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zoom RSS 「それぞれのシネマ Chacun son cinema」Part2 映画へのラブレター

<<   作成日時 : 2016/05/31 14:09   >>

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3分間の中に、人生を閉じ込めてみせよう。

それぞれのシネマ ~カンヌ国際映画祭60回記念製作映画~ [DVD]
角川エンタテインメント
2008-07-04

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「ハイファの悪霊 Le Dibbouk de Haifa」
監督:アモス・ギタイ Amos Gitai

ワルシャワ1936年。第2次世界大戦の戦禍が、ヨーロッパ全土を暗く包んでいた時代。それでも映画館には多くの老若男女が詰めかけ、映画にひとときの夢を見出していた。その様子は、70年後のハイファでも変わりはない。内戦続き、国土は荒廃していたが、古い映画館は多くの老若男女でごったがえしていた。ところが、そこに突如空爆を知らせるサイレンが響き、館内は騒然とする。兵士2人が観客の動揺を鎮めようとするが、ほどなく映画館の天井が落ちた。ミサイルが直撃したのだ。阿鼻叫喚の中、若い女性も他の観客達同様、逃げる間もなく血まみれとなって映画館の床に倒れ伏した。

喪失感がもたらす感情の軋みは、並大抵のものでは埋めようがない。イスラエルの港町ハイファで生まれ、第4次中東戦争に従軍したことから映像世界で働くようになったギタイにとって、内乱やテロの治まらない故郷に起因する想いは格別なのだろう。彼は映画をただの芸術の一形態とは捉えていず、己の信念を世間に問いかけるための武器とみなしている。彼の作品の多くが政治的なアジテーションを孕み、賛否両論を巻き起こすことからもそれは明らかだ。映画への愛情というささやかな幸せですら、戦争によって虫けらのごとく踏み潰されてしまうこと。これは70年前も今も変わりなく繰り返される蛮行である。70年前の映画館の情景と現在のそれが危うくオーバーラップする映像には、ある種の幻想的な趣きさえ漂うが、血によって唐突に迎えるエンディングには、間違いなく現実世界の無情が現れる。



「レディ・バグ The Lady Bug」
監督:ジェーン・カンピオン Jane Campion

古いフィルムが映画館内に流れている。男女が愛の真理について、はては彼らの間にある決定的な認識の違いについて、不毛な論争を繰り広げている。だが館内では、掃除夫と女の形をした奇妙な虫、レディ・バグが、仁義なき戦いを繰り広げていた。レディ・バグは、叩き潰そうとする掃除夫の手を逃れ、映写機のスポットライトが照らすステージ中央に出た。ここならば安全。彼女はライトを浴びながらご機嫌で踊り始める。しかし、密かに背後に廻った掃除夫が、彼女を忌々しげに踏みつける。折りしも映画は、男が鼻持ちならない女に手をかけようとしているところであった。

このコンピレーション中、リンチ監督の作品と並んでシニカルかつキッチュな印象の短編である。実はカンピオン監督の諸作品はそれほど好きではない。画面から匂ってくるあからさまなウーマンリブ臭が、時に嫌味に感じられるからだ。彼女の映像世界では、リアルと幻想の間にはごくごく曖昧な境界線しかない。女性特有の感性か、目の前の現実が次の瞬間にはありえないイマジネーションにすり替わる。今作でも、映写機のライトが好きな奇妙な昆虫レディ・バグと掃除夫との攻防を、バックに延々と流れる男女間の論争に沿うように描く。ただ、このストーリーだと、舞台は別に映画館でなくても良いような気はする。“映画館への想い”という趣旨からは外れるかもしれない。



