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zoom RSS 所詮、女には向かない場所−「ラッキー・ユー Lucky You」

<<   作成日時 : 2015/10/24 22:16   >>

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最近とみに、家族の中での女親の役割って何なんだろうと考えることが多いです。何らかの意味があるのかなって。ひょっとしたら私は、家庭の中では、毎日常駐している家政婦以上の存在ではないのかもしれない…と思うこともしばしば。それにほら、よく言われるじゃないですか、“親はなくとも子は育つ”と。
多分、私の子供たちが2人とも男の子だから、唯一の女である私は家族の中で余計に疎外感を覚えるのでしょうね。夫と息子たちのやり取りを見ていると、時折、私のような母親は実は必要ないのでは…と思ってしまいます。


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“母性”は全てを赦す。

「ラッキー・ユー Lucky You」(2007年製作)
監督:カーティス・ハンソン
製作:デニーズ・ディ・ノヴィ&カーティス・ハンソン他。
製作総指揮:ブルース・バーマン
原案:エリック・ロス
脚本:エリック・ロス&カーティス・ハンソン
撮影:ピーター・デミング
プロダクションデザイン:クレイ・A・グリフィス
衣装デザイン:マイケル・カプラン
編集:クレイグ・キットソン&ウィリアム・ケアー
音楽:クリストファー・ヤング
出演:エリック・バナ(ハック・チーバー)
ドリュー・バリモア(ビリー・オファー)
ロバート・デュヴァル(LC・チーバー)
デブラ・メッシング(スーザン・オファー)
ホレイショ・サンズ(レディ・エディ)
チャールズ・マーティン・スミス(ロイ・ドゥルチャー)
サヴェリオ・ゲーラ(レスター)
ジーン・スマート(ミシェル・カーソン)
ロバート・ダウニー・Jr他。

ラスヴェガスでプロのポーカープレーヤーとして生きる男ハックは、相手の心理を読むことにかけては誰もが一目置く存在だ。だが、引き際の見極めを時に誤ることが、彼を一流のトップ・プレーヤーに成長させる足枷となっている。それだけ勝負に熱く燃える性格であるわけだが、明らかに勝ち目のない勝負から潔く降りることも、プロの世界では重要な才能だ。常に強気で攻めの勝負を信条とするハックは、そのため大きな勝負どころでポカをやらかし、いつも掛け金をすっては金欠状態だった。持ち物はほとんど質入しているし、家財道具もベッドとロッキングチェア以外は既にゼロ。もちろん家賃は滞納しっぱなしで、アパートをシェアしているルームメイトには愛想尽かしをされている。それでもハックは、得意のポーカーフェイスで日常的に関わる人間を煙に巻き、呼吸するのと同じぐらいごく自然に賭け事にまみれて暮らしていた。生活の全てがラスヴェガスの掛け場を中心に動く。顔見知りや冗談を言い合う友人には事欠かないが、深く親交を結ぶ人間は1人もいない。当然、女性関係も、一晩だけの軽いお付き合いに終始する。ポーカーは常に真剣勝負だが、現実世界での人間関係や社会生活は破綻している…。それがハックという男だった。

そんな彼の前にある日、歌手になる夢を抱いてヴェガスにやってきた、おぼこい田舎娘ビリーが現れた。ハックとは因縁浅からぬ女スーザンの妹だ。ビリーは、ナイトクラブの歌手の職を得て自活するような生真面目な女であり、またすぐに他人を信じてしまう善良な人間でもあった。腹の探り合いや駆け引きは得意のハックでも、あまりに裏表のないビリーは全く“読めない”相手だ。だからこそ、ハックはビリーに惹かれるものを感じ、ベッドを共にした。基本的にお人よしのビリーは、何も知らないに等しい男ハックに財布まで預けてしまう。ハックはついつい誘惑に負け、最近負けが込んで厳しくなった掛け金の支払いを一気に取り返そうと、ビリーがこつこつ貯めた金を黙って失敬してしまう。その足ですぐ掛け場に向かったが、結局勝ちを焦ったハックが最後にしてやられ、ビリーの金もすっからかんにしたのだった。甘い一夜の後で、自分の金を盗んでいったハックの仕打ちに激怒するビリー。ハックにとって“運命の人”になるはずだったビリーとの縁も、ここで切れてしまったかに思われた。

