House of M

アクセスカウンタ

zoom RSS 「第5惑星 Enemy Mine」―ウォルフガング・ペーターゼン監督

<<   作成日時 : 2015/12/13 19:57   >>

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

“敵”は己の中にあり。

「第5惑星 Enemy Mine」(1986年製作)
監督:ヴォルフガング・ペーターゼン Wolfgang Petersen
製作:スティーヴン・フリードマン
原作:バリー・ロングイヤー『Enemy Mine』
脚本:エドワード・カーマラク
撮影:トニー・アイミ
音楽:モーリス・ジャール
特殊メイクアップ:クリス・ウェイラス
特殊効果:ILM
出演:デニス・クエイド(ダヴィッジ)
ルイス・ゴセット・ジュニア(ドラコ星人、ジェリヴァ)
バンパー・ロビンソン(ジェリヴァの息子、ザミス)

21世紀末、地球人は宇宙へと進出を進めていた。ところが、その地球人の行動を不服とする者が現れた。1000年も前から宇宙進出を始めていたドラコ星人である。かくして地球人とドラコ星人の間に熾烈な戦争が勃発した。
あるとき、ドラコ星人の戦闘機が、地球人の宇宙ステーションを襲撃した。ウィリス・E・ダヴィッジ(デニス・クェイド)は、仲間とともに戦闘機に乗り込み、ただちに迎撃を開始した。敵機の撃墜に成功したものの、自機も損傷を受けたダヴィッジは、やむなく無人の惑星フィラインWに不時着した。
まもなく仲間は亡くなり、ダヴィッジは同じく不時着したはずの敵機を探す。仲間の仇を討つために、敵機に乗っていたドラコ星人に襲い掛かるが、逆に捕えられてしまう。フィラインWは、常に噴火している火山と溶岩から成る不毛の地であり、化石のような巨木の林があるだけの死の星であった。生き物といえば、固い甲羅を持つすばしこい亀のようなものと、砂地の中で不気味な触手を伸ばす怪物がいるだけだ。空からは時折隕石が降り注ぐ。
初めて間近でドラコ星人を見たダヴィッジは、その爬虫類を思わせる風貌に言葉を失う。空腹に絶えかねたダヴィッジは、ついにドラコ星人に話しかける。お互いにお互いの言語を解さないため、腹の探りあいをしながら身振り手振りで意思の疎通を試みる二人。ドラコ星人はジェリヴァ・シーガン(ルイス・ゴセット・ジュニア)と名乗った。捕えられた屈辱と、今まさに戦争している相手であるドラコ星人への憎しみで、ダヴィッジはジェリヴァにひどい言葉を投げつける。ジェリヴァもダヴィッジに銃を向けた。そのとき隕石が落下し、二人は不本意ながら一緒に洞窟の中へ避難した。

画像

翌日、目を覚ましたダヴィッジは、後ろ手に縛られていたロープを切り、密かにジェリヴァの戦闘機に積まれていた食料をむさぼり食う。気づいたジェリヴァが銃を向けたが、ダヴィッジは、この星で生き残るためには、お互いに協力し合わなければならないと訴えた。ジェリヴァを殺すチャンスだってあったが、そうはしなかった。ダヴィッジにだって、ジェリヴァの力が必要だったからだ。かくして二人の奇妙な共同生活が始まるのだが、あくまで優位に立っているのはジェリヴァの方である。ダヴィッジの戦闘機は跡形もなく大破してしまっていたからだ。ダヴィッジはジェリヴァの重い荷物を運ばされ、巨木の陰に隕石よけのシェルターまで作らされる。見ているだけのジェリヴァに怒り心頭のダヴィッジは、“くそったれ”を連発。
「今に見てろ、この醜いトカゲ野郎め!」
なんとか形になったシェルターはあっという間に崩れ、ジェリヴァは爆笑する。「クソッタレだな」
ジェリヴァは少しずつ地球の言葉を覚えていった。真っ先に覚えた言葉が「クソッタレ」なのはいうまでもない。片言ながらもコミュニケーションできるようになった二人。ダヴィッジは食べ物を狩るために弓を作り、少しでも快適な生活環境にしようと努力した。一方ジェリヴァは、あまりそういうことに関心がないのか、ドラコ星人の聖典であるタルマーンを毎日飽きもせず読みふけっている。ある夜ダヴィッジは、好奇心からタルマーンになにが書いてあるのか訊ねた。ジェリヴァはドラコの偉大なる指導者の教えだと、厳かに語った。ダヴィッジは鼻で笑い、地球にもそんな指導者がいるぜとうそぶく。
「ミッキー・マウスってんだ」
故郷の聖人を汚されたジェリヴァは怒り、またしても二人は口論してしまう。
ある日狩りに出たダヴィッジは、砂地に潜む怪物に食われそうになった。すんでのところでジェリヴァに救われた。負傷した足の治療をしてもらったダヴィッジは、ジェリヴァに暴言を吐いたことを詫び、ドラコ語を教えてくれるよう頼む。ジェリヴァは彼に聖典タルマーンが刻まれた金属製の小さなペンダントを与える。そしてこれから自分がダヴィッジの先生になろうと言うのだった。
「いい先生ではないかもしれないが…。ここには私しかいないからな」

