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zoom RSS ムスタングに捧げるバラード―「Hidalgo(オーシャン・オブ・ファイヤー)」

<<   作成日時 : 2014/01/02 01:38   >>

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馬と共に生きたある男の物語。

「Hidalgo(オーシャン・オブ・ファイヤー)」(2004年製作)
監督:ジョー・ジョンストン
製作:ケイシー・シルヴァー
脚本:ジョン・フスコ
撮影:シェリー・ジョンソン
プロダクションデザイン:バリー・ロビンソン
編集:ロバート・ダルヴァ
特撮:ILM/Industrial Light & Magic(視覚効果)
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:ヴィゴ・モーテンセン(フランク・ホプキンス)
オマー・シャリフ(シーク・リヤド)
ズレイカ・ロビンソン(ジャジーラ)
アダム・アレクシ=モール(アジズ)
ルイーズ・ロンバード(レディ・アン・ダヴェンポート)
サイード・タグマウイ(ビン・アル・リーン王子)
シラス・カールソン(カティーブ)
ハーシ・ナヤール(ユーゼフ)
J・K・シモンズ(バッファロー・ビル・コーディ)
アドニ・マロピス(サクール)
ピーター・メンサー(ジャッファ)
C・トーマス・ハウエル(プレストン・ウェッブ)他。

1890 年、アメリカ。カウボーイ、フランク・T・ホプキンスとまだらの野生馬ヒダルゴは、広大な西部で開催されるクロスカントリー・レースで無敗を誇るコンビであった。レースに参加していない間は米国騎馬隊に属し、ポニー便による伝令の任を担っていた。ところがある日運んだ至急伝令がきっかけで、彼は先住民族ウーンデッド・ニー族の大虐殺を招いてしまう。白人として生きるフランクであったが、実は彼の母親は先住民族であったという秘密があったのだ。自らのルーツでもある彼らの壊滅を目の当たりにして、彼は自責の念に駆られ、酒に溺れるようになる。レースからも離れ、バッファロー・ビル・コーディの主催するワイルド・ウェスト・ショーに拾われたフランクとヒダルゴであったが、ここでも酔っ払って無様な姿をさらす有様だ。ある日彼の元にアラブの族長シーク・リヤドの使いが訪れる。シークの開催するサバイバル・レース“オーシャン・オブ・ファイヤー“に参加するよう要請されたのだ。この千年の歴史を誇るレースに参加する資格を持つのは、王の血族と高貴な血筋を持つアラビア馬のみ。だがシークは、海外にも名声の轟くムスタングが野生馬であることに興味を示し、純血種であるアラビア馬の優位性を証明するためにも、史上初の“例外”としてよそ者フランクとヒダルゴをレースに招いたのだった。渋るフランクの背を押したのは、ショーの仲間達と先住民の血を引くイーグル・ホーン。フランクは彼らの声援を背に輸送船に乗り込み、サウジアラビアを目指した。
灼熱の地を踏んで早々、彼は手足を鎖で繋がれた奴隷達の列に遭遇する。フランクはスー族虐殺を思い出していたたまれず、その中の1人であった黒人少年を引き取る。アラビア砂漠3000マイルを早馬で駆け抜けるというレースは長丁場になる。その間、フランクの身の回りの世話と通訳を行うのは、窃盗の罪をつぐなうために嫌々その仕事をすることになったユーゼフだ。フランクはスタート地点の砂漠のテントでシークと対面した。シークはフランクの持っていた拳銃に興味津々、それをレースの賞品のひとつに加えたいと申し出る。フランクは、顔を布で覆ったままのシークの一人娘ジャジーラを気にかける。