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一方ハックは、間近に迫ったポーカー世界大会への出場を目論んでいた。彼の実力ならば優勝も夢ではない。しかしそれにはたくさんの障壁が待ち構えていた。まずは、予備選を書き抜いて出場資格を得るか、 1万ドル支払って出場権を得るかしなければならない。クラブ・オーナーのロイは、顔見知りのハックに1万ドルを“投資”して、見返りに、彼が得るであろう賞金の7割を差っ引く取引を申し出る。金欠も末期状態のハックにとっては、渡りに船の話だ。

ところがここで、ハックのもう一つの障壁、彼の実父にして伝説的なポーカープレーヤーであるLCが立ちはだかる。LCは、ハックが幼い頃に家族を捨て、賭け事にのめりこんだ憎っくき男だったのだ。賭け事を生業にすることで散々母親に苦労をかけた挙句、結婚指輪まで質に入れたLCを、ハックは今でも許せないでいた。皮肉にもハックは、これまで絶対に手をつけなかった母親の唯一の形見である指輪を質に入れ、金を作ると父親に勝負を挑む。結果は、土壇場で心をかき乱され、冷静さを逸したハックの負け。それでも懲りずに、今度はロイから預かった1万ドルを賭けて、父親とさしで勝負する。LCとしては、ライヴァルである息子にプレッシャーを与えるというより、“引き際”の重要性を教えたいという気持ちがあったのだが、父親らしいことを何一つしてもらっていないというハックの恨みは骨髄に達しており、こと父親との勝負では相手を“読む”目が曇ってしまうようだ。結局LCに1万ドル全てを取られてしまったハックは、世界大会出場も危うくなる。

ビリーには呆れられ、何とか1万ドルを工面しようと焦る彼は、悪友の賭けゴルフの誘いにたやすく乗ってしまう。が、これも結局、ビリーの真っ正直さによって失敗に終わった。1人空っぽのアパートで悄然とするハックは、投資元のロイが差し向けたちんぴらにしこたま殴られ、目を覚ます。金に頼らず、自力で出場権を得るしか道はないのだ。かくして、目に青あざを作った鬼気迫る様相で、ハックは必死の追い込みをかけた。辛くも出場権を確保すると、今は恋人ではなく、友人として一定の距離を置いているビリーに、今一度自分の真剣さを訴えにいく。少なくとも彼の彼女への愛情は、“ブラフ”ではく“本物”なのだと。ビリーからの明確な返答はなかったが、生まれて初めてハックは他人との確かな絆を感じ、心静かに世界大会を迎えるのだった。

2003年に開催されたポーカー世界大会は、いろいろな意味で画期的な大会であった。まず、ハックたちのように実際の賭け場で対人の勝負をした経験のない、ネット・プレーヤーが多数出場したこと。それから、プレーヤーの手元を映す小型カメラが導入されたことだ。プレーヤーの手元がテレビ画面に映し出されることで、各自の持ち手が観客にのみ明かされるという趣向である。ポーカーをオープンなエンターテイメントにすることで、“ごく限られた粋人だけの楽しみ”という従来の閉鎖的なイメージを払拭するのが目的だ。そうして、廃れつつあるポーカーの伝統に若者の関心を呼び戻したいのだ。しかし、ハックはカメラを拒否した。これは彼にとっては単なる世界大会のひとつではない。これまでの己の人生と経験の全てを賭けた、大勝負なのだ。

ハックは、血気盛んな攻めの勝負を封印し、慎重に周囲の空気を読みながらひとつひとつ勝ち進んでいく。上位戦になればなるほど、過去の大会の覇者や上位入賞者たちが勝ち残り、後はふるいにかけられてゆく。だが今回の大会では、ネット・プレーヤーたちが予想外の好成績を収めており、番狂わせがあちこちで起こっていた。大会は数日をかけて行われる。ある日化粧室でLCと鉢合わせしたハックは、功なり名を遂げた今、なぜまだそれほどまでに勝敗にこだわるのか、父親に問いただす。家族を捨ててまで、妻を泣かせてまで成し遂げるものが、このポーカーの世界にあるのかと。LCは簡潔に答える。
「世界大会で2度優勝すれば“伝説”になるからだ」
そして、ハックも知らなかった真実を語った。ハックの母親は亡くなる直前、結婚指輪をLCに返してこう告げたという。
「私は貴方を許します」
それで家族に許されたと信じていたLCは、だからハックがいまだに彼を憎んでいることが、心底理解できないでいるのだ。父親の子供のような言い分に、ハックも言葉を失うしかなかった。
決勝日。ハックもLCも、他の優勝候補者たちとともに決勝に駒を進め、最後の勝負のテーブルについた。いよいよ優勝者が決まるため、客席にも人があふれている。ハックの勝ちを祈願するロイも、固唾を呑んで勝負の行方を見守っている。実はビリーもハックに内緒で応援にやってきていた。父と息子が同じテーブルにつき、騙し騙され丁々発止の真剣勝負を繰り広げる。だがハックは、これまでのようにムキになって勝負を挑んではこない。1人…また1人…と、勝負から脱落した者がテーブルを離れ、残るはLCとハックと数名のプレーヤーだけになってもまだ、ハックは全くの無表情だ。LCですら息子が何を考えているかわからず、戸惑うほどに。残るプレーヤーが、ハックを含め3名になった。いよいよハックがLCに直接対決を突きつける。そのとき、意外な事が起こった…。

