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zoom RSS 「ぼくのバラ色の人生 Ma Vie En Rose」と、パステルカラーの愛

<<   作成日時 : 2016/01/17 21:43   >>

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幸せになりたいの
誰よりも…


「ぼくのバラ色の人生 Ma Vie En Rose」(1997年製作)
監督:アラン・ベルリネール
製作:キャロル・スコッタ
脚本:クリス・ヴァンデール・スタッペン&アラン・ベルリネール
撮影:イヴ・カペ
音楽:ドミニク・ドルカン
主題歌:ザジ
出演:ジョルジュ・デュ・フレネ(リュドヴィック)
ジャン=フィリップ・エコフェ(ピエール)
ミシェル・ラロック(アンナ)
エレーヌ・ヴァンサン(エリザベート)
ダニエル・ハンセン(アルベルト)
ローラン・ビボット(リゼット)
ジャン=フランシス・ギャロット(ティエリー)
キャロライン・ベール(モニーク)
ジュリアン・リヴィエール(ジェローム)他。

注意:ここから今作の詳しいストーリーを語っております。ネタバレを望まない方は、下の“ここから解説”という部分からお読みください。

僕はリュドビック、7歳の男の子。笑うとえくぼができるのが自慢。僕は他の男の子たちとちょっと違う。僕があこがれるのは人気テレビ番組の“パムの世界”のパムだ。彼女はとってもきれいな金髪で、空を飛ぶ愛の妖精なんだ。ピンクや黄色やオレンジ色のおとぎの国で、王子様ベンと結ばれる。いつか僕も、パムみたいに大好きな男の子と結婚式を挙げるんだ。ママはアンナ。パムみたいな金髪でちょっぴりうらやましい。僕には女の子の服を着るのをやめなさいって言うけど、大好き。パパはピエール。ちょっと怒りっぽいけど世界一素敵なパパだ。

僕の一家は、パパ、ピエールの職場の上司が住んでいる住宅街に越してきた。緑豊かで典型的な郊外の住宅地。今日はご近所さんを招いてのパーティだ。パーティには、ティエリーさん一家、パパの上司アルベルトさんの家族、そしておばあちゃんエリザベートもやってきた。僕の兄弟たち―長男トム、次男ジャン、長女ゾエ―は、早速近所の子供達といたずらするのに大忙しだ。でも僕はそれどころじゃない。さっきから部屋に閉じこもり、晴れがましいパーティの席にふさわしくメイクをし、お姫様のドレスをばっちりキメルのに余念がない。ハイヒールも難関だ。やっと準備が出来てみんなの前に出てきたのに、パパは怖い顔で二度とするなと言うし、ママはただの“自分探し”だととりあわない。違う、僕は自分を探してるんじゃない。僕は“女の子”なんだ。結局男の服に着替えさせられて大不満だけど、久しぶりに会ったおばあちゃんは素敵な女性だった。いつまでも若くてきれいで。一緒に流行のダンスを踊って楽しかった。

今日から学校が始まった。僕は、パーティのときから憧れてたジェロームと同じクラスになった。彼はアルベルトさんの息子だ。今日はクラスで一番の宝物をみんなに披露する。ティエリーさんちのソフィーは、僕も大好きな“パム&ベン”のお人形を持ってきてる。僕だって。先生は僕がベンになりたいって誤解してしまった。僕がなりたいのはパムなのに。ジェロームは僕がパーティで落としたイヤリングを拾ってくれてた…。校庭でそれを僕に返してくれようとしたんだ。おまけに、ちょっかいかけてきたソフィーを追っ払ってくれて。だから彼といっぱいお話ができた。彼も僕のことが好きなのかしら…。女の子になったらきっと彼と結婚しよう。パムとベンみたいに!
おばあちゃんちで“パムの世界”を観た。彼女はいつも素敵なオレンジ色のドレスを着て歌う。

甘い恋の物語はみんな読んだわ
ピンクのえんぴつで印をつけながら
幸せになりたいの
だれよりも

ダンスの振りだって全部覚えた。踊ってる僕を見ておばあちゃんも驚いたみたいだけど、一緒にダンスしてくれた。そのうえおじいちゃんからもらった大切な宝物を見せてくれたんだ。かわいいお人形が踊るオルゴール。きれい。おばあちゃんは一人きりで夢をかなえる方法を教えてくれた。目を閉じて空想する。僕は大富豪の娘で、素敵なドレスを着て、パムのいる世界みたいなピンク色のおうちに住んでいる。大きな鏡台には薔薇の花がいっぱいで…。