いよいよレースがスタートした。レースは幕開けから波乱を極めた。フランクは、レース開始早々命を落としそうになっていたアラブ人の騎手を助ける。ルールに反することだが、人の命には換えられないからだ。フランクとヒダルゴは水の補給もままならず砂嵐に巻き込まれそうになり、命の危機にさらされる。なんとか中間地点までたどり着いた彼らだったが、レースに残っていたのはアル・リーン王子や、ベテラン騎手サクールなどわずかである。その夜、フランクのテントにジャジーラが忍んできた。実は、アル・リーン王子がレースに優勝すると、ジャジーラは彼の妻とならねばならない密約が交わされていた。自立心に富み、愛する馬のそばで生きたい彼女は、他の男のものとなることを望んでいない。なんとかそれを回避するため、どうしてもフランクに勝ってもらいたいのだ。彼女は砂漠を生き抜くための知恵をフランクに授けるが、2人きりで話し合っていた現場をシークの部下達に抑えられてしまう。娘を汚されたと勘違いしたシークは、怒りのあまりフランクを罰するため去勢しようとする。フランクは誤解を解くため、シークがこっそり愛読している西部の男達の伝説を語った。
そこへ、シークの配下にない別の民族が乱入し、ジャジーラを攫っていった。大乱闘が繰り広げられ、シークが命より大切にしていた、純血のアラビア馬の血統を記した記録書が盗まれていたことが分かる。盗賊の手引きをしていたのは、シークの右腕アジズだ。シークは不承不承、ジャジーラを返して欲しくばシークの愛馬を引き渡せという盗賊の取引に応じる。そしてフランクに、ジャジーラと血統書を無事奪還した暁には、去勢の罰を水に流そうと持ちかける。フランクは、ジャジーラのボディガードであるジャッファとアジズと共に盗賊の本拠地に赴いた。ジャッファの尊い犠牲で、ジャジーラとフランクは無事敵地を脱出した。ジャジーラはそのとき初めて素顔をフランクに見せる。フランクも今まで隠していた出生の秘密を彼女に打ち明けた。世間にありのままの姿を見せられないという同じ痛みを共有する2人は、堅い同志愛で結ばれるのだった。

帰還したフランクは、レースに騎手サクールを参加させていた英国の貴婦人レディ・ダヴェンポートの誘惑を受ける。レディの持ち馬がこのレースで負ければ、彼女はレースの賞金の大半を払わねばならない。レース優勝者に贈られる純血アラビア馬の種付け権を、どうしても手に入れたい彼女は一計を案じ、フランクにレースを棄権させようとしたのだ。棄権の見返りに支払われる代金の高額さとヒダルゴの疲弊ぶりに、一旦は決心が揺らぐフランク。だが相棒ヒダルゴは、彼の心を見透かしたようにレースのスタートラインに立った。それを見たフランクは、ジャジーラの声援を受けて再びヒダルゴと共に砂漠に走り出すのだった。

最終レースがスタートした。フランクとヒダルゴの行く手を、イナゴの大群や流砂が阻む。フランクは渇きと飢えにめげそうになるが、砂漠を歩き続ける。だがヒダルゴが、仕掛けられていた罠にかかって重傷を負ってしまう。おまけにそこに盗賊までが襲撃してきた。盗賊は、裏でレディ・ダヴェンポートと手を組んでいて、フランクのレースを邪魔しようと目論んでいたのだ。絶対絶命のフランクを救ったのは、いつか彼が命を助けてやった騎手だ。フランクは命からがら盗賊を倒すも、ヒダルゴは立ちあがれそうにない。苦しむヒダルゴの傍らで絶望するフランクは、断末魔の苦しみから愛馬を解放しようと、ヒダルゴに銃口を向ける。だが不思議なことに、フランクの目に自分を育ててくれたスー族達の幻が見えた。スー族に歌い継がれた古い歌が彼の口をついて出る。癒しのパワーを感じたフランクとヒダルゴは、再度レースに戻っていくのだった。
レースに残っているのは、アル・リーン王子とサクール、フランクのみだ。王子の「お前が負けるのは神のさだめた運命だ」という言葉を跳ね返すかのように、ヒダルゴは鼻血を出しながらも最後の力を振り絞って疾走する。固唾を呑んで見守るシークとレディ達。三つ巴のレースを制して最初にゴールに飛び込んだのは、真っ先に脱落するだろうといわれ続けたヒダルゴだった。そのままゴールの先にある海に突っ込んでいった1頭と1人の元に、ユーゼフと奴隷の少年が大喜びで駆け寄ってくる。ユーゼフはフランクのために手作りした旗を打ち振っている。いつのまにか異人種間に生まれた友情が、民族と種族の垣根を超えた瞬間である。
フランクは、固い友情で結ばれたシークと、素顔を出して生きる道を選んだジャジーラに別れを告げた。彼には帰らねばならないところがあるのだ。