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(「ラッキー・ユー」撮影中ショット)

“ギャンブル”と聞いて、私たちが思い浮かべる要素とはなんでしょう。
真剣勝負のサスペンス?騙し、騙されといった駆け引きの妙?人間の本能でもある勝利への渇望?賭け事という非日常的行為への背徳感?勝利の高揚感、敗北の悲惨?あるいは、悪魔に魂を売ってでも…といった暗い誘惑?
まあいずれにせよ、その先に待つものは転落と絶望しかない、と私も含め多くの方が思ってしまうことでしょうね。古くは「シンシナティ・キッド」や最近でも「ラウンダーズ」、「ラスヴェガスをやっつけろ!」など、ギャンブルをテーマに据えている映画の多くが、多かれ少なかれ、賭け事にのめりこむ人間への戒めを暗示しているからです。

以前ここでも触れた「カジノ・ロワイヤル」然り、もちろん前述した名作「シンシナティ・キッド」然り、ポーカーというゲームは、プレイヤーがテーブルに腰掛け、手の内にあるカード(普通は見えない)を駆け引きすることで進んでいく、静的な心理戦の側面が強いものです。ですから、これを映像でドラマチックに表現するのは、案外難問なのですよね。でも、うまくいけば映画のスリルを最高に盛り上げるツールともなりえます。

今作では、ギャンブルから予想されることさら悲劇的な展開はありません。その代わり、日常的にギャンブルの世界で生きている人間のタフな生き様を、さりげなくしかし非常にリアルに描いているのではないでしょうか。寝てもさめてもポーカー三昧、まるでポーカーに人生を乗っ取られているかのようなダメ男ハックを、エリック・バナが好演していますが、プロのポーカー・プレイヤーの日常とはおそらくこういうものなのだろうと、観客に妙に納得させる作品なのですよ。絵面だけ見ていると、ハックを中心としたラスヴェガスに住まう人々の日常スケッチの趣がある今作、作品全体に流れる空気はむしろ穏やかで、ラスヴェガスの様々なホテルの賭け場が登場するにもかかわらず、豪奢なイメージも、逆に殺伐とした雰囲気もあまり感じられません。ただその中で、ハックが来る日も来る日もポーカー・ゲームの一瞬に人生を賭けている様子はよく伝わってきます。いわば、たかがトランプ1枚に真剣勝負の命運を賭ける男の生き方に、不思議な説得力が生まれるわけです。バナが文字通りのポーカー・フェイスで、勝負の相手の腹の底を探りながら、手の中でチップをもてあそんでいる様子など、なんてことない絵でもリアリティを感じましたね。

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劇中には、実際にラスヴェガスでプロのポーカー・プレイヤーとして活躍する人たちが多数出演しているそうです。彼らの個性と存在感が俳優陣の演技とうまく溶け合っていたことが、今作に説得力を付加する要因になったかもしれません。その効果が最大限に発揮されたのは、やはりクライマックスの世界大会であるでしょう。このシークェンスは、ハンソン監督が可能な限り実際の大会を忠実に再現したものだそうで、なるほど、観ている私たちもゲームに参加しているような気にさせられる緊張感が漂います。プレーヤーのきわどい表情の変化、手札とチップに伸びる手の動き、固唾を呑んで見守る観客の顔、プレーヤー同士の腹の探りあいと駆け引き…。そういったものを、カメラは鮮やかな切り返しでテンポ良く見せていきます。それによって醸成されるスリルは、まさしくリアルそのものだと言えましょう。

さて、今作の本筋は、実はポーカーを日常的に見せることのみではありません。人生全てをギャンブルと捉え、他人とシリアスな関係を作ろうとしなかったハックが、ビリーという“運命の女神”と出会ったことで少しづつ成長していく物語と、彼と父親LCの葛藤と和解の物語が主軸であります。ギャンブラーながら、妙な信念を曲げない不器用な男であり、他人の腹は探るが基本的に悪人になりきれないハックと、絵に描いたような純朴な娘ビリーとの交流は、しかしポーカーと同じく、こちらで見ていてもハラハラするような不器用さ(笑)。ちっこい目を捨てられた子犬のようにウルウルさせながら、普段のいきがり様は何処へやら、ビリーを追っかけていくハックの純情も母性本能を鷲掴むと思われます(笑)。

しかしながら、この不器用丸出しの必死さが、これまでのハックの格好つけの人生を変える原動力になるわけですね。伝説的ポーカー・プレーヤーで、いくらハックが頑張っても絶対越えられない壁であったLCとの確執も、ビリーという存在があったからこそ、転機を迎えることが出来たのですし。LCとの確執とはすなわち、幼い頃に真っ当な愛情を注いでくれなかった父親への反発を、ハックがいまだに抱え込んでいることに他なりません。尤もそれには、苦労した母親の悲しい人生が大きな影響を及ぼしているのですが、その辺りのサイド・ストーリーを、当人に台詞で語らせるのではなく、母親の唯一の形見である指輪を賭けて勝負することで表現しているなど、ギャンブル映画にふさわしい演出でしたね。

自分と母親への仕打ちに対する怒りが、LCとの勝負において彼の目を曇らせていることは、おそらく当のハック本人が最もわかっていたことでしょう。ハックが LCとの勝負に挑むとき、彼は父親に捨てられた子供時代のハックに戻ってしまっているのです。つまり、ハックが越えなければならない壁というのは、父親であるLCとの関係を自分なりに整理し、LCという存在を拒絶するのではなく自ら受け入れることになるのですね。世界大会の出場権を獲得するためがむしゃらに頑張ったことが、ハックに心境の変化をもたらしたのは確実です。もちろん、ビリーの存在がハックをしてそうさせたのは言うまでもありません。ハックは、いずれは親子での対決が避けられない世界大会中に、LCと言葉を交わします。このやり取りは、彼ら親子のあり方を伺う上でも、またその関係が今後変化していく布石としても、とても重要であると思いますね。彼には、父親がなぜこれほどまでに勝敗にこだわるのか、ぜひ知っておく必要がありました。それを知ることが、嫌っている父親と同じ道を歩んでいる自分自身を理解することにも繋がるからです。要はハックは、父親と同じ生き方を選択することで、その父親への思いとは裏腹に、たぶん無意識のうちに父親に近づきたかったのだと思われます。息子というものは様々な形で父親を乗り越えていくものだそうですが、ハックにとってのそれは、必ずしも父親を打ち負かすことではなかったのでしょう。このトイレでの会話は、それらをハックに悟らせるに充分な重みを持っていました。決戦の場でのハックの行動は、彼が父親という壁をようやく乗り越えたことの証です。

“禍福はあざなえる縄の如し”とはよく言ったもので、ハックの場合、世界大会での優勝という名誉を手放した代わりに、父親LCとの絆という何物にも代え難い幸福を手に入れました。まあこれは、結局優勝を逃してしまったLCにも当てはまる言葉ですね。大会後、ホテルのバーで、ハックを相手に小銭を賭けて遊びに興じるLCの表情の楽しそうなこと。まるで子供のように朗らかです。LCを演じるロバート・デュバルは名優ですが、今作ではその重心の低い安定感抜群の演技の中に、このように思いがけなく無心の表情も見せてくれ、その多彩さには改めて感じ入ります。ハックにとっては、LCと興じた賭けで得た手のひら1杯分の小銭こそが、値千金の賞金となったことでしょう。

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今作は、ポーカーというちょっと変わった世界に生きる父親と息子の姿を通じて、普遍的な親子の物語を語ったものだといえますね。モチーフがポーカーだということで新鮮さがいや増していますが、テーマはずばり、古くから追求されてきた父親と息子の関係性。ポーカーの真剣勝負に絡めてさりげなく語られる、父親と息子の在り様が大変興味深かったです。

劇中では、彼らの関係を揺さぶり、動かす鍵として、亡き母親の遺した指輪が登場しますが、あまり“女っ気” は感じられない作品になっています。もっと言えば、母親の存在はあまり重要ではないようにも思われて、私としては寂しい気もしますね。まあ、ハックの運命の人ビリーが、劇中での“母性”を体現する人物ではあったのですが、それにしてもね…。“親はなくとも子は育つ”ではありませんが、たとえ母親はいなくとも、結局父と息子は彼らにしかわからない方法で分かり得てしまうものなのかなあ。父と息子の絆というのは、本当の意味で母親は踏み込んではいけない領域なのかもしれません。

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