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zoom RSS 「ベント Bent」―マーティン・シャーマン Martin Sherman

<<   作成日時 : 2015/08/11 17:40   >>

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私はこれまでに映画や芝居でどれだけのラブ・シーンを見てきたかは数えきれないが、「ベント」のラブ・シーンくらい痛ましく悲しく美しく強烈なラヴ・シーンに接したことはなかった。―淀川長治 朝日新聞掲載の劇評より


ベント (1981年)
劇書房
マーテイン・シャーマン

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「ベント Bent」マーティン・シャーマン Martin Sherman(著)
青井陽治訳 1981年(劇書房刊行)

1934年6月30日未明―「血の粛清」決行さる。長い剣の夜。
かつてヒットラーの右腕であった、突撃隊隊長エルンスト・レーム(人も知るホモセクシュアル)、反逆罪のかどで射殺される。反ナチスの資本家や軍人、有識者はすべて処刑され、この日をもって、ヒットラーはドイツからのホモセクシュアル追放を宣言する。
ホモセクシュアル行為は法律で禁止され、違反した者はダッハウの強制収容所へ送られた。収容所内で死亡した同性愛者の数は最終的に25万人から50万人と推定される。

マックス―裕福な資産家の息子として生まれながら、麻薬の売買に手を出したり、人をだましたり、盗みを働いたり…退廃的な街ベルリンで享楽的な毎日を送っている。当然家族からは勘当されている。
ルディ―ダンサー。マックスの恋人。世話好きで優しく、植木を大切に育てている。マックスとは腐れ縁でつながっている。禁止されているはずのゲイ・クラブのショーで踊って、日銭を稼いでいる。

第1幕

1934 年6月29日土曜日の夜、ルディの踊るグレタのゲイ・クラブで酔っ払って乱痴気騒ぎを起こすマックス。翌日午後ひどい二日酔いで目を覚ました彼は、昨晩家に若い男をひっぱりこんだことすら覚えていない。ルディはむくれながらも、そんなマックスを楽しげに介抱する。二人にとってはごくありふれた日曜日の風景。しかし彼らは、ベルリン中のゲイの守護者でもあったレームが粛清されたことはまだ知らない。
二人の前へブロンドの若い男―ウルフが現れる。マックスとウルフは昨晩酒とコカインでハイになった挙句、さんざんベッドで楽しんだらしい。おまけにウルフは、文無しでアパートの家賃も払えないマックスをポーランド人の金持ちだと信じこんでいる。酔っ払ったマックスの大ホラを真に受けている模様。
そこで玄関を乱暴にノックする者が。家賃の取立てか?しかしドアを開けた途端、ゲジュタポの将校二人が銃を構えて乱入する。彼らはウルフを見つけると即座に殺した。混乱に乗じてマックスとルディは間一髪でアパートを脱出した。
彼らはグレタのゲイ・クラブに逃れる。そこで驚愕の事実を聞かされる二人。マックスが拾ってきたあのウルフは、レームの指揮する突撃隊の第2の権力者カール・エルンストのボーイフレンドだったのだ。日曜日の未明、レーム以下突撃隊幹部200名が粛清されたのを受けて、ウルフのような関係者もすべて抹殺されていった。ウルフと一晩遊んだだけのマックスとルディも、当然関係者とみなされ、今やゲシュタポに追われるハメになってしまった。グレタは金と引き換えにゲシュタポにウルフの居場所を売っていたのだ。そして、マックスとルディにいくばくかの金を与えて、ベルリンを出るように警告する。

それから2年間、マックスとルディはゲシュタポから逃げ回る生活を続けた。そして今はケルンの森の中で、失業者が暮らすテント村に二人潜んでいる。マックスはアムステルダムに脱出するため、伯父のフレディに二人分の偽造書類と旅券を都合してくれるよう頼み込んだ。しかしフレディには一人分しか準備できず、それが限界だ。マックスはルディを放ってはおけないので、一人分の旅券を辞退した。
「愛しているのか?そのダンサーを」
「愛!僕は大人ですよ。ただ彼には責任を感じるから…」