莫大な賞金を手に故郷の地に戻ったフランク。そこでは今しも、野生種であるムスタングが一斉処分されようとしていた。フランクは、手に入れた賞金で政府から彼らを買い取り、囲いから外へ解放してやる。そして、長い間苦楽を共にしたヒダルゴからも鞍をはずしてやった。ヒダルゴを本来いるべき場所に戻してやるためだ。
「行け、弟よ」
ヒダルゴは、たてがみをなびかせながら、仲間が疾駆する草原に駆け出していった。フランクの胸には、誇り高き彼らムスタングを絶滅から守るという新たな使命が静かに燃えていた。

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「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの勇者アラゴルン役で、一躍世界的なスターになったヴィゴ・モーテンセン。彼が次にどんな作品を選ぶのか注目が集まっていましたが、できあがった作品は、娯楽性にあふれた昔懐かしい冒険活劇となりました。
実在したカウボーイ、フランク・T・ホプキンスの逸話を元に脚本を書き上げたジョン・フスコの要請を受けて監督に就任したジョー・ジョンストンは、あえてこの作品を、レトロな雰囲気の冒険活劇に仕立て上げようとしました。彼は以前の作品「ロケッティア」や「ミクロキッズ」、「ジュマンジ」などでも、子供の頃の夢に戻ったかのようなワクワク感満載のアドヴェンチャーを演出しており、昔ながらの映画好きにはたまらないツボ所を押さえた絵作りに定評がある映画人です。それもそのはず。彼は今回の作品にも技術協力している先鋭SFX集団ILMの、創設時からのメンバーだったのです。特撮を駆使した奇想天外なアクション演出はお手の物だったのですね。
加えて、元NASA技術者のホーマー・H・ヒッカムJrの実話に基づく「遠い空の向こうに」では、田舎町でロケット作りに情熱を燃やす少年たちの青春を、地味ながら端正な感情表現で描ききりました。抑制の効いたエモーションとも呼ぶべき演出は、彼の作品に新たな魅力を加えることになったのですね。
そんな彼が、ドル箱シリーズ「ジュラシック・パーク」3作目製作をこなした後に取り組んだのがこの「オーシャン・オブ・ファイヤー」です。アメリカの子供が一度は夢見るカウボーイ・ヒーローが活躍する西部劇の体裁を借りながら、彼はそこに、ヒーローの落胆と再生の物語を織り込みました。この作品がただのカウボーイ冒険譚に終わらなかったのは、フランクの母親がネイティヴ・インディアンであったという実話が深く関わっています。ジョンストン監督は作品冒頭でそれを掘り下げ、19世紀当時のアメリカ社会で、ネイティヴの血を引くことを隠して生きねばならなかった人間の苦悩と苛立ちを明らかにしました。レースで勝つことのみに埋没するだけだったフランクが、スー族大虐殺を契機に、嫌がおうでも己のルーツに立ち返ることを余儀なくされるのです。フランクにとってルーツを見つめることは、それを欺いて生きている自身の人生を根底からくつがえすことを意味します。案の定彼は、一度崩れてしまった人生を立て直すこともできないまま、自らの誇りすら見失ってしまうのですね。
「オーシャン・オブ・ファイヤー」レースへ参加して勝利を勝ち取ること。それは単に名誉だというだけでなく、なくしたアイデンティティを再度見出すことでもあるのです。それに、もうひとつ大きな目的もありました。フランクが愛してやまない野生種の馬ムスタングを種の根絶の危機から救うため、膨大な金が必要だったのですね。レースの賞金は、ムスタングを多数買い上げられるだけの金額でした。この理不尽とも思えるムスタング抹殺政策の根底には、純血種でない馬は馬にあらず、という考えがあったようです。まるで、先住民族虐殺を許した当時のアメリカ白人優位社会の考え方、翻って現代社会にも尚蔓延する、異人種・異文化への激しい拒絶を暗示するようですね。ともあれ、フランクとムスタングのヒダルゴは、彼らを社会から廃絶しようとするアメリカを出ました。レースに勝つため、そして当のアメリカに対し、誇りを持って自分達の居場所を主張するために、です。
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しかし彼らを待ち受けていたのは、慣れない砂漠での壮絶なサバイバルでした。灼熱の地獄をかいくぐる、過酷なレースだけではありません。アラブ社会では憎むべきよそ者であるフランクと、純血のアラビア馬ではない、“駄馬”にすぎないヒダルゴ。彼らはここでも理不尽な差別にさらされます。しかし、歓迎されざるムードの中で、何度もくじけてレースを放棄しそうになるフランクを支え続けたのはヒダルゴでした。舞台がアラブに移ってからは、作品の焦点はむしろヒダルゴの方にあてられます。しっかり者の弟という風情のヒダルゴの健気な献身と、勇気、一度きめたことをやりぬくぞというガッツ。人間のほうが膝を正して見習わないといけないほどですね。
フランクも、人間味あふれるアラブの族長シークとの友情、その気丈な娘ジャジーラとの交流を通じて、次第にレースに勝利以上の崇高な価値を見出していきます。特にジャジーラとは、素顔を隠さねばならないという苦痛を共有し、共に厳しい社会と戦う、戦友のような関係を築くのです。そうした中でフランクは、自分1人だけでレースを戦っているのではないと悟っていきます。もちろんヒダルゴをはじめ、世話をしてくれるユーゼフ、奴隷の少年、ジャジーラなど、多くの人の好意に支えられて自分があるのだと気づく過程は、観ていて素直に感動する部分ですね。当初アラブの風習にとまどうばかりだったフランクは、レースを通じて、肌の色も文化も生活習慣も異なる彼らにシンパシーを覚え、その在り様を受け入れていくのです。肌の色が同じであるはずのレディ・ダヴェンポートが、結局彼自身とは根底から相容れないエゴイスティックな策略家だったことが暴露されるのとは対照的ですよね。この“異文化への理解”は、フランクがこのレースから得た重要な宝物だったでしょう。
個人的な意見ですが、この作品では、最近のアメリカ映画に見受けられるような、“アラブ社会=悪”という単純な図式はありません。アラブ人だろうが白人だろうが関係なく、世界には悪い奴といい人間がいるのみだと描かれていて、非常にフェアな精神を感じましたよ。そういう意味でも観ていて気持ちのよかった作品ですね。