「アルトー(2本立て) Artaud Double Bill」
監督:アトム・エゴヤン Atom Egoyan

「女と男のいる舗道」を観る女と「裁かるるジャンヌ」を観る女。実は彼らは同じ映画館で落ち合う約束をしていたのだが、なぜか行き違いになってしまい、それぞれが別の映画を観ることになった。一方がバッグから携帯を取り出すと、今何の映画を観ているのか問うメールを相棒に向けて打つ。暗い映画館内で、大きなスクリーンを前にチカチカと瞬く小さな携帯の画面。「裁かるるジャンヌ」で悲痛な表情を浮かべるアントナン・アルトーを観ていた女は、メールに思わずこう返信していた。「アルトーは美しい…」スクリーンを見るのと携帯の画面を見るので忙しい女は、相棒のメールの意味がわからず即座に返信する。「どう美しいわけ?」スクリーンには、燃え盛る炎を前に手をかざす男のイメージ、ジャンヌを前に苦悶するアルトーの澄み切った瞳、スクリーンよりも携帯に夢中な観客の様子が交互に映し出される。スクリーンに大写しになるアルトーの憂いに満ちた瞳と、携帯の小さな画面に収まっているアルトーの瞳に、一体どんな違いがあるのだろうか。
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ラスト、画面にフランス語の字幕が登場する。“死だ…”これは、映画「裁かるるジャンヌ」の中で、ジャンヌに死の宣告が下された場面である。だがこの台詞は、今作では明確な意図を持って観客に向けて放たれるのだ。つまり、今の映画界を支える観客のこうした態度…映画上映中に携帯でメールのやりとりをする、あるいは上映中の映画を携帯で録画する等…に対し、死をもって贖えと迫っている。エゴヤンはそれほど、昨今の携帯文化が映画界に及ぼす悪影響を憂えているのだろう。味気ない小さな小さな携帯画面に閉じ込められたアルトーの瞳は、今にも泣き出さんばかり。

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アントナン・アルトー Antonin Artaud
1896年9月4日生まれ
1948年3月4日没

捕らえられ、火あぶりの刑に追い詰められてゆくジャンヌ・ダルクを描いた作品「裁かるるジャンヌ La Passion de Jeanne d'Arc」。この、救いがたいまでに厳しく激しい信念を描いた映画の中で、唯一、聖少女ジャンヌに深い理解と共感と敬意を寄せるキャラクターが、アルトー演ずるジャン・マシューであった。字もろくに書けない少女を、いみじくも聖職者とあがめられる男達が寄ってたかって嬲り者にする陰鬱なお話の中、観客の良心の拠り所となる重要な役柄である。アルトーは、このジャン・マシューを、湖面のように静謐な佇まいでありながら、内側にマグマのような熱い求道精神を秘めた男として表現している。死迫るジャンヌの魂に最も近しく接し、彼女と自らが仕える宗教界のしがらみの板挟みとなって人知れず苦しむ様子を、哀しげな瞳で演じており、観客に忘れがたい印象を与えた。
近代演劇界の父にして詩人、役者といった多彩な才能を持っていたアルトーは、晩年精神を病み、各国の精神病院をたらいまわしにされた挙句憤死している。その晩年に綴った鬼気迫る書簡集は、彼の演劇…引いては芸術一般に対する思想、思索の集大成であったが、世間の自身への無理解と排斥を声高に訴えてもいた。彼が今も生きていたら、現在の映画事情をどのように見るのだろう。



「鋳造所 La Fonderie」
監督:アキ・カウリスマキ Aki Kaurismaki

毎日過酷な労働が続く鋳造所は、きっかり6時に終業する。一様にくたびれた顔の工員たちは、仕事が終わると皆、工場の隣に併設された小さな映画館に足を運ぶ。受付のおばさんも小さな映写機をまわすおじさんも、工員達がやってくると、無表情のまま彼らを館内へ導く。言葉もなくぼんやりとスクリーンを見上げる工員たちに向けて、制帽をカウボーイ・ハットに変えたおじさんが、ごきげんなロックンロールをバックに古いフィルムを上映する。“体制に反抗しろ、政治家の言いなりになるな…。”資本主義の極致のごときこの鋳造所には似つかわしくない内容だが、カウボーイ・ハットのおじさんは酷く満足げに映写機を回し続ける。

カウリスマキ監督の作品は、最初の数分を観ればすぐそれとわかる。なので、3分しかないこの短編でも、どこをどう切ってもカウリスマキ風味の味わいが沁みだしてくるのだ。毎日毎日代わり映えのしない日常を送る小市民達の憂鬱。社会の吹き溜まりのような鄙びた場所で展開される、思わぬ非日常の物語。どこにでもいそうな風貌の、でも一度見たら忘れられない強烈なキャラクターたち。何もないところで巻き起こる笑いとファンタジーを描いて、彼は日本でも有名な映画作家となった。本作では、映画の父リュミエール兄弟の無声映画「工場の出口 La Sortie de l'usine Lumiere a Lyon」に、レトロなロックンロール・ミュージックを被せることで、偉大なる映画にリスペクトを捧げてみせた。ミスマッチなように見えて、実はかなり周到に画策した驚きある一遍。