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ママが兄弟たちの髪の毛をカットしている。僕の一番憂鬱な時間だ。せっかくのばした髪を切られるのは耐えられない。だから毛先だけほんのちょっぴり切ってもらう。ママには、ジェロームとは結婚できないって言われたけど、そんなことはわかってる。わかってないのはママのほうだ。僕は女の子になるんだから。
ママと一緒にジェロームの家にお呼ばれした。ママはジェロームのママ、リゼットさんの髪をカットしてあげたみたい。お礼にドレスを縫ってもらうんだって。大きな花柄のピンク色の布で。いいなあ。リゼットさんはママと違って地味なんだ。ジェロームのパパの好みなんだって!ピンクのドレスが着られないなんてかわいそう。
僕はジェロームに家を案内してもらった。彼に妹がいただなんて初めて聞いた。今はいないって。妹さんの部屋にも通してもらった。ぬいぐるみ、小さな小物、かわいい鏡台…僕の好きなものばかりだ。クローゼットの中にピンク色のかわいいドレスを見つけた。すてき!僕にとても似合う。大きなクマのぬいぐるみを神父にして、ジェロームと結婚式を挙げた。パムとベンがやったみたいに。僕がパムでジェロームがベンの役。彼も笑いながら付き合ってくれた。でも、リゼットさんに見られてしまった。…そのとき、窓からパムがやってきて、魔法でママとリゼットさんを動けなくしてくれた。僕はジェロームと一緒に空を飛ぶ。高いところからの眺めは最高。いつまでも飛んでいたかったけど、僕は怒ったママに家に連れ戻された。ジェロームの妹は死んだんだそうだ。でも僕そんなこと知らなかった。僕が女の子の格好をすると、どうしてみんな怖い顔で怒るんだろう。リゼットさんは失神したし。僕はただ女の子になってジェロームと結婚したいだけ。ママは僕がすごく頑固な子だって。パパはすごく怒って髪を切ってしまえって。ジェロームのパパは、パパのボスだから、女の子の格好をして遊んじゃダメだって言う。パパの出世にひびく、悪いことだって怒鳴られた。パパは、とりなしてくれたママにも責任を取れって言った…どういう意味なのかわからない。けど、すごく悪いことなんだろう。僕はパパに謝りに行った。
次の日の朝、僕は大好きなパムの歌を聞きながら朝ごはんを食べた。パパとママは僕に内緒でなにかの相談をしてる。なんだろう。パパはアルベルトさんに、僕を精神科医に連れて行くと言った。だからもう迷惑はかけないって。僕はなにも悪いことなんかしていない。ジェロームも急に僕を避けるようになった。僕と一緒にいると地獄に落ちるって言うんだ。ひどい!

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精神科医の先生は女の人だった。診察室にはパムのお人形もある。先生とパパたちの話より人形遊びをしているほうが楽しい。ママには週に一度先生に診てもらうように言われた。僕を“男の子”にするための治療だそうだ。仕方なく、僕はお人形を全部ベッドの下にしまってさよならを言った。ソフィーにキスしようとしたら “女とはキスしない”って意地悪された。アルベルトさんは、ソフィーがジェロームにも“オカマ”って意地悪したのをすごく怒ってて、真っ赤な顔でティエリーさんに文句を言いに行った。あの子は誰にでも悪口を言うだけなのに。ティエリーさんもすごく怒ってるから、僕は“オカマ”ってどういう意味なのか訊ねた。答えてくれないからパパに訊いたら、パパも真っ赤な顔でハエたたきのことだって怒鳴る。大人達はどうしてなんでもないことで怒ったり怒鳴ったりするんだ。