星の生物の固い甲羅で、隕石よけのシェルターを完成させた二人は、一緒にそこで暮らし始めた。生きるために食べ、どちらかの故郷の探索船がやってこないかと、空に目を凝らす毎日。月日は静かに過ぎていく。ダヴィッジはドラコ語をマスターし、彼らの聖典も諳んじられるようになった。夕焼けの空に向かって二人で聖典を読む。と、そこへまたしても隕石が降ってきた。あわててシェルターに避難した二人。ダヴィッジは、なぜか体の動きが鈍くなっているジェリヴァを責めたてた。毎日毎日助けを待つだけの暮らしに疲れ果てていた彼は、やり場のない怒りをジェリヴァにぶつけたのだ。
「そんな鈍さで、宇宙征服が聞いて呆れる!」
「征服しようとしたのは地球人だ。ドラコは未知の世界の探求者なのだ!」
「なにお!そっちが先に戦争を仕掛けてきたくせに」
「先に攻めてきたのは地球人だ!地球人は宇宙の疫病神だ!」
二人は取っ組み合いの喧嘩をするが、やがてダヴィッジがジェリヴァにある提案をした。このままここで助けを待っていても、おそらく誰も来ないだろう。それよりこの星に、他に人がいないか探しに出ないか。そいつらが宇宙船を持っていたら、助けてもらえるかもしれない。毎晩大きな宇宙船が到着する夢を見るんだ。しかしジェリヴァは、その可能性を否定した。かたくなに、自分はここに残ると言い張る彼を残して、ダヴィッジは翌日シェルターを後にした。
ダヴィッジは不毛の大地を歩いて、やがて鉱山のようなところで、ペプシの缶が転がっているのを見つける。狂喜した彼は駆け出すが、そこでドラコ星人の骸骨をも発見した。この時代に悪名をとどろかせていた“鉱山荒らし”たちが、不法に鉱山の採掘を行っていたのだ。その際彼らは、捕えたドラコ星人を奴隷のように働かせていた。そんな連中に助けを求めるわけにはいかない。仕方なくダヴィッジはシェルターに戻ることにした。
ジェリヴァは、ダヴィッジが戻ってきたことを素直に喜んだ。しかし彼の様子がおかしい。なんとジェリヴァは子供を身ごもっていたのだ。雌雄同体のドラコ星人は、時が満ちれば自然に懐妊する。腹に新しい生命を宿していたジェリヴァは、ためにダヴィッジと一緒に行けなかったのだった。そんな彼にダヴィッジは、“鉱山荒らし”のことを言い出せなかった。
折りしも、季節は真冬。日に日に寒さが厳しくなる中、ジェリヴァの出産の時が近づいていた。彼は、生まれ来る子供にザミスという名をつけることを決めていた。その由来を訊ねるダヴィッジ。ドラコ星人は、雌雄同体のため血統が混じらない。故に、始祖から続く家系の血筋を非常に重んじるのだ。ザミスは彼の何代か前のシーガン家の名前であった。ある夜、突然怪物がジェリヴァを襲った。なんとか怪物を倒したものの、シェルターは壊されてしまう。命からがら逃げ出した二人は、猛吹雪の中を歩く。やっとの思いで洞窟にたどり着いたが、ジェリヴァの体力は目に見えて落ちていた。ジェリヴァはダヴィッジの家系のことを訊ねる。ダヴィッジは、コンピューター技師であった父親とウェイトレスであった母親、懐かしい祖父母の思い出を話して聞かせる。