「再燃 Recrudescence」
監督:オリヴィエ・アサイヤス Olivier Assayas

髭面の男が、1人剣呑な表情で映画館の前に座り込んでいる。誰かを待っているのか。若い女がそこへやってきた。恋人と思しき男と待ち合わせしていたのだろう。2人は、映画館前でひとしきり世間話をすると、チケットを買って館内に入っていった。髭面の男も遅れて2人の後を追う。館内では、隣同士に座った恋人達が久しぶりのデートに気を許し、スクリーンに目も向けずにキスしている。件の髭面の男は彼らの隣の席にそっと近づくと、キスに夢中になっている女のハンドバッグを手に取り、速やかに映画館を出て行った。パブでビールを飲みつつ待つ男。その頃ハンドバッグを盗まれたと知った女は、恋人に携帯を借り、自分の携帯に向けて電話をかけていた。髭面の男は、予想通りかかってきた電話に応える。「もしもし、俺だ…」

オリヴィエ・アサイヤスの作品を日本で観るのは、これまではなかなか難しいことだった。ほんの数年前までは、そもそも配給すらされなかったのだから。よしんば劇場公開されても、「イルマ・ヴェップ Irma Vep」や「デーモン・ラヴァー Demonlover」といった、彼のフィルモグラフィーの中では主流でない作品が多かった。従って、彼の作品の傾向をはっきりと断じることはこれまではできなかったが、2014年に製作され、助演のクリステン・スチュワートにセザール賞をもたらした「アクトレス〜女たちの舞台〜 Clouds of Sils Maria」と、先ごろ閉幕したカンヌ国際映画祭 Cannes Film festivalで監督賞を受賞した『Personal Shopper』(2016年)で状況も変わるかもしれない。この2つの作品で彼の知名度が日本で一挙に上がったからだ。

さて、この短編作品では、彼のストーリーテラーとしての素顔が垣間見えるのではないかと思う。手持ちカメラは登場人物と同じスピードで動き、映像に動きを与え瑞々しい印象を形作る。ストーリーはサスペンス仕立てで、既に終わった男女の恋愛が、“盗み” と“携帯”によってタイトルどおり“再燃”するか否か、その直前までを捉えていく。登場人物、盗み、携帯といった、一見何の関連もなさそうな事物が、最後に1つに絡み合っていく様はなかなかにスリリングだ。そこに恋愛という要素がテーマとして落とされるのは、さすがはフランス映画らしいというべきか。



「47年後 47 Ans Apres」
監督:ユーセフ・シャヒーン Youssef Chahine

1954年のカンヌ。若きシャヒーン監督は、2本目の作品を携えて意気揚々とカンヌ入りしていた。ところが、精魂を傾けて製作した作品は、肝心の審査員の目に留まることもなく黙殺される。シャヒーンがエジプト出身の無名監督であったことで、まともに審査もしてもらえなかったのだ。それどころか、どの映画誌にも新聞にも、彼の作品評は掲載されなかった。47年後、同じく1997年のカンヌ。シャヒーンは47年前と同じ席に陣取り、審査結果の発表を待っていた。カンヌは、この不屈の意志をもつ映画作家に、特別功労賞を授与することでその労に応えた。壇上でトロフィーを受け取ったシャヒーンは、皮肉たっぷりに満場の映画人にコメントする。「この日を47年間待ち続けた。若い人にはこうアドバイスしたい。耐えろ、さすれば報われる、と」

カンヌに対しては積年の想いがあるであろうシャヒーン Youssef Chahine監督の、この企画の発案者ジル・ジャコブ Gilles Jacobへのシニカルなメッセージ。映画館にまつわる思い出というよりは、カンヌにまつわる思い出というべきであろう。1954年のカンヌといえば、ジャン・コクトー Jean Cocteauが審査委員長を務め、「地獄門 Gate of Hell」がパルムドールを得た年だ。世界的にみて決してメジャーとはいえない国の無名監督であったシャヒーンにとり、この1954年度のカンヌは苦い経験となった。だがここから彼は、 2008年7月27日、満82歳で死没するまでの間、長きに渡って創作意欲を衰えさせることなくテンションの高い作品を発表し続けることになった。失敗は成功の母であるとよく言われるが、1954年のカンヌでの失敗がシャヒーン監督にガッツを与えたのだから、本人の言うとおり、人生はどう転ぶかわからない。躓いても起き上がることができれば、人間は未来を開くことが出来る。これは映画産業に携わる者だけでなく、すべての人間に共通する真理だろう。



