House of M

アクセスカウンタ

zoom RSS 猫の猫による猫のための猫のおとぎ話―「こねこ Kotehok (The Kitten)」

<<   作成日時 : 2014/03/30 23:31   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

フェージンと猫たちの間にあるものは、深い愛情と強固な信頼関係に他なりません。


「こねこ Kotehok (The Kitten)」(1996年製作)
監督:イワン・ポポフ
脚本:イワン・ポポフ&アレクサンドル・マリヤモフ
撮影:ウラジ−ミル・ファステンコ
美術:イリーナ・マルツ
音楽:マルク・ミンコフ
衣装:タチヤナ・リチマノワ
出演:アンドレイ・クズネツォフ(フェージン)
リュドミラ・アリニナ(おばあちゃん)
アレクセイ・ヴォイチューク(パパ)
タチヤナ・グラウス(ママ)
マーシャ・ポポフ(マーニャ)
サーシャ・ポポフ(サーニャ)
アレクサンドル・フルギン(指揮者)
アレクサンドル・ペスコフ(地上げ屋)
オレーグ・ヴェルシニン(地上げ屋)
チグラーシャ(フルート奏者のパパの家にやってきた子トラ猫)
ワーシャ(猫好き男フェージン宅の猫一家のリーダーであるトラ猫。チグラーシャをフェージンのところに連れてくる)
イザウラ(シャム猫。芸達者で、フェージンの足の上をジャンプする)
ジンジン(白黒ブチ猫。芸達者で、2本の後ろ足でフェージンと一緒にジャンプしたり、フェージンの足の間を上手に潜り抜けながら歩いたり、フェージンの肩に乗って歩いたりする)
シャフ(フェージン一家の中で最も高価な猫。いつも舌の先をちょろりと出している)
プショーク(フェージンのお隣で飼われているにもかかわらず、ちゃっかりフェージン宅に遊びに来る要領のいい太目の猫)
ペルシーク(フェージンが想いを寄せるキオスクのお姉さんにかわいがってもらっている猫)
他多数の猫ちゃん。


モスクワに住むマーニャとサーニャは、おばあちゃんと一緒にペット市場にやって来た。いろんな種類の猫や犬のほかに、めずらしい熱帯魚やカニ、亀まで展示されている。姉弟は目移りする。しかし、市場の片隅で所在なげに立っていた貧しそうなおばさんのコートにくるまっていた小さなトラ猫を見た途端、その子猫を連れて帰ることにする。くすんだ色のトラ猫を見たママはうんざりしたが、フルート奏者のパパは子猫を飼うことを許してくれた。
お姉さんマーニャの誕生パーティ。パパが演奏する楽団のメンバーや指揮者が招待されていた。子猫はやんちゃ振りを発揮。その席で“チグラーシャ(子トラちゃんの意味)”と名づけられる。
パパが所属する楽団は、コンサートを間近に控え、練習に余念がない。一方家に慣れたチグラーシャは、好奇心のままに家中を走り回って探検する。あげく、花瓶を倒し、食器棚の中に入り込んでカップをめちゃめちゃに壊したり、カーテンに飛び移ってひきちぎったり、パパの大事なコンサート用のネクタイで遊んだり…。ママの仕事の製図面にインクをこぼしたところで、ママの堪忍袋の緒が切れそうになる。チグラーシャはパパの部屋に閉じ込められる。ところが便意をもよおした彼は、パパのフルートケースの中にうんこをしてしまった。まるで戦争の様相を呈してきた家の中で、かんかんになったパパはチグラーシャを捨てようとするが、子供たちはじめおばあちゃんも協力して、彼にトイレの躾をする。落ち着きを取り戻した家族は、その愛らしい姿に日々心を癒されていく。

ところが冬深いある日、窓の外にいる小鳥を追っかけようと、チグラーシャは窓辺から外に出ようとして脚を滑らせる。チグラーシャはそのまま、下に駐車されていたトラックの荷台に落っこち、どこへと知れずに運ばれていってしまう。
チグラーシャがいなくなったことに気がついた一家は、必死で探し回るが、その頃彼は寒さに凍えながら遠い街に運ばれていた。夜、ようやく止まったトラックから滑り落ちたチグラーシャ。見覚えのない周囲の景色に怯えるばかりだ。マンホールのふたの上で途方にくれる彼。
パパとママは、夜になってもチグラーシャを探す。しかしどこにも子猫の姿は見えず、マーニャとサーニャの憂鬱は深まる。
チグラーシャはおなかがぺこぺこだ。必死で人間の後を追い、残飯に顔を突っ込んで寒さに震える。頭をなでてくれる人間はいても、ご飯を与えてくれる者はいない。大きな街の中で、彼は完全に迷ってしまっていた。
パパの楽団では、メンバーがみなで手分けして、探し猫のポスターを描いてくれた。一人でも多くの人の目に付くように、マーニャたちはそれを街中に貼っていく。
小さな男の子と母親がアパートに入っていくのを見たチグラーシャは、サーニャを思い出してあわてて後を追っていく。しかしそれは人違い。がっかりする子猫。
ポスターを見た人たちから次々に連絡が入ってきた。1匹は近所の飼い猫、もう1匹は良く似ているもののやはりチグラーシャとは違う猫だった。依然としてチグラーシャは見つからない。
残飯に埋もれそうになっていたチグラーシャを、食堂を経営するおばさんが助けてくれた。ひもじかった彼においしいご馳走を与え、暖かい店内で休ませてくれた。しかしその店に飼われていた黒猫がチグラーシャに牙をむいたため、仕方なく彼は店を出て行く。外は相変わらずひどい寒さだ。除雪車に巻き込まれそうになって木の上に上ったものの、カラスにつつかれて彼は下に落ちる。それを獲物と間違えた猟犬がすさまじいスピードで迫ってくる。階段上で追い詰められたチグラーシャ。猟犬に噛み付かれそうになったとき、そこに大きなトラ猫がやってきた。トラ猫はするどい爪で猟犬に立ち向かい、勇敢にも追い払ってしまう。トラ猫は、チグラーシャをある古ぼけた小さなアパートに連れてくる。そこには一人の男が住んでいた。ひげ面で優しい目をしたその男は、チグラーシャをアパートに迎え入れてくれ、ご飯をくれた。なんとそのアパートには、チグラーシャを助けてくれたトラ猫ワーシャの他にも様々な猫が数匹同居していた。また、お隣で飼われている真っ白の太っちょ猫プショークも遊びに来ている。その男は、かわいそうな捨て猫を見ると、放っておけないのだ。彼はチグラーシャにフェージンと名乗った。チグラーシャは親切な猫達にすぐ馴染んでいった。
一方、チグラーシャが自力で帰ってくることを固く信じるマーニャ姉弟。眠れない姉弟に、パパは月の王様のお話をする。“王は夜空を飛び回り、子供を安らかな眠りに誘う。夜が更けると我々の地球は王の恵みに包まれる…”
街灯が一晩中消えることのない街中のフェージン宅。夜更けに帰宅したフェージンに、上着を脱ぐ暇も与えずシャム猫のイザウラが飛びついてくる。白黒ブチ猫ジンジンは、待ち構えたようにフェージンと共に後ろ足で器用に大ジャンプする。フェージンの猫一家は、ご主人様と一緒におとなしくテレビを見る。一日のうちで一番安らかなひと時だ。チグラーシャも生まれたばかりの子猫の世話をしている。プショークは、そろそろお隣の本宅に戻る時間だ。
マーニャ姉弟のパパとママは、子供達のために新しい子猫を買うことを検討する。今のままでは子供達がかわいそうだ。
フェージンは日雇い労働で生計を立てている。猫達もフェージンについていく。フェージンはキオスクで働くおねえさんに心を寄せていた。猫一家の一員ぺシュークも、おねえさんが大好き。フェージンは、器用なジンジンを足の間にくぐらせながら、猫達と一緒にサーカスの舞台に立つことを夢見ている。ピエロの衣装に身を包み、ジンジンと一緒に縄跳びをしたり、犬の上に乗っけて歩いたり…。舞台では彼は猫使いとして観衆の喝采を浴びている。観客席にはキオスクのおねえさんの姿も。そこに突然雇い主が現れ、彼に水槽の修理と雪かきを命じる。夢想はこれで終わり。フェージンはおとなしく次の仕事先に向かっていく。
マーニャたちは、新しい猫を飼って、もしチグラーシャが戻ってきたらどうしようと話し合う。そんなことになったらチグラーシャは二度と戻ってこないだろう。
フェージンのアパートに、地元マフィアが手下を連れてやってきた。早急にここを立ち退けというのだ。アパートはナイトクラブに生まれ変わる。マフィアにとって、住み着いているフェージンが邪魔なのだ。彼らはフェージンの雇い主を抱き込んで、彼に立ち退きの嫌がらせをするよう促す。雇い主は即座にフェージンをクビにする。金に困ったフェージンは、街角で新聞を売って日銭を稼ぐ。そこにもマフィアの手下達がやってきて、フェージンを無理やり車に乗せていってしまった。フェージンは新しいアパートに連れてこられる。しかし、サインすることを強要する彼らの隙をついて、その場から逃げ出すことに成功した。そこはなかなか綺麗な部屋ではあったが、彼は同居する猫達のことを考えて立ち退きをしぶっていたのだった。
マーニャとサーニャ宅では新年を迎える準備に余念がない。パパのコンサートも間近だ。テレビで迷い犬のニュースを観た姉弟は、チグラーシャの公開捜索をテレビでするようにパパにお願いした。
大道芸人の中に混じって、フェージンが地下の構内で猫達と芸を披露していた。ジンジンを肩に乗せて腕の上を歩かせたり、イザウラに足の上をジャンプさせたり。珍しい猫の芸に感心する人々の中に、例のマフィア達の姿もあった。彼らは最後通告を与えにきたのだ。フェージンがマフィアとやりあっている間に、せっかく集まったお金も誰かに盗まれてしまう。意気消沈するフェージン。帰宅しても彼の憂鬱は晴れない。もう家には食べるものがひとつもないのだ。猫達にあげるものもない。思い余った彼は、猫一家の中で一番高価な純血ペルシャ猫であるシャフを売りに出す決意を固める。美しい毛並みのシャフは、金持ちの夫婦に買われていった。思わぬ大金を手にしたフェージンであったが、なんとシャフは彼の乗り込んだバスにしがみついていた。せっかくいい家にもらわれていったのに、逃げ出してきたシャフ。まるで詐欺のようなことをしてしまったが、そのおかげでひさしぶりに一家は豪勢な食事にありついた。テレビをつけると、チグラーシャのニュースが。フェージンがお祝いをしようと酒のビンを開けると、外にマフィアの姿が。今すぐ立ち退きの書類にサインしろと迫る彼ら。チグラーシャを放り投げようとしたマフィアに飛び掛ったフェージンは、逆に殴られて頭を負傷する。それを見た猫達の怒りがついに爆発した。ワーシャの唸り声を合図に、いっせいにマフィア達に飛び掛る。爪でひっかき、顔に噛み付き、部屋は大騒ぎになる。マフィア達の悲鳴を聞きつけた近所の人の通報で、警察が呼ばれる。マフィア達は警察に連行され、フェージンも無事に病院に搬送された。後始末をしていた警官は、かごの中に残された猫の親子を見つけた。まだまだ小さい子猫を見ると、彼は親猫ごと自宅に連れて帰った。

フェージンのアパートを飛び出したワーシャ、ジンジン、チグラーシャ、イザウラ、シャフたち。彼らは力を合わせて食べ物を探しに行く。シャフが屋台のおやじの気を引いている間、イザウラが屋台のソーセージを盗み出す。また、みんなで近所の雑貨店に入り込んで、店主が居眠りしている隙に中の食品を荒らしまわる。しかし、チグラーシャがたてた物音に気づいて店主が起きだした。慌てて逃げ出す猫達。彼らが換気口から外へ飛び出しているのを見た店主は、換気扇を回す。ジンジンが逃げ遅れてしまう。口元に不敵な笑みを浮かべてジンジンに迫る店主。危うし、ジンジン!しかし彼はジンジンにソーセージを食べさせてやる。ジンジンの安全を確認したワーシャたちは、街の中に消えていった。
翌朝、仲間のところに戻ってきたジンジンも加えて、猫達はアパートにつけられていたナイトクラブの看板が剥がされるのを見届けた。猫達の冒険は続く。仲間のプショークの家に行ったが、彼は本物の飼い主に引き止められている。仕方なく再び街にさまよい出る彼ら。猫達はとあるコンサート会場にやって来た。窓から中に侵入していく。食べ物を探すがそれらしきものはない。ところがチグラーシャは、会場から流れてくるフルートの音色に鋭く反応した。これは、懐かしい我が家で練習していたパパのフルートと同じ音だ!パパがどこかにいる。フルートの音をたどって、チグラーシャはパパを探す。ついに、パパの楽団が新年のコンサートを行っている会場にたどり着いた。楽団員の足の間を走り抜けて、彼はとうとうパパの足を見つけた。フルートを吹くパパの体に飛び乗り、フルートの独奏が終わると同時にパパの肩の上でうずくまる。会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。客席にいたマーニャとサーニャ、おばあちゃん、ママはチグラーシャとの再会に涙も流さんばかりだ。天井桟敷からその模様を見つめていたジンジンたちは、そっとその場を離れていった。
新年の夜。しんしんと雪が降る中、フェージンが退院してきた。街中にイルミネーションがきらめき、お祭りムード一色だ。ママにプレゼントを買ってもらって大喜びの子供達。孤独なフェージンは足早にボロアパートに向かう。いつかチグラーシャが立ちすくんでいたマンホールのふたの上に、茶色のトラ猫が凍えている。それを見つけた彼は、優しく子猫をふところに入れ、キオスクに立ち寄ってシャンペンと牛乳を買った。キオスクのおねえさんは、フェージンに心ばかりのプレゼントを渡す。
マーニャたちの家では、チグラーシャがきれいに洗われて、盛大に新年のパーティが行われている。それに対し、フェージンのアパートでは電気すら止められている。ロウソクとシャンペンで、拾ってきたばかりの子猫と新年を祝う彼。そのわびしい食卓にワーシャを先頭にジンジン、シャフ、ブドゥライ、イザウラたちが戻ってきた。喜ぶフェージン。また一緒に暮らそうなと猫達に語りかける彼のまなざしは、しかしどこか哀しげであった。

画像


ロシア出身のイワン・ポポフ監督は、この作品で商業用長編映画デビューを果たしました。グラフィックデザイナーという経歴の持ち主であるそうですが、言われてみればなるほど、ロシアの街並みを映すセンスになかなか詩的なものを感じさせて良いです。
“ロシアから来た猫映画の決定版!”というのが謳い文句の作品です。日本でも、文部省選定映画に指定され、(財)日本動物愛護協会からも推薦されている点からして、優れた動物映画であることは間違いありません。
ハリウッドで安直に製作される動物ものでは、猫というと大概良いイメージではありませんよね。ずるがしこくて、自分勝手で…。多くの場合、悪役として非常にデフォルメされた、あるいは擬人化されたキャラクターであります。
ところがこの作品では、あるがままの猫の生態が描かれていきます。子猫のチグラーシャが、もらわれていった裕福な音楽家の家でいたずら三昧する様子は、猫を飼ったことのある方なら「そうそう、そうなのよね」と膝を打っていただけると思います。窓辺で遊んでいて外にぽてっと落っこちてしまうのも、よくある事故でしょう。またチグラーシャが、たどりついた見知らぬ街で迷って飢えていく様も、確かに非常にリアルです。人間は野良猫を見ると、「おおかわいい、かわいい」と頭をなでても、食べ物を与えてはくれないもの。そんな人間の手前勝手さも、ちらりと皮肉られています。このように、観客が猫に思い切り共感できるのも、ファステンコのカメラが猫を映す際には、必ず猫と同じ視線で周囲の風景を切り取っているからですね。
チグラーシャの身を案ずるマーニャとサーニャ姉弟の子供らしさや(監督の実子)、音楽家一家や楽団の人々が皆一様に善意の人であるのも、いやみがありません。彼らがすごく自然体に見えるからでしょう。しかしこの作品の焦点は彼らではなく、チグラーシャを受け入れるフェージンにあると感じます。
フェージンは、近年ロシアで社会問題化されている、民衆の間の貧富の格差が開いている現象を象徴するかのような人物です。マーニャ一家とは違い、彼は恋人はおろか家族もいない天涯孤独な身の上で、まともな職にもありつけず、社会の最下層に甘んじています。社会的弱者で、高圧的な権力者(彼の雇い主とマフィア)には抵抗する術を持ちません。でも捨て猫を見ると、自分の生活が苦しくなることも顧みず、世話をしてしまう。ものすごい猫好きなんでしょうが、その行為にはそれ以上に彼の孤独がにじみ出ているような気がして、ほろ苦いものを感じます。
フェージンの夢は、サーカスで愛する猫達と芸を披露すること。フェージンと同居する個性豊かな猫達の芸達者振りが、この作品最大の見せ場だといっても過言ではありません。唯一高価な猫であるシャフのなんともいえない愛嬌、白黒ブチのジンジンの芸は猫達の中でも一番。また、頭のいいイザウラのジャンプ芸や、屋台の親父を出し抜いてソーセージを盗み出すところも、ありそうな展開で痛快です。猫達をたばねているリーダー猫ワーシャのかっこよさは、思わず見惚れるほど。猫達が、クライマックスでマフィアに飛び掛っていく様もリアル。CG処理など一切施さない本物の演技だからこそ、猫達の仕草や表情のひとつひとつが胸に迫ってくるのです。
しかしフェージンの現実は、マフィアに不当にアパートを追い出される寸前であり、またいけすかない雇い主からは一方的に解雇される、悲劇的な状況です。密かに想いを寄せるキオスクのおねえさんにも、告白できずにいる。彼は坂を転がるように窮地に追い詰められていくのですが、彼自身は寂しげにためいきをつき「ま、なんとかなるさ」と飄々としたままです。猫達はそんな彼を見捨てることなく、常に彼のそばにいます。思うに猫って、人間の本質を実によく見抜いている生き物ではないでしょうか。普通に考えれば、マーニャ一家のような裕福な家でぬくぬくと暮らすほうがいいんでしょうが、どんなにひもじい思いをしてもやっぱりフェージンのところに帰ってくる。それはフェージンが嘘偽りなく猫を愛する人間だということをわかっているからに他なりません。
監督はマーニャ一家以上に、そんなフェージンの人生を描くのに時間を割いていますね。チグラーシャという子猫を一種の媒介として、フェージンの属する貧困層の人々の悲喜こもごもを、マーニャ一家の象徴する富裕層の優雅さと対比して描きたかったのでしょう。だからこそ物語は、チグラーシャとマーニャ一家の感動的な再会で終わらなかった。ラストはついに電気も止められた、フェージンの絶望的な状況を描かなければならなかったのです。時は新年。周囲がお祭り騒ぎの中、彼は一人ぼっち。職もなく金もなく食べるものすらない。住む所は猫達の活躍で辛うじて守られたものの、彼の未来は決して明るいとはいえないでしょう。最後に見せた彼の憂鬱そうなまなざしは、それを雄弁に物語っています。このシーンがあったからこそ、作品はただの御伽噺の域を超え、観る人の心に複雑な感慨を残しえたと思うのです。映画をご覧になった人はきっと、フェージンという善良なる魂に幸あれかしと願わずにはいられないでしょう。

画像

フェージンをその美しいまなざしで印象深く演じたのは、アンドレイ・クズネツォフ。彼は実は本職の俳優ではなく、ロシアきっての猫の調教師だそうです。映画に出てくる猫達は、すべて彼が調教した猫。ジャンプ芸も股歩き芸も肩乗り芸もすべて本物。さすがスタニフラフスキーを生んだお国柄です。動物の演技までリアルそのものだったとは。
おかげで作品に、地に足の着いた質感が生まれました。この映画は真の猫好きによって作られた、猫好きのための猫映画でもあるのです。

こねこ [DVD]
アイ・ヴィ・シー
2009-10-21

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ




にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス
猫の猫による猫のための猫のおとぎ話―「こねこ Kotehok (The Kitten)」  House of M/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる