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zoom RSS 他人の不幸は密の味…「フェティッシュ Curdled」

<<   作成日時 : 2015/07/17 18:52   >>

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現実は想像するほどひどくはないわ!

「フェティッシュ Curdled」(1996年製作)
監督:レブ・ブラドック
製作:ジョン・マース&ポール・プーグ
製作総指揮:クエンティン・タランティーノ
脚本:レブ・ブラドック&ジョン・マース
撮影:スティーヴン・バーンスタイン
美術:ウェンディ・マカロック
衣裳:ビヴァリー・ネルソン・サフィア
音楽:ジョセフ・ジュリアン・ゴンザレス
プロダクションデザイナー:シャーマン・ウィリアムズ
録音:ピーター・デルヴィン
出演:アンジェラ・ジョーンズ(ガブリエラ)
ウィリアム・ボールドウィン(ポール・グエル)
バリー・コービン(ロジャー)
メル・ゴーラム(エレナ)
ブルース・ラムゼイ(エドアルド)他。

1970年代のコロンビア。
政情不安定なこの国では、銃撃事件や殺人事件は日常茶飯事。下町に暮らす人々はいつしか、毎日のように起こる殺人沙汰に慣れっこになってしまった。天使のように愛くるしい少女ガブリエラも同様だ。今日も彼女の目の前で、撃たれた男が血まみれになってこと切れる。死体の周囲には、物見高い野次馬連中が集まってきた。娯楽の少ないこの界隈では、こんな光景は一種の余興ともいえる。警察が現れ、野次馬達が蜘蛛の子を散らすようにいなくなると、ガブリエラは恐怖を押し殺してそっと死体を覗き込んだ。彼女には、どうしようもなく人の“死”に惹きつけられるという、誰にも言えない秘密があったのだ。
1990年代アメリカ、マイアミ。
美しく成人したガブリエラは、南米から亡命してきた人々が多く住む下町に暮らしていた。パン屋で清掃婦として働いているが、平凡な毎日の無聊を慰めるのは、子供の頃からの秘めたる趣味、殺人事件を伝える新聞記事のスクラップだ。センセーショナルな殺人事件を報じる記事のスクラップは、今や一大コレクションになり、分厚いアルバムになってしまった。
また、マイアミで放映されている殺人事件ドキュメント番組「マイアミD.O.A」は、目下ガブリエラの大のお気に入りだ。彼女は毎週この番組をつぶさに観ては、琴線に触れる事件を追っかけている。今マイアミ界隈を震撼させているのは、連続殺人鬼“ブルー・ブラッド・キラー”。ブルー・ブラッドは富豪の中年女性ばかりを狙う猟奇的殺人者で、ナイフで被害者を散々切りつけて苦しませては、最後に鋭利な刀で首を落とすという残忍な手口で恐れられていた。被害者はすでに4名。しかしながら、警察では何の手がかりもつかむことができず、ブルー・ブラッドの正体は一切闇に包まれたままだった。最後に首を切り落とす。これこそが、ガブリエラが今熱烈にブルー・ブラッドの動向を追っかけている理由でもある。彼女は、幼い頃に観た映画で目にしたギロチンのシーンが忘れられないのだ。劇中、死刑執行人によって切り落とされた首は、最後になにか一言しゃべっていた。切断された首は最後になにをしゃべるのだろう。彼女はただただ子供のような純粋さで、首の最後の言葉を聞いてみたいのだ。ブルー・ブラッドは、すでに4人の首を切り落としている。きっと彼なら“最後の言葉”を聞いているに違いない!
