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zoom RSS しゅき?…大しゅき。―「ファインディング・ニモ Finding Nemo」

<<   作成日時 : 2014/08/10 23:03   >>

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なあ、もうちょっと気楽にいこうぜ?

“Oh, it's awesome, Jellyman. The little dudes are just eggs, we leave 'em on a beach to hatch, and then, coo-coo-cachoo, they find their way back to the big ol' blue.”―by Crush

「ファインディング・ニモ Finding Nemo」(2003年製作)
監督:アンドリュー・スタントン
共同監督:リー・アンクリッチ
製作:グレアム・ウォルターズ
製作総指揮:ジョン・ラセター
原案:アンドリュー・スタントン
脚本:アンドリュー・スタントン&ボブ・ピーターソン&デヴィッド・レイノルズ
音楽:トーマス・ニューマン
声の出演:アルバート・ブルックス(カクレクマノミのマーリン)
エレン・デジェネレス(ナンヨウハギのドリー)
アレクサンダー・グールド(ニモ)
ウィレム・デフォー(ツノダシのギル)
ブラッド・ギャレット(ハリセンボンのブロート)
アリソン・ジャネイ(ヒトデのピーチ)
オースティン・ペンドルトン(ガーグル)
スティーヴン・ルート(チョウチョウウオのバブルス)
ヴィッキー・ルイス(チョウチョウウオのデブ/フロー)
ジョー・ランフト(エビのジャック)
ジェフリー・ラッシュ(ペリカンのナイジェル)
アンドリュー・スタントン(ウミガメのクラッシュ)
ニコラス・バード(クラッシュの息子スクワート)
バリー・ハンフリーズ(ホオジロサメのブルース)
エリック・バナ(シュモクザメのアンカー)
ブルース・スペンス(チャム)
ボブ・ピーターソン(エイ先生)
エリザベス・パーキンス(ニモの母、コーラル)
エリカ・ベック(パール)他。