僕はティエリーさんちにお呼ばれした。ママとおばあちゃん、リゼットさんたちも一緒だ。ソフィーのママ、モニークさんもソフィーと一緒で口が悪い。僕を見て女みたいって言ってた。アルベルトさんは精神科医のことを、“頭のおかしい医者どもがイカれた連中を診てる”って言ったんだって。ずいぶんひどい言い方。それにモニークさんは、性倒錯者の番組をテレビで見て泣いちゃったって言うし。ママの顔がこわばっていくのを見かねて、おばあちゃんが助け舟を出してくれた。おばあちゃんの友達の息子さんがスカートをはきたがったから、おばあちゃんははかせてあげたんだって。そしたらその子は1週間で飽きちゃったとか。ティエリーさんは、取り返しのつかないことになるぞって言ったけど、それは違う。スカートをはきたければ、はけばいいんだ。
僕は書斎のパパとアルベルトさんを呼びにいった。アルベルトさんは、パパにリストラはさせないって約束してくれたみたい。でもアルベルトさんは、僕の教育をママに任せちゃダメだってパパに言うんだ。ママのことを何も知らないくせに!パパは、4人の子供たちは平等に育てるが、子供達の個性はみなそれぞれ違うって言ってくれた。アルベルトさんはなぜだか気を悪くして、なにがあってもジェロームを全力で守るって怒鳴った。僕のことが原因なんだろうか。みんなが怒ってるのは僕のせい?パパは僕と一緒にいる時間を作ってくれると約束してくれた。

パパは、僕をサッカーチームに入れた。汗まみれ、ほこりまみれで炎天下を駆け回る。信じられない。これのどこがおもしろいの。もう立てないのに、パパは僕にもっと走れって怒鳴る。僕はパパとこんなことがしたいんじゃない…。
お姉ちゃんに、僕は男の子なのか女の子なのか聞いた。もう自分ではどっちだかわからないもの。するとお姉ちゃんは、男と女のでき方を教えてくれた。つまり、 XのせんしょくたいとYのせんしょくたいの組み合わせが男、XとXだと女になるんだって。そんなこと?!神様はそんなゲームで男と女を決めるんだ!じゃあ僕の場合は、ほんとならXXになるはずだったのが、Xがひとつゴミ箱に落っこちちゃったから、男の子の身体で生まれてきたんだね。それが原因だ!

僕は女の子と同じようにおしっこができる。ジェロームにもちゃんと見てもらった。僕が男と女の両方なのを信じてもらえてだろうか。馬鹿なことを言うなって彼は怒ったけど、これは大切な話だ。神様がパパとママにXとYのカードを配る。XXの組み合わせになるはずだった僕のXは、ゴミ箱の中に落ちた。だからほんの手違いで男の子になっちゃった。神様が僕にXを返してくれたら結婚しようねって言ったのに、彼を余計に怒らせてしまったかな。
お姉ちゃんのお腹が痛くなった。ママは“本当の女”になったって喜んでる。どういうこと?お姉ちゃんは“生理”になったと説明してくれたけど、よくわからない。僕もなるよね?でも僕は一生男だから無理だっていわれちゃった。そんな!

学校の学芸会の本番の日。僕は7人の小人の一人、ジェロームは王子様。ソフィーが白雪姫の役だ。ほんとは白雪姫がやりたいのに。だから、ソフィーがトイレに行った隙にドレスを着た。誰にも気づかれずに舞台へ。僕の王子様…ジェロームが僕に口付けをする。と、そこでうっかり起き上がってしまった僕。ベールが脱げて僕の顔が見えちゃった。客席はしんと静まり返る。アルベルトさんとリゼットさんが立ち上がり、呆然としたパパもつられて立ち上がる。モニークさんがソフィーはどこ?!って騒ぎ始めた。トイレにソフィーを閉じ込めた僕は、クラスメイトとその
両親たちの冷ややかな視線から逃げるように家に帰った。
家では家族会議が開かれた。ママはもう怒る気力もないみたいだ。精神科医のカウンセリングは全く功を奏していないと、みんな口々に言う。ママもパパも僕を理解できないってうなだれてる。おまけに喧嘩を始めてしまった…。ごめんなさい、全部僕のせいだ。ふざけただけなんだ。
僕はおばあちゃんの家に避難した。僕はすごく頑固で…面倒ばかり起こすってママが嘆くから。パパに嫌われたくない。おばあちゃんは、パパが怒るのは僕のためだって言うけど、とても信じられないよ。

僕は先生にXとYのカードのことを説明した。僕が手違いで男の子になった話だ。でもパパは大声でうんざりだって怒鳴り、診察室から出て行ってしまった。ママは僕を理解する努力が必要だとパパに言ったけど、パパはなにもかもママのせいだって怒ってる。ママもパパも、お互いに結婚なんかするんじゃなかったって、ののしりあって…。

クラスでは、男の子たちが僕をからかって笑う。負けるものか。先生は、“人はみな違う。それぞれの違いを認めて尊敬しなくては”とみなの前で話してくれた。でも僕は校長室に呼び出された。僕がいるせいで“校風が乱れる”から、学校をやめてくれというんだ。パパもママもなんとかしてくれるように食い下がったけど、父兄全員から嘆願書が出たそうだ。アルベルトさんもティエリーさんもみんな署名したって…。結局僕は転校させられてしまった。

