヒストリー・スルー・ザ・レンズ/M★A★S★H」(TVムービー・出演)
2000年「Dr.Tと女たち」
2000年「ザッツ・ハリウッド 時を駆け抜けた名作たち」(TVムービー・出演)
1999年「クッキー・フォーチュン」
1997年「GUN/焔と弾道、影と照準、灰と弾丸」(TVムービー)
1997年「相続人」
1996年「カンザス・シティ」
1996年「ロバート・アルトマンのジャズ」(未)
1994年「ショート・カッツ」
1994年「プレタポルテ」
1992年「ザ・プレイヤー」
1990年「ゴッホ」
1988年「軍事法廷/駆逐艦ケイン号の叛乱」(TVムービー)
1987年「アリア」
1987年「ベースメント」(未)
1986年「ニューヨーカーの青い鳥」
1985年「突撃!O・Cとスティッグス/お笑い黙示録」(未)
1985年「フール・フォア・ラブ」
1983年「ストリーマーズ/若き兵士たちの物語」
1980年「ポパイ」
1979年「パーフェクト・カップル/おかしな大恋愛」(未)
1979年「無邪気な子供たち」(未)
1978年「ウエディング」
1977年「クィンテット」(未)
1977年「三人の女」
1976年「ビッグ・アメリカン」
1975年「ナッシュビル」
1974年「ボウイ&キーチ」
1974年「ジャックポット」(未)
1973年「ロング・グッドバイ」
1972年「ロバート・アルトマンのイメージズ」(未)
1971年「ギャンブラー」
1970年「BIRD★SHT(バード・シット)」
1970年「M★A★S★H マッシュ」
1969年「雨にぬれた舗道」
1967年「宇宙大征服」
1962年〜1967年「コンバット」(TVシリーズ)
1957年「ジェイムス・ディーン物語」


“映画製作とは砂の城のようなものだ。苦労して土台を作って砂で城を作り、通りかかった人たちに褒めてもらっても、波がやってくればその城は一瞬にして消え去ってしまう。…でも、そこに確かに立派な砂の城があったという事実は、見た人の記憶の中に生き続けるんだ”―ロバート・アルトマン

画像

…そんなアルトマン監督の没後、監督夫人キャサリン・リード Kathryn Reed 女史の全面的バックアップの下、カナダのドキュメンタリー監督ロン・マンが映画「ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男 Altman」を完成させました。日本でも公開され、私も見てまいりましたよ。アルトマン監督作品の中でも重要な位置を占める作品群に出演した、いわゆるアルトマン・ファミリーの俳優達に、“アルトマネスク Altmanesque (アルトマン監督らしさ)”とは何ぞや?”という命題に答えてもらい、それぞれの回答(どの俳優の答えも的を得ている)に則った形で、年代順にアルトマン作品を振り返ろうという趣旨の作品でした。アルトマン監督が各地の講演会で、自作の解説や逸話を披露しているインタビュー映像を中心に、その合間に、これまた年代順に並べられたホーム・ムービー(アルトマン監督の子供達が幼い頃から撮り貯めてきた映像で、アルトマン監督の素顔や彼の愛した家族の様子が収められた、文字通りレアな映像満載のホーム・ムービー)が差し挟まれる格好。

キャサリン夫人や子供達が語る、偉大なるインディペンデント映画の先駆者アルトマン監督の作品の醍醐味と、彼の名作群誕生の裏に隠された秘話が大変貴重な内容でしてね。これまであまり知られていなかったアルトマン監督の愛すべき実像が、家族の大きな愛情でもって再生されていました。苦楽を共にしたキャサリン夫人との二人三脚人生は、80年代に迎えた苦しい低迷期をなんとか乗り切り、「ザ・プレイヤー The Player」(1992年)から始まる第2の黄金期で大団円を迎えます。ハリウッドと闘いながら、表現者としての“独立、自由”を守る生き方には安全保障は一切なく、苦労の連続だったでしょう。しかしアルトマン監督は、スランプに陥っても決して悲観せず、その代わりよそ見をせずに、ただただまっすぐ自分の信じた道を突き進みました。そういった姿勢が、最終的には第2の黄金期を招きよせたのだと思います。

画像

才能ある俳優達、脚本家達、その他諸々のスタッフ達と、まるで共犯者のような関係を結び、自分が作りたい映画を作り続けたアルトマン監督。その生き様には、私達観客もまた、学ぶものが多いのも確かですね。

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
人間を愛した稀代の偏屈親父、アルトマンRobert Altman House of M/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる