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zoom RSS 少女は女になった−「ザ・ダーク The Dark」

<<   作成日時 : 2013/12/25 20:33   >>

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お願い…私だけの優しいパパになって…

「ザ・ダーク The Dark」(2005年製作)日本未公開
監督:ジョン・フォーセット
脚本:スティーヴン・マッシコット&ポール・タムゼイ
原作:サイモン・マッギン原作『Sheep』
撮影:クリスチャン・セバルト
音楽:ジョン・ロッダ
出演:ショーン・ビーン(ジェイムズ)
マリア・ベロ(アデル)
アビゲイル・ストーン(エブリル)
ソフィー・スタッキー(サラ)
モーリス・ローヴス(デフィッド)他

アデル(ベロ)は、娘サラ(スタッキー)を連れて、ニューヨークからウェールズまではるばるやってきた。離婚した元夫ジェームズ(ビーン)に会いに来たのだ。いや、できれば再び3人一緒の生活を送れるように、関係修復の期待をこめての再会だった。
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ジェームズの家は、切り立った崖を臨む丘に建つ古い農夫のものだ。2階には、何十年もの歳月の間に積もった埃をかぶる古い部屋があり、サラは興味津々に探検する。その部屋の空気はどんよりと濁り、彼女は薄気味悪い気配を感じた。
サラとアデルの関係はぎくしゃくしている。二人はウェールズにやってくる前に、大喧嘩をしていたのだ。口汚く母親をののしるサラを、アデルは思わずひどくぶってしまった。怒りを爆発させたサラは、睡眠薬を飲んで自殺を図ろうとまでした。アデルはそれを後悔していたが、娘は母親に心を開こうとしない。ジェームズはさりげなく二人の間に入り、仲を取り持とうと心をくだいていた。
ある日、3人はピクニックに出かけた。ジェームズは、友人の老農夫デフィッド(ローヴス)と、崖から落ちてしまった羊の死体を引き上げていた。アデルが少し目を離した隙に、サラは海面に映る不気味な少女の幻影に引き込まれるように、海へと落下していた。
必死の捜索が続くが、サラの死体すら上がらない。誰もが絶望する中、アデルはある夜、傷を負った青白い顔の少女(ストーン)の姿を見つける。あわてて後を追うと、少女は捨て置かれていた古い納屋に逃げ込んだ。そこで掻き消えるように姿を消した少女。
アデルはその少女のことを調べる。サラを見つける手がかりだと信じたからだ。すると、その少女は、60年以上も前にこの地で亡くなっていたことがわかる。またその直後、不可解な村民集団自殺事件があの崖で起こっていたこともわかった。不思議な少女の捜索に熱中するアデルを、ジェームズは叱り付ける。サラは溺れて死んでしまったのだ。もう帰ってはこない。
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しかし絶望していたジェームズとアデルの前に、突如少女が姿を現した。彼女はエブリル・シェパードと名乗った。ジェームズの住む家にかつて住んでいたという。アデルは彼女こそサラ失踪の原因だと直感し、厳しく問い詰める。声を荒げるアデルに怯えるエブリル。彼女にはかつて実父にひどい折檻を受けていたトラウマがあるのだ。ジェームズは、アデルに突き飛ばされて気を失ったエブリルを病院に連れて行く。そして、優しく彼女に接するのだった。
アデルは地元民のデフィッドに、エブリルのことを訊ねる。彼は60年前に起こった事件について、重い口を開いた。エブリルが折檻の末に亡くなった後、彼女の父親は遺体を海に流した。村民は、古くからこの地に伝わる伝説にのっとって、崖から次々に身を投げたのだ。その伝説とは、この地で死んだ者は“アヌゥン”と呼ばれる場所へ行くのだというもの。それははるか彼方にある世界ではなく、生者が暮らす世界と隣り合わせに存在する。ちょうど現実世界を鏡を通して覗いたような空間である。従って、死者をその暗黒の世界から呼び戻すことも可能である。…ただし、生贄として、生ける者を必ず一人その世界に送らねばならない。
アデルは暗鬱たる決意をする。もしエブリルが本当に60年前に亡くなっているのなら、彼女はすでに死者である。この生ける世界にいていいはずはない。彼女を元の暗闇の世界に戻せばいいのだ…。アデルはエブリルを連れて崖に向かう。そしてそこから飛び降りるよう頼む。サラを私に返して欲しい。
そこへジェームズが到着した。いくら一度死した人間とはいえ、また死なせるのはあまりにひどすぎる。彼は必死にエブリルに呼びかける。飛び降りてはいけない、私が君のお父さんになってあげるから、と。アデルは、ジェームズに駆け寄ろうとしたエブリルを抱えると、止める間もなく彼女もろとも崖から飛び降りた。
アデルは暗闇の世界でサラを探す。ねじれた世界の中で、様々なおぞましいビジョンに悩まされながらも、かつてのエブリルの部屋で、ようやく変わり果てたサラの姿を見つけた。しかしサラは、アデルに頬をぶたれたことを責め、エブリルが受けたのと同じ折檻で母を苦しめる。そこでようやくアデルは、サラに心からの謝罪をし、囚われの身になっていたサラと抱き合ったのだった。エブリルとその父は、再び死者の世界へと戻っていく。
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海から上がったアデルは、サラがジェームズの方へ駆けて行く姿を見て、心から安堵する。サラは無事に戻ってきたのだ!家に帰ったら3人でしっかり抱き合おう。もう二度とその手を離さぬようにしよう…。ところがアデルが家に入ろうとすると、なぜかジェームズは彼女の目前でぴしゃりと扉を閉めてしまった。まるで彼女の姿が見えていないかのようだ。ジェームズがサラに語った話を聞いて、アデルは愕然とする。サラを失った後、狂乱したアデルは崖から飛び降り、遺体もあがらなかった。もうお母さんは帰ってこない。これからは二人だけなんだ…。泣きじゃくる娘と父親。つまりアデルは、サラをこの世に連れ戻すための生贄となっていたのである。
必死で2人に呼びかけるアデル。
「助けて…!」
しかしジェームズにその声は届かない。彼女は暗闇の世界の囚われ人となったのだった。

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私はこの作品の原作を読んでいないので、小説の雰囲気と映画のそれを比較することはできません。が、映画を観る限りでは、ヒッチコック監督の作品「レベッカ」にオマージュを捧げたのかな、と感じた部分があります。荒々しい海のイメージが強いウェールズの田舎の陰鬱さと、そこに迷い込んだ部外者(「レベッカ」ではマリアン、この作品ではアデル)の感じる疎外感。そういったものが、観客の潜在意識に寒々とした恐怖を植えつけるのですね。
そんななか、仲たがいしたままの娘を突如失ってしまう母アデルの悲しみは、ほとんど恐怖に近いものがあったでしょうね。激しい自責の念があいまって、彼女の娘を取り戻そうとする行動は、狂気沙汰になっていきます。母親である自分に置き換えてみると、アデルの気持ちが痛いほどわかりますねえ。サラを取り戻す身代わりに、エブリルを差し出そうとするのも…。普通なら、このアデルの行動はエゴイスティックだと切り捨てるところですが、実際ああいう場に立たされたら、自分ならどうしただろう。彼女と同じ事をやってしまうかも…。それがわかっているから、余計に辛いです。
さて、この作品の本当の恐怖は、常に暗い画面であるとか、不気味な死者のイメージであるといった、演出の部分にはありません。ひどいスプラッタ・ホラーを見慣れた方なら、この手の抽象的なフラッシュバックの多用、恐ろしげなメイクに、逆に古風なものを感じるのではないでしょうか。実は、ご紹介したストーリーの後に、後味の悪いオチがあるのです。



実はサラには、アデルからの必死の呼びかけが聞こえていた。しかし、助けを求める母に、彼女は冷ややかに告げるのだ。
「元の世界へ戻るのよ」
サラは、父親と二人きりの生活を邪魔されたくなかったのか。エブリルの持ち物であった宝箱を大切に抱えて、彼女は母アデルのことを二度と口にしようとはしなかった。ジェームズの車から崖を見つめるサラの表情は、恐ろしいまでに大人びていた。

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…あるいは、彼女サラの肉体の中には、ひょっとしてエブリルの魂が潜んでいるのであろうか…。



子供から大人になっていく通過儀礼は、痛みを伴うものです。幼い頃の甘やかな無邪気さを捨てて、様々な悪意にまみれた世界へ進まねばならない。大人になる過程とは、常に、外界からもたらされる痛みとの戦いですよね。そうして少しずつ、私たちは強くなっていく。
この作品のラストは様々な解釈が可能でしょうが、死者の世界から無事生還したサラが、もしも以前の彼女のままであったとしたら、次のような感慨を持つことができるでしょう。
サラは、大人への通過儀礼として、家族を崩壊させた(と彼女が信じる)母親を乗り越えることを選んだのです。彼女の父親への愛情は、ともすれば、実の母親と同じ性を持つもの同士の陰湿な争いに発展する危険性を孕んでいます。文字通り母親の魂を踏み越えて、大人への階段を一つ上ったサラ。彼女の目の前にはどんな人生が開けていくのでしょうか。

そして、ホラー映画では定番の“最後の最後に実は入れ替わっていた”という解釈を取るならば、ラストのサラの冷酷な表情は、エブリルその人のものであることになりますね。エブリルは、アデルの魂を生贄とし、サラの肉体を乗っ取って、優しいパパになってくれるに違いないジェームズを独り占めしたのです。
どちらの解釈であっても、後味が悪いことには変わりがありません。この作品の一番恐ろしい部分とはその辺りのような気がしますね。化け物も悪霊も怖いが、なにより怖いのは人間様であるというね。可愛い一人娘に陰惨な折檻を続けた父親の狂気、愛しいはずの一人娘を自殺未遂に追い込んでしまった母親の狂気。…娘の魂を復活させんがために村人を惑わした父親の狂気も、サラを救いたい一心でエブリルを元の世界に強引に戻そうとするアデルの狂気も、根幹は同じであるように感じました。劇中には子供が痛い目に遭わされるという、私が大嫌いなシーンもあるのですが、それ以上に嫌なのは、救われない彼ら親たちの魂の暗部だと思われます。

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最後にショーンへ。あなたが演じるジェームズは、ちょっと頼りなくておひとよし。でも優しさが、ふかふかの体全体からあふれているような、素敵なダディでした。あなたのようなダディなら、どんな子供でも一目で好きになってくれるでしょう。エブリルとサラは、きっとあなたを独り占めしたかったんですよ。
でも気をつけてね、あなたの美しい娘のどこに棘が潜んでいるか、わかりませんから…。


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