「これは夢 It's a Dream」
監督:ツァイ・ミンリャン Ming-liang Tsai

夏の熱い夜。こんな季節には、昨日のような不思議な夢を見るものだ。夢の中に父と母が出てきた。なぜかみんなでドリアンを食べ、その強烈な芳香とえもいわれぬ甘味を味わう。母方の祖母は大の映画好きで、幼い頃の私をよく映画館に連れて行ってくれたものだ。その映画館は今や取り壊されてしまったのだが、夢の中では父と母、そして祖母と一緒に映画を観た。懐かしい思い出は、祖母が食べさせてくれた梨で頂点に達する。祖母は映画館に入ると梨を買ってくれたのだ。館内に気だるげな女性の歌声が流れる。“夢の中であなたに聞いた。それは夢?それとも現実?思い出に、私の心は哀しみと喜びの間に囚われる…”

今はなき映画館で愛しい家族と共に映画を観た思い出とは、どんな人間にとっても甘美で切ないものであろう。それが、長じて映画作家となったミンリャン監督にとってはなおさら。愛する家族に守られ、なにも恐れることもなく、悲しむこともなく過ごした少年の日々。“夢”という言葉には、目を閉じて夜に見る夢の他に、既に過去のものとなった思い出を、“映画”という魔法を使って蘇らせる意味も含まれている。



「職業 Occupations」
監督:ラース・フォン・トリアー Lars von Trier

トリアー監督は、カンヌで新作「マンダレイ Manderlay」の上映会に同席していた。挑戦的な題材に斬新な舞台演出で製作された作品は、館内を水を打ったように静めるのに大いに力を発揮した。ところが、トリアーの隣に座った大柄な男は退屈したらしい。ロクにスクリーンも観ずに、トリアーに話しかけ始めた。自分は皮革産業で大成功したビジネスマンで車を8台も所有している云々…。ついに場所柄もわきまえずに大きな声で笑い、トリアーに職業を訊ねる。人知れず鬱憤を募らせていたトリアーは、大きなカナヅチを取り出すと答えた。「あんたを殺すことさ」次の瞬間、ビジネスマンの頭は滅多打ちにされ、血まみれになった。満足したトリアーは、ようやく映画に集中することが出来た。折りしも画面はヒロインの言葉を伝えていた。「彼らが法に従わないなら、力づくでもやめさせる」

やっぱりトリアーは鬱だった。いやいや違う。トリアーはとんでもなく純粋に映画が好きなだけなのだ。映画館で大きなスクリーンで映画と対峙する時間というのは、彼にとって神聖なる儀式。だから、それを侵し、館内で無体な振る舞いを行う者は、死をもって制裁されるべきだと考えるのだ。映画館では映画の作り主である自分こそが法であり、神である。さらには、芸術にこの身を捧げる自分にとって、映画を薄汚いビジネスの手先にする連中もまた、死をもって制裁すべき輩。よって、このビジネスマンには死を与えるべきなのだ。…カンヌでは「ダンサー・イン・ザ・ダーク Dancer in the Dark」(2000年)でついに最高賞を手にしたトリアー監督。名声が高まれば高まるほどに、ビジネスのプレッシャーも増大する。ひねくれた表現方法ではあるが、そのジレンマは古今東西すべての映画監督の抱える普遍的問題であり、それが観客にも痛いほどに伝わってくる作品だ。彼自ら主演したのも頷ける話である。



「贈り物 Le Don」
監督:ラウル・ルイス Raul Ruiz

盲目の映画狂と人類学者の姪の会話。半世紀前、チリ国境に近い街アタカマで、宣教師がコヤ族に贈り物をした。16ミリの映写機とラジオだ。だがコヤ族の人々はこれを喜ばず、映写機をバラバラにし、ラジオを燃やしてしまった。しかし驚くべきことに、その2年後、今度はピタ族の人々が木を使って映写機とラジオを組み立て直したというのだ。巨大な神殿のごときラジオが完成し、それは映画館になった。男はラジオの神殿に招かれ、木製の映写機で上映される「カサブランカ」を観た。尤も、映画は3分で終わってしまったが。男はこの直後に視力と…同時に信仰心を失った。娘は男の話を信用してはいなかったが、その手には不思議な赤い蝶の飾り物が握られていた。コヤ族のものか、あるいはピタ族のものか。ただわかるのは、その男の手にも、同じ蝶の飾り物があったということだ。これはきっと彼らからの“贈り物”なのだろう。