レース中にフランクとヒダルゴに襲い掛かる様々な危機は、この手の映画ではお約束とはいえ、やはり演出の上手さからか手に汗握るシーンが多かったですね。特にヒダルゴが重傷を負うくだりでは、この頃にはすっかり馬達に感情移入しているであろう観客をヒヤヒヤさせたに違いありません(笑)。ヒダルゴが不屈の精神で立ち上がり、満身創痍でゴールに向かって疾走するシーンでは、我を忘れて画面に見入っていましたね。そう、興奮が頂点に達する海辺でのゴールシーンは、一服の絵画のような完成された構図の映像となり、観客に期待通りのカタルシスを感じさせてくれます。
フランクが盗賊と戦うチャンバラシーンでは、古きよき活劇の熱気を感じさせたし、レース中の砂漠の異様なまでの美しさや大自然の脅威は、最新SFXの手を借りたとはいえ、迫力あるものでした。ラスト、ついに己の誇りを取り戻したフランクが、故郷の地に帰って真っ先になしたこととは?
ムスタングを本来生きるべき場所に帰してやることです。色とりどりの馬達が、生まれた姿のまま草原を疾駆する美しさ。これこそこの作品の主題だったのではなかったかと思うほどに、その光景は素晴らしい。と同時に、世間の目というものに囚われ続けていたフランク自身の魂も、これでようやく解放されたともいえるでしょう。彼はもう二度と、自分を白人だと偽って生きる必要はないのです。
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世間一般ではあまり評価のかんばしくないこの作品、心をオープンにして観れば非常に楽しめる一篇です。しかしまあ、この邦題のセンスのなさには呆れますね(笑)。原題は真の主役たる馬の名前“Hidalgo”。作品のあちこちから、ムスタングたちに捧げられた深いリスペクトが垣間見られる内容でしたから、シンプルに「ヒダルゴ」で良かったのではないでしょうかね。

…いやあ、それにしても。

ヴィゴの写真集のタイトルではありませんが、やはり馬はいい(笑)。誇り高く美しい馬達がたてがみを翻して疾駆する姿の、なんと素晴らしいこと。彼らが走る姿だけで思わず画面に見惚れてしまうほどでした。彼らが自由に走り回れる場所を、私たち人間はちゃんと守っていかねばなりませんよね。

オーシャン・オブ・ファイヤー [DVD]
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
2006-01-25

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なるほど(納得、参考になった、ヘー)

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