死を覚悟したジェリヴァは、ダヴィッジに最後の頼みをする。やがて生まれる子供は170代続く名門の出である。ドラコ星人にとってなによりの栄誉は、子供を連れて、ドラコの長老達の前で家系の始祖から続く名前を朗唱すること。本来ならその役目は親である自分であるが、その代わりをダヴィッジにやってほしいのだ。なんとかこの惑星から脱出し、いつの日か故郷にザミスを連れて行ってほしい。そして、腹を開いて子供をとりあげてくれと言い残し、ジェリヴァは息絶えた。唯一の友を失ったダヴィッジは、泣きながらジェリヴァの子供をとりあげた。
食べ物もなにもない惑星で、ダヴィッジは必死でザミスを育て上げる。ザミスはすくすく大きくなった。自分とダヴィッジの見かけの違いを不思議がるザミス(バンパー・ロビンソン)に、ドラコ星人と地球人の違いを教えるダヴィッジ。
「僕の指も、おじさんのみたいに5本になるの?」
自分の容姿の醜さを気にするザミスを力づけるダヴィッジ。
ある日、惑星に宇宙船が飛来した。ダヴィッジが様子を見に行くと、それは鉱山荒らしの連中の宇宙船であった。ダヴィッジはザミスを守るために、彼に一人で勝手に出歩いたりしないことを約束させる。そして彼ら違法採鉱者のことは忘れることにした。それよりも、大きくなったザミスに教育が必要なことを痛感し、彼にドラコ星人としての誇りを教える。そして、父ジェリヴァのことを話して聞かせるのだった。
ところがある日、ザミスは好奇心に負けて、勝手に採掘場まで行ってしまう。ドラコ星人が奴隷として働かされている現場を見てしまったザミスは、採鉱者に摺われる。救出に行ったダヴィッジは撃たれた。その後、惑星上空を偵察中の宇宙軍に発見されたダヴィッジは、身元不明の死体として宇宙葬にされる直前に息をふき返した。彼は手術室に連れて行かれ、無事に意識を回復する。ところが彼は、ザミスを想ってうわ言でドラコ語をしゃべっていたので、ドラコ星のスパイ容疑をかけられてしまった。一刻も早くザミスを救出するため、止めようとするかつての仲間を振り切り、戦闘機を盗むとフィラインWに向かった。
ダヴィッジは採掘場へ行くと、奴隷となっていたドラコ星人にザミスの行方を尋ねて廻る。彼は採掘業者の一人を倒し、ただ一人地球語を話せるドラコ星人からザミスの行方を聞いた。そして単身、業者の宇宙船に潜入し、檻に囚われていたザミスを救おうと奮闘する。そこへ地球軍戦闘機が到着し、人間とドラコ星人は共同で、ダヴィッジとザミスの二人を助けてくれた。ザミスは意識を取り戻し、“おじさん”に抱きつく。
ダヴィッジは他のドラコ星人たちと共に彼を故郷へ送り届けた。そして、ジェリヴァとの誓いを果たすため、ザミスを長老の前に連れて行き、ザミスの家系を始祖から朗々と謳いあげたのだった。ザミスは長じて後、自分の家系の名前の最後に“ウィリス・E・ダヴィッジ”を付け加えたという。
ダヴィッジとジェリヴァの物語は、地球人とドラコ星人の間の戦争を終結させることになったのである。