オーストラリア、グレートバリアリーフの色鮮やかなサンゴ礁に暮らす、カクレクマノミのマーリンとコーラル夫妻。彼らは、もうすぐ孵化の時を迎える400個の卵を守りながら、イソギンチャクの新居で幸福感に浸っていた。だがそこへ恐ろしいバラクーダが現れ、コーラルと399個の卵が犠牲になってしまう。マーリンは、たった1つだけ生き残った卵に、かつてのコーラルの希望通り“ニモ”と名前を付け、大切に大切に慈しむことを決意する。
6歳になったニモは学校へ通うことになった。しかしマーリンは、片方の胸ひれが小さいハンデを背負うニモに、腫れ物に触るように接している。なんでも自分の力で試してみたい年頃のニモは、なにか小さなアクシデントが起こるたびにパニックに陥る父親に、ほとほと嫌気がさしていた。エイ先生と学校の生徒達がサンゴ礁の果てにあるドロップ・オフに研修に行った際も、マーリンは血相を変えて行く。ところがニモは、あまりに口うるさいマーリンに反発し、度胸試しでサンゴ礁から離れた場所に停泊していたボートに近づいていく。その瞬間、現れたダイバーにニモが捕まってしまった。マーリンは、ダイバーが向ける水中カメラのフラッシュに目がくらみ、船の行き先を見失う。半狂乱になって海を泳ぎ続けた結果、走り去る船を目撃したというナンヨウハギのドリーと出会うが、彼女は極端に物忘れが激しいという欠点があった。しかしながら気のいい彼女は、ニモ探しの手伝いを申し出る。ためらうマーリンであったが、突如姿を現したホオジロザメのブルースに、謎のパーティに連れていかれる。
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ブルース達を待っていたのは、アンカーとチャムのサメ2匹。このサメ達は、サメにつきまとう悪い印象を改善するため、魚を食べるのをやめる運動を推進しているという。マーリンとドリーは、彼らが定期的に開く会合に付き合わされたわけだが、そこでニモを攫ったダイバーが落としていったマスクを発見する。サメ3匹組に事の次第を説明しようとするドリーをマーリンが引き止め、もみ合いになった挙句ブルースのサメの本能を呼び覚ましてしまう。2匹して、牙をむき出しにするブルースから逃げ惑ううち、なんとドリーに人間の文字を解読する能力があることが分かった。マスクに書かれた文字をドリーに読ませれば、ニモを探す手がかりになるに違いない。マーリンとドリーは、魚雷を爆発させてなんとかブルースを追い払ったものの、爆破の衝撃でマスクを海底に取り落としてしまう。思わず絶望するマーリンをよそに、楽天家のドリーは一緒に海底まで泳いでいこうと誘う。真っ暗闇の海底で彼らを待ち受けていたのは、チョウチンアンコウの恐ろしい罠だった。マーリンがアンコウの気をそらしている間に、ドリーはマスクに書いてあった文字を読み取る。“シドニー、ワラビー通りP.シャーマン”。マーリンとドリーの、シドニーへ向けて気が遠くなるほどの壮大な旅が始まった。海に住まう3兆7千億の魚の中から、たった1匹のかけがえのない息子を見つけ出すために。
その頃ニモは、シドニーに住む歯医者シャーマン氏の水槽に入れられていた。そこには、ツノダシのギルをリーダー格とする先客達がいた。ブロート、ピーチ、ガーグル、バブルス、デブ。それから、シャーマン氏の水槽に時々遊びに来る野性のペリカン、ナイジェル。ギルを除く魚たちはいずれも店で生まれ、海を知らない。海から来た新入りニモを見たギルは、念願の水槽からの脱出プランを実行するため、ニモを計画に引き入れようとする。彼を仲間にする儀式を行い、“シャークベイト”なる強そうな名前を与えて1匹前の魚として扱い、自信を持たせるのだった。しかし計画はニモのミスであえなく挫折。おまけに命の危険にまでさらされたニモは落ち込み、故郷の海に帰る術を断たれたギルもショックを受ける。
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アンコウを振り切って逃れたマーリンとドリーは、シドニーへの道を探していた。だがどう行けばいいのか一向にわからず、苛立ったマーリンはドリーと別れようと提案した。自分がマーリンのお荷物だと思い知らされたドリーは傷つくが、大声で泣くドリーに話しかけてきた魚の群れのおかげで、シドニーに行くためには、東オーストラリア海流を通らねばならないことを教えてもらうのだった。
東オーストラリア海流を目指す2匹の前に、不気味な海溝が現れた。危険を避けるため、マーリンはドリーの制止を振り切って海溝の上を行く。すると、猛毒を持つクラゲの大群が押し寄せてきた。ここは“クラゲの森”とあだ名される恐ろしい場所であったのだ。ドリーの反対を無視したことを後悔する間もなく、2匹はクラゲの群れから逃れる方法を考え出す。クラゲの頭に乗っかって脚に触れるのを避けつつ、群れから抜け出すのだ。彼らは競争するように泳ぎ始めるが、ドリーがクラゲに刺されて気を失ってしまった。マーリンは、クラゲの毒にやられるのも厭わず彼女を助け出し、やがて失神した。
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ニモは、シャーマン氏の凶暴な姪、ダーラへの誕生日プレゼントにされる運命だった。ダーラは無類の魚好きではあるのだが、乱暴な素行のせいですぐに魚を死なせてしまう。水槽から逃げることも叶わず、ニモの命も風前の灯であった。ニモは計画が失敗した責任を痛感し、ギルに謝りにいく。ギルは、自身も海に帰りたい一心で無茶を強いたことを告白し、下水や水道が海に繋がっていることをニモに教える。そして、マーリンがきっとニモを探していると力づけるのだった。
マーリンは、東オーストラリア海流にのって旅をする海ガメの群れに救われた。ドリーも無事だ。群れのリーダー、クラッシュはマーリンの事情を聞くと、その話を他の海の仲間達に伝えていく。こうして、マーリンがはるかな道のりを旅しながら、シドニーにいる息子ニモを探しているという話は、海の生き物たちの噂話を通じて伝播していき、やがてシドニーにまで到達する。マーリンとドリーは途中でクラッシュ達の群れと別れ、一路シドニーに向かう。しかし魚の方向感覚を狂わせる水域にはまり、さらに運の悪いことにオキアミの群れに紛れ込んだ2匹は、クジラの口の中に吸い込まれてしまう。
ペリカンの仲間から、息子を探すマーリンの冒険譚を聞きつけたナイジェルは、早速ニモのいる水槽にやってきて、ことの次第を語って聞かせる。到底信じられない話の内容に驚くニモであったが、それが間違いなく父親マーリンのことだと分かると有頂天に。そして、かつて果たせなかった脱走計画を勝手に実行に移す。ギル達が右往左往する中、難なく水槽のモーターを止めてしまったのだ。魚達は水槽の中の水を徹底的に汚し、シャーマン氏に水槽の掃除をさせるよう仕向ける。その隙に脱出のチャンスを見出そうというのだ。
クジラの口の中で虚しい抵抗を続けていたマーリンは疲労困憊する。もうすぐそこにシドニーが迫っているというのに、クジラに食われるのを待つばかりなのだから。絶望的状況だというのに能天気に歌い踊るドリーに八つ当たりするも、クジラがいきなり泳ぐのをやめたことで事態は急変する。クジラは突如巨大な舌を持ち上げ、2匹を喉の奥に誘ったのだ。マーリンは絶対絶命だと観念するが、ドリーはクジラを信じろと言う。果たして、彼らはクジラの潮吹きに乗って海の中に放りだされた。目の前にはシドニーの象徴、オペラハウスが瞬いている。生きてここまでたどり着いたことに喜びつつ、マーリンはクジラに改めて感謝した。
シドニー港でニモを攫ったボートを探すマーリン。既に夜も明けており、ボート周辺には腹をすかせたペリカンやカモメの群れがひしめいている。2匹は1羽のペリカンに飲み込まれたが、マーリンの根性で外に脱出する。2匹が噂のマーリンとドリーだとわかると、ナイジェルが彼らに助け舟を出し、カモメの群れから救い出してくれた。
ダーラがシャーマン氏のところにやってくる日。水槽は前日まで緑色に汚れきっていたのだが、魚達が眠っている間に、なんと自動水槽洗浄機が取り付けられていた。綺麗になった水槽の中で、いきなり計画が頓挫したことを知ってギル達は呆然とする。シャーマン氏はニモを網で掬い上げたが、ギルの機転で一度は難を逃れた。しかし無情にもニモは袋に入れられてしまう。ギル達は、袋を中から押して外に転がり出るようニモに指示するが、失敗。ニモは最後の手段で死んだ振りをした。そうすれば、シャーマン氏がニモをトイレに流すだろうと踏んだのだ。ところが彼はニモを袋ごとゴミ箱行きにしようとする。マーリンとドリーを連れたナイジェルが現場に到着したのは、まさにそのときであった。マーリンに請われて部屋の中に乱入したナイジェルのせいで、歯医者はニモを手から取り落とす。マーリンとドリー、ナイジェルは、袋の中で相変わらず死んだ振りをしているニモの姿を目撃して驚愕する。ニモが本当に死んでしまったと早合点したのだ。ナイジェルは歯医者によって外にたたき出される。ダーラは癇癪を起こして、ニモの入った袋をぶんぶん振り回す。このままではニモが危ない。ギルは水槽から飛び出してダーラの頭の上に乗って暴れ、ニモを袋から出し、渾身の力を込めて水道の流しの中に放り込んでやる。
沈痛な面持ちのナイジェルは、言葉少なくマーリンとドリーを海に放した。ドリーが引き止める声も聞かず、絶望から自棄になったマーリンはあてどなく泳ぎ始める。ニモがこの世にいないとわかった今、ドリーと一緒にいることはマーリンにとって苦痛でしかなかったのだ。しかしその頃、下水管から海に飛び出したニモが、マーリンの後を追っていた…。


2人の子供との関係に日々苦戦する私にとって、この映画はお守りのようなものです。また、夏休みに名古屋港水族館で本物の魚と対面した子供達にとっても、グレートバリアリーフに住む色とりどりの魚が躍動する本作は、好奇心を刺激する内容のようですね。親子して何度観たかわからないほど鑑賞していますし、またなんとなく行き詰ったと感じる時、私がこっそり再生しては涙する作品なのです(笑)。

「バグズ・ライフ」「トイ・ストーリー1,2」「モンスターズ・インク」「ミスター・インクレディブル」等で、CGアニメーションの未来を世に問うたピクサー社。彼らの作り出す独創的なCG世界は、まさに画期的と表現するしかないものです。世界的に記録的な大ヒットアニメとなった本作では、いかにリアルな水を再現するかに執念を燃やしたかのような、美しくも圧倒的な海世界が展開されます。たゆたう波間に泳ぐ魚たちの姿は、漫画的に擬人化されているとはいえ、その動きはまさに本物そっくり。風を切るように水圧をヒレで切り裂きつつ、すさまじいスピードで疾走する様は、子供だけでなく大人も魅了されてしまいます。もちろん本物の海とも少し異なる、夢の中のようなアニメならではの世界観が確立されているといえるでしょう。
しかしながら、この作品の最大の魅力は、実はそんな技術的な部分ではなくて、シンプルな物語を肉付けする脚本の緻密さにこそあるのではないかと思うのです。人間に攫われた我が子を救おうと、大海原を旅する臆病者の魚の父親のお話。シノプシスはたった1行で説明できますが(笑)、マーリンに次々と降りかかる艱難辛苦を切り抜けるアイデアの秀逸さ、あるいは水槽の中に閉じ込められたニモが、海を知らない仲間達と繰り広げるカルチャーギャップや騒動の面白さ、ラスト、ニモが漁船に捕われた仲間を救うために繰り出す機転に至るまで、細部まで伏線を張り巡らされた見事な構成になっているのです。おそらく、最初に脚本化チームが出したアイデアが、実際に水の中でどう展開できるか、リサーチにリサーチを重ねたのでしょうね。魚達が魚ならではのアイデアで圧倒的な人間の力に対抗しようとする様子は、小気味よくもあり、自然に対し余りに驕り高ぶった人間への皮肉とも受け取れます。
劇中皮肉の対象となる人間は、シャーマン氏と氏の姪っこダーラ(歯の矯正中)の2人。度胸試しにサンゴ礁の外に出ただけのニモを、“死にそうだ”と判断し、勝手に“保護した”と自慢げに語る彼は、エゴイスティックな人間の象徴です(苦笑)。その反面、連れ帰った魚は凶暴な姪にくれてやるのですから、保護が聞いて呆れます。私たちが普段何気なくやらかしている行動にも、おそらくこうした一面があることでしょう。改めて自戒の必要がありそうですね。そして彼に輪をかけてすさまじい描写がなされているのは、魚に飢えた(笑)子供ダーラ。歯に矯正ブリッジを装着したままニヤリと笑い、魚だけではなく大人にも乱暴狼藉の限りを尽くす悪魔ですね。魚にしてみれば、彼女のような人間はまさしく悪夢としか言いようがないでしょう。このアイロニーは、小さなお子さんをお持ちの親御さんにこそ理解できるものではないでしょうか。ちなみに、5歳と2歳の息子を持つ私は、大いに笑わせていただきました(泣笑)。
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対照的に、個性豊かな魚達の性格描写は素晴らしく、ほんの1シーンしか登場しない魚についても、丁寧な解釈が施されています。一番話題になったであろうサメ 3匹組を例にとると、声を当てたのがいずれもオーストラリア出身の俳優達であるということから、スタントン監督の並々ならぬこだわりが伺えます。サメのくせに他の魚達に好かれたいと願い(でも人気者のイルカは大嫌い)、そのために本能に抗って殺生を我慢しているという、涙ぐましい努力を重ねる彼ら。時折 “会合”を開いては断食の苦しみを慰めあい、励ましあうのですね。なんだか、“アルコール依存症を治す会”とか、“喫煙をやめる会”に集まってくる人々を思い起こさせて、なんともいえない気分になります(笑)。リーダー格にして、最も荒っぽい性格の持ち主ブルースにしたところで、親父の顔を知らないと泣き出したりして憎めない存在です。

結局、この作品のテーマというのは、クジラの口の中に吸い込まれてしまって憔悴するマーリンに、ドリーが語る一言に尽きるのです。

“子供に何も悪いことが起きないようにしてしまったら、子供は何にもできないじゃないか”

愛妻コーラルを、海の生活ならではの厳しさから亡くした心の傷は、マーリンをして極度の意気地なしにしてしまいます。生き残ったニモを徹底的に管理し、守ろうと必死になるのは、子供のためというよりは、自分自身と生き方に対して自信を失ってしまっている証拠なのですよ。コーラルの悲劇が二度起きれば、彼の心はその重みに耐えられないでしょうね。言い換えれば、マーリンは自らの未来になんらの夢も持っていないわけで、たった1匹の子供だけが全てという魚生を送っているのです。自分が親になってみて、初めてその苦労を知った私としては、まるで我が事のように感じられる悲劇ですね。とはいえ、時が経てばやはり子供は成長していきます。自我が目覚めれば、自然と過干渉する親には反発するものです。ニモとマーリンの間に起こった感情のずれもまさしくそれ。
マーリンは、自らの過保護が招いたともいえる悲劇に立ち向かうため、大海原に飛び出していきます。ドリーと共に経験した信じられない冒険譚は、彼に自分の足で立つ自信(足はないけど)を取り戻させました。そして、ほんの少しのハプニングでもすぐにへたばっていた自我を、打たれ強くもしました。ニモがいなければ成り立たなかった魚生を、自分の手で(ヒレで)構築することを思い出したのですね。マーリンは、周囲から差し出される無償の善意にすら気がつかないほどのパニック状態から、旅の相棒ドリーを思いやることが出来るほど立ち直りました。今の今までたった1匹でニモを守ってきたと信じ込んでいたことが、実は周囲の魚達の目に見えぬ思いやりに支えられてこそ可能であったと知ったとき、彼の魚生は大きく前進したのです。

彼は旅の道々、根っからの楽天家ドリーの明るさだけでなく、実に様々な生き物に窮地を救われました。150歳だという海カメのクラッシュは世慣れていて、幼い1人息子の子育てに明らかにテンパリ気味のマーリンを諭します。子供は子供なりに成長し、いつのまにか自力で問題にも対処するようになる。親がなすべきことは、少し離れたところから子供を見守り、子供が無事問題を解決した暁に褒め称えてやることだと。…身に沁みますね、この言葉(涙)。ついつい息子達のやることなすこと全てに口出ししてしまい、過干渉になりがちの私には、座右の銘としなければならないでしょう。“もうちょっと気楽に行けや”というメッセージは、子育てに四苦八苦する親に向けて発信されたもの。親だからと24時間肩肘張るのではなく、余裕を持って自分を振り返ることができるぐらいでないと、長い道のりである子育てを乗り切れないのですよね。親に余裕がなければ、結局のところ子供をがんじがらめに締め上げてしまいます。子供の自由を尊重することも親の役目、最終的にそれが子供の成長を促すのですね。…と、今自分に言い聞かせているところです(とほほ)。

一方、ニモの方も、捕えられた水槽の中で出会った、ちょっと変わった魚達との触れあいを通じ、自らの我がままとマーリンの深い愛情を思い知ることになります。海からきたツノダシのギルは、一見するとギャングのボス風ですが、豊富な魚生経験に培われたリーダーの才覚に秀でた魚です。ニモは、多くはこのギルから、生き抜くための知恵と、自分の力で工夫して物事をやり遂げることの重要性を学ぶのですね。その成果が、ラスト、漁船に捕われた仲間を救う行動に繋がっていくわけです。

共に一回り大きく成長を果たした親と子は、今度は心からの抱擁を交わします。息子の手を離すまいと縋りつくのではなく、また、親の無理強いから逃れようとするのでもなく、お互いの信頼関係を証明する抱擁。そこには本物の愛情がこもっているといえるでしょうね。
映画を観終わった子供達が、先を争って「だいしゅき」と抱きついてくるその手にも、いつも同じ愛情を感じていたいものです。

この作品は、第76回(2003年)アカデミー賞において、長編アニメーション映画部門「作品賞」を受賞し、アンドリュー・スタントンはじめ、ボブ・ピーターソンとデヴィッド・レイノルズら、脚本を担当した面々がオリジナル脚本賞部門でノミネートを受けました。また、疾走感あふれる映像を音楽の面から見事に補完したトーマス・ニューマンも、作曲賞でノミネーションを受けました。ニューマンのスコアでもこと印象的なのは、エンドクレジットに流れる“ビヨンド・ザ・シー”の洒脱なメロディー。この作品が子供向けではなく、実はその子供の親の世代に向けて発信されたものであることがよくわかる選曲ですね。

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