「マイアミD.O.A」にCMが入った。なんとそのCMは、殺人事件の現場を専門にしている清掃会社のもの。そんな仕事があるなんて!ガブリエラは慌ててその会社の電話番号を控える。これこそ自分の天職だと有頂天になりながら。
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清掃会社に採用してもらえるよう、早速会社のオフィスに向かうガブリエラ。そこは、オフィスというより倉庫と呼ぶのが相応しいほど辛気臭い会社であった。ボスのロジャーは元検死局で働いていた男で、腰を悪くして退職し、新たに清掃会社を立ち上げたのだ。大小の殺人事件が耐えないここマイアミでは、需要は引きもきらない。だがそんな血なまぐさい職場で働こうという人間もいないため、ロジャーはすっかり人手不足に悩まされていた。現に今いる従業員は、みなラテン系の低所得者層の女性ばかり。そこで彼は、急きょガブリエラを試験的に採用することにした。ただし、ベテラン従業員エレナの監視付きで、きちんと仕事の手順を覚えてから。ロジャーの方針により、会社にはホラー・マニアは一切入れないのだ。ガブリエラは内心小躍りしたくなる衝動をこらえ、せいぜい殊勝に振舞って見せた。どんなに胆っ玉の座った従業員でも、初めて殺人の現場を目にした時はショックのあまり嘔吐するものらしいから。
その頃、世間でブルー・ブラッドと呼ばれている男は、バーテンとして働いているバーで、交際相手カトリーナから別れ話を切り出されていた。彼女は、食品会社を中心に手広く経営しているやり手の女性実業家だ。夫が自宅に戻ってくるので、愛人関係を清算したいという。「楽しかったわ」の一言でさっさと自分を捨てようとする女に、彼の怒りが身のうちで燃え上がる。彼は表面上は冷静さを装いながら、最後の思い出に明日の夜会いに行くと約束した。
エレナはガブリエラに清掃の手順を教える。現場に張られた被害者を型どったテープをはがし、こびりついた血糊をはがす薬品スプレーを散布する。しばし待った後、ぞうきんで汚れを洗い落とす…。ガブリエラは初めて見る本物の殺人現場に興味津々だった。新聞の写真で見るのとはやはり違う。彼女はエレナの話など馬耳東風、血のついたテープを眺めては、被害者の状況を刑事張りに当ててみせる。なんでも知りたがる子供のように、陰惨な事件の話ばかりしたがるガブリエラに、エレナはほとほと困り果ててしまった。エレナは、上司にこっそりガブリエラはちょっと変わっていると報告した。控え室でガブリエラは、ロジャーの秘書がブルー・ブラッドの現場地図を記したファイルをしまいこむのを目撃。彼女はこっそりそのファイルを盗み出した。
ガブリエラが以前勤めていたパン屋の職人エドアルドが訪ねてきた。ガブリエラと食事するためだ。彼は、殺人事件が趣味だという少々変わった彼女を憎からず思っており、彼女のためにも今の清掃会社を辞めてほしいと願っていた。しかしガブリエラには辞める気など一切ない。直に殺人事件の現場に触れられるなど、願ってもないチャンスだから。説得するのは諦めたエドアルドは、週末の夜ダンス・バーでデートしようと持ちかける。彼が帰っていくと、ガブリエラは待ってましたとばかりに盗んだファイルを部屋に広げ、ラテンのダンス・ミュージックをバックにブルー・ブラッドの犯行を再現してみるのだった。
ガブリエラの働く会社でも、ブルー・ブラッドの噂で持ちきりだ。エレナも他の同僚も、ブルー・ブラッドの犯行現場の後始末をした経験があるという。それはそれは凄惨な現場で、清掃も困難を極める。誰しももう二度とあの現場はイヤだとげっそりしていた。ガブリエラが、切断された首が最後にしゃべる言葉を知りたいと口走ると、皆それを笑い飛ばす。胴体から離れた首がしゃべるわけはないだろうと。