ママはそれから、僕と口を利いてくれなくなった。僕がいくらXが落ちたせいだって説明しても、聞いてもくれない。
僕はサッカークラブで、悪がきどもから寄ってたかって殴られ続けた。本物の女にしてやるって。お兄ちゃんたちは2人とも知らん顔だ。僕が家にいると、きっとみんなが不幸になるんだ。だから、僕は部屋には戻らなかった。
家族は僕を探し始めた。でも僕は冷凍庫の中に隠れていただけだ。こうしてるとなんとかなるような気がして。さすがにママはわかったらしくて、僕を見つけてくれた。
パパは欲しいものをなんでもあげると言ったので、ソフィーのお誕生日会にスカートをはいて出かけたいとお願いした。それが僕の一番の望みだから。でもママもパパもウンザリした顔だ。また怒らせてしまった。でも、おばあちゃんがやらせてみれば?と言ってくれたので、“治療の一環”という理由で僕はスカートをはいてソフィーの家に行くことになったんだ。
僕たち一家がソフィーの家に着くと、アルベルトさんやティエリーさんが怖い顔で近づいてきた。僕たちは招待されてもいないから。ママとパパは青い顔で、僕の治療のためだとみんなに説明してくれた。つまり、僕が女装に飽きるように仕向けるんだと。それがわかるとみんなに笑顔が戻り、僕たちはパーティーに加えてもらうことになった。

ところがある日、パパはひどく酔っ払って帰宅した。職場をクビになったのだ。きっと、あの意地悪なアルベルトさんが裏でなにかしたに決まってる。家のお金もまだ払い終わっていない。ママは泣きそうな顔で、僕たち一家を追い出そうとしてるって叫んだ。…でもこれは、元をただせば僕のせいだ。パパはそうじゃないと言ったけど、本心じゃない。目が怒ってる。ママはついにキレてしまった。みんな偽善者だ、もう偽善はたくさんだって、ママは僕の顔に向かって大声で叫んだ。なにもかも僕のせいだって。

僕は悪い子だ。でも治りたいとも思わない。先生は、今はママやパパが理解できなくても、僕が大人になればちゃんと説明できるようになるって言ってくれた。じゃあ、早く大人になればいんだね。先生は、僕が治療を望んでいないことをママに説明してくれたけど、ママは納得しない。先生にもひどい言葉を投げつけ、僕にも家族の人生を台無しにしたって怒鳴る。もう優しいママの面影はない。ママは、ジェロームを守るように車に乗ろうとしたアルベルトさんに絡んでいく。リゼットさんの見ている前で、アルベルトさんにキスしたんだ。もちろん嫌がらせ、あてつけだ。かんかんになったリゼットさんは、アルベルトさんと大ゲンカ。悪魔とののしられ、ママはアルベルトさんに向かって子供のようにあっかんべーをした。やけくそになってるママを持て余すパパ。

ある朝起きたら僕のお腹が痛くなっていた。生理だ!大喜びでママに報告に行こうとしたら、お兄ちゃんたちが、うちの壁一面に“オカマは出て行け”とスプレーで殴り書きされているのを見つけた。パパは背を小さくして泣いてる。ママは見たこともないような冷たい顔で僕を睨み、“オカマ”っていうのは僕みたいな男が好きな男のことだと吐き捨てた。そしてバリカンで僕の髪の毛を丸刈りにした。辛いけど、仕方ない。家族のためだもの。
ママは僕の手を引いて、近所の人たちに見せ付けるように歩く。みんなに僕が男の子になったことを証明したいんだ。でもこんなのは耐えられない。なにも悪いことをしていない僕が、どうして辛い目に合わないといけないんだ。パパもママも大嫌い。僕はおばあちゃんと一緒に暮らす決心をした。ママは引き止めようともしない。勝手にしろって目が言ってる。
僕は日曜日ごとに、ママたちのいる家に帰ることになった。僕がいない間、家族はすごく楽しそうにしてたみたいだ。近所の子たちが泊まりにきたりして。もうここは僕の家じゃない。みんながシャンペンを飲んでるから、僕も一気飲みする。パパから一大ニュースがあった。パパは新しい会社に就職し、クレルモン・フェランという遠い遠いところに引っ越すことにしたと宣言した。ママが、ここに残るかパパ達と一緒に行くか決めろと僕に言う。ママは僕のほうを見ない。一緒に来てほしくないのだろう。僕はわけもなく悲しくなり、おばあちゃんちに帰りたいと答えた。
その夜、僕はママが遠くに行ってしまう夢を見た。怖くなり、おばあちゃんに歌を歌ってもらう。天使が舞い降りて夢を僕にくれる…。僕の夢はもちろん、美しく着飾ってみんなに祝福されて、ジェロームと結婚式を挙げることだ。見上げると空をパムが舞っている。みんなで一緒に踊っているのを見て微笑んでいる。でも、アルベルトさんだけは…、僕の家の前に“売り家”の看板を一心不乱に立てている。どんどんどん。結婚式の最中だというのに…。

僕たち家族は引越しの準備でおおわらわだ。おばあちゃんは、僕の手に宝物のオルゴールを持たせてくれた。そして泣いているのを見られないように、そのまま去っていった。…ありがとう、おばちゃん。近所の人たちが遠巻きにして僕らの車を見守っている。手を振ってくれたのはティエリーさんたちだけだった。ジェロームも、ただ黙ってこちらを見ているだけ。僕の一番のお気に入りのドレスが風に飛ばされ、アルベルトさん一家の足もとに落ちる。アルベルトさんは汚らわしいごみでも見るように、ドレスを足で蹴飛ばした。…さよなら、ジェローム。

今度越してきた家は前より質素だった。庭も狭いし。ママがことあるごとに僕に向かって、引越ししたのは誰のせいだって怖い顔で言うから、僕はここに来てからはドレスを着ていない。ずっと男の子で通している。家族のために、自分を抑えなきゃ。でも、道路の傍に立っているパムの看板は嫌でも目に入る。そんなときはおばあちゃんの教えを思い出す。目を閉じて空想の世界にひたるんだ。誰にも迷惑はかけない、誰からも怒られない、自分だけの世界。
近所の子が僕に石を投げてきた。大柄な男の子だ。顔はそばかすだらけだし、髪はざんばら。一緒に遊ぼうよって誘われたけど、こんな子はやんちゃなんだ。いじめられる。だからイヤだって断った。そしたらその子のママが、“クリスティーヌ!”って呼ぶんだ!お・女の子?!きっと僕は口をあんぐりあけていたんだろう。その子…クリスティーヌは、情けなさそうに僕の顔を見ると、肩をちょっとすくめて家の中に入っていった。

ママが洗濯物を干していると、お隣のファビエンヌさんがあいさつに来てくれた。ママはタバコを吸う手も止めずに応対する。ファビエンヌさんによると、前の住人はとんでもない人達だったとか。彼女は僕たち家族を心から歓迎してくれた。ママは信じてないみたいだったけれど。で、例のクリスティーヌが、僕たちを誕生日会に招待してくれたんだ。
僕は、嫌だったけど三銃士の格好でパーティーに向かった。クリスは全然似合わないブルーのドレスを着心地悪そうに着ている。クリスは僕を強引に引っ張っていく。彼女は僕の衣装が素敵だからって、取り替えようと提案するのだ!だめだ、そんなことをしたらまたママに怒られる。でもクリスは男の子みたいに僕の頭をこづいて言う。私の誕生日なんだから頼むよって。結局、無理やり彼女のドレスを着る羽目になってしまった。クリスは得意そうに走り回っているが、僕はママが怖くてみんなのところに行けない。案の定ママはすごい形相で僕を追っかけてきた。また家族を崩壊させるつもりか、嫌がらせのつもりかと、僕の頬を何度も何度もぶつ。パーティーにいた人たちが慌ててママを僕から引き離した。そうでもしなければ、ママは永遠に僕をぶっていただろう。血相を変えたクリスが、真相をママに話してくれた。そう、衣装を取り替えただけ。周りの人たちも、どうしてママがそんなに怒るのか不思議がってる。僕はもう二度とママの前に現れないつもりで、その場を走り去った。

アンナは街道沿いを歩いた。パムの看板が立ってる。見ていると、看板のなかに描かれている扉が開いたように感じた。彼女ははしごをつたって扉の中を覗き込む。すると、息子リュドビックが泣いていた。パムに遠くに連れて行ってくれと頼んでいる。みんなの平和をこわさないところへ行くんだ、と。そしてパムと一緒に飛んで行ってしまった。