ラウル・ルイス Raul Ruiz監督(1941年7月25日-2011年8月19日)の作品も、日本には殆ど紹介されていない。だが、このチリ出身の映画作家は、フランスでは既存の概念に囚われない個性的な作家として知られていた。ラテン・アメリカ文学を手に取ったことがある方なら、かの国の持つ不条理とも呼ぶべき世界観がおわかりになるはずだ。ルイスの作品群にも、論理的に説明のつかない4次元的な映像世界が幻視できる。夢と現実が曖昧に交じり合い、そこに突拍子もないユーモアが誕生する不思議。今作にも、ラテン文学らしい幻想が踊っている。



「街角の映画館 Cinéma de boulevard」
監督:クロード・ルルーシュ Claude Lelouch

僕の両親は映画館とは切っても切れない関係にある。1936年、人類戦線の年、映画館で父は母をナンパした。父の無礼を責める母だったが、父は上映中の映画「トップハット Top Hat」のアステアよろしく歌を口ずさみ、愛を告白した。1937年2月から10月にかけて、僕は母の胎内にいた。週に3度、胎教代わりに1930年代の映画と過ごしていた。忘れられないのは「大いなる幻影 La Grande Illusion」だ。1943年、ユダヤ人迫害が厳しくなり、母は地元の映画館にこっそり僕を連れ出した。僕を匿うためだ。1957年、ソ連がブタペストに侵攻し、スプートニク計画にも着手した年、僕はカラトーゾフ監督の「鶴は飛んでゆく The Cranes are Flying」に大いなる感銘を受けていた。いっぱしの映画青年になっていた僕は、この映画から啓示を受けたのだ。そして1960年に父が亡くなると、母は以前のようにパリの映画館に足繁く通うようになった。1966年、駆け出しの映画監督だった息子がなんとか完成させた映画「男と女 Un homme et une femme」が封切られると、彼女は30年ぶりの再会に驚くことになる。「男と女」がカンヌでパルムドールを獲得した他、オスカーの外国語映画賞に輝いたのだ。オスカー授賞式で、アステアとロジャースからトロフィーを受け取る息子の姿を見て、母は懐かしさに胸を一杯にした。…ありがとう、パパ、ママ。

ルルーシュ監督の代表作は、今作にも登場する「男と女 Un homme et une femme」だろう。子供心にも、あの軽快なテーマソングを耳にすると、これは“大人の”ファンタジーなのだと胸ときめいたものだった。だが私自身は、「愛と哀しみのボレロ Les Uns et les Autres」(1981年)が大好きである。人生と芸術(映画も含めて)がストーリーの中で一体化するところに、ルルーシュの素晴らしさがあるような気がするからだ。この人は人生を愛し、映画を愛している。心から。そこにはなんの計算も衒いもない。現代の偉大なるフランス映画人は、1人のごく熱心な映画好きであったのだ。彼は、母に連れられて映画館で過ごした少年時代の瑞々しさそのまま、今も尚映画を愛する心を持ち続けている。監督として、またプロデューサーとして、フランス映画界を支える彼の辿り着いた結論が、映画の楽しさを伝授してくれた両親への感謝であったことに、同じく映画好きを自認する私たちもまた深く共感するのである。



「ファースト・キス First Kiss」
監督:ガス・ヴァン・サント Gus Van Sant

人っ子一人いない小さな鄙びた映画館で、少年が黙々と上映準備をしている。果たしてスクリーンに映し出されたのは、南国の青く澄み切った海。そこへ金髪の美しい少女が、ビキニの水着姿も眩しく現れた。彼女は、スクリーンの向こう側から少年のまなざしを認めると、手招きする。少年は戸惑いもなく服を脱ぎ捨て、スクリーンの世界に足を踏み入れる。2人はスクリーンの海の中で初めてのキスを交わした。

現在はオレゴン州シーサイドに住まうガス・ヴァン・サント監督にとって、しかし故郷ポートランドは今だにアーティストとして深く根ざす場所でもある。彼はこの企画のために、かつて「マイ・プライベート・アイダホ My Own Private Idaho」(1991年)も上映されたという、ポートランドの古い映画館をモデルにすることを考えた。少年の経験するファースト・キスと、映画の原初体験を重ね合わせ、なんとも初々しい作品が出来上がった。スクリーンを挟んであちら側の世界とこちら側の世界が結ばれるのは、私たち自身にも覚えのある夢の具現化ではなかろうか。



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