夜。ブルー・ブラッドはカトリーナの屋敷にいた。全身血まみれのカトリーナを這い蹲らせつつ、彼はのんきに手を洗いながら世間話などしている。お楽しみの時間を先に延ばす、彼にとって最も心躍るひとときだ。ところがとどめを刺す前一瞬彼が目を離した隙に、カトリーナは最後の力を振り絞って床にダイイング・メッセージを記した。油性のペンではっきりと、“ポール・グエル”と。ブルー・ブラッドことポールは怒り狂い、首を切るのも忘れてカトリーナを刺し殺す。彼女の身体から溢れだした血液はゆっくりとダイイング・メッセージを覆っていった。今まで証拠を残さなかった殺人鬼、ブルー・ブラッドの不覚である。
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会社にカトリーナの屋敷の清掃依頼が舞い込んだ。ロジャーは倍の給料を出すと言うが、従業員は皆しり込みする。そんな中、ガブリエラは嬉々として1人手を挙げた。ロジャーとしては、できればベテランの従業員に任せたい。そこで、事件への好奇心が行き過ぎるガブリエラに一言厳しく注意して、エレナと彼女を現場に送り出すのだった。
とんだとばっちりを食ったエレナはカンカンだ。彼女は、清掃中にも能天気なサルサ・ミュージックをかけたりして浮かれすぎる相棒に、散々お説教した。その頃、誰もいないはずの現場には、ポールが1人床に書かれた自分の名前を消そうと悪戦苦闘していた。凝固しかけた血糊の下の文字は容易には消えない。屋敷内にエレナとガブリエラが入ってくる気配を感じた彼は、ひとまずワインセラーの中に身を潜める。どこもかしこも血だらけの現場を目にしたエレナはうんざりだ。汚臭もひどい。だがガブリエラは、今回の被害者が手を伸ばした格好でこと切れていたことに疑問を抱く。ブルー・ブラッドが今回首を切らなかったのはなぜか。好奇心も露にあちこち見て廻る彼女は、台所の大量の血痕の下に、人の名前が記されているのを発見してしまった。いつのまにか閉じ込められたワインセラーの窓から、ポールも緊張しながらその模様を見守る。だが夕方の5時になり、清掃作業は一時中断された。エレナが子供を迎えに行くため、有無を言わさずガブリエラに帰宅を命じたからだ。ガブリエラはその名前が被害者のダイイング・メッセージ、犯人の名前だと直感し、慌てて証拠を隠滅してその場を後にした。当の犯人が見ているとも知らずに。
その夜、ガブリエラとエドアルドは、サルサ・バンドの生演奏に合わせてダンスを楽しんでいた。だがガブリエラの頭からは例のダイイング・メッセージのことが離れない。清掃婦の自分が、警察も知らない物的証拠を掴んでしまったのだ。ガブリエラはデートもそこそこに、へっぴり腰のエドアルドを屋敷まで引っ張っていった。現場にまだ残る大量の血痕を見て、ショックのあまり気を失わんばかりのエドアルドを尻目に、彼女は実際の犯行がどのようであったかを熱心に説明し始める。屋敷内のどこにどんな血痕が付着していたかは、すっかり彼女の頭に入っている。エドアルドはそんな彼女の様子に腹を立て、1人屋敷から去っていった。
彼らがもみ合った拍子にワインセラーの鍵が開き、ようやく解放されたポールは、油断なくガブリエラを見張っていた。すると彼女は、彼が予想もしない行動に出た。カセットのスイッチを入れ、サルサのリズムに乗りながら近場にあったナイフを手に取る。そして、踊りながら彼の凶行を正確に再現するのだ。陰惨なはずの殺人が、なんとも楽しげなリズムをバックに甦る。すっかり感心したポールは、気を変えて屋敷に引き返してきたエドアルドを一撃で気絶させ、死の舞踏を見守った。フィニッシュで、カトリーナがこと切れた場所に仰向けに倒れたガブリエラの目に、ポールの姿が映る。ただならぬ雰囲気を漂わせる彼の命じるまま、ガブリエラはダイイング・メッセージを薬品で洗い落とした。この男こそブルー・ブラッドか。犯人の顔を見た自分は彼に殺されるかもしれない。その恐怖はさすがのガブリエラをも震えあがらせたが、それでも彼女はこう聞かずにはいられなかった。
「切り落とされた首はなにをしゃべるの?」
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ポールは死を目前にしても好奇心いっぱいの彼女に呆れ、一緒にダンスしようと誘った。緊張しながらも、憧れの(?)男と情熱的なサルサを踊るガブリエラ。2人の息は奇妙なほどぴったりだ。殺人マニアと殺人事件マニアの不思議なコンビ。ポールはガブリエラの質問攻めにあう。なぜナイフと刀を使い分けるのか。なぜ最後に首を切り落とすのか。ポールにとって首を切る瞬間とは、人間の最も純粋な美が現出する、厳粛な時間なのだ。だからその瞬間には、必ず被害者の目を自分に向けさせる。まっすぐ自分を見つめさせたまま切断するのだ。やがて恍惚とし始めたポールの横で、ガブリエラもそのときの彼の心情を追体験しようと頑張る。だが彼は肝心なことに触れていない。首は最後になにをしゃべるのかだ。さすがのポールですら、その質問には答えられなかった。切られた首がしゃべるはずがないし、彼にしてみればそんなことはどうでもいいのだから。自分の長年の疑問に答えてくれないポールに、ガブリエラは急速に興味を失っていく。自分に向けられた視線が見る見るうちに冷めていくのを敏感に感じ取ったポールは、ガブリエラにナイフの刃を振りかざした。結局はガブリエラも他の雌ブタどもと同じなのだ。ポールの様子が急変した。ガブリエラは必死で逃げ惑う。ところが彼は、血糊に足を滑らせて床にしたたか後頭部をぶつけ、気を失ってしまう。
ガブリエラは、テープに録音できるようカセットを近くにセットする。そして震える手にナイフを持った。今こそ長年の疑問を解決するチャンスなのだ。怖いけれども好奇心には勝てない。彼女はナイフを振りかざし、ポールの首を切り落とした。目をいっぱいに見開いて首を捧げ持った彼女に、それはこうしゃべった。「…ガブリエラ…」と。彼女は心から満足し、にっこりと微笑んでみせたのである。

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元々この作品は、監督のレブ・ブラドックが籍を置いていた、フロリダ州立大学の卒業制作作品として1991年に撮られた30分程度の短編だったそうです。基本プロットは長編となった今作と全く同じ。主演もアンジェラ・ジョーンズでした。巡り巡ってその短編をイタリアの映画祭で観たのが、クウェンティン・タランティーノ。彼は当時、自身の監督作「レザボア・ドッグス」で一躍映画界の寵児となっていました。トニー・スコット監督の「トゥルー・ロマンス」の脚本も手がけ、映画製作のみならず、俳優にも活動の場を広げている時期でした。彼はこのブラック・コメディをいたく気に入り、長編に仕立て直すための資金提供をブラドック監督に申し出ます。そして、主役の摩訶不思議女性ガブリエラを好演したジョーンズを、急遽次作の「パルプ・フィクション」に起用したのです。あの、殺人事件に異常な興味を示す女タクシー運転手エスメラルダを覚えておられるでしょうか。彼女のサイド・ストーリーともいえるのが、今作なのですね。
長編化されるにあたり脚本の書き直しがされ、ガブリエラの生い立ちや生活環境といった、ストーリーに血肉を与える背後の描写が数多く盛り込まれることになりました。ガブリエラとは、殺人事件にただならぬ関心を持ち、生首が最後に喋る言葉をどうしても知りたいと願う、子供のような好奇心を持ったまま大人になった女性です。子供の好奇心はあまりに純粋で、時に非常に残酷にもなりますが、ガブリエラのそれもまさしくそう。彼女は別に変態でもなんでもなく、休日にはお菓子を焼いたり、恋の予感に胸をときめかせたりするごく普通の女性なんですね。ただ、趣味が“殺人事件の真相を知りたい”というだけの話。でも考えてみれば、ガブリエラの好奇心って、センセーショナルな殺人事件に群がる一般大衆の野次馬根性と寸分違いません。私たちは、自分に直接関係ない世界だと思うからこそ、連続殺人や猟奇殺人の真相を知りたいわけです。もっと言えば、他人の死を一目覗いてみたいという、究極のタブーへの欲求を満たす行為ともいえるでしょう。私たちのそうした煩悩に応えるべく、昔も今も世界中で殺人鬼を取り上げた書物が書かれ、映画が製作されているのです。つまり大衆は、他人の不幸を知ることで己の幸せを噛み締めたいのですよ。
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ついに念願かなったガブリエラが、殺人鬼の告白を好奇心むき出しで聞き入るシーン、凄惨な殺人現場で呑気に踊っている彼女を、殺人鬼が逆にたしなめたりするシーンに、本末転倒でありながらも苦笑を禁じえないのはなぜか。それは、大衆が心の奥深くに秘めている願望を、ガブリエラの不謹慎な行動全てが代弁しているためでしょう。ですから、彼女が最終的に殺人鬼と同じ穴のむじなになってしまうラストシーンに至って、観客はいたたまれない心境になるわけです。人の死を己の過ぎたる好奇心の犠牲にするという行為は、結局のところ快楽殺人鬼と同じではないか、と。この作品の言わんとすることもまさにそれです。この作品が R指定を受けた本当の理由は、おそらくこの辺りにあるでしょうね。画面上に実際の殺しのシーンは映りませんし、ホラー映画ほどには血糊の量も多いわけではありません。ガブリエラを通じて、死に群がる人間の俗物振りを笑い飛ばすという作品のテーマそのものが、嫌われたものと思われます。
この作品のおもしろい点は、ガブリエラを取り巻く低所得者層の人々の生活がかなりリアルに描かれているところ。特に、彼女が天啓を得る清掃会社の同僚たちのキャラクターが、生き生きと活写されていていいですね。すぐ仕事をなまける者、真面目でおとなしい者、私生活は派手派手な者…。皆それぞれに厳しい仕事をこなし、ちゃんと自活できていることに誇りを持っているのです。こと、タフで常識人で頼りがいのある相棒エレナの素晴らしいこと。彼女は、いつも夢見がちなガブリエラに、凄惨な現実を直視しろと叱責します。それに対するガブリエラの言葉が、「現実は想像するほどひどくはない」というもの。これは多分、作品に嫌悪感を示すであろう観客への、監督なりの回答ではないかと思うのです。持てる者が搾取するばかりの世の中ではなく、彼らが切り刻まれることで持たざる者が潤うことだってあるわけですからね(笑)。
劇中、ガブリエラたちが床磨きに苦心するシーンと、ブルー・ブラッド・キラーが金持ちの有閑夫人たちをなぶり殺しにするシーンが交互に登場し、実に対照的。「バックドラフト」で一躍スターの仲間入りをしたウィリアム・ボールドウィンが、冷血そのものの殺人鬼を魅惑的に演じています。ブランドもののスーツをぴしっと着こなし、優雅な立ち振る舞いを見せる彼は、おそらく金持ち女性のジゴロであったと推察できます。自分をペットのように扱う彼女たちを軽蔑しつつも、その金に目がくらんでいたのでしょう。誇り高い彼は、“拒絶”されることを嫌います。でもガブリエラも、最後の最後に彼を拒絶してしまった…。彼と同じぐらい踊りがうまくて、大きな目をくりくりさせながら彼の話に聞き入る彼女は、彼とお似合いであったのに…。作品冒頭から最後まで流れ続けて、映画に重要なテイストを加味しているラテン・ミュージックのリズムと、ガブリエラを演じたアンジェラ・ジョーンズの少女のようなキュートな存在感がなければ、この奇妙なお話は成り立たなかったでしょうね。

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…そうそう、エンドクレジットで流れる曲のギターを弾いているのは、元ガンズ・アンド・ローゼスのスラッシュ Slashです。

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