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zoom RSS “クローネンバーグ”誕生―「ステレオ/均衡の遺失 Stereo」

<<   作成日時 : 2013/03/19 14:22   >>

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このカテゴリーの最初の記事(こちらからどうぞ)にて、クローネンバーグ監督の簡単なバイオグラフィーとフィルモグラフィーをご紹介していますが、初の商業用長編映画「シーバーズ」(1975年)以前の作品について、今までほとんど触れていませんでした。作品レビューも、1982年の「ヴィデオドローム」以前のものについては未だ手つかずの状態で申し訳ないのですが、ここで“クローネンバーグができるまで”の軌跡を少しなぞりたいと思います。

●初期フィルモグラフィー

1975年『Peep Show』(TVシリーズ)「椅子」「機械」2エピソード
1972年『In the Dirt』(TV)
1972年『Lakeshore』(TV)
1972年『Don Valley』(TV)
1972年『Scarborough Bluffs』(TV)
1972年『Fort York』(TV)
1972年『Winter Garden』(TV)
1971年『Jim Ritchie Sculptor』(TV)
1971年『Tourettes』(TV)
1971年『Letter from Michelangelo』(TV)
1970年『Programme X"』(TVシリーズ)『Secret Weapons』1エピソード
1970年「クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立」
1969年「ステレオ/均衡の遺失」
1967年『From the Drain』(短編)
1966年『Transfer』(短編)

クローネンバーグ監督は、ジャーナリストの父親とピアニストの母親の間に生まれました。家庭はかなりアカデミックな雰囲気であったそうで、お父さんの仕事柄、長い間テレビも見られない環境にあったとか。クローネンバーグ少年(笑)は、初めてテレビが家にやってきたとき、感激のあまり日がな一日テレビの前に座り込み、深夜放映が終わった後も食い入るように画面を見つめていたそうです。なるほど、その経験が後の「ヴィデオドローム」に生かされたのですね(笑)。

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トロント大学在学中も、小説家を目指して雑誌に作品を投稿する毎日を送っていたそうですが、結果は不採用。20代も半ばになって、このままじゃいかんと焦りを感じていた頃、友達が製作した低予算アヴァンギャルド映画を観る機会を得ます。その映画、ほとんど自主制作であったにもかかわらず、辛口映画批評雑誌「カイエ・ドュ・シネマ」で割合良い評価を得ていたというのですね。クローネンバーグ青年(笑)は、天啓を受けました。これこそ自分のやりたいことだ!、いや、これなら自分でもできる!と。それからというもの、ニューヨーク・アンダーグラウンド・カルチャーから生まれた数々のアヴァンギャルド映画を漁り、百科事典片手に独学で映画製作について学んでいったわけです。後年、監督自身が、ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンには多大な影響を受けたと感慨深げに語っていました。

その後製作したのが『Transfer』と『From the Drain』という短編2本。17ミリで撮られた作品の出来に手ごたえを感じた彼は、映画という新たなアイテムの実験をさらに進めるため、「ステレオ/均衡の遺失」と「クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立」という中編を製作しました。両作品共に、ゲイの学者であったロナルド・モロジックが主演し、独特な雰囲気を作品に付加せしめています。当時クローネンバーグ監督に多大な影響を与えたモロジック氏の個性が、如実に作品に反映されていますね。私がこれらの作品を初めて観たのは、学生時代、レンタルのVHSにおいてでした。1986年の「ザ・フライ」、1988年の「戦慄の絆」で“プリンス・オブ・ホラー”となったクローネンバーグ監督の処女作ということで、1988年7月に初めて国内上映されていたのです。その後、レンタル落ちのVHSを購入するチャンスがあり、以後何度か目を通しましたが、まだまだ当時の時代性に大きく影響された、クローネンバーグにしては妙に初々しさを感じさせる処女編です。

デヴィッド・クローネンバーグ 初期傑作選 [DVD]
クリエイティブアクザ
2003-01-25

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その後、テレビ作品を何本も撮り、CMも手がけたりしながら経験を積んでいきます。『Peep Show』という、ホラー系の低予算テレビシリーズで手がけた2つのエピソードは、2003年に「デヴィッド・クローネンバーグ初期傑作選」と銘打たれてDVD化されました。もっとも、タイトルに“傑作”とありますが、後年の作品でみられるようなテンションの高さも深遠な内容もなく、出来としては凡庸な観念ホラーの域に留まるものです。私のようなクローネンバーグ信者は喜んで買うでしょうが(自虐)、一般の方々はわざわざ買われる必要はないと思いますよ(泣笑)。ただ、後年になってクローネンバーグ作品の特徴となる映像感覚の雛形はそこかしこに見られ、なかなかに興味深い点も。


そしてこれから触れるのは、海外ではカップリングでDVD化されていた初期長編作品2本「ステレオ/均衡の遺失」と「クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立」のうち、個人的に気に入っている「ステレオ/均衡の遺失」の方ですね。

悪夢の中の情景を夢に見る。

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「ステレオ/均衡の遺失 Stereo」(1969年製作)
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
製作:デヴィッド・クローネンバーグ
脚本:デヴィッド・クローネンバーグ
撮影:デヴィッド・クローネンバーグ
編集:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ロナルド・モロジック
ジャック・メッシンガー
クララ・マイヤー
イアン・イウィング
ポール・マルホランド他。

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近未来。カナダ・アカデミーは、ルーサー・ストリングフェロー博士の理論を検証するため、7人の男女を被験者として郊外の研究施設に隔離する。彼らは脳に手術を受け、喋る能力を喪失している。強制的に言語コミュニケーションを奪うことで、テレパシーによるコミュニケーション能力が生まれるかどうかを実証しようというのだ。7人の被験者は、施設で共同生活を送りながら実験に臨み、かれらの変化を逐一観察し、記録する学生たちもどこかに存在する。
実験が進むうち、ストリングフェロー博士の理論が実際に証明されることになる。様々な投薬によって、被験者の間で交わされる行動に、多種多様な変化が見られるようになったのだ。突発的に同性同士、あるいは複数で性愛行動に及んだり。最終的に、被験者達はお互いに反目しあうようになり、それぞれが孤立感を深めるようになる。相手への不信感から暴力を振るうまでになり、結果、被験者のうち2名が自殺した。

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この作品を製作当時、26歳だったクローネンバーグ監督は、作品により信憑性を持たせるために行ったリサーチの過程で、自分を小説家だと偽ってカナダ政府に情報開示を求めたそうです。
そんな努力の甲斐あって、非常に実験的要素の強い内容ながら、後年の作品の根幹を成すことになる“テクノロジーによる肉体と精神の変容”“テクノロジー過信による悲劇”という命題は、すでに萌芽をみていますね。テクノロジーに依存することによって、一時は未知の力を手に入れるも、結局はそのために悲劇的な末路を辿るというパターンは、既に完成されていたわけです。主人公が未知なるものへの探究心に富んでいながら、同時に内省的で繊細であるというのも同様。ただ、この作品で主役を演じているモロジックの趣味を反映してか、あるいは元々クローネンバーグ自身も興味を持っていたことなのかは定かではありませんが、同性愛的な隠微なエロティシズムが作品全体を濃密に覆っています。

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まあ、セックスに関する描写は、この人の作品の場合必要不可欠なテーマでもありますので、それ自体は別に珍しくもなんともありません。手術と薬によって異様な状況下に置かれた被験者の1人である主人公が、言葉を発することができない静寂の世界に耐え切れず、つい同じ被験者の存在を意識するとき、なぜかいつも目線の先に男性がいるのですよね(笑)。
被験者達が、中にどれだけの部屋があるのかも不明な、謎の施設内を幽霊のようにさまよう様はかなり異色です。お互いに言葉を交わすこともなく、精神の中だけで交信しあい、腹の探りあいをするうちに、隠しようのない深層心理までも暴かれていってしまう恐怖が、廃棄された病院のような寒々しい背景によく現れていました。狭い通路が迷路のように入り組み、突如薄暗い部屋に行き当たる様、複雑なロッカールームやむき出しのコンクリート…。被験者達は、この清潔でしかし生活臭皆無な場所で、孤立し、自滅していくのです。

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どこでもない場所、いつとも確定できない時間。劇中で展開される世界は、現実世界から切り離された異次元空間に浮遊しています。その中で密かに育まれるテクノロジーの実態は、目に見えるものではありません。クローネンバーグ監督は、物言わぬ人物同士の行動と、全編にわたって流れるモロジック氏の物憂げなモノローグだけでそれを説明しようと試みています。“テクノロジー”という言葉を実証するような小道具が登場するでもなく、宇宙人が出てきて暴れたりするでもないのに、その前衛的な視覚の佇まいのみで、明らかに“SF”を表現している点は評価されてもいいんじゃないでしょうかね。クローネンバーグ監督がいつだって興味を示しているのは、まさに現代科学とリンクする形での現在進行形のSFであるのです。

とはいうものの、IMDbをご覧になればわかるように、この作品への評価はすこぶる低いものです。とにかく絵作りがチープ、ただ単に難しい専門用語を並べただけの観念的で独り善がりな内容、ストーリーらしいストーリーも存在せず、演出にも抑揚や起伏がみられず、平板に終始する…等々。
まあ確かに、客観的に考えればその通りであります。これはあくまでも試作品ですから、後年の彼の作品のような水準を求める方が酷かもしれません。ひとつの完成された作品として成り立っていない、という評価もむべなるかな。この作品を重要視するのは、よほどのクローネンバーグ好きか、ホラー映画好きぐらいでしょうね (笑)。しかしながら、物語の背景となる無味乾燥な施設の様相、新薬によって精神に変容を来たすというプロット、劇中被験者が額に穴を開けたりするシーンは、そのまま後年の「スキャナーズ」に流用されています。“クローネンバーグ・カラー”が打ち立てられた記念すべき作品として、私は結構気に入っている次第です。

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そうそう、額に穴を開ける云々のくだりですが。実際には見ることはできないが、額にはもうひとつの目があり(心眼のようなもの)、その目を通して神秘の力を得ることができるという、東洋の言い伝えに惹かれて作ったエピソードだそうです。実験によってテレパシー能力を得た被験者が、未知の力を持て余して苦しんだ挙句、その“目”を開いて楽になろうとあがいた結果だと描写されていました。私、実はこれによく似た話を別のSF小説で読んだことがありまして、とても興味をそそられました。
頭の中で爆発的に膨れ上がる大量の情報に対処しきれず、脳が自らの肉体を傷つける行動を促してしまうという姿は、なんだか情報過多社会に生きる私たちの末路を示しているようで、空恐ろしいものがありますね。


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