ママは目をさました。看板の上から落ちて気を失ったんだ。ママは僕を手招いてこう言ってくれた。“パムと遠くへ行ってしまわないで”って…。僕はママにちゃんと男の子の服を着るからと約束した。でもママもパパも、僕の好きにしていいって言うんだ。僕はママとパパの大事な息子、それをママは少し忘れていたわって。ママは悲しませてごめんって僕にキスをしてくれた。久しぶりの、ママのキス。前のようにぎゅっと抱きしめてくれた。…懐かしい感じ。その日のパーティーは、僕もみんなと一緒に踊ったり走ったり、ほんとうにほんとうに楽しかった…。きっと空では、パムが金色の魔法の粉をふりまきながら舞っているに違いない。

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↓ここから解説↓

私たちは幼い頃より差別はいけませんと教えられてきました。たとえ、自分と信念や環境や習慣を異にする人と出会っても、その人を色眼鏡で見たりしてはいけないと。理想は確かにそうですが、しかし現実は難しいものです。実際に自分が属するコミュニティの中で、“自分とは違う”人間と一緒になった場合、かの人とどのように接するべきなのか。技術の革新に伴い地球が狭くなってくると、それこそ地球上のあちこちで、いろいろな人種の人々が混じりあうようになり、件のような問題が噴出するようになりました。私たちは常に、自分の中にある偏見と対峙することを迫られているのですね。現在、この作品の舞台となっているフランスに暮らす私自身、日々己の中の先入観と戦っている状態です。

この作品が投げかける問題も、“偏見”や“差別意識”に人はどう向かい合うべきかというもの。これは人類の永遠の命題でもある、限りなくシビアなテーマです。いわゆる性同一性障害である主人公リュドビックが、子供なりの信念を持って行う行為がことごとく現実世界と相容れないありさまを、物語はかなりリアルに、時に無情に描いていきます。
ストーリーの核は、女の子になりたいとひたすら願い続けるリュドビックとその両親ピエール、アンナの関係です。リュドビックの夢とは、テレビに出てくる愛の妖精パムと同じように、愛する王子様と結婚すること。誰に迷惑をかけるでもありません。しかしそんな彼の思いを、周囲は全く理解できないのですね。なぜか。男の子のくせに女の子になりたいと願うことは、“常識”に反することだからです。キリスト教を背景に持つ文化圏では特に、同性愛は忌み嫌われるもの。リュドビック本人にはなんの罪もないものの、彼が同性を愛するが故に、彼が属するコミュニティは彼の存在そのものを受け入れられないのですね。

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リュドビックの両親は、愛する息子を守ろうと彼らなりに最善の努力をします。彼を世間からのつまはじき者にしないよう、カウンセリングを受けさせたり、時には力ずくで女装をやめさせたり。それはリュドビックを苦しめる行動でしたが、両親とて息子が憎くてやってるわけではありません。あくまでも、息子を世間に受け入れてもらうための苦渋の決断だったはずです。しかしそこには息子の意思を尊重するという姿勢は見られません。ありのままの息子の姿を理解するより先に、なんとか息子を世間の一般的な規範に合わせようと躍起になっていただけなのです。家族に対する周囲の人々の風当たりが厳しくなればなるほど、彼らピエールとアンナは、息子の真意を見つめる以上に自分たち自身をも見失っていくのですね。自分たちの思い通りにならないリュドビックを持て余した挙句、彼の教育をめぐって互いに責任のなすりあいをする彼らの姿は、親である私には身につまされるところでしたね。これをご覧になった方は、彼らピエールとアンナの、息子に対する仕打ちがひどすぎると思われるでしょうか。でもこれが現実だと思いますよ。親とて人間。神様ではないのです。自分の常識では量れない者に対して、偏見を捨て去ることすら困難であるのに、ましてやその対象が血を分けた子供だったとしたら。もし私たちが彼らの立場にあったなら、自分の子供にどのように対峙するべきかわからず、途方にくれてしまうのではないでしょうか。

ピエールが失職するにいたって、世間の欺瞞についに堪忍袋の緒が切れたアンナを責めることはできません。息子のためを思って懸命に耐えていた周囲の差別意識を、あからさまに思い知らされたわけですから。むしろ、アンナがなりふり構わずアルベルトに仕返しをするシーンでは溜飲が下がったぐらいです。彼女が家族を守ろうと焦るほど、次第に心の余裕をなくしていくあり様はリアルに過ぎます。世間体を気にする余り、親である自分にとって一番大事なことはなにか、わからなくなってしまう経験は誰にでも覚えがあるでしょう。
結局アンナもピエールも、ただありのままの息子を素直に受け入れることが、親のなすべき仕事であるという結論に達します。この簡単なようで存外難しい答えを見出すまでに、彼らは青い鳥を方々で探さねばならない羽目になりました。リュドビックを怪物ではなく息子として理解する心の準備ができたのは、新たに出会ったコミュニティに、ある程度の寛容さがあったせいもあるでしょうね。クリスティーネいわく、“私とリュドビックは、ただ衣装を取り替えてみただけ”。そう、男の子と女の子の境界線なんて、案外そんな単純なことなのかもしれません。男の子に憧れる女の子、女の子になりたいと願う男の子。そんな彼らを気にも留めなくなる世の中になることを願って止みません。

さて、外部からの偏見との戦いに加え、アイデンティティの混乱という難問に直面したリュドビック。彼は絶体絶命の事態に遭遇すると、大好きな“パムの世界”に逃げ込みます。劇中に時折挿入される総天然色のパムの幻想は、7歳の男の子が経験するにはあまりに過酷な現実を暗示しています。そんな彼も、クリスティーネと出会ったことにより、ありのままの自分を呪縛していた自我を信じられるようになりました。彼は、自分の存在そのものに疑問を抱く時期を乗り越え、新たな一歩を踏み出したのですね。しかしこれから先待ち受ける人生が、やはり今までと同様、偽善と矛盾に満ちた世間との戦いに終始することは想像に難くありません。この経験は、未来も続く茨の道を行く覚悟を彼にさせたに他ならないのです。それでもリュドビックは今後、何者も曲げることの出来なかったその信念でもって、彼なりの愛に満ちた世界を実現していくのではないでしょうか。

リュドビックが他の子供と違うというだけで、その家族に対しても、まるで魔女狩りのような差別と悪意を剥き出しにしていく、サバーヴィアという名の閉鎖的コミュニティ。映画は、その偽善に満ちた実態を痛烈な皮肉を込めて描いていきます。いわばこのコミュニティは、社会全体を構成するマジョリティの象徴ですね。その代表的存在が、ピエールの上司アルベルトでしょう。彼は過去に娘を亡くす不幸に見舞われました。そのせいで夫婦間の関係もぎくしゃくしたものになっています。もとより支配的だった性格が、たった一人となった子供を守ろうとする余り更にかたくなになり、他人のみならず家族にまでエゴを押し通すようになったのではないでしょうか。妻や子供の意向を無視して、自らの信じるもののみを絶対とする意識を家庭に、ときには、ティエリーのような周囲の人々にも強いていますね。
妻はそんな彼に洗脳されているようですが、息子ジェロームはどうでしょう。今はいいですが、自我が形成される思春期にさしかかれば、彼とて父親の支配に反旗を翻すことになるのでは。
幼い頃から庇護と引き換えに押さえつけられ続けた分、ひょっとしたら、リュドビックとピエールが潜り抜けた葛藤よりももっと深刻な禍根を残すかもしれません。ジェロームとアルベルトの親子関係も、ひとつの反面教師として、観客に深い問題提起をしているとみてとることができます。
アルベルトが、異質なものを排除しようとするマジョリティだとしたら、そのアルベルトに結果的に従っている形の隣人ティエリーも、本心とは裏腹に、大勢に流されていくだけの多くの人間を象徴した存在でしょう。つまりそのどちらも、私たちの真の姿であると言えるのですね。

個人的に驚きだったのが、リュドビックの父を演じたジャン=フィリップ・エコフェ Jean-Philippe Ecoffey。彼を初めて観たのは1986年に製作された映画(日本公開は1988年) 「夜の天使」でしたが、この作品の彼は常にギラギラしたオーラを発散する不良青年で、その思いつめたようなまなざしが奇妙に不安定な魅力を醸し出していたのをよく覚えています。その後も一癖あるキャラクターを好んで演じていたようですが、「ぼくのバラ色の人生」では、息子を理解しようと空回りし、苦悩する善良な父親を大熱演しています。その少しぽっちゃりした体型も含め、時の流れを感じた感慨深い再会でしたね。

下の画像は、ベルリネール監督に演技指導を受けるリュドビック役のジョルジュ君。
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これまで多くの映画で見られた同性愛者の描写は、多少侮蔑的な意味を込めたカリカチュアが主流でした。彼らの職業は大概美容師とかデザイナーであり、しゃべるときにはシナを作り、そしてヒロインの友人であったりするわけです。特にメインストリーム上にある作品については、長い間その定型から逃れえませんでしたよね。あるいはそういう流れができる以前の映画史では、同性愛を描くことはそのまま“反体制”を意味しました。個人的には、デレク・ジャーマンの初期の作品「セバスチャン Sebastiane」や晩年の作品「エドワードII Edward II」などは、ホモセクシュアル・スピリットのヘテロセクシュアル社会への宣戦布告のような気がしています。これらの作品から感じられるのは、ヘテロセクシュアル社会の非寛容へのジャーマン監督の憤りが、並大抵のものではなかったということですね。
時代が21世紀に入り、文化や思想や嗜好を異とする人々が否応なく交じり合うことを余儀なくされています。私たちは、お互いに理解と無理解の軋轢に苦しみつつも、なんとか妥協点を見出そうと歩み寄っている最中であります。そんな中、映画の世界でも表現の自由度に少しずつ変化が生じていますよね。ある特殊な状況下で同性愛を取りあげるのではなく、社会の構成員としてのゲイ・ピープルと、その社会との関わりをありのままに捉えようとする作品が増えているような印象を受けます。この「ぼくのバラ色の人生」もそのひとつとみていいでしょう。アメリカで製作された「トランス・アメリカ Transamerica」でも、性の問題と親子関係の問題を絡め、真摯に描写しようとする姿勢が顕著でした。簡単に結論が出る問題でもないでしょうが、両作品で辿りつく真理とは結局のところ、相手がどうであれ、それをありのままに受け入れようというもの。親と子の関わりであれ個人と対社会の関わりであれ、その小さな寛容こそがやがて相互理解に繋がっていくのです。そうですね、近い将来、“性同一性障害”とい名称すらなくなっていることを希望したいですね。

最後に。これをきちんと書いておかなくては、私はいやしい偽善者となってしまいますね。

私には2人の息子がおります。そして私は彼らの母親です。もし彼らが将来、“自分は同性愛者である”と意思表示したら、どうするか。
夫の反応はわかりませんが、私は彼らに早くいい同性のパートナーを探せ、と言うでしょうね。当たり前です。子供に幸せになって欲しいと願うのは、世界中どこの親とて同じ気持ち。その子供が、同性を愛したというのであれば、それで幸せなのだというならば、それでいいんですよ。
あくまでも一般論として、理想はそうだろうけど社会的体面が…とか、ご近所の目が…とか、根強く残る同性愛への偏見が拭いきれない…とか、いざ自分の家族にこういったデリケートな問題が介入してきますと、おろおろしてしまうのも現実だと思うのですよ。でもね、デリケートで複雑な問題だからこそ、単純に考えるべきなのでは。子供に幸せになって欲しいんなら、親としては彼らが幸せになれるように応援するだけなんですよ。ブッシュ元アメリカ大統領のもとで副大統領を務めたディック・チェイニー氏のご息女メアリーさんが、女性のパートナーと共に暮らしているのは有名なお話ですが、2007年5月彼女が無事男の子を出産したそうです。チェイニー氏はメアリーさんの父親として、ことのほか孫の誕生を喜んだとか。娘がカミングアウトするに至っては、チェイニー氏自身、その事実を受け入れるまでにかなりの葛藤と逡巡があったと思われますよ。なんといっても彼は副大統領という国のトップ近くに立つ人間なのですから。それでもそれを乗り越えて、純粋に娘の幸せを願う父親の立場を明らかにした氏の姿には、心から共感を覚えます。
本当の自分を押し殺し、世間に対して仮面を被ることは悲劇だと思います。中途半端に世間のモラルと歩調を合わせて結婚して、家庭をこさえて苦悩するぐらいなら、いっそ最初からそういう形態の幸せを求めるのはやめた方がいい。もちろん、今そんな板ばさみの状況で苦悩されている方がたくさんいるのは知っていますし、私はそういう人たちを指してどうこう言うつもりは全くありません。自分の息子たちに対してなら、という話です。
ただ、幸せの形は千差万別だと言いたいのです。結婚してよかったと思う人間もいれば、そうでなくとも素敵なパートナーと共に歩んで幸せだという人間もいるわけで。要は自分にとってどんな生き方が最も心地よいのかを、早く見極めることでしょうね。それが幸せへの近道でしょう。


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