マックスとルディは絶望のあまり、テントの中で喧嘩する。早くここから逃げ出したい。二人してアムステルダムに逃げ延びたら、マックスはルディに新しい眼鏡と植木を買ってやると約束する。新しいダンス・レッスンも。仲直りする二人。夜の闇の中で手をつなぎ、そっと歌い始める。
”今夜でお別れベルリンよ
 恋の花咲く街よ
 一夜だけの男を求め
 夜ごとさすらいし裏街…”

そのとき、ゲシュタポが二人を逮捕しにやってきた。

ダッハウへ向かう護送列車の中で、ルディは眼鏡をかけていたためにナチの仕官に目をつけられ、殴られる。胸にピンクの三角をつけた囚人ホルストは、生き延びたければルディを助けようとは思うなと、マックスを諭す。どうせ助からないから、と。
仕官はマックスに、半殺し状態のルディを殴れと命じる。友人でないなら殴れ。マックスは震えながらルディを殴り続ける。そうしなければ、逆にマックスが仕官に殺されるからだ。ルディは床に投げ出され、こと切れる。マックスは仕官に連れられていく。

ダッハウの強制収容所。そこでは、ユダヤ人は胸に黄色の星をつけ、政治犯は赤の三角を、犯罪者は緑の三角、そしてゲイはピンクの三角をつけることになっていた。
囚人の中の親分格(カポ)は、囚人達に食事のスープをついでやっている。黄色の星や赤の三角、緑の三角には気前良く野菜や肉をよそってやるが、ピンクの三角をつけたホルストには汁しかやらない。「オカマのくせしやがって!」『オカマ』はここでは最低の待遇なのだ。
マックスはホルストの横にやって来る。胸に黄色の星をつけている。マックスはホルストに自分の器から野菜を分けてやり、お互いの身の上話をする。ホルストは、同性愛の合法化のために活動していた運動家の助命嘆願にサインしたために、ピンクの三角をつけられ、収容所送りになったのだ。マックスは収容所で最低の扱いを受けるのが嫌で、ゲシュタポと取引し、ユダヤの黄色の星を手に入れたと言う。ホルストは呆れる。「本当ならピンクの三角の筈だぜ」「生き延びるためならなんでもする」
マックスは護送列車の中で、ナチの士官達からゲイでない証明をしろと言われた。それで、酒を飲む彼らの前で、殺されたばかりの年端も行かない少女を犯したのだ。ホルストは言葉を失い、マックスを慰撫しようとする。「やめてくれ、俺に触っちゃいけない。俺は人間の屑だ」

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第2幕

1ヵ月後の夏、マックスが働く作業場にホルストが連れてこられる。1日12時間ひたすら大きな岩を1個づつ運んだり、元に戻したりする単調で意味のない作業。 2時間おきに3分間の休憩があり、その間は気をつけでまっすぐ立つこと。動いてはいけない。全部監理塔から見張られている。少しでも動けば射殺される。周りは高圧の電流が通っている柵に囲まれ、近くには死体を放り込む穴がある。帽子刑―衛兵が囚人の帽子を柵のところへ投げ、取ってこいと命じる。刃向かえば射殺され、取ってくれば一瞬で感電死する。残酷な処刑―で黒焦げになった死体用だ。
マックスはこの作業場で話し相手が欲しいために、伯父の送ってくれた金を衛兵につかませて、ホルストをわざわざ呼び寄せたのだった。ホルストはとんでもないところへ移されたと逆に怒り、マックスと口もきかなくなる。
3 日後、ホルストは自分の非礼を詫びる。二人は岩を運びながら、あくまでも顔を見合わせたりせず衛兵に気づかれないように、話し始める。ベルリンオリンピックのこと、夕食のこと、そしてお互いがお互いをずっと見つめていたこと。サイレンが鳴り、休憩時間になった。ホルストはまっすぐ前を向いたままマックスにささやく。
「その気になればできる。こうして二人いるんだ。その気になればできる」
「顔を見ることもできないんだぞ。触れ合うことも」
「お互いを感じられる…。見なくても。さわらなくても。今だって俺はあんたをすぐそばに感じる」
そうして二人は、お互いを心の中に感じながら言葉のみで愛を交わす。それはオルガスムスに達するものであった。
「やったぜ、俺たち!俺たちは殺されない。俺たちはやった。生きている。人間だ。愛を交わした。殺すことはできない」