第5惑星 [DVD]
20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント
2006-03-10

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る


「Uボート」と「ネバー・エンデイング・ストーリー」の2作で世界的な名声を得たペーターゼン監督は、ついにこの作品でハリウッド資本下での映画製作に着手しました。

太平洋の地獄 [DVD]
角川映画
2004-08-27

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る


原作となった『Enemy Mine』は、1968年に製作された異色の戦争映画「太平洋の地獄」(ジョン・ブアマン John Boorman監督。リー・マービン、三船敏郎のみ出演)を下敷きに書かれたものです。この映画は、太平洋戦争時にカロリン諸島のある無人島に流れ着いた、日本海軍大尉(三船敏郎)とアメリカ海軍少佐(リー・マービン)の、生存のための静かなる争いを淡々と描きました。互いの言葉も思想も文化・生活背景もわからぬまま、生きるために共同で暮らす二人。戦争は、世界規模の異文化の衝突ですが、この人里はなれた孤島で繰り広げられる彼らの争いも、究極の異文化衝突だといえるでしょう。

「第5惑星」の大半は、この「太平洋の地獄」の舞台を宇宙に移したごとくのストーリーが展開されていきます。地球人であるダヴィッジとドラコ星人であるジェリヴァが、互いの無知から反発しあうものの、過酷な環境で生きるために争うことの無意味さを悟り、互いの言葉や思想、文化などを受容していく様子が淡々と描かれていくのです。
しかし、ダヴィッジ自身の、異なる文化(しかも敵対する相手の文化)への理解が、真の敬意に変わっていったのは、やはりジェリヴァが死んだ後であったと思いますね。それはジェリヴァにしても同様で、彼は自らの死に際して、初めて心からダヴィッジに対して全てをゆだねるまでに彼を信じることができたのでしょう。ジェリヴァの死という尊い犠牲は、ダヴィッジのザミスへの無私の愛情を育み、また、異文化への敬意をその心中に植えつけました。
そしてもう一つ、この作品で大事なことは、ドラコ星人にとっての“家系”の重要性でしょう。彼らにとって、長老たちの前で自らの家系の始祖を朗誦することは、命に換えても名誉なことなのです。彼らは雌雄同体であるために、他の個体の血が混じりません。真に純潔な血統を守り抜いたという意味において、その血筋を誇りに思うことはよく理解できます。が、その意識は一つ間違うと、同胞を生まれながらに選ばれた血筋とそうでない血筋とに分けるという差別にもつながりかねません。しかし推測するに、そういった危惧よりも重要なのは、家系をすべて諳んじるという行為が、自分がどこから来たのかということを常に自分に知らしめ、祖先を敬うという行動につながっていくことでしょう。

画像

まあ、血筋による他者の差別を戒めるために、彼らは常に聖典を読み返すのでしょうけどね。その教えの中には、当然地球人であるダヴィッジも聞いた覚えのある事柄が含まれています。いわく、争いをしかけてくる相手に対して、愛をもって接しなければならない ―キリスト教でも仏教でも、繰り返し戒められる教えですよね。ジェリヴァは、真理はたった一つしかないのであるから、尊い教えはどこにあっても真理でありうるとダヴィッジに言いますが、その通りだと思います。テロや紛争がはびこる昨今、思想や宗教の違いなどで、容易に差別を受けてしまうようになった現在、この作品をそういう観点から観直してみるのもいいかもしれませんね。
それから、ドラコ星人ジェリヴァ、その息子ザミスを演じたのが、二人ともに黒人俳優であること。これはわざとそう意図したものかもしれません。彼らの役柄を白人でなく、黒人が演じることで、ペーターゼンは地球上に大昔から存在する白人対黒人の人種の衝突を重ね合わせ、その無意味さを描きたかったのでしょうか。

クリーチャーデザインはクリス・ウェイラス、特殊効果はILMが担当していますが、さすがにCG全盛時代の現在見ると、その稚拙さが目に付いてしまいますね(笑)。作品の主題はそこにはありませんから、これはこれでいいとしましょう。
この作品の興行成績は、以前の記事でお知らせしたとおり、あまり奮いませんでした。が、SF映画としては非常に特殊で、メッセージ性の強い今作を評価する観客は意外に多いのです。


にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
ナイス ナイス
面白い
「第5惑星 Enemy Mine」―ウォルフガング・ペーターゼン監督 House of M/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる