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zoom RSS 第七官界転生―「ウィリアム・S・バロウズ/路上の司祭」 William S. Burroughs

<<   作成日時 : 2018/01/29 20:00   >>

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幻視を水中深くに潜行することに例えれば、肺の中の酸素が欠乏するにつれ現れる死の走馬灯は、彼が見る幻影の全てに似ているだろう。もし一時でも顔を水の上に出すことが叶うなら、酸素の流入によってほんの一瞬戻ってくる明瞭なる意識こそ、彼にとってのささやかな現実に他ならない。

抗しがたい誘惑を以って彼を誘う幻想世界は永遠の命を得、我が身に苦痛をもたらす現実世界は今や遠い意識の彼岸へ追いやられつつある。きっと彼は、この身体を現実世界に晒しながら、魂だけは幻想世界の住人となったのであろう。

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ウィリアム・シュワード・バロウズ William Seward Burroughs II

1914年2月5日生まれ
1997年8月2日没
アメリカ、ミズーリ州セントルイス出身

バロウズの祖父は発明家であり、後年ユニシスの土台となるバロース加算機社を設立した事業家としても成功を収めた。しかし、早世した彼の息子たちは同社の経営にいっさい関与することなく、従ってその後のバロース社の株価高騰の恩恵にも浴さなかった。バロウズの父はガラス工場を設立して、ありふれた中小企業経営者として残りの生涯を過ごし、息子のバロウズはといえば、ハーヴァード大学に入学してT・S・エリオットの研究に没頭した。秀才ではあったが生活力は皆無で、大学卒業後は定職にも就かず親のすねをかじって細々と生き延びる。定職どころか定住地もなく、アメリカを放浪している間に一時期立ち寄ったニューヨークでは、ビートニク・カルチャーの申し子である詩人アレン・ギンズバーグや、作家ジャック・ケルアックらと交流を持っている。この時代特有の悪しき慣習であるドラッグは既にバロウズの肉体を蝕んでおり、その副作用で朦朧としながらも、ギンズバーグやケルアックら仲間たちの勧めもあって作家となる決意を固めた。1949年からはメキシコ・シティに移住し、その3年後の1952年にようやくデビュー作「ジャンキー」を上梓した。だが、定まったストーリーラインを持たず、イメージの細切れが奔流のごとく流れる内容はあまりにアヴァンギャルドで、後に“カット・アップ”として確立する文体も当時一般には理解されず、文壇における反応も芳しくはなかった。1953年にはモロッコのタンジールに住まいを移し、大変な努力でドラッグ断ちに成功してからは一時筆を折っていた。

裸のランチ (河出文庫)
河出書房
ウィリアム・バロウズ

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「裸のランチ The Naked Lunch」(1959年)
ウィリアム・バロウズ著

1959年、やはりギンズバーグらの助力の下、長年にわたって書きためていた文章の断片を自伝的小説「裸のランチ The Naked Lunch」にまとめた。アンチモラル、反社会的、グロテスク、暴力的な内容で発禁処分を受けたが、ウィリアム・テルごっこをしていて妻を誤射してしまった事件など話題性には事欠かず、却って近未来的実験小説の旗手ともてはやされることになる。“カット・アップ cut-up technique”手法という独特の文体を確立したこの小説は、 1992年にカナダの映画監督デヴィッド・クローネンバーグ David Cronenbergにより映画化もされた。バロウズを敬愛してやまない同監督は、モロッコ時代のバロウズの実体験や他の諸作品の要素を織り込んで小説を翻案し直し、彼なりの“カット・アップ”を施した独自の映像としてよみがえらせている。
晩年の彼は、パフォーマンス・アーティストのローリー・アンダーソンや、ニルヴァーナの故カート・コバーン Kurt Cobain、あるいは映画監督のガス・ヴァン・サント Gus Van Santなど、彼を愛する芸術家たちによって神格化が成された。

・長編小説 novels
「ジャンキー」(1953) 思潮社
「裸のランチ」(1959) 河出書房新社
「ソフトマシーン」(1961) ペヨトル工房
「爆発した切符」(1962) サンリオSF文庫
「ノヴァ急報」(1964) ペヨトル工房
「ダッチ・シュルツ最期のことば」(1970) 白水社
「ワイルド・ボーイズ[猛者]:死者の書」(1971) ペヨトル工房
「おぼえていないときもある」(1973) ペヨトル工房
「ブレードランナー」(1979) トレヴィル
「シティーズ・オブ・ザ・レッド・ナイト」(1981) 思潮社
「ア・プークイズヒア」(1982) ファラオ企画
「デッド・ロード」(1983) 思潮社
「おかま」(1985) ペヨトル工房
「バロウズという名の男」(1985) ペヨトル工房
「内なるネコ」(1986) 河出書房新社
「ウエスタン・ランド」(1987) 思潮社
「ゴースト」(1991) 河出書房新社
「夢の書:わが教育」(1995) 河出書房新社

・書簡集
「麻薬書簡」(1963)ウィリアム・バロウズ、アレン・ギンズバーグ著 思潮社

・短編集 short stories
「トルネイド・アレイ」(1989) 思潮社
感謝祭 1986年11月28日
証券取引所、襲撃
ジョー・ザ・デッドのかわりに話そう
悪臭を放つ街路の果て
堕天使
影の書
最後の場所

・短編 short story
おぼえていないときもある
マダカスカルの幽霊レムール
露助 -ルスキ
ドラッグ・ヒステリーはお断り
ジャンキーのクリスマス
谷間の物語

・出演(劇映画) film
1966年「チャパクア」
1983年「デコーダー」
1984年「映画を探して」
1988年「ワンナイト・オブ・ブロードウェイ」
1989年「ドラッグストア・カウボーイ」
1990年「ツイスター/大富豪といかれた家族たち」
1991年「WAX 蜜蜂テレビの発見」

・出演(ドキュメンタリー映画) documentary film
1984年「バロウズ」
1985年「ケルアックに何が起こったのか?」
1986年「ローリー・アンダーソン 0&1 トップ」
1988年「ヘビー・ペッティング」
1994年「アインシュタインの脳」
1995年「SEPTEMBER Songs 9月のクルト・ヴァイル」
1998年「シェルタリング・スカイを書いた男 ポール・ボウルズの告白」
1999年「ビートニク」


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以前から観たいと切望していた、作家バロウズの生前のインタビューの模様を収録したドキュメンタリー「ウィリアム・S・バロウズ/路上の司祭 William S. Burroughs: Commissioner of Sewers」(1991年)を観た。発明家にして事業家の家柄に生まれながら、その経済的恩恵をなにひとつ享受することなく、ドラッグ中毒に苦しんだ挙句作家となった男、バロウズ。異端としての彼の奇妙なる生き様は、それだけで1冊の膨大な小説となりうるだろう。

英国作家J・G・バラード J.G. Ballard(「太陽の帝国 The Empire of the Sun」「クラッシュ Crash」)や、故カート・コバーン Kurt Cobainといった多くの心酔者の言を待たなくとも、彼の生み出す独特の世界観は、遅かれ早かれ世界中の人々の精神を狂わせたに違いない。ドラッグにまみれ、生死の境をさまよった者だけが垣間見る天国と地獄の光景は、作家としてのバロウズのインスピレーションの源だ。後年にはドラッグ断ちを決行し、以降は反ドラッグ的立場を顕著にしたが、露悪的でキッチュ、官能的で非情な暴力にあふれ、反体制たることを使命とする彼の作品世界は悪夢にも似て、近づく者をことごとくバロウズという名のドラッグ常習者にしてしまう。

そんな危険な作家の成り立ちや、作家としてのスタンスをインタビュー形式で大いに語ったのがこのドキュメンタリーである。インタビューと同時進行で、1986年5月9日、東西統一前のベルリンで行われた生前最後のリーディング(自作を観客の前で朗読すること)の映像も収められており、個人的には非常に興味深く観ることが出来た。なんといってもバロウズの人となりがいい。とても魅力的だ。語る言葉には時折突拍子もない狂気じみた発想が混じるが、それさえも聞く者に真実と信じ込ませてしまう程、圧倒的な説得力と存在感が彼自身にあるのだ。ステージ上でのリーディングの様子は、燻し銀の境地に立った名落語家の噺を聞くことにも似て、まさしく麻薬のような吸引力に満ちている。長年の喫煙で痰の絡んだようなだみ声となった彼は、スキャンダラスで挑発的な作品世界を余すところなく表現していく。政治を、権力構造を時に激しく、また時に大いにシニカルにコケにするその内容と、バロウズ自身が歩んだ人生は完全に一致しているのだ。彼のリーディングは初めて聞いたのだが、私自身、時折劇中の観客と一緒に大笑いする部分もあり、ご本人はさぞかしウィットに富んだ人物であろうと推測出来る。

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私がバロウズの作品に触れたきっかけは、ご他聞にもれずクローネンバーグ監督との関連からだ。かつてクローネンバーグは、バロウズの著書「裸のランチ The Naked Lunch」を映像化した。完成した映画は、必ずしも原作に忠実であったわけではないが、そもそも確固としたストーリーラインを持たぬ小説を映像にするには、それなりの翻案が必要になるのだ。その意味では、クローネンバーグの「裸のランチ」は、バロウズ作品の映画化としてはとても理想的であったと言える。そこで私も原作に興味を持ち、バロウズ作品を知ることになる。前述の小説や、「おかま」「ソフトマシーン」「ブレードランナー」(同名のスコット監督作品とは全くの無関係)などを読んだが、そのいずれの作品でも、雑多なイメージが場所も時間軸も無視して縦横無尽に羅列されている。

当初は私も随分戸惑ったこのスタイルは、“カット・アップ cut-up technique”と呼ばれる表現形式らしい。完成した文章をいったんバラバラに解体し、その後福笑いの要領で繋ぎ合わせていく。その独特のスタイルでもってバロウズの作家性が確立するのだが、このカット・アップは、読み慣れるとクセになる心地良さがある。まさしく魑魅魍魎跋扈する世界を、あまりにも深く遠く生きたバロウズという人間の生き方を表すのに、最適なツールであろう。

生と死の曖昧模糊とした境界線を時には踏み外しながら、常に死神を侍らせつつ、それでも80年余に渡ってしぶとく生き続けた男、バロウズ。ドラッグと酒におぼれながら、この世の隙間から何度も何度も地獄を垣間見たであろうことは、想像に難くない。世界中がある意味遁世的でもあった60年代を生き抜き、時には奇跡にも助けられて何度も死の淵から蘇った男は、インタビューの最後に若者に向けてこんなメッセージを残している。

「どんなことをしても、生きるべきなのだ」

この言葉のもつ意味は、今もなお重い。



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