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2ヶ月が過ぎ、秋になった。ホルストはマックスに愛を告白する。「お前に会えると思うだけで、生きる勇気がわく」マックスは自分は愛を返せないと拒絶する。愛してくれたルディも殺した。だからきっとホルストのことも殺してしまうだろう。自分を愛するな、むしろ憎んでくれ。
「俺は愛して幸せだ。誰も知らない合図を決めたんだ。お前の方を向いて左の眉を掻いたら、愛しているという意味だ。これなら衛兵にも気づかれない。俺の自由だ。かわいそうにお前は自分さえ愛していないんだな」

さらに2ヵ月後、季節は冬。秋ごろから風邪をこじらせていたホルストは、咳が止まらなくなり、岩を持つのもやっとの容態になってしまう。しかし、カポと折り合いの悪いホルストは薬を頼むこともできない。食欲は落ち、寒さが厳しくなるにつれどんどんやつれていく彼を見ていられないマックス。休憩時間になった。隣に並び立つ。マックスは以前愛し合ったときのように、ホルストを愛しながら暖めようとするが、つい調子に乗って乱暴になり、痛がらせてしまう。ホルストは、優しくしてくれと懇願する。痛い目にはさんざん合った。うんざりだ。優しく愛してくれ。
「暖めてくれ…やさしく…」
「俺はお前を抱いている…安全に…暖かく…お前がここにいる限り、二人が一緒にいる限り、俺が抱いている限り、お前は安全だ…」

3日後、マックスが手に入れた薬のおかげでホルストの咳はだいぶ治まってきた。マックスは新しい親衛隊の士官の所へ行き金を渡して薬をもらったと言い張るが、ホルストに嘘だと見破られる。実際はその仕官と寝たのである。
「ナチスにだって、ホモはいるさ。オカマの聖人も、オカマの天才も、オカマの凡人もいる。ただの人間なんだ。だから助命嘆願にサインした。それでピンクの三角をつけてここへぶち込まれたんだ。お前もこれをつけるべきだ」
「仕官は俺がホモじゃないから寝たんだ。ユダヤ人だっていいが、ホモは駄目だ。あいつはホモを嫌ってる。この黄色の星のおかげで薬が手に入ったんだぞ。ピンクをつけるべきだって話はうんざりだよ」
どちらからともなく、ベルリンの思い出話を始める。ベルリンにいたころは貧乏で幸せではなかったが、今は懐かしい。いつかここを出られたら、一緒に帰ろうと約束する二人。
そこへ例の士官が伍長を従えてやって来る。そして、マックスとホルストの様子をじっと見張っている。ホルストがこらえきれずに咳をする。士官は、具合が悪いのはマックスではなく、ホルストの方だと感づく。そこでマックスに、その場に立って見ていろと命じる。ホルストに帽子を脱がさせ、柵に向かって投げさせたのだ。柵がスパークする。士官はホルストに帽子を取りに行けと命じた。伍長がライフルを構える中、ホルストはマックスを見て、左の眉を掻く。そしてゆっくり柵に向かって歩き始めたが、突如彼は怒りの叫び声をあげ、士官につかみかかろうとした。伍長は背中からホルストを撃つ。息絶えるホルスト。
「おいユダヤ。死体を片付けておけ」

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マックスは叫ぼうとするが声にならない。ホルストの死体を引きずっていく。休憩のサイレンが鳴る。マックスはホルストをしっかり抱きしめたまま、まっすぐ前を見て立つ。
「大丈夫、しっかり抱いているぞ。ホルスト、驚いたよ。俺はお前を愛しているんだ…。約束する。お前のこと離しはしない。…愛している。どこが悪いんだ?どこが悪い?」
マックスは泣きながらホルストの死体を穴に投げ捨てる。岩を運ぼうとするが手が震えてできない。マックスは穴に飛び込み、ホルストのピンクの三角がついた上着を持ってくる。自分の上着を脱ぎ捨て、ホルストの上着を着る。そして、柵へ向かって歩いていく。柵が明るく照らされ、観客の目が見えなくなるまで舞台いっぱいに明るさが満ちていく。


かつてナチス・ドイツは、同性愛を民族堕落の象徴であると断罪し、ユダヤ民族への迫害と同様に…あるいはそれ以上に苛烈に、同性愛者への迫害を行いました。これは長い間歴史の陰に隠されてしまっていましたが、「ベント」によってようやく広く人々の知るところとなりました。
この戯曲は、演劇史上初めての、ストレートなゲイの物語です。それまでの、典型的なデフォルメされたゲイ描写ではなく、また、ゲイであることをオブラートに包んだような、ほのめかしのストーリーでもありません。
ゲイでユダヤ人である劇作家による、ゲイを真正面から捉えたリアルで真摯なラブストーリー。単なるラブストーリーという枠には収まりきらない、餓えたような訴求感。それは、人を愛するという人間の根源的な在り様を拒絶することに対する、激しい抗議の叫びです。
ですから、上演当初この作品に対してぶつけられた批判の数々―ナチによって弾圧されたのはホモセクシュアルだけではないだろうという非難、同性愛をあまりに感傷的に描きすぎるという非難、クライマックスの、愛した男の後を追って自殺する行為がポジティブに描かれていることに対する非難―が、作者の作品に込めた意図を無視したものであると感じられるのです。

第1幕では、主人公マックスはそこそこ裕福な家のドラ息子そのもの。仕事もせず、その場限りの快楽に身をゆだねる退廃的な生活を送っています。ダンサーの恋人ルディは、母親のように腐れ縁のマックスの世話をしますが、所詮彼も一人では生きてゆけない男。つまり二人の関係は、馴れ合いのような怠惰な共依存であるのですね。それが、2年に及ぶ逃亡生活を通じて、互いへの責任感に基づく固い愛情に成長したのです。
しかしマックスは自分が生き延びるため、そのルディを死なせることになります。その時点で彼の心からは人を愛するなどという感情は消えうせ、酷い自己嫌悪と孤独感で満たされていきます。他人を拒絶し、ひたすら生き延びることのみを考える『生ける屍』となったのだと思います。
第 2幕では、護送列車の中で出会ったホルストが、かたくなになったマックスの心を揺り動かし、愛するという行為を思い出させます。向き合って見つめあうことも出来ない二人は、すれ違いざまに視線の端にとらえる相手の姿を魂に焼きつけます。そして、触れ合うことなく、言葉のみで激しい愛を交わすのです。このシーンは、極端な形で純化された『愛』の表現であり、いっそ崇高ですらあります。また、二人のエクスタシーは、収容所内においてすら不当な差別を受ける立場の彼らゲイの、差別者たちへの高らかな勝利宣言とも感じられます。
冬の訪れとともに残酷な形でホルストを失ったマックスは、ついに自分を偽るのをやめ、『愛』に殉ずるように自ら高圧電線に身を投げます。確かに一見すると、自殺をまるで救いのように描いているのではありますが、そのこと自体を批判するのは見当違いだと感じます。むしろマックスの死は、『愛する』ことを弾圧する強大な権力への反発ですし、『愛する』自由と尊厳への渇望と捉えたい。それを観客の脳裏に焼き付けるために、あえて作者が選んだハイリスクな表現ではないでしょうか。

またこの作品は、単に、遠い昔に秘められた史実を暴いているだけではないと思います。政治とホモセクシュアルを結びつけることによって、『異質のもの』を排除しようとする政府のやり方、それに迎合せざるを得ない大衆の愚かさをも充分に皮肉っていますね。その状況は今現在も同じで、結局、この戯曲が書かれた時代から、政治情勢はいくらも進歩していないことがうかがえます。それに、ここに描かれる人間関係は、他人と親密な関係を結ぶことの困難な現代人のメタファーでもあると思います。
1幕でのルディとマックスの会話、あるいはウルフを交えての3人のやりとり、2幕での、ベルリンを懐かしがるマックスとホルストの会話は、そのまま今を生きる孤独な人々のためいきにそっくり置き換えられます。この作品が現在も尚峻烈な力を持ち続けているのは、描かれるテーマ、人間ドラマが現在においても追求されている普遍的なものであるためでしょう。

1999年に、NT2000というイベントが企画されました。これは、ミレニアムを前にして、20世紀中に創作、上演された戯曲のうち優れたものを100編投票によって選出し、各作者と主だった出演者を招いてディスカッションするという企画でした。このNT2000で1979年度の作品に選ばれたのが、シャーマンの「ベント」です。
このイベントには、シャーマンと1979年の初演時と89年の再演時の主演、サー・イアン・マッケランが招かれました。二人の口から、上演当時の興味深い思い出話が語られたそうですので、ここで少しご紹介しておきます。

1979年ウエストエンドに「ベント」の企画が持ち込まれたとき、シャーマンは主役のマックス役には始めからサー・イアンを想定していたそうです。ところが、劇中強烈な性描写も登場する、このセンセーショナルな題材に恐れをなした彼のエージェントが、彼にマックス役のオファーを知らせなかったとか。初演の演出家で、彼の知り合いでもあったロバート・チェトウィンから初めて「ベント」のことを知らされたサー・イアンは、当時の恋人ショーン・マサイアス(21歳)に相談を持ちかけました。
「出るべきかな?」「もちろんやるべきだ!」

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ロイヤル・コート劇場での世界初演は、やはり困難を極めたそうですね。作品の内容も前もって明らかにはせず、半ば劇場をジャックするような形で上演に踏み切ったとか。しかし観客の熱狂的な支持を集め、上演は大成功を収めました。そしてクライテリオン劇場という、より大きな会場に場所を移して公演は続けられました。以降「ベント」は7ヶ月に渡ってロングランを記録したのです。
「ベント」を成功に導いたのは、とにもかくにも観客の力でした。批評家からは芳しい反応を得られなかったし、演劇史上初めてのシリアスなゲイ・プレイであるという画期的な作品にも関わらず、意外にゲイの団体からの反発が大きかったためです。やはり生々しい性描写と、あまりにメロドラマティックなストーリー展開、ラストの肯定的な自殺の描き方といった点に、批判が集中したようです。
しかしその10年後、1988年サッチャー政権時に制定された『セクション28』(公的な教育現場で同性愛を助長してはならないとする、地方自治法28条。現在では廃止されている)に抗議するため、一回限りのチャリティ上演として再演が決定しました。ゲスト出演者は豪華で、グレタ役に故イアン・チャールソン、ナチ将校役にレイフ・ファインズとリチャード・E・グラント(!)、ルディ役にアレックス・ジェニングスという布陣でした。結局この公演も大変な反響を呼び、場所をナショナルシアターに移して上演が続いたそうです。

1979年12月 2日から始まったアメリカ、ブロードウェイでの上演は、マックス役にリチャード・ギア、ホルスト役にデイヴィッド・デュークスを迎えて、爆発的な人気を集めました。ギアが半年でマックス役を辞するととたんに客足が落ち、それから1ヶ月あまりで閉演したものの、合計210回の公演はほぼ成功したと言えるでしょう。なにより、性に対して保守的なアメリカでこの種の戯曲が公演されたこと自体が、大変意義深いことだったと思います。

ベント?堕ちた饗宴?【字幕版】 [VHS]
ポニーキャニオン
1999-03-17

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そして1997年、「ベント」はいよいよ映画化されることになりました。シャーマンは戯曲を映画用に脚色し、プロデュースも兼任。監督にはショーン・マサイアスを指名。…そう、「ベント」初演の際、サー・イアンに出演を強く勧めた、当時の彼の恋人だったマサイアスです。マサイアスは、1989年に「ベント」が再演されたときの演出家として名を知られるようになりました。サー・イアンのみならず、マサイアス自身も運命の戯曲「ベント」と数年にわたって深い関わりをもつことになったのですね。
映画版では、クライヴ・オーウェンがマックスを、ロテール・ブリュトーがホルストを演じました。作品完成後、マサイアス監督はプロモーションで来日を果たし、映画解説者として知らぬ者のない故淀川長治先生と邂逅を持ちました。カンヌに出品されたものの、残念ながら、映画版「ベント」は興行成績もぱっとしないまま終わってしまいましたが、この映画版で初めて「ベント」を知ったという方も大勢おられると思います。もし興味を持たれたら、ぜひとも戯曲も一読されることをお勧めします。


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